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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

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合格発表

 公立高校の合格発表のシーンをテレビのニュースで流していた。どのテレビ局も県下一の進学校の合格発表場面を取材していた。
 進学校だけあって、生徒は夜中まで受験勉強に励んだことや親も一緒に闘ってきたことなど、合格者の感想を喜びいっぱいに語っていた。
 どうしてこういうシーンはいつも進学校ばかりを取材するのだろうかと不思議に思えてならない。
 子どもの成功(進学校=頭がいい・学力が高い)は親の成功(立派な子育てをした)と言う構図につながるから、親も子どもを通して認められたと思う。
 この(放映された)学校に入った親の子どもが不登校だったり、子ども自身もやっとの思いで合格して入学したのに不登校になってしまい戸惑っている親たちが不登校の親の会に入っている。
 
 地方では都会のの事情とは違い、私立高校は公立高校が落ちた人が滑り止め受験で入る人か、最初から公立高に入れる学力が足りずに専願で入るところと相場は決まっている。
 だからたいていは高校のランクで偏差値もわかってしまうのだが、何よりもステイタスを狙いたい親たちはとにかく、子どもを進学校へ送りたい一身で早期から塾通いをさせる。
 職場でも学力の高い子どもを持つ親は、誰が聞いたわけでもないのに高校名を頻発させてわが子の話をしたがるし、今回の受験でも二人の受験生を持つ親は県下1・2の進学校合格に興奮冷めやらずだ。
 同様たちに合格したことをわざわざメールで教えるくらい鼻が高いのだろう。
 一人の親は子どもが多く、中には発達障がいの子もいるようだが、勉強が嫌いな子ども、学力が低い子どもでもそれなりに親としては皆平等に可愛いのだが、
やはり職場で話題にしたがるのは、今回県下一の進学校に合格した3男のこと。唯一親の自慢の息子としてみんなにアピールしたいのだろう。周りから「すごいねえ」と賞賛され、本人も優越感に浸れるし・・。
 わが職場はまだまだ学歴信仰者が多いから・・。不登校なんていうのは「子どもがおかしい」と本音の部分で感じている同僚は多い。自分の子どもはたまたまそういう子がいなかっただけ。
 
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卒業式

中学校の卒業式が先日行われた。
 次男1年の2学期からクラスに混ざれなくなって、1年目はフリースペースに居場所を求め、2年目は別室登校、それも午前中だけを卒業式前日まで過ごした。
 毎回、学期末ごとに「次学期はどうする?」と学年主任と担任からは面談を通して質問(尋問?)され、そのつど子どもと親と学校の考えをすり合わせながらやってきた。
 学校というところは、何かと学校のルール(教育委員会の決め事)を押し付けてくる傾向がある。
 適応指導教室に通っていても、当教育委員会の考えは3年性の2学期までしかそこには通えず、3学期は嫌でも学校(クラス)に戻らなければならない仕組みだ。卒業まで通えないのかとある不登校児の親が掛け合ったときは、「高校へ行く準備とするためにも集団で過ごす期間が必要」との判断だからだそうだ。
 学校側(教育委員会)は、先々の課題を考えての措置をとっているのだろうが、当事者の親に言わせれば「クラスに混ざれないから不登校しているのだ。適応指導教室でうまくやれているのにまたプレッシャーをかけたくない。教育委員会の考えは納得できない!」と怒っている。
 
 しかし、実際には卒業式間際になってもクラスに混ざれない子はいる。それはそれで対応するしかない。結局のところは子どもの状況次第。
 今回の卒業式の本番を1次会とすれば、わが子は2次会の方に出席。みんなと一緒の式には『出ない』と自分で決めて出席した午後からの卒業式へ。本人だけかと思っていたら、5人いた。
 学年の先生全員と校長・教頭・学年主任・副主任の書く先生たちの前での卒業証書授与式。在校生もクラスの生徒もいない中で、それでも「式次第」は儀式どおりに流れていく。
 なんか、会場(多目的ホール)で間つけている先生たちの顔はどことなくこわばっているというのか、緊張感のある雰囲気を感じた。
 校長の祝辞もどことなく心からの「祝福」にはうけとれないような感じ。ほとんどの子はいろんな事情で学校に正規通学できなかった子どもたち。その子どもたちを前に「卒業証書」を校長から手渡す。
 校長祝辞のなかで「中学校の過程を卒業したことを証する」ということはどういう意味をもつのか?を考えろと言わんばかりの口調で次へのステップに期待しているというような言葉をかけていた。
 私には「学校に来れなくては本来は卒業単位は上げられないのかもしれないが、一応義務教育だから卒業させてやるんだからな」という口調にもとれた。だって本当に顔はほころんでいないし、目つきは厳しかったもの。各担任からのはなむけの言葉も口調は顔は笑っていても目はいつも笑っていない。担任もぎりぎりまでクラスメイトと一緒に授与式に臨ませたいと働きかけてきたが、そうされればされるほど子供の方が気持ちがついていかなかったから、担任としてもどこか未達成な部分もあったかもしれない。
 長男の時には長男が参加できたことで、学年全員が一次会の卒業式には参列できた。そのことが校長はうれしかったのであろう、「この学年は全員卒業証書をこの場でもらうことができた」と祝辞の際に第一声だった。
 あとで聞いたところによると、次男が帰ったあと夕方からの3次会もあったとか。午後からの式にも出られない子どももいたらしいが、学校の方針としては校長先生から「手渡し」で証書をもらうことが原則だったようだ。校長からもらうことでこの中学を卒業した「証」としたいのだろう。親だけがもらうこともだめだったようで、とにかく子どもが来ないと渡してくれなかったようだ。
 不登校親の会の大御所たちは、「小学校や中学校は学校に行かなくても卒業させてくれるんだから行かなくてもいいのよ」という助言をよく各親の会で言っている。そんな学校の言い分に振り回されないでいいといいたいのだろうが・・・。

 それぞれの教育委員会や学校の立場や考えはさまざまだろう。その中でも当の子どもの思いや親の考えもさまざまだから、一概に「行かなくても証書はもらえるんだからいいんだ」と安易に考えるのはどうしたものかとも思う。
 自分が体験したことがすねての不登校事例に当てはまるわけでもないと思うし、そのときの個人(子どもや親・先生)間の関係性と学校組織の体制や考え方などが皆違うからだ。
 そんなことを考えながら5人の卒業式に親として参列したのでした。 

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池田晶子さん没後10年

 「哲学エッセー」というジャンルを確立した池田晶子さんが亡くなって10年がたった今も、著作は読まれ続けているという新聞記事を目にした。
 失礼ながら私は池田さんの著作をこれまで読んだことがなかった。『14歳の哲学』など若者にもわかりやすいことばで「考えるとは何か」というテーマで哲学と言う分野をわかりやすく書いている。

 図書館でさっそく本を借りて読んでみると、とてもユニークでかつ彼女の放つ言葉が実に的を得ており、哲学的なことを本の中で学べるのであった。
 どれも「目からウロコ」の文章が並ぶ。そして彼女のユニークな(しかし真実をついた)生き方や考え方に感銘をうけるのである。
 
 以下に一部抜粋させていただく
 
 探すのをやめよ
 いつまでも働かない、決められない若者たちの心性の根底には、「自分探し」があるとも言われる。「自分がわからない」、だから「自分に合った」「自分にふさわしい」仕事が見つかるまで、働きたくないという理屈である。
 そう思っている限り、働くことはあり得ない。「自分に合った」仕事など、いつまでも見つからない。なぜなら彼らは、「自分に合った」仕事を見つけたいと言う。その一方で「」自分がわからない」とも言う。つまり、わからないものによって、わからないものを見つけようとしているわけだ。そんなもの、見つかる道理がないではないか。
 自分というものは、「わからない」のではなくて、じぶんというものは「ない」のだと、一度思い知らなければダメなのだ。大人は本当はそう教えるべきだったのだ。しかし、戦後の教育は逆に、「自分らしく」「個性をもって」生きなさいと教えてきた。そう言われたって、よくわからないそんなもの、見つかるまで探すしかないんだろうなあ。子どもは当然そう思う。
 個性というものは、自分が見つけるものではなくて、他人が見つけるものである。自ら個性的であろうとするような個性が、個性であるはずがない。そんなものは、他人と異なろうとする一種の作為であって、自ずからのものではない。他人がどうなのであれ、自分にはこうとしかできない。それが本来的な個性というものだ。そして、本人にあっては、こうとしかできないことをやっているだけなのだから、それを個性なのだと思うはずもない。思うのは他人である。なるほどあの人はああとしかできない人だな、あれがあの人の個性だなと。
 自分というものが「ない」と知ることによってこそ、人は個性的な人になる。自分なんてものが「ある」と思っているから、人はいつまでもそんなものを探すことになる。本当には生きられないのである。
 (『知ることより考えること』より)

 ・君が自分を捨てて、無私の人であるほど、君は個性的な人になる。
 ・自分を認めるためには他人に認めてもらう必要はない。(中略)人は、他人と出会うよりも先に、まず自分と出会っていなければならないのである。
 (『14歳からの哲学』より)

 

親の会のその後

 先日地元の不登校を持つ親の会に参加した。
 3年くらい前から細々とやっていたのだったが、最近はネット(ブログやHPなど)からの情報を見つけて参加する当事者の親も増えてきた。
 人数が増えるに従って、まだ子どもの不登校に右往左往している状態の方から子どもの学校復帰はあきらめて、子どもの今を受け入れて明るくしゃべっている親もいたりでそれぞれの心境もさまざまだ。
 そうやって不登校経験者の親は「先輩」として自分の経験談を語りたがる。
 参加している親の中にもいろんな葛藤が渦巻いている。それは、子ども自身の問題だけではなく、子どもと自分(親)との関係だったり、自分と夫(妻)との関係だったり、自分と舅・姑の関係だったりする。また子ども同士(兄弟間)の関係だったりする。
 そういう一人ひとりは個別の家庭環境や個別の価値観を持つ人同士が「不登校」というカテゴリーをテーマとして何か一つの方向にまとまってくことがいい(?)みたいな雰囲気に誘導されるような感じがしてくることもある。
 
 ある母親が先日他の「親の会」に参加した感想をしゃべってくれた。
 そこでは同じ「経験者」の元中学校の先生が娘の不登校を通して学んだことや現在は同じように悩む親御さんの「伴奏者」となるべく電話相談をしているということだった。
 そこで語られた(伝達された)内容は、「仕事に忙しくて幼いころから愛情をかけてあげられなかった」「子どもは祖父母に面倒をみてもらっていた」「高校生になってリストカットをしたことも知らなかった」「育てなおしを位置からはじめた」「その後は10年以上かかったが、高校・大学・大学院そ卒業し、今は結婚して子どももいて幸せに暮らしている」「とにかく子どもを認めること、どんな小さなことでもいいから“褒めること” 」だったそうだ。
 そして今は(たぶん年齢的には60代後半)地元自治体の不登校相談サポーターとして電話相談に対応しているそうだ。
 親からの電話にいつでも出られるように、フリーダイヤルにして24時間対応できるようにしているとか。だから今悩んでいる親としてはいつでもどんなときも電話をかけることができ、アドバイスがもらえるのだとか。
 「今、子どもがこんなことをした(言った)。先生どうしたらいい?」・・・「じゃあ、○○してみては?」「今は××したらダメ。こういうことを言ってはいけない」などと適切な(?)答えをいただけるので、親御さんたちが頼りにしているのだとか。
 その話を伝達してくれた親も現役の教師だが自分の娘とはうまくいってうないらしい。彼女の個性と娘の個性がぶつかり合うのだろうと思う。
 講演を聴いてよほど共感した部分があったのだろう、まるで自分が講演者でもあるかのように、元教師の話の内容を上手に要約して参加した他の親たちに滔々と話していた。
 世話人はじめ不登校の何たるかを熟知(?)した親たちは、「わが子を褒める」などところどころ自分に共感できる内容のところでは、大きくうなずいたり「そうそう」と言葉で相槌をうったりして、その伝達話に賛同して聞いている。

 ある一人の元教師の体験談としてはエピソード的には参考になる程度のことだと思うのだが、それがそのままわが子に当てはまるかと言えばそうではないと私は思っている。
 あくまでも「参考」として聞くけど、そのあとの「じゃあ、私は今の家庭環境で、今目の前にいる子どもとどう向き合うか」ということを「考える」ことに主眼を置くべきだ。
 だってもし、その講演の内容が「子どもの不登校に対して厳しく学校復帰を求めて立ち直った人の話」で、「だから子どもはある程度社会の厳しさも教えていかなければならない」という教訓の話だったらどうだったのだろうか?
 「褒めて育てる」「叱って育てる」・・・どちらも正解でも不正解でもない。
 今回話してくれた内容は「子どもを何でも褒めること」というキーワードにほとんどが共感をしていたが、「だからわが子も褒めて育てないと」と思った親もいたかもしれない。本音の部分では「今のわが子の現実」を受け入れられなくても、親の会でそんな話を聞いたからさっそく実行しなければと思う親がいてもおかしくない。
 私がもう一つ、聞いていて腑に落ちなかったのは、タイムリーな相談を受け付け助言したいというその元教師はどういう立場でいたいのか?
 また相談をしたがる親たちも自分で「考えること」をせず、何でも安易に「答え」を求めたがる傾向に陥りはしないか?「ハウツー」を求めたい人もいるから、それで満足できるならいいのだが・・。
 
 「親の会」を毎回開催していると、次なる展望が世話人の頭にあるらしく、親の居場所と相談できる場を今のNPOの傘下から離れて(今はあるNPOの下部組織的な立場なので自分のしたいことも上に伺いをたてないとできないというしがらみもあるのだろうが)立ち上げたいとの願望があると言う。
 そこで助成金便りで民家を借り、そこに当事者の親が交代で常駐し、電話相談や対面相談に応じたり、親や子どもの居場所・学習支援の場にしていきたい。そして子ども食堂的や役割も担いたいと、自分(世話人)の夢を語り、実行委員を募集したいという。
 何となく参加している人たちもそういう考えに表だって「反対」できる立場にはない。だってやろうとしていることは、人によっては「必要」なことかもしれないから。
 でも、親の会の発展形として、そういう組織的なものを立ち上げようとする場合にそこまで賛同できない(しない)人もいる。
 親の会に参加したから、そういう組織や団体を作って親同士もつながっていたいという孤立感予防のために活動したからといって何か阿変わるわけではない。多くは自己満足の域だと思う。
 親の会に参加するのも「自分ひとりだけが悩んでいるのではない」という安心感。そういう団体を立ち上げて人の相談に乗ってあげたいという思いも「自分が必要とされる」という「自己満足」。
 私が親の会に参加する理由は何なのだろうか」といつも自分に問う。不登校や発達障がいに関することなら本を読んだり研修会に参加したり、専門家の意見を聞いたり、ネット媒体からの情報収集だったり・・・。これまで数々の媒体から情報収集はかなりしてきたつもりだ。
 しかし、人間の気持ちや心の持ち方というのは、自分の生き方につながるものだ。あくまでも子どもの問題は問題とする私の問題だ。
 親の会に参加することで、人の考えを聞き、それを自分の考えと照らし合わせながら、自分の生き方を考える・・・そんな情報源の一つとして私にとっての親の会はあるのかもしれない。
 だから、親同士が集まって何かを企画し、同じ悩める人のために助言しようなどというおこがましいことはできないと自分自身は思っている。

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内なる差別と偏見

 「内なる差別を見つめて」  朝日新聞の記事より(引用)

 6人きょうだいの中で、ある「障がい」を持って生まれた兄に、父は強い差別意識を見せて接しました。親が子に優劣をつけるという宿命的な感情を末っ子として見続けるなか、幼いなりの正義感から父を憎みました。
 一方、そんな自分の心にも、「兄がいなければ」という内なる差別が潜んでいたことも、確かな事実です。
  (名古屋外国語大学学長  亀山郁夫)


  「差別はいけないこと」だと理屈のうえでも体験的にも感じてきても、時によっては兄弟であっても、いや兄弟だからこそ差別意識を持ってしまうことはあると思います。
 誰の心にも多かれ少なかれ「差別や偏見」は持ち合わせているのです。「私は人を差別しません」などという人がいたらその人は偽善者です。 自分の中にある差別意識を見つめること。

