FC2ブログ

ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

都会の風景

 先日ある研修会を受講するため、地方から東京に上京しました。
 この講座は食事と栄養学・医学・健康に関連するもので、定期的に受講したあとには主催者から認定証をいただくものなので、今日で10回めの受講になります。受講料も○十万もかかる上に、上京するたびに新幹線代もその都度数万円かかってしまい、財布の中身が気になるところです。
 
 東京近郊に住んでいる人と地方で暮らす私たちとの違いはやはりこういう点でもハンディがあります。
 会場は新宿駅西口から15分ほど歩いた所にある区立の公共の建物ですが、高層ビル群や都庁を横目にしながらひたすら会場までの道のりを急ぎます。
 今話題になっている都政もこの建物の中で繰り広げられているんだなと、テレビでしかお目にかからない建物を間近に眺めながら。
 日本の注心都市でもある新宿の街並みを通り過ぎる人たちは服装もバッチリと決めていて、みな華やいでみえます。建物の中に入っているショップも値段もはるものばかりで、洋服でもバックでも食べ物屋さんでもどのお店に入ったらいいかと迷うくらい。
 こんなに有り余るほどの商品、本当にさばけているのかと思うほど。その分値段に上乗せされているのでしょう。
 帰りの新幹線の時間まで間があったので、夕食代わりに駅構内の店で腹ごしらえしたけど、値段の高いこと。たまには自分へのご褒美としていろいろ頼んだけど、田舎なら多分半分の値段で済みそう。
 前日は貧困の研修会に参加したばり。今や子どもの6人一人が貧困家庭と言われています。また4人に一人の割合で非正規雇用という現実。
 そんな現実がまるでうそのようにも感じられる都会の雰囲気。なんか田舎から来た人間には別世界のような意識にさえなります。
 
スポンサーサイト



ご無沙汰していました

 約2年ぶりのブログ更新になります。
 なんか、いったんブログから遠のくとそのままPCに向かうのも億劫になっていました。
 その間、我が家では子どもたちの状況も変化し、それに伴い親の心情も、仕事人としての思いも、一人の人間としての生きかたもまたその時々で感情の変化も大きく、これまで溜め込んでいた思いをまたここで吐く(格)ことで、自分自身の内面を見つめなおすことにしようと思いました。 
 また思うままに本音の「ひとりごと」を綴っていきたいと思います。

ある宴会での会話

 職場の宴会での会話

 同僚のAさんと隣り合わせに・・。
 いつも自分の「自慢話」に、今回は「お酒」の力も加わり、さらにヒートアップ。
 もう一人の後輩と一緒に彼女の話をじっと聞いてあげました。

 A[うちの子の上二人(大学生の女の子と高校生の男の子)は頭もよく、〝いい子”できたから私の理想の子どもたちなのに、下の子の○○(小学生の男の子)は、できが悪くて・・・・。あの子と私は合わないから嫌い!」
 後輩「そんな、子どもはどの子も可愛いんじゃないですか・・・」
 A「どうも私の感覚と彼の感覚が合わないんだよねえ。すぐ癇癪を起こすし・・。そのくせ一番母親っ子なんだけど、私がどうも感覚的に彼をよせつけないのよねえ・・。」

 A「父親は子どもたちみんな嫌ってるし。うちはお父さんが私より早く帰るから食事の支度は父親の仕事。」
 後輩「まあ、お父さんが食事作ってくれるなんて、うらやましい!」
 A「でも、彼の作った食事はまずくて食べられないの。だから私は彼のものを食べなしぃ・・。」
 後輩「そんなぁ、せっかくご主人が作ってくれるんだから感謝してたべなきゃあ・・・」
 A[いいのいいの、感謝なんかしたらつけあがるし、第一我が家では子どもたちみんな父親のいないところでは私に〝お父さんの作ったものまずい、やっぱりお母さんの方がおいしい”だって」
 
 A[主人は職場は全然忙しくないし、自分は毎日残業で大変なんだから、ご飯作って当たり前でしょ!。毎日5時過ぎるともう家にいるんだから・・。」
 
 A「職場のストレスを娘や息子に愚痴ると、いつも〝それはお母さんの言うことが正しい、お母さんは間違っていない”と子どもたちが私の見方になってくれるの」
 A[家に帰ると、主人の顔なんて見たくもないから、〝私の視界から消えて”と言うとさーっと二階に上がっていくわ」
 
 とまあ、飲んでなくても、いつもこんな感じの会話が毎日です。
 
 こういう会話を聞いていると、その人の家庭での家族関係や価値観が透けて見えてくるものです。
 しかし、当の本人は気づいていないのですね。
 周りだけは、「あの人と話をしているといつも自分の自慢話とご主人の悪口ばっかり」としっかり評価しているのですが・・・。
 