  今、「福島原発いじめ」の話題がニュースをにぎわせています。子どもたちだけでなく、大人も避難先の地域や職場でいじめにあっているという実態があります。
 何か事件や大事にならないと、こういう話題は見えないものとしてかき消されてしまうのです。
 子どものいじめはその親の会話や偏見・差別意識がいじめる子どもたちへも浸透していることを意味しているものと思います。
 
 「弱者マウンティング」・・・・(たとえば)自分たちは毎日必死で働いても生活が厳しいのに、福島の親子は働かなくても賠償金をもらって悠々と暮らしている、といった周囲の見方。そんな考えに至る人たちだっているかもしれません。


 話は変わりますが、 昨今の健康ブームや病気予防のテーマでの講演会や研修会に参加すると、講師の医師や研究者たちはたいてい「福島産の野菜は放射能が高いから食べないほうがいい」「福島沖の魚には放射能に汚染されているから体に悪い」という発言をする人が多いのです。
 そういう話をする講師たちは、たしかに自分も健康には人一倍気を遣って食生活からしてもストイックな生活をしていますし、足りない栄養素を補うべく大量のサプリを食し、お金にはいとめもつけずに体にいい食材を追求している人たちです。
 でも、そういう話を一般庶民が聞くと、「福島の食べ物はあぶない」という情報だけが独り歩きし、「福島は放射能汚染がまだやまない」と思い込み、日ごろ家庭でそういう話が伝達されれば、子どもも次第にそんな感覚に陥ってしまうことを誰が否定できるでしょうか?
 福島産の野菜や魚を買ってくれる市場がなければ福島の生産者の生活も立ち行かなくなります。
 「福島県人への差別や偏見をなくそう」と掲げても、実際大人たちはそうやって不買運動をしたり(表立ってではないにしても、スーパーの店頭に福島産とそうでない品物が並んでいたら、自分はどちらを買っているかということです)しているではありませんか?
 それこそ「内なる差別や偏見」だといえませんか?
 だから、原発いじめの問題はそのいじめの当事者だけの問題ではないと思います。
 私たち一人ひとりの心の中に問われるべき問題だと思います。

 

都会の風景

 先日ある研修会を受講するため、地方から東京に上京しました。
 この講座は食事と栄養学・医学・健康に関連するもので、定期的に受講したあとには主催者から認定証をいただくものなので、今日で10回めの受講になります。受講料も○十万もかかる上に、上京するたびに新幹線代もその都度数万円かかってしまい、財布の中身が気になるところです。
 
 東京近郊に住んでいる人と地方で暮らす私たちとの違いはやはりこういう点でもハンディがあります。
 会場は新宿駅西口から15分ほど歩いた所にある区立の公共の建物ですが、高層ビル群や都庁を横目にしながらひたすら会場までの道のりを急ぎます。
 今話題になっている都政もこの建物の中で繰り広げられているんだなと、テレビでしかお目にかからない建物を間近に眺めながら。
 日本の注心都市でもある新宿の街並みを通り過ぎる人たちは服装もバッチリと決めていて、みな華やいでみえます。建物の中に入っているショップも値段もはるものばかりで、洋服でもバックでも食べ物屋さんでもどのお店に入ったらいいかと迷うくらい。
 こんなに有り余るほどの商品、本当にさばけているのかと思うほど。その分値段に上乗せされているのでしょう。
 帰りの新幹線の時間まで間があったので、夕食代わりに駅構内の店で腹ごしらえしたけど、値段の高いこと。たまには自分へのご褒美としていろいろ頼んだけど、田舎なら多分半分の値段で済みそう。
 前日は貧困の研修会に参加したばり。今や子どもの6人一人が貧困家庭と言われています。また4人に一人の割合で非正規雇用という現実。
 そんな現実がまるでうそのようにも感じられる都会の雰囲気。なんか田舎から来た人間には別世界のような意識にさえなります。
 

発達障害関連のブログを読んでの感想

 発達障害関連のブログの中ではよく障害特性を踏まえた対応をすることの必要性が書かれてあります。
 わが子の育ちに不安を持つ母親がいろいろとネットサーフィンして自分の腑に落ちるブログを見つけ、フォローしたりしています。
 親自身が悩んでカウンセリングを受けたり、またカウンセラーを養成するための研修を数日受けただけで「カウンセラー」と自称してメール相談等をしている人もいます。
 母親として学んだことや、親のかかわりの変化でわが子も変容した、そして悩んでいる人にこの経験を伝えたい、と親自身も自分の心のよりどころを求めたり、「発達障害」を熟知した親として認められたいという思いもあるんじゃないでしょうか?

 ある「家族支援カウンセラー」(親)のブログでは発達障害の特性を踏まえた関わりが大切といっており、わが子にもそのように接して子どもが変わったと言う内容が書かれていました。
 たいてい発達障害を勉強してくると、その特性を踏まえて対応するようになっていくので、子どもの方も落ち着いていきます。 

「発達障害」という言葉の持つマイナスのイメージではなく、「ST(スペシャルタレントの略)気質」というプラスのとらえ方をしようと提唱する人(専門家等)もいます。そういう子どもたちの行動や考え方はあくまで脳の思考の特性なので、それらを無視して健常者の脳の思考にあわせようとするから混乱がおきるのだと主張します。
 確かに正当な考え方であり、そういう特性を周りがもっと理解して関わってくれたらという思いは発達障害児の親なら誰しも望む所です。

 ある方のブログにこんなことが書いてありました。
 「ST気質の子どもたちの特性として“予期不安”があり、電話が苦手という子が多い。相手の表情が見えないからどんな反応が返ってくるか予測がつかないため。就職して体調が悪くて休みたいと思っても、電話でどうしゃべったらいいか迷っているうちに時間が経って無断欠勤扱いされ、仕事先とトラブルの原因になったりする。電話よりメールやラインなどを使うといいので、もっとそういう連絡手段でもよしとしてほしい。」という内容でした。
 親や子どもの立場からしたら、そういう考え方もありかもしれません。

 私の職場は病院ですので、将来の医療従事者を育てるために学生の実習を受け入れています。特にリハビリテーションの職場は実習期間も1~2ヶ月の長期にわたり、毎年5~6名の実習生がきます。
 実習生としてまず何を評価されるかといったら、スタッフや患者さんに対してきちんと挨拶ができるか、休みの連絡がきちんとできるかなど、社会人としての第一歩の態度です。
 実習指導者の中には(特に他人に厳しく、相手の課題を見つけるのが得意なスタッフ)、挨拶や連絡ができないというだけで、かなり手厳しい評価を下す指導者もいます。
 学生の中には偏差値教育では優秀な成績を修めても、社会人としてのコミュニケーションが苦手な人もいます。中には診断こそされていないけど、もしかしたら「発達障害」と思われる傾向の人もいます。
 ある学生は勤務時間になっても職場に来ないので、指導者の方から電話を入れたり、中には同じ学生同士でメールでやりとりしていて、同じ実習生から欠席の連絡を代わりに受けたなんていうことも。
 あらかじめ、発達障害などと診断でもついていれば、それなりの対処もしようがあるのかもしれませんが、そうじゃない、いわゆる「普通」と言われている学生もそういうタイプの人も何割かはいます。
 
「発達障害の特性を理解して配慮してほしい」といって職場に理解を求める必要があるのも、同じような特性を持つ子を育てている身としては理解できる部分も大きいです。
 しかし、大部分の人たちはあくまでも社会人としての責任と自覚ある行動を取れないのは困るという見方をします。
 特に、医療や介護業界ではなおさらです。
 
 息子と養護学校で同級生の子も、職場実習でお世話になった介護施設に障害者枠で就職しましたが、実習ではやさしかった上司も実際職員という立場で勤務した途端、彼女の指導を担うスタッフからの手厳しい評価に二次障害をおこしました。
 ジョブコーチや親や養護学校の先生達が同席した彼女の処遇会議で、散々叩かれたことを後日親御さんが話してくれました。アスペルガーの特性があるのですが、その特性はあらかじめジョブコーチや学校からも申し送りされているのもかかわらず、現場ではそんなことよりも社会人としてなっていないと散々言われたそうです。また、母親はどんな育て方をしたのだと、皆のいる前で批判されたそうです。
 彼女の母親は指導者である上司の不満を私たちに愚痴っていましたが、その上司という方は、社会福祉士でもあり、以前仕事を通じて私も何度か関わりを持ったことのある方で、仕事を通して見ていた彼女はとてもそんな風に障害者に対して厳しいことを言う人にも見えなかったのでした。

 いくら障害者雇用枠で入職したとしても、医療介護業界はチームで仕事をしたり、患者(利用者)さんの安全管理も大きいがゆえ、連絡・相談・報告を怠ると大変なことにもなるからかもしれません。

 話は前に戻しますが、先にあげた「連絡手段を電話でなく、メールやラインでできるようにすればいいのに」と当事者や親は考えます。発達障害者が職場のルールに合わせるのではなく、職場が発達障害者の特性に合わせた対応をしろという考え方です。
 しかし、何事もメール等で連絡を取り合うデスクワーク中心の職場ならいざ知らず、大部分の職場は今もなお電話連絡が一般的です。
 「私はそういうことが、苦手なのでできません」というだけではなかなか理解を得るのは難しいような気がします。
 その点に関しても、ある障害者の就労支援事業所で働いている職員のブログにも似たような事が書いてある一文を見つけました。
 「職員としては発達障害と毎日向き合っているけど、中には自分の障害の部分にあぐらをかいているように感じることもある」「私はこういう人間なんだから配慮するのが当たり前と言わんばかりの態度を取られると違和感を感じる」と。
 
 主張だけしても、自分もある程度課題を克服していかねば、という姿勢や態度、自分の特性に向き合うなかでの気づきを持たないことには、障害者関連の施設で働く人ですらそんな感情を持っている人もいるというのに、一般的に発達障害者の特性をそんなに知らない人たちの中で働くのはもっと大変だろうと思います。
 
 自分の特性に合わないと思えば、無理してその仕事にしがみつくこともないと思いますが、私の職場のような資格がないと働けない職種だと、実習の段階からかなり苦労するようです。
 指導者の資質云々の前に、仕事というのはどうしても社会人としての常識を問われてしまうし、できなかったときには、親の育て方を問われてしまう。仮に彼らが資格を取って新入職員として勤めても、そこの職場でまた同じような問題にぶち当たるので、結果的に職場や上司とトラブルを起こして辞めていく結果になるようです。
 そうならないようにするためにも、実習の段階から、指導すべきを指導するのですが、この辺は実習生と指導者の相性や指導者にある程度発達障害を捉える視点があるか、それを踏まえた指導ができるかも必要な部分になります。
 残念ながら指導者の身近にそういう人がいなくてかかわった経験がないと、単に「変わったやつ」「常識を知らないやつ」という先入観でみられないとも限らないのです。
 私自身は発達障害の子どもを持つ親としての視点と、職業人としての視点、両面から考えてしまうので当事者も一般の社会の有り様に近づく努力は必要かなあとも感じています。



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孫の面倒をみる高齢者

 90歳の高齢者女性(Aさん)を今リハビリで担当しています。転倒し大腿骨頚部骨折で入院中です。
 手術したところはもう痛みもなく、順調ならもう杖歩行くらいはできてもいい時期ですが、もともと悪かった膝(変形性膝関節症)の痛みの方が回復を遅らせている要因にもなり、歩行器を使っての歩行も長く歩けません。

 自宅には20代(23歳と20歳の孫息子、21歳の孫娘さん)の孫たちとの4人暮らし。夫は20数年前に他界、息子夫婦と同居していましたが、息子さんも4年前にがんで他界、孫たちの母親である嫁も3年前に他界しました。
 嫁さんは家事や仕事はできず、Aさんは自分が外に出て働き、子育てを任せてきたそうです。
 嫁さんの実家にも「何もさせてこなかったのか?」と言いにいたこともあたそうですが、実家の母親も家事はしない人だったそうです。「そっち(嫁ぎ先)で教えてくれ」と逆に頼まれ、ここまできたのだと・・。
 近所の人たちは知っていたようですが、嫁は毎日パチンコ屋に入り浸り、孫さんたちが大きくなってからは一緒に連れ出していたようです。糖尿病が悪化して亡くなったようですが、亡くなるまで医者にも罹っていなくてわかったときは手遅れだったと。亡くなってから1,000万円くらいのギャンブル借金が残り、それもAさんが返したということでした。

 3人の孫のうち、真ん中の孫娘は介護の専門学校を卒業後今年ある施設の介護員として働いていますが、自分の生活で精一杯のようで病院にくる余裕がないようです。
 そのかわり二人の孫息子たちは毎日夕方になると決まった時間に面会にやってきます。面会にやってくる目的は、Aさんから日々の生活費をもらうためもあるようです。以前まとめて1~2万円くらいを渡したら、一日で全部使い切ってしまったようで、毎日一日分ずつ渡すことにしたそうです。
 幸い兄は車を運転できるので弟と二人で毎日やってきてはAさんの指示を受けていろいろ必要なものを買ってきてくれたりもしています。
 Aさんはリハビリのたびに、「私がいなくてあの子達は大丈夫か?」「自分がこれまで何でも家事一切をしてきた(90近くまで)から何にも家事を教えてこなかったのがわるかったのだ」「はやく帰ってご飯炊きくらいできないとあの子たちが困るだろう」と、たえず口に出ることと言えば孫たちのこと。
 親戚も心配して何か仕事をさせようと農作業も手伝わせても長続きしないのだとか。弟の方はいったん県外で就労したけど、交通事故が起因してあまり働けなくなったようで戻ってきたようです。
 面会に来る孫たちにも「○○しろよ」「~~しないようにしろよ」といつも過干渉に近い言動を繰り返しています。
 役所からは『おばあちゃんの年金で二人の(無職の)孫たちの面倒を見るのはたいへんだから生活保護でもうけたらどうか?」とも言われているが、そういうお世話にはなりたくない。自分が生きているうちは頑張るといって断っていると。でも、自分が死んだら居間まで自分の年金で生活していたのができなると、孫たちはどうやって生活していったらいいのだという不安。
 
 もともとご自分も苦労して来た人のようで、特に息子夫婦がなくなってからは自分が一家の大黒柱のごとく孫たちの世話も一手に引き受けてきた人なだけに、勝気で気骨のある人です。
 孫たちを自立させたいと口ではなんやかやとはっぱをかけて孫たちの奮起を期待ているのでしょうが、Aさんの言葉にも孫たちの返事は「う~ん、う~ん」と空返事をするだけで本当に耳に入っているのかは定かではありません。
 病棟の看護師さんや同室の患者さん、それにリハビリを担当する私たちも、毎日Aさんから同じ心配を聞かされ、夕方になると判で押したようにやってくる孫息子たちを目にし、Aさんが発する会話を聞きたいと思わなくても聞いてしまうのです。
 看護師さんたちも「今こうしてAさんがいなくても何とかやれているじゃないですか?そこから少しずつ孫たちも考えていくんじゃないですか?」と前向きなアドバイスをしても「あの子たちは私がいなければ何もできないんだから、私が早く帰らないと・・・」という思いは相変わらず強いものがあります。

 これまでの家庭環境を思えば、Aさんは孫たちにとっての父親代わり、母親代わりを一手に引き受けざるをえなかったのだと思います。Aさんの性格上、嫁にもあれやこれやと自分の思いを押し付けてきたのかもしれません。勝気で言うべきことは黙っていないようなところもありますから。
 孫たちの子育てにも時々口を挟んできたのかもしれませんが、嫁がまったく家事をやらず、母親としても子育て上手ではなかったこともあり、そういう孫たちに成長したということもどこか必然の結果なのかもしれません。
 だから、Aさんが自分の老い先は長くない今になって、自分が何でも家のことをやってしまってきて、孫たちの生活能力を鍛えてこなかったことへの反省がいつも頭の中にあり、何かとこれからのことを示唆しても、孫たちの反応も危機感がなく、考えを改めて自立に向けた生活をしていこうという気配もないことはAさん自身もどこかでわかっているのでしょう。
 今の機能状況では、膝の問題も大きく、以前のように自分のことすらままならなくなりそうな予後です。当然、本来ならAさん自身に介護サービスが必要な年齢なのですが、お金の問題もあり、なるべく金をかけないでせいかつしたい。そのためには自分がご飯を作れるくらいにならないとという考えに至っています。
 退院後自宅には帰ることになりそうですが、若い孫さんたちとの生活はAさんも望んでいることではありますが、ここが一つのきっかけとしてAさんが逆に孫たちをうまく手のひらにのせてして欲しいことをうまく頼めて介護生活、生活能力を引き出せるようになってほしいなあと希望しています。

 余談ですがこういう事例(高齢者の年金をあてにして生活する無職の孫息子たち)という決め付けた見方をどうしても周囲はしてしまいがちですが、孫息子たちにも孫息子たちのライフストーリーがあり、家庭背景を無視した指導的なことは避けてほしいと思います。
 病院での様子をみていると、孫さんたちもAさんを慕って足りない買い物などをしてくれるし、何よりAさん自身も孫の存在が生きがいになっているのです。
 「自分が早く良くなって自分が生きて元気なうちは孫の面倒を見たい」という気持ちもわかるだけに、あまり孫さんたちを指導してなんとかさせなければともあまり考えてはいないのですが、Aさんがこれまでのようにはできない体であり、介護負担も生じていくことはどこかで助言・指導は必要になってくるでしょう。
 自宅に帰ったときにAさんのことだからできなくても頑張ってやってしまう危惧もあります。介護負担が増えれば当然孫たちの生活上の負担も増え、結果的にストレスや介護技術の未熟さから「虐待」めいたことをやってしまわないとも限りません。
 そんなリスクも頭の片隅におきながら、このケースを担当しています。
 
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乙武さんにみる障害者イメージ

『五体不満足』の著者である乙武さんが、以前不倫報道でマスコミをにぎわせました。
あの報道があってしばらくはメディアの露出もさけていましたが、最近ボチボチとあのころの心境や障害者としての自分のことについて本音の部分で話された内容がネットニュースにでていました。

『五体不満足』はベストセラーになりました。
そして乙武さんの明るく前向きな姿は『障害者の頑張る姿』として世間にイメージングされていきました。
しかし、乙武さんはしだいにそんな自分へのイメージを払拭したくて、けっこうメディアを通してあのころから何気なく下ネタ話題を振りまいたりをしていましたが、「自分がいいことを言っている所、がんばっている所、そういう所を平面的に切り取られてそこだけをマスコミは必要としてくる」として「がんばる障害者像」を求められていったと言います。
自分だって障害者という前に思春期・青年期の異性にも関心を持つ一人の男なんだと言いたかったのでしたが、障害者であることが前面に出され、乙武さんというイメージを作り上げたのでした。
24時間テレビが映し出す「愛と感動を与える存在としての障害者像」をメディアは求めてきたのでした。
「障害者は清廉たれ、障害者は潔白たれ」と聖人君子の仮面に18年間苦しめられた」と語っています。

乙武さんが『五体不満足』を出版しようとした動機の一つに、「自分は障害を持っているけど、楽しく生きているよ」という障害者へのマイナスイメージの払拭を世間に求めていきたいという思いもあったとのことです。
しかし、自分の思いとは裏腹に、障害当事者・家族からのバッシングが多かったと言います。

「あなたはたまたま家庭環境に恵まれていただけだ(親が最初から障害を肯定していた、ある程度経済的にも恵まれたなど)」
「乙武さんががんばっているから、あなたもがんばれるはず」と言われたり、そういう目で見られたりすると。
ベストセラーになったことで障害者のイメージが乙武さんになってしまったのでした。

あともう一つのバッシングは乙武さんという存在それ自体に窮屈さを感じる人々の存在でした。
障害者はもともと弱い存在。なのに障害者が著名になると弱者→強者になったと言われる。
せっかく俺は弱者としてみんなに優しくしてもらえたのによけいなことをしやがって・・。
障害があってもハッピーに生きているという風潮が、許せなかった人が多くいたのでした。

障害当事者や家族からのバッシングはあっても世間やマスコミは相変わらず彼を重宝し、業界の中でいろいろ活躍の場を作り、次第に国会議員の立候補者として名前があがるまでになっていきました。
しかし、そんなところにあの騒動がおこったのです。
今度はメディアも世間も「あいつは最低の人間だ」とこき下ろしたのです。

「メッキがはがれたと批判する前に、これがメッキですとアピールしてきたのに、その言葉は誰にも届いていなかった」と乙武さんは騒動の反応にこう感想を述べています。


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わが子自慢をしたがる人たち

 リハビリテーション専門学院時代の同期の同窓会の誘いを受けました。
 毎年有志で場所をうつして集まっていましたが、私もその中の数回は参加していました。
 私は子どもを持ったのが遅かったのですが、ほかの参加者たちは比較的結婚も早かったため、子どもさんも高校・大学・就職・結婚の年齢に達しています。

 当時は厚生省管轄の国立の学校と一部の私立の専門学校しかなかった時代ですから、理学療法士・作業療法士になりたい学生はけっこう全国の進学校からくる人が多かったのです。中には医者をめざしたけど落ちたからリハビリの世界に入ったと言う人なんかもいました。
 
  同窓会で話題になることといったら、職場の話のほかにプライベートでは決まって子どもの話になるのですが、たいていこういう場に来る同期の人たちは比較的子どもには恵まれた環境にある人たちばかり。
 子どもが県下一の進学校に入って成績も学年で1番だとか、エリートと結婚したとか、一流大学に入学して学生生活満喫しているとか、出世して管理職になったとか・・。
 情報魔の人は、参加していない人の子どものことまで把握済みで、皆に教えたがります。

 そういう場で、わが子の現状をカミングアウトすることには、ある意味勇気のいることかもしれません。
 そんなときは皆の話の聞き役に徹して、自分に質問がふりかかってきたら、さりげなく時にはにごしながら子供のことは話せる範囲で返しています。けっして発達障害や不登校が恥ずべきものではないことなのに、どうしても子供の自慢話をしたい人たちにむかって
積極的に話す気にはなれません。
 
 子どものできが親のできなのです。子どもが優秀であれば、優秀な子を産んだ私、育てた私は一目おかれるし、優秀な私のままでいられるのです。
 自分も学生時代は優秀の部類に入っていた人間ですから。
 だから医者や教員の子どもなどは特にそういうプレッシャーを受けやすいと思います。
 中には学力が足りないのに、必死で医者になれと強迫的に勉強させられている子どももいます。
 医者や教員の世界(職場)なんか、子どももエリートでなければいけないようなプレッシャーを親も感じるんじゃないでしょうか?
 
 でも正直そういう人たちのお子さんが障害を持っていたり、不登校だったり学力が低かったりで親の思い通りにはならないとわかってこそ子どもをとらえる視点も変わるし、そこではじめて患者さんや生徒たちに向ける眼差しも違ってくると思うのです。
 
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自立させたいの?

先日久しぶりに養護学校卒業生の親子同窓会をしました。 
 それぞれ広汎性発達障害、アスペルがー、てんかんと知的障害を持つ子どもたち。それぞれの特性もあり子供同士で静かに盛り上がっていましたが、みんな何らかの障害を抱えているため、あまり会話も弾むことなく、それぞれが各々で楽しんでいましたね。
 
 親は親で最近の子どもたちの近況を伝えあいながら、新たな悩みも相談したり。
 それぞれの子どもたちは、障害者雇用での就労は1人であとの3人は就労支援事業所に。一人は専門学校に入ったけど休学中。
 話題は、「子どもの自立」について。
 「結婚なんて考えられない!」「うちの子は結婚なんかしない」
 「親が病気になったり死んだりしたら、何にもできないよ・・・」
 私:「家事とかさせていないの?(女の子の親に)」
 Aさん:「そんなのさせてない、させてない!だって仕事にいくだけで疲れて帰ってくるし。疲れているのにさせられない。あんたは仕事を一生懸命やってねって言っている」
 私:「日曜日とか仕事が休みの日にさせればいいんじゃない?」
 Aさん:「料理を作らせても手際が悪いから、私は作ったほうが早いし。それに台所がきたなくなるので手伝わせられないわ」
 私:「でもいつまでたっても覚えられないじゃない?」
 Aさん:「M子(娘)の面倒は弟に頼んでおかなくちゃ。だって家族だもん、”あんた面倒みなさいよ”って今のうちから教えておくんだ。弟は嫌がっているけどね。」

 また、いつもみんなが会う場所は大型ショッピングモールのフードコートになるのですが、その理由は一人の子どもがマックのハンバーガーしか食べられないからなんです。
 みんなで集まる場所となるとたいていはお店で外食でとなるのですが、本当に彼は食べられるものがほとんどないというのです。
 幼少期から家庭でも本当に数種類の食材しか口に入れなかったとのこと。
 だからお金を出してお店を予約してもほとんど食べられないので、彼が唯一外食で食べられる店を選ぶと、マックのテナントが入っているフードコートになってしまうのでした。
 
 確かに味覚にこだわりがあるとはいえ、20年近くもすっと同じ食材のものしか食べないということでは栄養面の偏りなども気になるところです。レパートリーを増やす工夫は当然親のほうもしてきたのかも知れませんが、なかなか食べられるものは限られています。
 当然、そのほかのこだわりも強く、ちょっとしたことでキレる行為は今もあるようです。
 お母さんも彼の言動に振り回され、子どもに気を遣っています。
 
 この子はこういう(特性のある)子だから、何をして(言っても)もだめなんだ。
 今子どもに新しい課題を提示して無理をさせたくない、そんなことをしたらとたんにキレて暴れたり、暴言を吐いたりするんだから、親も子どもが落ち着いていてくれたほうが安心。
 親が元気なうちはこっちで何でも面倒を見たい(見なければと思っている)。

 自立はしてほしいけど、具体的な手続きは踏みたくない。
 発達障害だから。こういう子(こだわり、いやなことはしない・・・)だから無理。
 最初からあきらめていたり、冒険させないように親のほうでブレーキをかけてしまっている。

 そういう特性のない子は自然に身につく(あるいは真似して覚える)ことができますが、こういう特性のある子だからこそ、いろんな経験の蓄積も必要なんじゃないかなあという気もします。
 
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他人への評価は自分への評価の裏返し

引用

●人の批評ばかりする人の心理
 ・批評家はlコンプレックスを抱えている。
 ・自己顕示欲からくる批判
  自分より下の人に対して偉そうにふるまうことで、自分は詳しいとかすごアピールをすると同時に、下を育てないことで、自分よりも上になる可能性をつぶし、自己顕示欲を満たし続けることができる。

  その心理は  ・自分に自信がない
           ・実は注目されたい
           ・自分の人生に不安がある
           ・自分の考えが正しいと思い込んでいる 
           ・親が厳しい
           ・承認欲求が強い  
           ・恐怖心が強い 
           ・ストレスを抱えている


●人の悪口(陰口)を言う人の心理
  ・プライドが高く、劣等感の強い人、勝気な人
  ・いつも自分と他人を比べている人
  ・いつも自分をよく見せたいと思っている(自分がその人より上位に立ったような気持ちが生じるから)
  ・自分が褒められたいため、他人を貶め、気分を代替
  ・仲間との絆の確認のため
  ・常に順位を意識して生きている(学歴・容姿・金持ち・貧乏・性格・恋愛・環境等で全てにおいて上下関係に敏感、そういうのに劣等感を感じる人)
  ・人一倍傷つくのが怖い
  ・他人に言う悪口、実は自分への悪口でもある⇒⇒ 人は自分の悪い面を認めたくないとき。他人にその悪い面を押し付けてしまうという心の働きがある。自分に強いコンプレックスを感じている人は、他人の短所にひどく反応する。
    
 攻撃のメカニズム 
 ・自分の身を守りたいから
  人間がある程度一貫した行動をとり、周りから普通の人だと思われるためには、心の中の要素が矛盾だらけでは困る。心の中がある程度一貫していないとだめだ。
  しかし、実際には人間の心の中にはお互いに矛盾する観念や欲望がいっぱい詰まっている。
  そこで人間は自分の一貫性の邪魔になる観念や欲望に対して、攻撃をしかける。
  自分が自分の内部の要素に攻撃をする。内部の葛藤は耐え難いので、攻撃対象を自分の外部に投影してそいつを攻撃するようになる。
  これが自分の外部に対する攻撃のメカニズムである。内部に矛盾を抱えていない人はいないのだから、人間は誰でも外部を攻撃する。
 自分が勝手に思い込んでいる規範で、他人を裁いている。

●人を見下す人の心理

 ・コンプレックスや精神不安から自分のプライドを維持するため
 ・嫉妬心があるから
   見下す人は他人の噂話が好きな傾向にある(人の悪い噂話を楽しそうに話す)
 ・優越感が快感になってしまう(他人をばかにすることで、ストレス発散)
 ・周りにちやほやされている(天狗になっている)
 ・自分の信じている選択肢以外は論外
   自分の信じてきた道を正当化しようとする心理
 ・なんでもできると思い込んでいる
   実際に実力で劣ってしまった時に、負け惜しみで人を見下す。口だけの人間のパターンが多い。
 ・自慢話ばかりする人ほど見下している  
   見栄をはりたいための噂話やネット情報の知識自慢が多い。


 こういう感情を支援者・専門職の方の中でもだいぶ持っている人は多いと思います。実際に前の職場にも、今の職場にも一定数はおります。ここにあげたような特徴を持つ人たちは、本当にみなさん共通しているんですね。障害者や弱者を見下し、馬鹿にし自分の仕事に自信があり、人から指示されることは嫌い、そのくせコンプレックスやストレスを多く抱えている人たち。
そういう人たちの支援で共通しているのは、「○○してあげる」「やってあげている」という言動や態度。そこに「させていただく」当事者から学ぶ思いなどはあまりありません。
 
 程度の差こそあれ、みなその個人の置かれてきた環境や背景は様々であり、そういう環境や背景があったからこそ、今自分はこの仕事に就いているのだともいえるのかもしれませんし、それが自分の人生の必然だったのかもしれません。
  
   

障害者を切り捨てる優性思想

 NHKの朝のニュースの一コーナーでの特集を視て。
戦後の日本で、知的障害者の女性たちが、結婚しても子どもを作れないように、本人たちには内緒で不妊手術を施こされたという実態があり、体験者として80代の女性が紹介されていました。その後結婚しても子供ができないので離婚されるに至った。その理由を後で知って、すごいショックをうけたこと。80代になった今でもトラウマとして心の傷として残っている、というもの。

 戦後の日本の混乱期には増える人口増加のなかで、生まれる子供を選別する必要から、「いい子を産むこと」「社会の役に立てる子供を産むこと」という優性保護法が施行され、国の施策として代々的に繰り広げられたようです。
 そういう施策のもとで、障害を持つ子の親や親族も、「子供が社会の偏見にあうのが不憫」「子供を作ってもとうてい育てられないだろう」との考えから、本人には内緒で不妊手術に同意したといいます。
 当時、その手術に携わった医師(80代)が実名・顔出しでTVに出ていました。今の時代の感覚と当時の感覚はもちろん異なるものの、あの当時は自分も医師として何の疑問も持たないで国の言うとおりに従ってきたことを、反省と懺悔の念を抱きながら話していました。

 有名な第二次世界大戦下のドイツナチスのアウシュビッツ強制収容所や精神障害者の毒ガスによる大量虐殺などもどこか共通するものがあります。
 また当時の日本においてはハンセン氏病の隔離政策もしかり。施設内での結婚に対しても、子供は作らないようにされた事実。
 
 今、障害者の人権とさかんにいわれているけれど、この優性思想に基づく大きな事件が昨年おこりました。相模原の重度障害者施設内でおきた殺傷事件です。
 犯人の男性は「障害者は生きていても幸せになれない」といって、自らの持論を振りかざし殺人を犯しました。(今回、自己愛性パーソナリティ障害だったと彼自身の障害特性も明らかになりましたが)。
 
 この男性の犯した犯罪の部分は大きな罪に問われるものですが、障害者に対する見かたが特異な人格障害ゆえの考えに基づくものとして結論づけていいものでしょうか?
 今回この事件に関して、福祉団体や同じ重度障害を持つ親御さんの心境などを間接的にある研修で聞く機会がありました。ニュースでも取り上げられているように、一部の方を除いてはいまだに被害者は氏名や顔写真を出して報道されていません。