人間観察(PartⅡ)

 言い訳をしている人は、人にどう思われるか気になる人が多い。
 事実よりも、人にどう思われるのかの方が気になってしかたがない。
 しかし、人にどう思われるかは、その人の育ってきた環境、今いる環境、今日の体調、気分、さっき起こったこと等で、その相手の思うことはころころ変わる場合が多いので、私が「何かをしたことで、相手が思ったことは、相手の背景であり、私が向き合うのではなく、その相手が向き合うことなのです」

 なぜか、考えは一つしかないという感覚の人が多いようです。
 それは臨機応変な柔軟な環境にいなかったため、その練習がされていなかったのだと思います。
 私たちは人を判断するのに、何を見て判断するのかを、どう教わってきたのでしょう。
 表面上わかりやすいことではないでしょうか。
 学歴、経歴、資格等・・・
 
 でも知っているはずです。それでは判断できないことを・・

 自分のことに向き合っていない人は、ひまな人。
 だからこそ、いろいろなことがうまくいかず、イライラしています。
 イライラしているから自分より立場の弱い存在に八つ当たりをしたりコントロールをして自分の満足感を満たそうとします。
 八つ当たりは、いちゃもんのかたちで現れることが多い。(歩き方が遅い、すぐ行動しない・・・)

 価値がない言葉に躍らされている人は多いです。
 言葉自体もあまり意味がないことが多いです。
 言葉でいくら言ったって、行動が伴っていなければ価値がない事になります。
 しかし、言葉だけの人、言うだけの人、口だけの人、残念ながらたくさんいます。
 その人たちは実際に行動しなくても、その言葉だけで価値があるということを押しつけてきます。
 しかし、事実は行動を伴わない言葉に、価値はない!といっても過言ではない。
 それが理解できてようやく言葉だけの人を見分けられるようになります。
 それを見分けられるようになると、否定する人はだいたい「言葉だけの人」だと分かるようになります。
 そうすると、本当に少しずつですが、否定されても自分で確認したことを繰り返して自分の身につけていくことができてきます。
 相手が自分のしてきたことを、自分が思っていることを認めてほしいがために言いきる人は、自分の考えを認める仲間を作り始めます。
 その人は、職場で力のある人だったりします。
 ですので、そのことを認めていかないと、そこでは生きていけません。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 広汎性発達障害へ
にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ


ランキングに参加しています。

自分の心と向き合えば・・

 (ある媒体から)
 
 人の行動、言葉、重いには必ず隠れた感情がある。
 必ず自分だけの理由がある。
 その感情には、幸せな記憶、辛い記憶が混ざり込み、余計感情の回路を複雑にする。
 たとえば、あの人が嫌いという気持ちがあるとすれば、
 なぜ、嫌い?
 どういう言葉、態度が嫌い?
 どうしてその言葉が嫌い?

 拒絶したい気持ち
 怖い
 心がチクチクする
 堕ち込む

 なぜ堕ち込む?
 なぜ怖い?

 そこから先を認めたくない自分がいる。
 新たなすがりつく理論がほしくなる。
 しかし、受け入れたくない気持ちに、うっすらと気づきはじめる頃

 ここで二つの道ができる
 認めるか、認めないか
 たったそれだけのこと
 認めないことを選べば、武装するしかない。
 認めることを選べば、自分と和解するしかない。

 もともと自分を信頼するという心の基盤がある人は、
 そういうことは一瞬で越えてしまう。

 結果を求めるあまり、自分の感情にふたをしたままそこに自分を無理やり合わせようとしたとします。
 そして無理やり見守る形を作り上げようとします。
 それらは、往々にしてつながりがあやふやで、自分でつぎはぎした理論だったり、矛盾した理論だったり、言い訳だったりするわけですが、どちらにしてもその見守りは、ただ我慢しているだけの状態にしかなりません。
 人は我慢して見守ることなんかできっこありません。
 どこかで必ずボロが出ますから。
 自分の感情を、うそで塗り固めても、感情ははけ口を求めて爆発しようとしますから。
 結果や理論を先において、そこに自分をあてはめる。
 自分の気持ちを理屈づけするとき、何も目的がないとか、結果が見えないことがすごくおそろしいから。

 自分に向ける瞬い眼差しがあって、はじめて他者への見守る慈愛の眼差しが可能になるのではないか。
 だから、特に不登校の親御さんには子どもをいじくり倒すより先に自分の感情を見つける大切さを伝えたい。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 広汎性発達障害へ
にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ


ランキングに参加しています。


人間観察

(ある媒体から)
 