 講演の中で講師の知的障害者団体の理事長は次のようにおっしゃいました。
 警察からは今回の報道にあたり、「氏名を出しますか?」と最初に被害者家族は聞かれたそうです。普通は被害者はその人権を本来は尊重されるべきなのに、「普通の事件」だと被害者の思いとは関係なく、「報道の自由」や「知る権利の自由」ということで勝手に氏名が出されるのに、何で障害者だとわざわざそのような質問をぶつけるのかと。「普通の人」は氏名を出されることでまた別の意味でマスコミに追われたり、被害者の人権が無視される状況になったりする。今回は重度障害者への「配慮」からそうしたのかもしれないが、その「配慮」がまさに「偏見」を生んでいるのではないかと。しかし、大部分の被害にあわれた親御さんは「世間や親せきに迷惑をかけたくない」という本音もあるということです。
 反面、わが子が産まれて生きてきた存在までもなくしてしまいたくない・・その狭間の中で大きく苦しんでいるということ、などなど・・。

 世間みんなが理解ある人たちばかりじゃないという事実。福祉団体に寄せられる心無いバッシングもないわけではないという事実をどう受け止めるべきでしょうか?この犯人のように実行には至らないとしても、本音の中では「重度の障害者なんか生きていても何の価値があるんだろうか?」と、思っている人だっている。表立って表明していないだけで・・・。
 
 今でも、障害者同士の結婚により子供を産み育てることというのは、障害の内容や家庭環境にもよりますが、ハードルは高いのも確かです。特に知的障害を持つ人の場合は、「自分の生活もままならないのに、子供を産んでどうやって育てるのだ」という声もこの時代にだってあります。実際に彼・彼女らを支援している専門職の方だって本音の部分ではそういう考えの人もないわけではありません。 
 身体障害だけの人はそれほど大きな問題になることは少ないような気がします。それは実例として立派に子育てしていたり、身体的ハンディは他の人的支援やテクノロジー・福祉用具等である程度代替できるからです。
 しかし、知的障害者の場合、そのハンディキャップや社会の偏見はまだまだ大きいものがあるのも事実です。親でさえ(わが子かわいさ、不憫さゆえに)反対するのですから・・。

 一人の女性としての人権と、社会の偏見や優性思想からの脱却。自分の身に降りかかった時にひとりひとりの価値観が問われるものなのだと思います。
 深く、きついテーマを朝から突き付けられた思いです。

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成年後見制度の課題 

毎日新聞(2016年2月21日)の記事より一部抜粋

地域の取り組みに温度差 
 「(成年後見制度の)利用を促進するには、成年後見を必要とする人の把握と、その人を支える体制をどう作るかにかかっている。
  東京品川区社会福祉協議会の斉藤修一・品川成年後見センター所長は指摘する。
  同センターは「ワンストップセンター」として相談の受付から家裁への申し立て、後見の実施まで担う。区の高齢福祉課と情報を共有。月2回開くケース会議で関係者が協議し、後見人をつける必要があるかの方針を決定する。その後医師や弁護士・福祉関係者らによる審査を経て、家庭裁判所に後見人の選任を申し立てる。
 同社協は法人として後見人になることが認められており、職員17人で分担している。資産が少ないケースや家族関係が複雑でない場合は、区などで養成した市民後見人が担うこともある。
 同区の市民後見人の一人、Kさんは定年退職後、とが実施した市民後見人の養成講座を受講。2年前から市民後見人として活動している。
 これまでに4人を担当。週1回は自宅に赴き、契約など本人のさまざまな選択を支援する。本人が高額な化粧品を買ってしまったことを知った時は、企業と交渉し全額返金してもらった。報酬は1万円。
 「ボランティアではなく職業人としての自覚が求められる」と話す。社協職員とは常に連携し、判断に迷ったときは一人で抱え込まないようにしているという。
 だが、品川区のように体制が整うところは多くない。
 また後見人の数を確保するには、弁護士ら専門職だけでは限りがあるため、厚生労働省は11年度から市民後見人の養成事業を36都道府県役160の自治体で実施し、役1万人を養成した。市民後見人への期待は高いが、実際に家裁の選任を受けるには、品川区のようなバックアップ体制が必要だ。

後絶たぬ不正被害
 後見人らによる不正の被害は14年に年間で831件あり、被害総額は56億7,000万円に上った。親族の後見人だけでなく、職業として後見人となる弁護士や司法書士などの専門職でも不正は後を絶たない。
 後見人の立場を悪用して、認知症の高齢女性3人から1億円以上を着服し、キャバクラ代などに使ったとして業務上横領に問われた元弁護士に対し、東京高裁で10月に開かれた判決公判。裁判官は懲役6年の実刑を言い渡した。
 
 制度上、後見人の監督は原則、家庭裁判所が担うが、政府の有識者委員会では、「事務負担が増えており、家裁の監督だけでは不十分だ」との意見が多数だ。
 対策の一つとして注目されているのが、12年から始まった「成年後見制度支援信託」だ。本人の財産のうち、日常的な支払いをする預貯金は後見人が管理し、普段は使わない金銭は信託銀行などに託す仕組み。信託財産を払い戻したり解約したりするには家裁による指示書が必要なため、多額の不正はしにくい。
 同制度の利用者は14年2,764人(1,090億円)、昨年は6,563人(2,109億円)と飛躍的に増えている。これに伴い、15年の後見人らによる不正件数は前年より約4割減り、被害額も5割近い29億7,000万円に抑えられた。
 しかし、銀行側にとっては収益につばがりにくく、新たなシステム導入など経費負担も大きいため、大手信託銀行以外が導入するにはハードルが高い。
 そのため、計画原案には「成年後見制度支援信託に並立・代替する新たな方策の検討」が盛り込まれ、今後地方銀行でも実施できるような簡易な方策が検討される見通しだ。



  2,000年の制度発足以来、今なお、多くの課題を抱えている。 
  これからますます認知症高齢者は増える一方。障害者も例外ではない。役所はさかんに普及・啓発の大義があるから、さらにこの制度活用を勧めようとしているでしょう。
 しかし、品川区のように市民後見人をきちんとした形で養成し、そして活躍の場を実際に広げてもらわなければ、いつまでたっても専門職後見人が幅をきかせて圧力をかけてこないようにしたいものです。
 残念ながら当地では社会福祉協議会の職員そのものが社会福祉士会に所属している専門職が多いので、それだけで社会福祉士団体がやっている「パートナー」(後見業務を行業界う団体の名称)と拮抗することを避けているのか、なかなか市民後見人を活躍の場にという機運はありません。

 

後見人問題

 先日あるTV番組で「成年後見制度の問題」についてレポートされた内容が放映されていました。タレントが視聴者から寄せられた問題について現地に赴き、状況を聞きだしそれをメディアで流すことで視聴者に問題提起をするという番組です。

 その中の事例は以下のようなものでした。
 父親が認知症になり、成年後見制度で「後見」相当と認定され、弁護士が後見人についた例。
 父親と暮らす50~60代の娘さん。父親が認知症となったため、父の介護のために自分の仕事を1/3に減らし父の所有するマンションに同居した。(これまではひとり暮らしだったのでしょうか)
 家賃11万円、生活費6万円は父が支払っていた。毎年恒例で3万円のお節料理を取り寄せてお正月には祝っていた。そのおせち代も認知症になる前から父がお金を出して子どもたちに振舞っていた。
 今年のお正月にもいつも通りにお節を頼み、その請求を弁護士にしたら、全額請求は認められず、娘も食べるのだからと半額の支払いしか認められなかったと。
 また、「家賃と生活費も父と娘がそれぞれ折半し、半額ずつ支払いなさい」と言われた。自分には父の介護のために仕事もセーブしているので、収入も少く困っている。
 父親も「こんなことなら、制度を利用しなければよかった」と困惑している。
 といったような内容でした。

 しかし、このように堂々と自分の意見を言える父親なら、そもそも「後見」相当との認定がまずおかしいと思いました。
 せいぜい、補助・保佐人レベルで妥当な方。
 この番組では娘さんが父の年金を当てにして「経済的搾取」をしているかのようにもとらえようによっては見えるかもしれません。 後見人の弁護士もこれまでの親子の生活背景を聞くこともなく目の前の事象だけでそのように判断しているのかもしれません。
 この事例の父親は、見た目も生活スタイルも家の雰囲気も、なんとなく財産があるような方です。だからこそ娘さんも将来的な揉め事を少なくするために、父親が認知症になったので(※TVを視ている限り、せいぜい軽度認知症のように見受けられます)、成年後見制度を利用したのでしょう。 
 しかし、財産があるだけに弁護士が後見人についた。
 実際、医師の診断書も(誤解を恐れずに言えば)いい加減なものが多く、「補助・保佐人」相当でも「後見」相当と判断されることが多い。
私が以前見聞きした実際の例として、ケースの申立てのため、社福士が診断書を書いてもらうため、ある開業医=専門医ではない=にお願いしたとき、その開業医は『なんて書いて欲しいんだ』と社福士に聞くので、その社福祉は「先生、『後見相当』でお願いします」とこちらからその後の展開がしやすいように誘導していたこともあります。「後見」にしたほうが、その後の後見活動をしていく中では後見人の意図のとおりに進みやすいからだと推察します。その社福士は「医者の診断書なんてちょろいもんだ」とのたまっておりました。
 だから、いろんなマスメディアに事例として出てくる人たちをみていると、その言動・行動から「後見」相当は違うんじゃないかと疑ってみてしまいます。
 まず、自分の意思や意見が少なからず言えるのなら「後見」ではないはずです。「後見相当」とは、判断能力のない認知症の進んだ人になるからです。
 財産があれば、家裁はまっさきに弁護士を後見人につけるでしょう。この事例の場合では娘さんが後見人に申立てすることも可能だったでしょうが、家族間の課題があればその辺は第3者に頼んだほうがいいという考えもあるから一概には言えませんが・・。
 そうして弁護士に支払う報酬が月々数万円。本人も家族も不満や後悔を抱きながら生活を強いられるのだったら、何のための「成年後見制度」なのでしょう。
 昨今は、親の介護のため、あるいは子ども自身のリストラとか、非正規雇用などの社会状況から親のほうが資産を多くもっている家庭も多くなってきているかもしれません。
 今回のケースのように、父親と娘がお互い納得の上で金銭の支払い分担を行っていても、「経済的詐取」というふうにみなされるのか?あるいはなんとしてでも「折半」しなければいけないのか?
 お節料理注文の件は、見方によっては父親の子への愛情の一環からお金を支払っているとみることもできるけど、反面娘が父のお金を当てにしているという見方をする人も。
 個々の事情を汲み取ることなく、そういう生活のスタイルだけをみて何でも「親の財産をあてにして詐取している」とみなされたのでは介護する家族のほうも困惑するのではないでしょうか?
 専門職後見人は、論理的に物事を判断しやすく、その立場上マニュアルどおりにことをすすめようとする傾向があります。
 成年後見制度を活用するさいに、個別の生活状況やこれまで生きてきた親子の価値観や背景がないがしろにされてしまうことへの危惧を感じました。


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成年後見制度は専門職のサイドビジネスではない

 成年後見制度は2000年に発足しました。制度が徐々に世の中に浸透するにつれ、新たな問題も多く発生しています。
 制度が始まったころは、親族後見人が多数を占めていましたが、財産を巡る親族内でのトラブルが目立つようになり、専門職の選任が増加していきました。
 しかし、被後見人の財産を横領する専門職後見人が続出。被後見人の面倒をまったく見ないで(後見人の役割である身上監護をおろそかにし、財産管理のみにしか関心のない弁護士や司法書士が多い)報酬だけをむしり取る専門職後見人が横行し、多くの被後見人とその家族が苦しめられています。
 最近はマスメディアでも事件化された事例も取り上げられています。
 
 障害者を貪る「弁護士後見人」の一例(雑誌より一部抜粋)

 「私(Tさん)はいま71歳ですが、金銭面を含めこれまで知的障害者の息子の面倒をキチンと見てきました。それなのに家庭裁判所(以下家裁)は、親の私ではなく息子の生い立ちや人生観、健康状態など何も知らない弁護士を息子の後見人に選んだのです。
 親が後見人になれば報酬は不要ですが、第3者の弁護士後見人の場合は、限られた息子の財産の中から毎月数万円の報酬を死ぬまで払い続けねばならず、それだけで息子の財産はなくなってしまう。家裁も弁護士も『息子の財産を守るために後見人が必要だ』と言いながら、弁護士報酬などで息子の財産を無駄遣いさせようとした。」
 後見人選任時点の息子名義の預金は1090万円。Tさんと夫がH氏(息子)の将来を案じ、44年コツコツ貯めた苦労の結晶だ。その中からH氏は専門職後見人への報酬として、毎月数万円の出費を余儀なくされた。44歳のH氏が存命中ずっと弁護士に報酬を払い続けたとすると、計算上それだけでH氏の預金は消えてしまう。
 その後弁護士と家裁はH氏の預金を信託銀行に預ける「後見制度支援信託」の活用を勧めた。後見信託を設定すると、ボーナス(手数料)として被後見人の資産から数十万円が後見人に支払われる仕組みがある。『コツコツためた数十万円ものお金が一瞬でなくなり、手続きも煩雑。息子には何のメリットもなかった』
 昨年7月、Tさんは自分と姪の2人をH氏の後見人に追加する申し立てを家裁に起こした。Tさんは申立書の中で、H氏と同世代の姪と母親の自分が後見人になることがH氏の将来にとって最適であり、弁護士への報酬や後見信託は「貴重な預金を目減りさせ経済的合理性がない」などと主張。申し立ては家裁に認められ、弁護士は辞任した。

 Mさんの長男A氏は交通事故で脳に外傷を負った。生命保険会社に「保険金請求に後見人が必要」と言われて後見人を申し立てたMさんは家裁から後見人に選任された。後見人選任は最終的に家裁判事の「腹一つ」なのだ。A氏は入院中ずっと寝たきりで話もできず、病院からは「4~5歳児程度の知能」と言われた。
 Mさんは介護とリハビリに専念するため仕事を辞めた。その甲斐あって2年後には車椅子なしで歩け、会話ができるまでに回復した。今は新聞を読め、テレビの録画もできるという。
 だが、保険金でA氏名義の自宅を購入したことから歯車は狂っていく。MさんはA氏と相談して家を購入した。Mさんが亡くなっても、家があれば娘さんにA氏を託せると考えたのだが、これが一部から「息子の財産を使い込んだ」と見られた。Mさんは後見人辞任に追い込まれ、弁護士2人と社会福祉士1人が新たに後見人に就任した。だが、「弁護士2人は就任直後に一度、自宅に挨拶に来たものの、A氏の将来の生活や社会復帰に向けた職業訓練などのことは一切話さず、すぐに帰ってしまった」と関係者は話す。
 さらに弁護士らは、A氏の自宅を売却しA氏をリハビリ施設に移した。後見人3人には売却代金からそれぞれ数十万円のボーナスが支払われた模様だ。A氏は「母と一緒に暮らしたい」と手紙を書いたが弁護士は黙殺。Mさんはアパートを借りた。
 A氏が39度の高熱を出して病院にかかりたいと言っても、『立て替えておいて』の一言。弁護士はA氏の資産額、土地の売却額も教えないし、A氏が保管すべき障害者手帳も渡さない。A氏の障害者等級確認のためMさんが市役所に質問したが、『後見人が教えなくていいと言っている』と突っぱねられた。
 なお、この弁護士は地元自治体の精神医療審査会委員や地元弁護士会の高齢者・障害者の権利に関する委員会委員などを務める「人権派」弁護士だ。

 一般社団法人「後見の杜」の宮内氏の弁;(後見問題の相談などに応じている)
 「専門職後見人が高齢者名義の居住用不動産を高齢者が生きている間に売却すると、売却収入から1件あたり平均100万円程度のボーナス報酬が支払われるんです。家裁では一般的に、認知症の高齢者は自宅ではなく、特養などの施設に入るのが幸せだとする空気があって、裁判所の側から売却に異を唱えることはまずありません。」 
 このように認知症などの被後見人の不動産を処分する申請は年間7000件、家裁に提出されている。
 「後見人が横領などの不正行為をした場合には、本人や親族が家裁に解任請求を出すことができます。しかし、『後見人が何も仕事をしない』というだけでは解任が認められることはまずありません。
 一方辞任件数はこのところ急増しており、悪質な後見人に対して、本人や親族が爆発し、解任請求が提出されそうになると、後見人が先手を打って、あれこれ理由をつけて家裁に辞任を申請している結果だと考えられます。」
(解任されれば後見人として家裁に登録もできなくなりますが、辞任ならばまたほかの事例の後見人に選任されることも可能です)
 


以前高齢者の部署で仕事をしていたときに、身寄りのない認知症高齢者等(たいていは財産もなく親族の支援もない場合が多い)の市長申し立ての手続きについて携わっていたことがあります。
 具体的には社会福祉士がその実務を担当していましたが、必要な予算的措置は担当部署が担っていました。
 申立てする際の診断書代(医療側に支払う)や家裁への申請手数料、弁護士(または司法書士等)への報酬も公費でまかなうのですが、総額で年間100万くらい(対象者を2件として)予算を取っていました。
 申立てをすれば最終的には家裁が適当な後見人を選任するのですが、一般的に財産がある場合は弁護士や司法書士が選任されることが多く、財産のない高齢者は社会福祉士あたりが選ばれている実態。
 宮内氏によると弁護士報酬で2~8万円と言われています。(だいたいの相場は弁護士で3~4万、司法書士で2~3万、社会福祉士で1~2万円程度。)
 弁護士などはお金のない高齢者の後見はしないときっぱりしているところもあるのか、家裁も相手の資産をみて選ぶのでしょう。家裁と3団体(弁護士会、司法書士会、社会福祉士会)が県を介して制度については根回ししているようなところもあり、当方の社福士は事前に業界団体にケースを打診し、自分のお目にかかった同職の専門職を家裁に推薦し、内諾をもらっていました。(家裁だって団体から後見人候補者リストを渡されても誰がきちんとやってくれる人物かの判断までは難しく、結局は各団体が推薦する専門職の中でもすでに実績を持っている人や、団体の推薦を受けた人を家裁に連絡しているようです)
 それぞれの団体が後見人になる人を養成し、またその実績をあげるためにあえやこれやと裏で動いているのです。中には後見報酬をあてにした生活設計を考えている人もいたり(独立型社福祉士)、弁護士や司法書士など一つの再度ビジネスとして考えている人も。
 「この人(職種)には後見人になってほしくない」と思っても、家裁は当事者(本人親族)に聞くこともなく家裁の決めた(何を基準に決めているのかも明確にせず)人物が、後見人と名乗りをあげる。信頼関係を築く前から『変更もできない』と言われ、仮に後見人と相性が悪くてもよほどの不正行為がなければ解任もできない。
 報酬にむらがる専門職たち。新た参入しようとする団体には既存の団体が自分たちの新たな職域のチャンスを守らんとして圧力をかけてきたり。だから市民後見人は一部の先進的な地域でしか広まっていかない。
 本当に高齢者や障害者のためになっているのでしょうか?


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社会福祉士の仕事って?

以前職場で一緒に働いていた社会福祉士の女性のことについて。
 彼女は現在はアラフィフの女性ですが、社会福祉の大学を出たあとにある特養ホームの相談員として数年勤務後に、行政に入りました。
 入職仕立てはまだそんなに任せる仕事もなく、上司も徐々に慣れてもらおうと考えていたのでしょうが、
「あの上司は私に仕事を任せてくれない。何のために専門職採用したのだ」と陰で同期入職者たちに愚痴をこぼす毎日。

 福祉課という職場では行政職あがりの(福祉大学卒業でない)ケースワーカーも多いわけですが、「専門職」として入った彼女は、何とかして自分も一人前に認められたい(むしろ行政職採用者よりも自分のほうが福祉については」知識・技術が上だといわんばかりの態度)、ケースを任せてもらいたい一身で先輩に取り込んだり、けっこう陰では足の引っ張りあいを繰り返していました。
 数年後にようやく職場での地位も少しずつ認められるようになると、業界団体の理事に立候補したり、その立場を活かして県や国へ働きかけたりしながら、「○○市の福祉課には、××さんがいるから」と自分の存在価値をみせつけようと必死の次期がありました。
 確かに彼女は論理的に物事を進められ、社会福祉の「専門家」としての「自負」もあり、仕事もばりばりこなすタイプの女性ではあります。
 ただ、来所する困難を抱える相談者やケアマネジャーたちが、うまく要領よく相談ができないとじれったくなるのか、「結論から先に言って!」「つまり要点はなんなの?」とじっくりと話を聞いているのが耐えられなくなるようです。彼女に相談を持ちかけるときは、ケアマネジャーたちも緊張して言葉を選んでしまう人もいるようです。
 福祉の専門職という自らのプライドもすごいので、彼女のテリトリーに入ろうとする人への敵意もむき出しになります。
 自分が業界や団体から認められているときはとても気分がいいのですが、ひとたび周りから自分の仕事のやり方を否定されたり、業界団体の理事をはずされたりしたときには、とたんにこれまでの態度が豹変し、相手への批判や誹謗中傷も増え、自分の考えを正当化するので周囲も表立って反論できずに追随せざるを得ず、結局相手のほうが悪者になってしまうのです。

 あるとき職場に病院から一人の看護師が異動になって私たちの部署に配属されました。彼女は(今でいえばアスペルがーの特質を持ってい女性だったのでしょうが)、新人で病院看護師として採用されたものの、仕事や人間関係でのトラブルが多く(同じ市なので)、上司同士の判断で行政の相談窓口に異動になったのでした。
 社会福祉士と看護師というペアで相談業務に就かなければならない仕事のため、彼女はその新人の上司となったのですが、案の定さまざまなトラブル(トラブルと言っても発達障害、アスペルがーの特性を理解していればうまく対応することも可能なレベル。でも当時はそういう概念すら世の中にない時代)の数々に自身もうつ状態になっていったようでした。
 また陰で、新人看護師をやめさせてもらえるように再三自分の上司に愚痴をいいまくり。かといってまた病院に戻すわけにもいかず、結果的に保育所の0歳児保育の現場に異動となりました。
 異動が決まり、何かの役に立てばと思い、自分が以前使っていた保育(看護)関連の本をプレゼントしたとき、それを聞いた彼女は「あんな人にそこまで親切にすることはないですよ。どうせ裏切られるだけです」とばっさり切り捨てるのでした。
 
 調査や聞き取りなどで入院しているケースを訪問したとき、職場に戻るなり、「ナースステーションに声をかけたのに、みな私を無視して、なんなの、あの看護師たちは!」と怒りを吐き出しました。
 また、同僚の保健師の独りよがりな行動にはいつも、彼女のいないところでほかの同僚たちに彼女の悪口三昧。「いつも勝手に相談もなしに単独行動は良くないよね」といいながら、ケアマネジャーたちから相談があり、警察やほかの公的機関などと連携をとらなくてはならないケースのときは、絶対自分がそれを遂行したい下心もありありなので、陰でいろいろ画策をしながらも、これは私の出番とばかりに、それこそ単独行動を批判していたのに、自分も単独行動に出る。
 あるケースが不審死した際にも、真っ先に自分が率先して現場に出かけていきました。人の非難をする割には自分もそういう態度をとっているのですが・・・。戻ってくるなり、また愚痴の連発です。

  若い捜査担当の刑事から、第一発見者としてケアマネジャーとともに事情聴取されたのだそうですが、(発見者にも警察は一通り住所・氏名など素性を質問するようです)日ごろから警察とも認知症者の対応などで連携があり、行政の××さんとして警察の生活安全課から一目置かれていた彼女としては、部署の違う刑事から改めていろいろ聞かれたことで自分のプライドが傷ついたと感じたようです。
 「あの刑事は大変失礼な奴だ。”私の名前をあなた(自分より若い刑事)は知らないの?私は○○市役所でお宅(警察署)の生活安全課のT課長とはいつも一緒に仕事している関係なんですよ。(そんなことも知らないのか?)私のこと(氏名、仕事先)はT課長に聞けばわかるから”と言ってやったわ」と自慢げに話すのでした。
 客観的に聞いていて、とても自信過剰で、かなりプライドが高い人なんだと改めて確信するにいたったのですが、周りの同僚たちも返す言葉がなく(変に反論したりたしなめても結局それを言った人が悪者になって陰で言われるのが目に見えているからか)、
一応相槌を打っったり「大変だったねえ」とねぎらう言葉をかけたりでやり過ごしていました。

 処遇ケースが知的障害者だったり、生活能力の低い層には頭ごなしに「○○しなさい。××しなければだめだ」とばかりに威圧的・指導的言動・態度(相談している本人の前で腕組みをし椅子の背もたれにふんぞり返ってそういう言動を言っているのです)。
 そしてそういうケースが自分の意のままに行動してくれないと相手に対して憤慨するのです。毎日の行動を紙に書かせて自分のところに持って来いと、行動を監視したり、「ああいうやからは厳しくしないとだめだ」とばかりに一方的に指導・叱責する始末。
 とにかく彼女は、貧困・精神障害・知的障害などで生活能力の低い人たちにはどこか馬鹿にしていたり、そういう人たちが基本的に許せないようなのです。(実は彼女の親族に精神障害者がいるという事実もあるにもかかわらずです)
  
 また一方では自分のやり方を実現したいという意欲も大きいので、いい意味ではいろんな施策を考えて実践に移してもいるので、そういうところは対外的にも評価され、ある事業では「先進的事例」としてマスメディアにも積極的に広報したこともあり、県外外からも注目されるようになっていきました。
 確かにそういう「能力」については周囲も認めざるをえず、彼女の功績も大きいものがあります。

 そういうタイプの人と一緒に何年か仕事をともにしてきて、正直社会福祉士という職業につく人も皆が皆福祉への思いは一様ではないと気づかされましたし、あまり「専門職」面している人って信用できないということも感じました。
 少なくとも私は、この社会福祉士と一緒に仕事をする中で、自分自身の価値や信念のある部分が彼女によって脅かされ(後半はさんざん陰口を叩かれたりあからさまな態度を取られたり・・)、また自分が内面では違うと思うことでも組織の御旗にも逆らえず(多数決の原理で彼女に逆らえないような空気で、みなが彼女の意見に同調することになるのですが)、結果自分を抑うつ状態に追い込んでしまったことがありました。心で思っていることと、反対のことを選択しなければならない中間管理的な立場としての立ち位置も自分を追い込みました。
 家に帰れば、彼女が嘲笑するような発達障害の子どもを持つ一人の親ですし、わが子の通う養護学校には重度の知的障害者もたくさん通い、何よりも自分自身も障害児療育を実践してきた一人として、障害児を持つ母親の思いもたくさん学ばせていただいた身でもあります。仕事を通してみせる彼女の対応にどうしても納得のいかないものを感じながら何年か一緒にやってきましたが、限界がありました。
  
 個々のケースに信頼されるよりも、業界団体や連携先の関連団体に自己アピールすることのほうが優先されている人。自分の存在価値を認めさせてやりたいという気持ちのほうが優先し、目の前の社会的弱者に暖かいまなざしを向けられない人。
 自分の本質的な内面の課題を解決することなく、対人援助にかかわることで、自分が抱える葛藤を相手にすり替えて癒そうとする。その一つの手段が社会福祉士という職業に就くことだったりする人って実は案外多いのかもしれません。
 
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学生実習

職場には1年を通して学生の実習を受け入れています。
 私の所属するリハビリ部門でも2~3ヶ所の学校から理学療法士や作業療法士の学生が実習に来ます。実習も1年次は1週間の見学実習から3~4年次ともなると臨床実習期間も2ヶ月近くに及びます。
 私が学生だったころは(今から○十年も前)、学校も乱立していなく、せいぜい国立療養所系列や私立の専門学校、文部省(今の文科省)管轄の医療短大くらいしかなかった時代。実習先も卒業生の勤務する病院等等が多く、何かと後輩学生として公私にわたり面倒をみてもらってたことを思い出します。
 実習地も県外だと実習先の宿舎を斡旋してもらい家賃も払わずに実習に専念できていましたが、今は県外への実習となると学生自らが別に宿泊先を確保しなければならず、学校も補助してくれないから、二重に経済的負担ものしかかるようです。
 そんな事情もあってか、今の親の経済事情も反映してか、公立の大学に通う学生も苦学生が増え、ほとんどがアルバイトをしているようです。
 
 そして今や、養成校は乱立しています。実習先を確保することも大変です。
 毎回毎回やってくる学生を担当するほうも、ルーチン化して、機械的に学生も扱われてしまっているような感じです。
 「養成校のランク=学生の能力」とばかりに「今度の学生は偏差値の低い高校から○○専門学校に入った子だから頭悪い」なんて平然と言ってのける指導者の療法士。そういう人に限って、患者さんをもランク付けしたがる人です。自分の治療を省みることなく、何でも患者のせいにする人って、物事を外見で評価しがちのようです。

 最近の学生のこの職業に就きたい動機として
 1)学生のときに部活動(スポーツ)で怪我をして、自らがリハビリを受けた経験があるのでそういう職業を知ったという人。
 2)リハビリの仕事がしたいというより、大学進学が優先で、学校選択の際に自分の偏差値で入れるところを選んだという人。
 医療系の大学だと資格も取れるし、就職にも有利と考える人。
 3)家族に高齢者や障害者(児)がいて、リハビリを受けたことがあり、理学療法や作業療法という言葉も早くから知っていたという人。
 などさまざまです。
 頭脳(学力)だけで進路を選択した学生は、その後対人援助がうまくできず、一人の職業人として踏み出す前に悩んでしまうようです。四年生の医療大学出身の学生はそれなりの偏差値で受験をクリアしてきているので、机上の学力はあるかもしれませんが、患者さんとコミュニケーションがうまくとれなかったり臨床で技術を磨いて患者さんのためにつくしたいというモチベーションが低い子もいます。
 
 医学教育全般に言えることですが、知識やテクニック(技術)の前に、目の前の病める人に対する医療人としての対人援助はその根本にあると思うのですが、医者ですら頭だけよくても患者さんやスタッフとうまくコミュニケーションをとれずに何かとトラブルの元になっている人は実際うちの職場にも何割かはいます。

  まずは、実習先で何を学ぶか・・・。医療人としての心構えのベースをしっかり学校でも教えるべきでしょう。

一人の支援者として

 以前、役所の福祉担当部署に勤務していたときは、その行政機関という立場上個人的に関わってあげたくてもできない現状がありました。
 もちろん担当課(係)が違えば、ほかの係の仕事まで余計な口出しができないのは当然ですが・・。
 でも、役所というところはあくまで「公平・中立」だからと、時には「合理的配慮」を求めなければいけない部分までも「排除」してしまう傾向もあります。
 たとえば、発達障害児へ加配教師(保育士)をつけることさえ、「一人だけ特別待遇ができない」などがいい例でしょう。
 また、生活困窮者に対して、明日食べるものもないなど切羽つまった状況にあっていても、その人にだけ「個別対応」すること(たとえば職員の自腹を切ってまで食事提供してあげるとか)は「よけいなこと」として上司判断では却下されてしまう事案でしょう。

 「官でできることと民でできること」は違うんだからそういうことは民間(社協・NPOなど)にまかせればいいとか、「まずは自助努力がたりないからこうなった。自己責任だ」とか、自助・共助があってそれでもだめなら行政(公助)の出番だという論理でくるので、目の前におこっているさまざまな困難事例になすすべもなく立ちすくむことも多く経験しました。

 住所不定者(二つの自治体にまたがる橋の下で車で寝泊りしていた人)に対して、それぞれの自治体で支援のなすりあいがはじまる。支援すれば生活保護だの、さまざまな関わりをもたなければならなくなるからお互いの担当者が「そっちの住所地で処遇してくれ」といって譲らない。
  高齢者の支援で関わった(ゴミ屋敷・栄養状態悪化のため措置で老人ホームに入所)家庭の無職の青年(もともと養護学校卒業でその後県外にでたがうまく生活できず、もどってきても軽微な犯罪を繰り返す)の処遇では、適当bな支援機関につなげることもせず、「厄介者にはふた」とばかりに電車代だけは公費で負担してさっさと県外(都市部)へ送り出してしまったこともありました。
  生活困窮者が病気をしたり、関わらざるをえない状況になると、きまって吐かれることばや態度が、「どうしようもない」「厄介な人」「こっちが助けてあげているんだ」というもの。
 経済的にも生活能力的(食生活も不摂生で病気になり入退院を繰り返す)にも支援が必要な人に対して、「カップラーメンでも食べられればありがたいと思え」とばかりにいかにもこっちがめぐんでやっているという担当者の会話。
  ほかの担当者の考えや対応(困難者を見下すような対応や一方的な押し付け的指導など)に対しても、そうじゃないんじゃない?という疑問や不満も数多くありましたが、数の論理(上司も含めて同じような考えが多いと、処遇はそっちの方向へ流れていきます)にも勝てずに、悶々としたことも。

  それはとりもなおさず、自分の置かれた環境(子どもが不登校だったり発達障害をもっていたり、社会不安障害だったり)と目の前の困難を抱える対象者とがどこかでリンクしていたり、自分の若いころの夢(以前は児童擁護施設や障害を持った子どもたち、に関わる仕事がしたかった)や貧困問題への関心などとも関係しているからかもしれません。
 
  今、公的な立場を離れて、一人のボランティアとしてあるフードバンク関連の支援を始めました。もともとやりたかった分野でしたが、これまでは立場上できなかったことと、ボランティアに専念する余力もありませんでした。幸い立ち上げた方と知り合うきっかけがあり、お手伝いのつもりで参加させてもらっています。
 そこから見えてくるものは以前私が行政にいたころとはそんなに違いはありませんが、今はそういう人(家庭)に対して食材を配達したり(、時には調理ができない人もいるので直接自分が作った惣菜物を届けたりすることもあります)する中で、じかに接することができることはやりがいもあります。以前のように指導や助言的な立場にはないのでただ困っていることに対しての部分だけを支援しているわけですが・・。

 活動していく中で、一緒にボランティアとして参加してくれている女性も、わが子と似たような環境にある方だと知りました。(不登校経験者で生きづらさをかかえている方)
 なんか必然的にそういう人との出会いをつくってくれたような気がします。
 以前は行政的な視点からばかり話を進めていかなければなりませんでした。たとえそれがいかに理不尽な考えだと思っていても・・。(いい年して仕事もしないで経済的に困ると結局こっち(役所)に相談するくせに・・・とか、発達障害者や精神障害者をばかにしたような態度や発言の数々)
 しかし、こうして当事者といわれる人たちといろいろと接したり付き合う中で、当事者の本当の悩みが聞こえてきたりその中で自分はどうあるべきかを考えさせられます。
 彼女は言います。「今までは自分は障害があると思って生きてこなかったが、できることとできないことのギャップが大きいとかんじてきた。ずっと生き辛かった。不登校もあったし、ボーダーなレベルなので仕事でも簡単な計算もできなくて”こんなこともできないのか””よほど親に甘やかされて育ってきたんだろう”と周りからは思われてきた。発達障害があるとわかっても認めたくなかった。でも今はこういう(ボランティア活動を通して)いろんな人とも出会い、価値観をかえてもらい、障害があることは隠さないで前向きに考えて生きていけるようになってきている」と話してくれました。

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不登校の親の会

  不登校の子どもを持つ親の会に参加して感じることです。

  その会を主宰する人は自身も二人のお子さんが不登校を経験し、自分が悩んできたことやその後の子どもの立ち直りなどの経験を、同じ悩みを持つ親同士で共有したいとの思いで立ち上げた会です。
  その会は比較的最近立ち上がった会なので立ち上げから参加していました。
  そこも、あるNPO法人がバックアップしているため、微妙にそのNPOの思想がはいってしまう面もあります。
  
  親の会に参加した母親(父親の参加も少数あり)たちは、顔を合わせるたびにみな一言ずつ最近のわが子の様子や親の心模様をしゃべり、同じ経験のある親や悩みを克服した親たちから共感の言葉や助言などもあり、お互いに情報を共有したり安心感を得る場にもなっていることも確かです。
 しかし、中には毎回参加しても子どもの状況は変わらず、親の心模様も晴れないままにみんなの話を聞いていなければならない方もいたりします。
 自分の中でいろんなことが消化されない親たちは、徐々に足が遠のき来なくなったりもします。
 また、口では「学校なんか行かなくても、楽しく生きていければいいよ」と悟ったような言い方をしていても、話題に上がるのは、「でもやっぱり学力は必要だよね。学習支援をしてくれるところはないか」と言う話になり、「高校はどうする」という話題になります。
 不登校そのものを否定はしなくても、先の将来への準備としてはやはり、基礎学力を身につけさせたいという気持ちはみな共通するものがあるようです。
 「親が変われば子どもも変わる」とばかりに変わった子を持つ母親は、自分の体験談(成功談?)を語っていくのですが、ぜんぜん進展がない親にとっては、そういう話を聞くことは心のなかでは苦しくせつなく感じることもあるのではと思います。
 誰かの成功(良い方向に変わったこと)はわが子の失敗を見せつけられるような感覚になり、親としてのいたらなさをつきつけられるような気分になります。 
 ある母親は4人の子どものうち3人が不登校・引き子もり体験者で、現在進行形。おまけに唯一問題がなかった子どもさんも大学生になった1年目に不登校になりかけています。
 そのお母さんが「○○さん(代表世話人)が、お子さんが学校に行くようになってよかったのだけれど、なんだか周りがいい方向にいくとかえって気分が沈んでしまう自分がいる」と率直な感想を話してくれたことがありました。

 たしかに学校信仰でがんじがらめになっている頭の中の価値意識を変えることで、子どもも救われ本来の自分を取り戻し学校以外の居場所や、新たな生き方を求めて立ち上がろうとする親や子どもは素敵です。
 「普通の」(といわれる)であれば。学校へ行かなくなっても、自分なりに別の場所や環境に居場所を見つけたり、勉強の機会(塾やフリースクールなど)を持つことは(本人の意欲さえされば)できます。
 しかし、中には子ども自身の持つ本来の特性からなかなか抜け出ることができないお子さんもいることも事実です。
 社会不安障害や対人恐怖、強迫性障害、うつ症状など何らかの精神症状を併せ持つ子どもさんにとって、不登校や引きこもりはある意味必然のことだったのかもしれません。
 親がこういう会に参加して親としての学びをえたとしても、それがそのままわが子に応用できないこともあります。
 学校に行かないだけでなく、生活からも引きこもる子も。
 そういう子を持つ親にとっては、いい方向に変化していくほかの親子のエピソードは、顔では笑っていても心では正直な気持ちとしては自分だけが取り残されていくような心境になるのかもしれません。
 発達障害の二次障害といえるようなものや精神症状も併せ持つタイプの子どもを持つ親にとっては、単なる不登校というカテゴリーの部分だけで話を進められてもどこかピンとこない複雑な思いがあるのです。
 

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親の会

 以前学習障害児(LD)の親の会に参加していた時期がありました。
 初めてLD児の親の会に参加したときは長男が小学校の4年生のころでした。
 最初は保育園や幼稚園で悩みを理解してもらえる親や先生も(あの当時は)ほとんどいなかったこともあります。
 話をすると、「みな同じような悩みを経て今に至っているんだ」と同感や共感の言葉をいただき、自分だけが悩んでいるんじゃないって安心感をもらいました。
 たいていあとから参加するときは、すでに立ち上がっているところに入るので、最初に会を立ちあげた人の思いや立ち上げたきっかけをも聴くことになりますし、また古株の親たちのお子さんも高校生や社会人となっている例も多いです。
 そこに、幼児期・学齢期の子どもを持つ親たちも何かヒントを得たくて自分が参加したい親の会の情報を探して参加の門をたたきます。
 しかし・・・定例で開かれる会に参加するにつけ、初めて参加してきた人たちの何人かは徐々に足が遠のき次第にドロップアウト。退会しなければいつまでも幽霊会員のままでいるか、思い切ってその会と決別してしまう結果になります(私も)。

 何がそうさせるのか・・?親の会の主催者の意図や会の雰囲気と自分の求めていたものとのギャップ、対象となる子どもたちの障害の特性や年齢層の違いなどからくる話の共有性の問題などいろんな要因があげられます。
 そのLD児の会のほかにも、地域にはアスペルガー児の会、ADHD児の会、自閉症児の会、知的障害者の会など障害名を細分化したような大小さまざまな親の会がありました。
 そこでは単に親の愚痴や悩みを言い合うだけの会もあれば、行政等にも提言するために組織固めをしようとしたり、全国組織の支部的役割を担っているところなどとさまざまです。
 
 私が参加したLDの会の会長さんは知的障害を持つお子さんで当時は養護学校から作業所(就労支援事業所)に通所させている方でした。学習障害といっても狭義の読み書き計算が苦手な子どもさんではなく知的障害をベースにしているので、本来定義されているLDの会というものでもなく、当時の障害名のトピックになっていたのが、LDやADHDという言葉でした。(障害名はそのブームとともに変わりうるものです)その当時立ち上げた親御さんたちも何人か参加していました。
 だからLDの会とはいうものの、ほとんどのお子さんは知的障害や発達障害児(ADHDや自閉症酢ペクトラム、アスペルガーなど)の子どもさんでした。

 確かに先輩親子の現状を聞くことは、まだその年齢に達していないお子さんの親たちにとっては、学校とのやり取りや進路などの情報については一つの参考にはなるかもしれません。
 しかし、会に参加するにつれて、次第に自分が今悩んでいる内容と会のあり方へのギャップも次第に大きくなっていくものです。 特に全国組織の支部的な位置づけのある会だと、中央からのノルマに応えなければならなかったり(会の運営に対する上納金の納入や各種研修会への動員要請など)、何事も会長の一存で事が進んでいくことへ私は疑問を持ち始めたのでした。
 定例会に参加するたびに、誰が決めたのか、「来月は○○先生を呼んで講演会をするから、スタッフとしてみなさん役割分担して」とすでに話が決まっていたり、季節の行事が前からしているところだと、それを当然のごとく新しく入った人も参加することが前提で行事の担当を決めさせられたり。・・・。
 新たに参加した人にとっては、何も意見も言えず(言えばこれまでの会の運営を否定されたように思われても困るので言い方も気をつけなければいけないが)、前向きな意見を言うことも許されない雰囲気。最初からいる会員のほうの意見が優先されるような・・・。そして後から参加した人たちは何となく肩身を狭くしながら関わることになるから、次第に新規参入しても会員が増えず昔からの会員だけが今も残り、子どもの年齢も悩みの種類も変化しているにも関わらず、相変わらず「LD児親の会」という名称のままに団体登録していることになっていくのです。

  不登校親の会についても同じです。
  私は二つの親の会に参加していました。(一つは今も継続中です)
  最初の親の会も、あるNPO団体の不登校支援に子どもの相談をした当事者だった親が、自分の体験通して親の居場所作りの必要性からそのNPO団体の建物の一角を借りて主宰しています。主宰して十数年になります。
  その会長さんのお子さんも当時は中学生・高校生のころで現在は20代後半・30代になっています。
  初めて参加の方(大部分は中学生や高校生を持つ親が多い)に対しては、自分の体験談を延々独り舞台のようにしゃべります。最初のころは先輩親の話をみなうんうんとうなずいて聞いていますが、毎回新しい人が参加するたびに同じ話を聞かされるので「またか」という気分になります。自分たちの発言や気持ちを吐露する時間も少なくなり、結局会長さんの話を聞きにきたような消化不良な気持ちになったこともあります。
  彼女のお子さん(二人とも)はは学校復帰はできませんでしたが、その後も精神症状のほうがメインになり精神科受診を通してむしろそっちの方面の支援を受けたり、引きこもったり体調に左右されやすいようです。
  自分の体験(私はこういう子をもったことでこんなに勉強したとか、こういう子達はこういうふうに対応すればいいんだという持論)を聞かせたい意図がありありで、彼女がしゃべると話が長くなります。
   その会でも当事者を呼んだり、自分たちが聞きたい講師を呼び勉強会をしたりで、それはそれで情報として参考にもなったし、わが子の将来像もある程度推測するヒントにもなったことは確かですが、やはり、その会もだんだん自分の求めているものとのギャップから行かなくなりました。
  もともとそのNPO自体の理念や運営の仕方にあまり賛同しかねていたこともありますが、何よりも会長さんの「私はわが子をとおしてこんなに勉強してきたんだ。こんな私を認めて欲しい」オーラがバンバンに伝わってきたから。
 
 しかし、会長さんのお子さんは誤解を恐れずに言えば、社会参加はできていません。新しく入ってくる親たちは何とかして(あわよくば)学校復帰へのノウハウを教えてもらいたいだったり、不登校の子の将来が心配だから、学校に行かなくても生きていける道を探してあげたいという思いでヒントをもらいたくて参加する人たちです。最初は誰しもそんな心境でしょう。
 でも、会長さんが話すことは、「私なんかここまでくるのに10年もかかったのよ。ゆっくりでいいのよ。まずは子どもの気持ちを組み込むことよ」と。もちろん、どちらの考え方や言い分も間違いではないのでしょうが、新たに参加した人にとってはその言葉を聞いて、「ええっ!そんなにかかるの?社会にも出れないんだろうか・・・」という新たな不安を呼び起こしてしまう・・・・。
 会長自身、こんなに子どもたちのためにがんばってきたのに、子どもは相変わらず引きこもっている現実。子ども二人とも社会になじめず精神科のお世話になっているという地域での世間からの評価などに対する複雑な思いなど、本音の部分では語りにくい心境もあるんじゃないだろうかと慮ることはできます。

 だから会長自身にとっては、「自分の居場所」としてこの親の会をいまだに「会長」という立場で運営主宰しているのではないか。
 会を運営していればいろんな意見もあったり、NPO団体との中での課題もあるようです。
 会長は「わたしだってやりたくて会長になったんじゃな。もう(10年以上)やっていると、誰か私の後を引き受けてくれる人はいないかって思うけど誰も引き受けてくれないから仕方なしに(会長を)やっている。」「姑も認知症になり介護でくたくた。こっち(親の会)のほうまで手が回らない。私が休むと会も休会になってしまう」と私にぼやいたことがあります。
 私は「そんなにやめたいならほかの人に会長を譲ればいいじゃないですか」と返したら、「でも、誰か替わりに定例会をやってっていっても誰も手をあげないのよ。だから仕方なく続けているのよ」と。
 (そのときは私が会長の悩みや愚痴の聞き役になったことがありました。会長から突然メールがきて、「最近お会いていませんね。何か悩みがあったら個人的にお話しましょう」と誘われるので、何回かに1回は外で会ったこともありましたが、いつも私の話を聞くよりも自分の話をずーっとするので、私が呼ばれるときは自分のストレス発散の意味あいが大きいのだろうなあと思いました)
 本当は自分自身が一番その会長という役割を捨てたくない。そしてそのことは会のみんなも感じているからあえてでしゃばったことができないんじゃないかと思ってしまいます。
 
 少なくても私が参加した親の会の会長さんの実情です。
 みんな会を立ち上げた当初は仲間意識を求め合ったり、居場所作りに一生懸命取り組もうとするのですが、参加する方もそれに参加する目的や子どもの対象年齢もさまざまであり、それを会としてまとめ、存続させるための工夫やエネルギーも大きいと思うし、会長の負担も確かに大きいものもあるかと思います。
 しかし、それぞれの立場の親の思いをどう汲み取り、いろんな意見や要望があっても、立ち上げた人の感覚や意見が優先され、結局は会長自身も「自分の居場所」として会長という役割を譲りたくなくなり、過去の体験談を新しい人にもお話しすることで、自分の存在価値を認められたいのじゃないかと思ったりしてしまいます。
 また、何よりもテーマの情報は会長のところに集まってきますから、またほかの団体の人たちとも人脈をつくれるし、それもこういう会を主宰している人たちのよりどころになっているのだろうと思います。


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異才発掘プロジェクトから彼らは何を学ぶのか

 東京大学異才発掘プロジェクトで参加している子どもたちに中村教授からある課題が出された。
「サイバースロンとアウシュビッツを結びつけ、今の世の中を考えよ」というもの。
参加した子どもたちは資料を調べて自分たちの考えるレポートを書かなければならないが、よい深く理解するためには、実際に現地に言ってみたり、見学をしようということになった。

 「アウシュビッツ」はナチスの強制収容所。 生かすか殺すか、その選別の基準は労働ができるか否か。障害者は真っ先に切り捨てられる。この収容所の前にはある精神病院で毒ガス兵器による安楽死が行われていった。その兵器を実験台として使う対象とされたのが精神障害者。それを決めるのは精神科の医師たちだったという歴史的な事実。
 一方 「サイバースロン」はロボット工学の最先端技術を応用した義肢などを用いて障害者が競技に挑む国際的なスポーツ。
  前者は技術を悪用し、障害者を迫害する。後者は字技術をよく用いた例で、障害者を助ける。

  この二つのことから何を子どもたちは学び、結論付けるのか?
 
  最終的には優勢思想に基づく考え方。
 早く走れること、よくみること、能力の高いことがすばらしいという発想は同じ。
 同じ評価基準、指向性が自分たちの中にもあり、同時に同じものが自分たちを苦しめていることにも気づいていく。
 自分たちは障害があっても差別され、迫害をうけるような対象ではない。
 自分たちは障害はあるが、技術の恩恵を受けてサイボウ具人間のようにもなりたくない。
 自分たちは今のままでいい。ありのままでいいというける結論に至る。

 中村教授はこのことを考えさせたかったんだ。 
 そして「こういうことは公教育ではできない。何のためにどこにいくのか、(教師たちが考える)目的、日程、意味のすべてを確定していて(あらかじめ結論があって)、時間を守って集団で行動してとならざるをえない。不登校でなければこういう体験はできない。この子たちがつぶされないスペースが必要だ。不登校はチャンスだと考えてもらいたい。」と言っています。
 」
 
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東大異才発掘プロジェクト

 東京大学先端科学技術研究センターと日本財団の共同プロジェクトである「異才発掘プロジェクト―ROCKET」が2014年から始動しています。
 このプロジェクトを主宰している同大学先端研の中村賢龍教授の考えや発想がすばらしい。
 このプロジェクトの内容等についてはメディアでの何度か取り上げられているが、なぜ、このようなプロジェクトを立ち上げたかの経緯や目指すところについて述べられているブログがあったので、要約してまとめて紹介します。

(引用)
  異才発掘プロジェクトとは
 突出した能力・イノベーションをおこす可能性のある「異才を育む教育環境」と「地域コミュニティの復活」であると。なぜこの二つが結びつくのか?
 それは、中村教授がこれまで相当数関わった小中学生の子どもたちだったという。
 
  対象は相当に変わった子どもたち
 学校も家も困っているような扱いにくい子だけを選りすぐっている。
 知的には高くても字も書けない、理解しているのにテストの出来は悪いなどなど。
 こんな家、こんな学校イヤだと、毎年550~600人応募してくる。教授は応募してきた子どもたち300~400人と会ってきた。
 どんな環境で生活しているのかを直接見るため。親が応募してきた子はとらない。
 3分の1は書字困難。学校の先生は小学校からやり直せというが、これこそ本人の自尊心が許さない。
 結果として暴れるか、引きこもるか。中には精神疾患をおこす子もいる。二次障害だ。私たちはこれを防ぐためにやっている。
 書字を訓練で治療すれば、訓練する間に書くのがイヤになる。近年ではそうすると、すぐ「発達障害」として薬を処方されてしまう。私たちはモノとカネでそれを防ぐ。

  テクノロジーを活用した学びの保障 
 そういう子たちの「胃痛」は薬では治らない。たぶんしゃべれば治る。それをパソコンを使って表現できるようにしたら胃痛が改善した。カウンセリングよりずっといい。
 学校で教育したり訓練していれば、何かをやっている気になれる。でも訓練したってすぐに治らないし、間に合わない。
 だからテクノロジーを使う。書字ができなければワープロを使う。
 訓練や薬で本人を変えるのではなく、本人の特性を踏まえた上でテクノロジーを活用する。

  DO-ITは社会に参加する子を育てていく 
 Diversity(多様性)、Opportunities(チャンス)、Internetworking(インターネット)、Technology((テクノロジー)
 30分の延長で超難関大学に合格した子もいる。なぜこの子に30分延長が必要か?
 それが「特別扱い」じゃないのか?「公平性」って何なのか?「多様性」を尊重するって何なのか?
 それを学び、テクノロジーを活用し、社会参加していく。世の中に合理的配慮を求める。そのためにたたかう。

  集団になじめない子はつぶされても仕方ないのか 
 しかし、どうしても向かない子もいる。ワープロを使うことを保障してもそれが好きじゃない。集団になじめず、学校に行きたくない、就職できない・・・。
 でも料理は上手だったり、椅子の修理をさせたらピカイチの子もいる。
 ソーシャルスキルトレーニングだろうが、合理的配慮だろうが、しんどい。 
 じゃあその子たちはつぶされてもいいのか?
 そういう子には「学校なんか行かなくていい、向いてないよ」と言ってあげる必要がある。
 もともと一人で生きたほうがいいという子どもたちだ。
 だが、その子たちも孤独感はもっている。理解されないという孤独感。
 だからその人たちなりのやり方を理解して信頼できる人を何人かつくる必要がある。
 
  そのために作ったのがロケットプロジェクト
 志と異才のある子どもたちのルーム (Room of Children with kokorozasi and Extraordinary Talent)
 Roomとは、自分たちの部屋、仲間のいる居場所、生きづらさから逃げられる避難所、自分が光り輝くスペース。
 イノベーションを生むのはこういう空気を読まない人たち。
 間違いなくこの子たちの中から、変わった大人が生まれる。こういう面白さを抱えた子をつぶしてはいけない。
 貧困、ホームレスとか、生活保護とか、そういう人たちを先端研でアルバイトで雇っているが、そういう人たちの中には相当考えが面白い人たちがいる。それを社会が活かしきれていなかった。

  評価軸が一つしかない社会 
 勉強でもコミュニケーションでもオールマイティにそつなくこなせる人間が偉くて、それができない人間は失格とされる。
 凸凹を認めない、評価しない。抵抗なく「するーっ」といける、安全、安心、安定を求めすぎている。
 昔はそれでも生きていけた。 
 一次産業、二次産業、三次産業が3分の1ずつ存在した。それぞれの認知的、身体的特性に合った仕事が手のとどくところにあった。
 いまや8割以上がサービス産業。コミュニケーション能力と読み書き計算能力が強く求められ、それができないとどうしようもないという絶望感。
 無愛想、ぶきっちょだけど、これをさせたら完璧とか、そういう人たちの中には、今でいうアススペルガーの人たちもいただろうが、それでも食うことができた。
 
  変わったのは世の中のほう 
 産業構造の変化についていけないと、すぐ訓練の対象にしたり、発達障害と診断して薬を飲ませたりして追い詰めていく。
 医療機関、教育機関が二次障害を引き起こしている。
 私たちのプロジェクトは、その子たちがそのままで生きていけるスペースを社会の中につくろうとする試み。
 しかし、DO-ITのように社会の包摂(インクルージョン)を求めているわけではない。
 求めればこの子たちはつぶれてしまう。
 今はあまりにも計画的、効率的、クリーンで便利に生きることが求められすぎている。
 いくら英語がしゃべれるようになっても、途上国のたくましい子どもたちにかなうわけがない。 
 快適さに慣れすぎて、障害や異質なものに対してあまりにもろく、過敏になっている。
 そういう人たちは、「あぶない」人には近づかない。発達障害といわれる人たちを受け入れない。

 変わっていることは悪いことじゃないという多様性は大事だという。
 でもするっとできない人をみるとすぐにイライラする。
 快適さに慣れすぎると、耐性がなくなってしまう。待っていられない子どもたちの中で、この子たちはつぶされてしまう。
 変わり者と言われるたくさんの人と付き合ってきたが、そうやってつぶされて自ら命を絶ってしまった人もいた。
 「おれみたいな人間をつくっちゃいけない」と言っていた。
 そこでROCKETをはじめた。世間に広く受け入れられるプロジェクトではないが、こういうプロジェクトがなければ救われない子もいる。

  地域コミュニティをつくる 
 不得手を補償し、学びを保障する。「こんな生き方でもいいんだ」と人生の選択を広げていく、そんなコミュニティ。
 昔はどこにでもあった場所。そういうスペースがあれば子どもたちはつぶされずに生きていける。
 こういう子たちが活躍すれば何となくこれでもいいんじゃないかと思う社会的雰囲気も生まれるだろう。
 異才発掘はは特別なことじゃなく、「普通」のこと。でもそれが今難しくなっている。
 世間の間尺に合わなくても、徹底的に追い込まれ自信喪失させられることもなく、こだわりを活かし、好きを伸ばして生きていけるようにすること。
 それにたっぷりと継続して付き合える大人がいない。大人の余裕のなさが子どもたちを追い詰める。
 「先端研―ROCKET」のセンターを中心に地域コミュニティそのものを作っていきたい。

 
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不登校の子どもを持つ親として

 子どもが発達障害だったり不登校だったりする親として、また多少は福祉や医療畑にいた立場として、私自身の性格的なものや、仕事・個人的な子育てへの興味関心から学び取ってきた知識的なものも含めて、あくまで個人の見解として思うところをこのブログ通して考えてきました。
 また同じ悩みをもった人のブログを読ませていただいたり、同じカテゴリーのブログの内容をいろいろ渡り歩いてみたり・・。
 
 不登校について書かれてあるブログで多いのは、わが子の不登校をきっかけに親も学びなおしの機会を与えられ、親が変わったら子どもの変わった。だから、この成功体験をなんとかほかの悩んでいる人に教えたいというもの。
 もうひとつは、子どもの毎日の動向をつぶさに観察し(今日のわが子の様子など)、一喜一憂し、ブログに書くことで自分の気持ちの内面を吐き出し心の整理と共感して欲しいという切なる心の内面を吐き出すもの。まるで子どもの観察日記のようなもの。
 そのほかには、いわゆるその道の自称「専門家」という人たちの「相談受け付けます」と講座的内容のブログ。
その「専門家」は必ずしも国家資格のような肩書きでなくても、「○○カウンセリング認定コース」とか、「○○コーチング養成講座」の受講後に認定資格のライセンスをいただいた方も多く、不登校マーケティングに進出し、カウンセリング(電話・メール・対面)料金をいただき支援したがる人が多いようです。
 
 その中でも 不登校のわが子を持つ方が、子どものことを知りたいという動機からお金をかけて自分もそういう講座に参加するのは自由ですが、自分の子どもが不登校から立ち直り学校復帰したとたん、今度は自分が認定セラピストなどの資格を活かし、(お金をかけて認定証はもらったので)、1時間○千円、○万円、××コースの研修受講費○十万円とか、たった1~2年足らずの体験でさえもその成功体験を有料で支援しようとしている人の多いことに気づきます。

  そういう親(特に母親が多いですが)のブログで共通しているのは、「最初は子どもが学校に行けなくなったことにショックで、落ち込み苛立ち、一時期は親も子も修羅場をくぐった。しかし、親自身も子どもの気持ちを理解しなければと思い、某カウンセリング講座等に参加し学ぶことで子どもへの接し方が変わったら、子どもも変化しだした。」というもの。そしてこの「変化」もたいていは「学校復帰した」というもの。
 だから、こういう人たちのブログは「不登校のわが子をいかにして学校復帰させるか」のノウハウ的なものになるきらいが大きい。もちろん「親の価値観や考え方がかわったから」と、言葉の上では表現していても本音の部分は変わらないのだから、再び不登校になりはしないかと、どこかはらはらしながら子どもを見ている。
 そういう人が書いているブログを一通り眺めてみると、あんなに「私は子どもの気持ちがわかり、理解した母親です」といっているのとはうらはらに、相変わらず、子どもの動向に一喜一憂していることには変わりない内容もいまだ持って多いことに気づくのです。
 頭の知識では理解しても窮極の目標は「学校に行けること」にあるので、自称カウンセラー母親たちは、そういう「商売」をしてしまった以上、わが子が再度失敗すること(不登校になること)にとても神経質になっているのが文面からも伝わってきます。

 不登校への支援は子どもよりも先に、親の精神状態の安定や、親自身もこれまでの生き方や価値観を問われるものになるわけですが、そういう場が最初は必要なのは理解できます。
 多くは既存の地域にある各種親の会に参加したり、数多くの体験書籍を読み漁ったり、講演会や研修会などに参加して知識を吸収し、それを自分の問題としても捉えなおすことができれば、何もお金をかけてまでカウンセリングを受ける必要もないような気もするのです。
 私の場合は身近にいる職場の人や価値観が煮えいる不登校を持ったことのある知人のお母さん(仕事を通しての仲間)の体験談や昔当事者たっだ人の思い(あのとき親にどうしてほしかったのかなど)を聞くことで、いまの自分の立ち位置を振り返ることができたような気がします。それは必ずしも学校復帰がゴールではありません。退学したり、学校に行かないことを選択した当事者の思いをしっかりと尊重しながら親としてできること(愛情)をどうかけていくか、どんな境遇に陥ったとしてもけっして見捨てずにあきらめない、そんな親のあり方というものを学びました。
 でもそういう機会に恵まれない人やネットで情報を得たい人にとっては、かっこうのターゲットになるのだろうなあと思いながら読んでいました。
 あげくのはてにあるブログでは「不登校の子どもが学校に行けるようになるまでのノウハウを伝授します」といいながら、「半年間は講座を受講してもらいますが(それでも何十万円の受講費がかかります)、学校復帰できなくても当方は責任を負いません」なんていう内容のものもあり、子どものための支援というより、自分の承認欲求を満たすための目的じゃないのかとすら思えるものが多いです。
 

虐待の疑いをもたれた母親

  不登校支援や若者支援をしているあるNPOのスタッフの方で、子どもさんが小学生で不登校のお母さんがいます。
 自身も不登校の経験をお持ちで、自らもフリースペースのお手伝いをしているので、不登校になるわが子の気持ちは普通のお母さんたちよりは理解しているため、一緒に親の会に参加している姿も子どもの思いを大事にしている様子が伺えます。
  しかし、だんなさんと夫側の家族は学校に行かないことを是とする妻や嫁に対しては意見が合わず、結局子どもを連れて別居を決意。母子家庭になるため、役所とも公営住宅や学校とのやりとりなど事務的なことを相談している矢先に、夫側から役所に「子どもを学校に行かせないで虐待している」と”通報”。
  虐待の通報があれば、行政は事実確認をし、虐待の有無を判断しなければならない責務があるのですが、そのとき母親のとった行動は、NPOの活動の場に(お子さんは参加者やスタッフとは顔見知りで事情もみんなわかっている人ばかりなので)、役所の人に見学にきてもらうことを要望し、先日担当の方がお見えになりました。
  まず、誰がどう見ても活動風景の場をみれば、「虐待」(この場合は学校に行かせないという養育の放棄にでも該当するのでしょうか)なんてありないことは明らかです。
 お子さんは多くの利用者やスタッフからも可愛がられ、母親の態度もなんら問題ないわけですから。
 結局、その担当者は、活動風景を見学するだけでは手持ち無沙汰だったようで、スタッフと一緒に活動のお手伝いをするはめになり、そそくさと帰ってしまいました。
 役所に戻ってなんて報告するのでしょうか?

 つい最近大阪の中学校でネットアイドル活動をしている中3の娘に対し、母親が娘の活動を応援したいということで学校に行かせなかったことを、「学校教育法(就学の義務)違反」で訴え、逮捕されるというニュースが流れたばかりでした。
 でも、その後の記事や当事者の訴えによると、小学校からいじめにあい、不登校だったが、姉と一緒にアイドル活動に居場所を見つけ、母親も、最初から学校を否定していたわけではないが、本人たちの思いも尊重したいということもあったよう。  
 学校としては再三、6回も登校指導をしたのになしのつぶてで、去年の夏には東京に転居届けを出したことが「就学の義務違反」として逮捕の要因になったようですが。
 しかし、そもそもいじめがあったことや子ども自身の悩みなど学校(担任)は把握していなかったのか、母親もその辺については学校とも相談をしていなかったのか、まず警察に相談する以前の問題だろうと思います。

 そして、なによりも教育現場が誤解しているのが、学校教育法の解釈の仕方にあり、就学の義務は必ずしも学校に行かせる義務ではないこと。教育を受けさせる義務の解釈が問題。
 でも、こういう話題が一度マスメディアを通して世間に広がると、不登校を抱える親御さんの心境はこれまでよりももっと複雑になってしまうだろうとこのニュースを聞いたとき、不安になってしまいました。
 「教育を受けさせる義務=学校に行かせる義務」という解釈がまかり通ると、不登校支援をしていた個人や団体もまたその解釈の訂正に翻弄されてしまうかなあと思ったり、今回の例のように、家族で意見が合わず母親が悪いとばかりに責任転嫁してしまう。
 子ども自身が学校に行かないという選択をしたとしても、周りからは「学校に行かせない親」という認識になり、その認識がひいては「養育の放棄=虐待」というカテゴリーに組み込まれてしまうことに、恐ろしささえ感ぜずにはいられません。
 当事者(母子)の知らないところで、そういう情報は公の機関に伝わっているという現実。
 日本の教育現場や行政は、みな『学校信仰機関』(教育行政をつかさどるところは不登校児が増えたら困るのですから)ですから、増え続ける不登校対策にはなんら手を打たず(打てず)、その分民間の不登校の支援団体が多く立ち上がり、教育の多様性を訴えても変わることは難しいでしょう。
 たとえ国の政策が変わっても、地方に浸透するまでも10年はかかるといわれていますし、昨今のいじめの問題も昔となんら現場の先生たちの態度も変わっていない。
 いじめ、不登校、逮捕、虐待・・・・結びつかないキーワードです。


自分と向き合う

 ある日の新聞に柳田邦男さんの人生観について書かれた記事がありました。
 私は柳田邦男さんがノンフィクション作家という程度しか関心がなかったのですが、次男の自死と妻の精神の病に苦しみもがいた体験をお持ちの方だったということを正直新聞記事で初めて知りました。

 氏の死生観についていろいろ考えさせられるところが大きい内容です。
(引用)
 対人恐怖などに苦しみ自宅にこもっていた25歳の次男が、自室のベッドで自死を図ったのは1993年の夏。
  感情の起伏が激しく、抑うつを抱えて入退院を繰り返していた妻の人格が、愛息の死を受け止めきれず破綻の危機に追い込まれた。台所から刃物を持ち出し、首をつるなど問題行動が続発。柳田さんも心労で心身の平衡を失い「妻にも息子にも申し訳ない気持ちでいっぱい。無力感と事跡の念が胸をふさぎ、死んで誤りたいと思った」と打ち明ける。
 
氏は後の著書『悲しみは真の人生の始まり』の中で、「内の地獄を書け」という次男からの言葉に対して、
 「一番厳しい問いでしたね。一番書けない、あるいは書きにくいところです。・・・家族の遍歴というのは何かといえば、私自身の内面に関わる問題、あるいは自分がたどってきた生き方の問題だと思うのです。だから『うちの地獄を書く』ということは、深いところで、自分自身と向き合い、対決していかなければ書けないことです。そこを見つめずに家族を対象化して、観察の対象、科学研究の対象のように、家族の悲劇やつらさを書いても結局、本当のことは書いたことにならない。自分と家族を断ち切って眺めているだけになってしまう。自分に絶えず問いかけ、我が身の問題として、自分の心の問題として、自分と向き合いながら表現活動をして生きていく、それが『地獄を書く』ということなんだろうなあと思いました。」と言っています。

  不条理を生きていく道を探す

 (本文より)
 「人間にはもともといろんな苦しみがあり、それにつきまとわれない人生があったら、それは例外だと思います。つらいこと、苦しいこと、大変なこと、孤独を感じること、それらがなかったら、むしろそっちのほうが、アブノーマルじゃないかとさえ思います。
 世の中を見ると立派な家屋やマンションに、家族が幸せそうに暮らしているように見えますが、屋根の下の現実派、すべてがうまくいっている家族は、おそらくいないんじゃないかな。みんないろんな問題や悩みを抱えている。子どもが問題を抱えていたり、親が問題を抱えていたり。病気、障害、心の問題、経済的困窮、子どもの引きこもり、家族の不和、財産争い、実に多様です。
 人生のデコボコ、あるいはハリネズミに刺されるような状況は、人間が生きていく過程では避けられないことだと思います。
 生きるというのは、それらを受け入れながら自分を見つめ、自分自身がよりよく生きていく道を探すよりほかはないでしょう。その探すということは、おそらくつらいことでしょう。自分で自分の道を見つける。これくらい大変で、しかもつらいことはない。そのつらさを引き受ける。それこそが人生だと思うんですね。」

  癒しとは、胸をかきむしらんばかりの
  苦しみ、悲しみを抱え、
  そこから逃げずに必死に生きようとする
  その人生そのもののこと
  それが癒しの本質です
  (幼子を亡くした母親の言葉より)

支援者の心理

人を学歴で判断したり、自分に変に自信があり人を(たとえ上司であろうが)見下すような人は、だいたい共通の人格を持った人だなあと思えます。
このへんは、多くの心理学的な書籍や多くのネットブログでも書き込まれていますから、活字でも目にすることが多いですが。

 人を見下す人、批評ばかりしたがる人、悪口(陰口)を言う人は、
○プライドが高く、劣等感の強い人
○勝気な人、負けず嫌い
○いつも自分と他人を比べて優位に立ちたい
○自分に自信がなく、自分と周りをいつも比較している
○ストレスに弱い人
○他人のうわさ話が好き(特に悪いうわさ)

たいていこんなところが共通しているものです。

あるSNSにこんな文章がありました。
(引用)
「自分の身を守りたい」
人間がある程度一貫した行動をとり、周りから普通の人だと思われるためには、心の中の要素が矛盾だらけでは困る。心の中がある程度一環していないとだめだ。
 しかし、実際には、人間の心の中にはお互いに矛盾する観念や欲望がいっぱいつまっている。
 そこで、人間は自分の一貫性の邪魔になる観念や欲望に対して攻撃をしかける。
 自分が自分の内部の要素に攻撃をする。
 内部の葛藤は耐え難いので、攻撃をするようにうなる。
 これが、自分の外部に対する攻撃のメカニズム。
 内部に矛盾を抱えていない人はいないのだから、人間は誰でも外部を攻撃する。
 自分が勝手に思い込んでいる規範で他人を裁いている。


 人間である以上、みな心の中に何らかの矛盾や葛藤を抱えながら生きています。自分の心の安定のためには人を批判したり、見下したりすることで承認欲求を満たし優位性を保とうとしたりすることもあるでしょう。時には嫉妬や不の感情を抱くことだってあるでしょう。
 だってそういう感情や特徴なんかは、自分が育った環境、親の育て方、自分の素質や性格とも大いに絡んできているからです。

 でも、こういう人が弱者支援にまわったときは、本当に厄介な場合が多いことは容易に推測できます。
 私は、以前は福祉の現場(行政機関でしたが)で、今は医療の現場で仕事をしていますが、大体権威(役所というだけで権力や権威を与えられたようなものですが)のある場にいると、ずっと公務員しか仕事の経験がなく上記のような性質の職員ほど自分がさも「してあげてやっている」という意識が強いです。
 そういう人たちが専門職だったりする場合はなおさら厄介だなあと思っていました。

 常に優先順位を意識して生きている人(学歴、容姿、金持ち、貧乏、性格、恋愛、環境)では、すべてにおいて上下関係に敏感ですから、職場での彼・彼女らの話題といえば、時分の子どもそれらのレールを外れることにはすごく気になるようです。
 会話の端々に、障害者や貧困者、低学歴、不登校・ニートなどの人たちを揶揄したり見下すような発言が多く、またそういう会話に混ざる人、言いだしっぺの人ってたいてい決まっているのですが、観察しているとみな何らかのコンプレックスや自身のなさを強がることで覆い隠しているような人が多いです。
  
 人を支援する職業に就く人の動機が劣等感を覆い隠すための手段だったり、「してあげている」という自己満足だったり、自分の生き方への悩みの解消だったり・・・。

 ホームレス支援・貧困者支援・不登校支援・障がい者支援・引きこもり支援・・・・。
自己成長ステージで生きている人(本当に自信のある人は人の乳母らしい面を見つけて学ぼうと思ったり、相手の良くない点を批判するより、良い点をみつけてあげようとする)はそういう人たちからも何かを学び取ろうとするし、支援しているという意識は少ないはずだ。
 いくら表面上は「あなたのことを本当に心配していますよ。支援していますよ」という態度をとっていても、裏の態度や言動を見せ付けられると、「おいおい」となってしまう。

 生き辛さを抱える人たちの支援にあたる人こそ、自分の心のからくりや心理を見つめなおして欲しいと思いますが、なかなかそういう人に限って気づいていないんですね。

 


 
 

 



 
 

市会議員に期待したのに

 地域で子ども育成会で一緒に活動した町内のあるお父さんが市会議員に立候補しました。
 地域で交流しているときは相手の職業などは聞くこともなかったのですが、立候補の挨拶でその方が教員だとわかりました。
 その当時、次男が不登校であるフリースペースに通っていたとき、その居場所の代表にも挨拶にみえ、今の学校の問題をいろいろ訴え、「自分はそんな教育現場を変えたい。不登校や発達障害などさまざまな課題を抱える子どもたちも地域でどうどうと生きてける子どもたちに暖かい地域福祉を作りたい」と熱弁していきました。
 町内のかたでもあり、まんざら知らない人でもなく、また教育畑の人材が市会議員になれば現場からの意見としていろいろ革新にせまった意見を議会で発してもらえるのではないかと期待し、夫と彼の後援会に入ることにしました。
 初めて決起集会、個人演説会などに参加してみました。初めての選挙に勝てるという確信もない中での出馬とあって、不退転の決意で望んでいるその姿にかなり期待もしていました。
 結果はかろうじて当選圏内にはいり、市会議員1年目としてのスタートを切ったわけです。
 2年目を迎えた今、この1年を振り返ったとき、教育に関する議会でも質問は今のところぜんぜんありません。
 議員1年目は何かと圧力もあるのか、あまり言わせてもらえないのか、勉強不足かはわかりませんが、定期的に開催される「議会報告会」や、支援者に配る「報告書」などを読むと、およそ教育とはまったく関係のないところでの活動や質問をしているよう。
 「学校改革」「教員の忙しさを改善し、子どもたちとのかかわりをもっともてるような方策」などについて何かひとつでも支援者に約束したような質問でもしてくれればと期待していたのに・・・。ちょっと期待はずれです。
 よく、「現場にいても何も変えられないから、議員になって制度を変えたい」とのたまう候補者が多いのですが、口先だけでは困ります。有限実行してもらいたいです。有権者の一人としては、そこのところを厳しく見ています。 
 

貧困問題について(その2)

貧困状態で暮らす日本の子どもは約6人にひとりといわれている。
「一億総中流」といわれていた時代もかつてはあった。
たとえ中卒で社会に出ても、その後も道筋はいかようにもあった。
高度経済成長期には地方から『金の卵』として中学卒業と同時に集団就職をして仕事や家庭を築いていった人たちが大勢いた。
私の中学時代の同級生の何人かも、高校には入らず(入れず)住み込みで職人さんや美容師の卵として巣立っていった人もいる。
今は『中卒」では仕事もない、就職にも不利という風潮がはびこり、そこに経済的貧困が合わさると『挽回』がきかない社会構造になってきている。

朝日新聞の記事より(2016年7月10日付)共感できる内容が書いてあったので引用します。
(立教大学社会福祉学教授 湯澤直美さんの書評より)

 「貧しくてかわいそうな子どもたち」というネガティブなステレオタイプは、差別や排除小強めるおそれがあり、「独自の利害と声と主体性」を持つ存在として子ども自身の経験を明らかにする必要を指摘。
たとえば「学校内部での排除」。義務教育であっても制服や学校給食、遠足や修学旅行など私費負担は重い。学校の諸活動に参加できなければ、学校の内側で排除されていく。日本では、無料の学習支援をはじめ各地で居場所づくりが進められている。その意義はあるものの、そもそも学校こそがあらゆる子どもの居場所になる必要がある。
 「子どもの貧困」とくくることで、謝った認識を助長する懸念もある。よく、「子どもにはつみはない」という言葉を聞く。あながち間違いではないが、「子どもの貧困は自己責任ではない」が、「大人の貧困は自己責任」という見えない境界線うぃつくりかねない。貧困を細分化していくまなざしもまた、差別や排除につながりやすい。

 貧困は見えにくいといいうが、路上で暮らす人々の仲に、子ども期の貧困状態が見えるはずだ。家計が苦しく、10代から働き続けてきたものの重労働で病気になり入院。職を失い一気に路上へ。しかし、社会は「自己責任」というまなざしを安易に向けやすい。
 
 貧困は資本主義社会の構造が生みだす不平等の帰結であるいもかかわらず、個人の努力で克服しうる課題とみなされやすい。家族主義が強い日本では、「家族依存型」の政策のもと、家族ぐるみの努力が称揚される。家族の限界まで行使される自助努力の果てに、親子心中や孤立死が繰り返されている。


以前、関東地方の市営住宅の家賃が支払えず、退去を迫られていた母親が新学期が始まる矢先に娘さんを殺してしまったというニュースがありました。
 ぎりぎりのところで踏ん張っている親子に対して、容赦ない仕打ちをするものだと。
 このニュースは最初は母親が子どもを殺したということで、虐待なども疑われたかもしれません。報道の第1報は”親がわが子を殺した”という事実だけで事情を知らなければ「なんて悪い母親だ」と親を悪者にしてしまうだけ。子殺しの背景にはこのような貧困問題もかなり多く潜んでいるような気がしています。

 ところで今は貧困の子どもが書くクラスの6人に一人とか?(この数字以前は発達障害児のクラスに閉める割合でした。今や発達障害は世間的なブームは過ぎ去り、貧困児童(生徒)のほうに世間の関心も移っています)
 そんな福祉の課題に取り組もうと各地でNPOや有志の方たちが子どもの「食」を安心させたいと『子ども食堂』を開設しています。
 NPOなどその主催者によって、目的や対象者、内容などいろいろ切り口の違いはあるものの(経済的な貧困で食べられないこの食事を確保してあげようとするものから、孤食になりがちな心や環境の貧困に対しての居場所作りの目的が大きいものなど)、支援する側も経済的基盤のない中、助成金や支援金で運営費をまかない、支援者の熱意や善意に頼っているのが、今の子ども食堂の現状でもあります。
 ある主催団体が、本当に困っている子どもの情報を学校等に聞いても「個人情報」の問題もあり、教えてくれない。パンフレットを私必要な親御さんに渡して欲しいとお願いしても、興味を持たない先生のほうが多く、本当に必要な子どもに支援がいきわたっていないことを問題にしていました。
 担任の先生が、から、「「給食になるとがつがつ食べる子がいる」、「昼食(弁当)の時間になると席を立ち教室からいなくなる生徒がいる」という話を聞いたある方が、「何か私たちにできることがないか」と聞いても、先生たちはそういうことにあまり関心がないみたいだ」感想を聞かせてくれたこともありました。
 もっと世の中の人情があった時代は、心ある先生はえこひいきにならない程度に、かげながら援助したり自宅につれてきて食べさせたり、友達の家庭でご馳走になるなんてこともあったはずなのに・・・。
 お互い様の精神もうすれ、貧困を自己責任とみなす風潮がますます強くなり、「貧しいのはあなたの努力が足りないからだ」と大人は言われているような感じになるから、なおさら誰にも相談できず自分の現状をさらけ出せず、結果的に孤立し最悪は無理心中や子殺しなど切羽詰った挙句の悲劇がうまれるのです。
  
 

   


貧困問題について(その1)

 最近新聞・ニュースをにぎわせているのが、「貧困問題」。
 以前は「労働者派遣法」改正で、時の小泉政権が非正規雇用者をどんどん増やしました。
 その結果、若者でも就職先では非正規扱いで収入も安定しないから結婚への夢も薄れ、結婚したとしても夫婦共働きでなければ家庭を維持できず、子どもができても保育園に預けなければ仕事も継続できない。その保育園すらも、需要と供給がミスマッチし、待機待ち状態。子どもを預けられなければどっちかがやめざるを得ず、結果的に経済的貧困に陥る・・・。
 (私が以前福祉関係の行政にいたころは、「年越し派遣村」などの言葉が世間の関心を呼び、こういう地方で困窮していると相談に来る人に対し、「年越し派遣村にでも行かせて、あっち(東京でということ)で支援してもらえ」という心無い言葉を平気でいう上司がいました)
 保育園問題だって、女性の社会進出への意識のほかに、経済的に働かなければならない事情も大きいと思います。
 また、子どもを生み育てたいと思っても、物理的(ハード面)な不足や社会的偏見(保育所を作ろうとしても昨今は近隣住民が”子どもの声の騒音問題”で反対にあうなど)、保育者不足(昔の3kに似たような雰囲気になっている?)などいろんな要素が幾重にもからみあっての今があるのではないでしょうか?

 

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Author:TTmama
医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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