 親が問題が明確になっていても、解釈しようとせず、文句ばかり言っていたら、その子どもは問題は解決しなくても、文句を言っていればいいと学んでしまいます。
 もし、親が問題に向き合わずに、ごまかす人であれば、それを見てきた子どもは、かなりの確率でごまかすことを学びます。
 文句を言って、何も自分は動かない人の実態では、自分自身は「何もできない人」である場合が多いのです。
 できる人は、文句を言って過ごすことがあまりないように思います。
 なぜならば、問題があるなら解決しようとするからです。解決するために、どうすればいいのかを考え行動し、その行動から得た結果を基に、また考え行動する。
 この繰り返しで、ある程度のことは解決します。
 
 物事をきちんととらえようとする人は、言いきることができない場合が多いです。自分に自信がなくて、でもそれをごまかしている人は、物事をとらえるよりも、自身がない自分を悟られまいとする感覚が強いことが多いので、自分の防衛のために言いきることが多いようです。
 そういう場合でも、そのような人は「私はごまかしていない」と、言いきるのですが、ですのできちんと物事をとらえていこうとする人の方が、損をすることが多いです。
 しかし、本当はきちんと物事をとらえようとしている人の方が、視野が広く学ぶ姿勢もあり、臨機応変に対応でき、成長していくので、年月がたつにつれて、実力的には本当にかなり差が開いていくと思います。
 しかし、現実には言いきったものの勝ちの世界が多いので、その能力は発揮できない場合が多い。

 言いきっている人の特徴は、強引な人が多い。
 言いきる人は、自分を認められていない人が多く、その思いは自分の考え、主張を認めて!という心理。
 子どもの頃に周りの人や親に受け止められてこなかった感覚なので、親はだめだったけど、今度こそは親に認めてもらうんだという感覚がある場合が多い。それには強い立場が必要ですので、強い立場になれるよう、頑張っているところもある。
 それが少しでもいい学校、いい会社へと入ること。
 そのため、幼いころから勉強漬けにさせられていることも。
 それは、子どもに苦労させないためと、心の底から思っている人が多い。
 そうした方が、強い立場になる可能性が高くなる。

 大人になると、視野が狭くなることが多いよう。
 大人になると、他の人からあまり言われなくなるし、アピールには中身がないことを知り、残念ながら現在か過去形の話が多く、未来を見据えての話はなかなかないようです。
 自分の未来が見えてこないと、人はひまをもてあまします。
 そうなると、自分の意見が通る人に意見を言ってひまをつぶそうとします。「心配」というアイテムを使いながら・・。
 そうすることによって、自分の存在をアピールする。

 自由なんてなれるわけがない! 皆しがらみのなかに生きているでしょう!と、わかったようなことを言いますが、その皆というのはせいぜい数十人、だいたいは数人のお話です。
 もし、その数人がみな気づこうとせず、しがらみのなかで生きているから、おそらく一生抜け出せなくて、人生を終えていきます。
 しがらみを一つひとつ検証していくと、しがらみでも何でもなく、思い込みに過ぎないことが多いです。

 自分の人生を大切にしている人は、しがらみが自分の人生にとって、必要なものか、そうでないかを考えることができます。
 このように書くと、視野が狭い人はそれは自分勝手というものだ!とか、一人ひとり違った人生なので・・・ということを言います。
 知ろうとしない人が、何かあったときに言うセリフが、「話してくれれば良かったのに・・・」という言葉です。
 その言葉を言っている人たちは、おそらく自分が話したくない人だと思われていることに気づいていない場合もあるように思います。
 例えば、気を遣わない関係性は、「人の悪口を言える関係」と学んでいる人は、人の悪口を言い合うのが親しい関係だと相手に押しつけます。
 押しつけられた相手は、そんなものかと感じて従うか、同じようなことを学んできた人は「そうそう」と共感し合うとか・・・。
 「仲が良いということはどういうものなのか?」を探している人が、食事に行ったり遊びに行ったり、旅行に行ったりすれば、中がいいように見えるので、そうすることによって自己満足をしている人たちが多くいるようにお聴きします。
 よく言われる「相手を理解すれば、自分も理解してもらえる」ことを実践したがりますが、そうすると自分も理解してもらえると、気づいた人に依存されてしまう人も多いのです。

 自分の世界に入って、それぞれの経験、知識でその目の前でおこっていることが、どういうことかを判断していることが多いのです。
 目の前でおこっていることなど、あまり意味がなくそれを立場が強い人がどう判断するかが問題になってきます。
 家の中では、その立場の強い人は親です。
 子どもたちは親がどう判断するのかの方が、重要にさせられてしまいます。
 そもそも子どもは目の前のことを、そのまま捉える能力はついていると思います。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 広汎性発達障害へ
にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ


ランキングに参加しています。

無題

 親が問題が明確になっていても、解決しようとせず、文句ばかり言っていたら、その子どもは問題は解決しなくても、文句を言っていればいいと学んでしまいます。
 もし、親が問題に向き合わずにごまかす人であれば、それを見てきた子どもはかなりの確率でごまかすことを学びます。 
 文句を言って何も自分は動かない人の実態では、自分自身は「何もできない人」である場合が多いのです。
 できる人は、文句を言って過ごすことがあまりないと思います。
 なぜならば、問題があるなら解決しようとするからです。
 解決するためにどうすればいいのかを考え行動し、その行動から得た結果をもとにまた考えて行動する。
 この繰り返しである程度のことは解決します。

 物事をきちんととらえようと人は、言いきることができない場合が多いです。自分に自信がなくて、でもそれをごまかしている人は、物事をとらえるよりも、自信がない自分を悟られまいとする感覚が強いことが多いので、自分の防衛のために言い切ることが多いようです。
 そういう場合でも、そのような人は「私はごまかしていない」と言いきるのですが、ですので、きちんと物事をとらえていこうとする人の方が、損をすることが多いのです。
 しかし、本当はきちんと物事をとらえようとしている人の方が、視野が広く学ぶ姿勢もあり、臨機応変に対応でき、成長していくので、年月がたつにつれて、実力的には本当にかなり差が開いていくと思います。
 しかし、現実には、言いきったものの勝ちの世界が多いので、その能力は発揮できない場合が多い。

 言いきっている人の特徴は、強引な人が多い。
 言いきる人は自分を認められていない人が多く、その思いは自分の考え主張を認めて!という心理。
 子どものころに周りの人や親に受け止められてこなかった感覚なので、親はだめだったけど、今度こそは親に認めてもらうんだという感覚がある場合が多い。それには強い立場が必要ですので、強い立場になれるよう頑張っているところもある。
 それが少しでもいい学校、いい会社へ入ること、そのため、幼い頃から勉強漬けにさせられていることも・・。
 それは、子どもに苦労させないためと、心の底から思っている人が多い。
 そうした方が、強い立場になる可能性が高くなる。
 
 大人になるほど、視野が狭くなることが多いよう。
 大人になると、他の人からあまり言われなくなるし、アピールには中身がないことを知り、残念ながら現在か過去形の話が多く、未来を見据えての話はなかなかないようです。
 自分の未来が見えてこないと、人はひまをもてあまします。
 そうなると、自分の意見が通る人に意見を言ってひまをつぶそうとします。
 「心配」というアイテムを使いながら・・・。
 そうすることによって、自分の存在をアピールする。
 
 自由なんてなれるわけがない!皆しがらみの中に生きているでしょう!と、わかったようなことを言いますが、その皆というのはせいぜい数十人。だいたいは数人のお話です。
 もし、その数人がみな気づこうとせず、しがらみの中で生きているから仕方がないね~という人ばかりだと。
 おそらく一生抜け出せなくて人生を終えていきます。
 しかし、抜け出せている人もいるのも事実です。
 しがらみを一つひとつ検証していくと、しがらみでも何でもなく、思いこみにすぎないことが多いのです。

 自分の人生を大切にしている人は、しがらみが自分の人生にとって、必要なものかそうでないかを考えることができます。
 このように書くと、視野が狭い人は、それは自分勝手というものだ!とか、一人ひとり違った人生なので・・・ということを言います。
 知ろうとしない人が、何かあったときに言うセリフが「話してくれればよかったのに・・・」という言葉です。
 その言葉を言っている人たちは、おそらく自分が話したくない人だと思われていることに気づいていない場合もあるように思います。
 例えば、気を使わない関係性は、「人の悪口を言える関係」と学んでいる人は、人の悪口を言い合うのが親しい関係だと相手に押しつけます。
 押しつけられた相手は、そんなものかと感じて従うか、同じようなことを学んできた人は「そうそう」と共感し合うとか・・。
 
 「仲が良い」ということは、どういうものなのか?」を探している人が、食事に行ったり遊びに行ったり、旅行に行ったりすれば、仲がいいように見えるのでそうすることによって、自己満足をしている人たちが多くいるようにお聴きします。
 そのことを本人は気づいています。
 よく言われる「相手を理解すれば自分も理解してもらえる」ことを実践したがりますが、そうすると自分も理解してもらえると気づいた人に依存されてしまうことも多いのです。

 自分の世界に入って、それぞれの経験・知識でその目の前でおこっていることが、どういうことかを判断していることが多いのです。
 目の前でおこっていることなど、あまり意味がなく、それを立場の強い人がどう判断するかが問題になってきます。
 家の中では、その立場の強い人は親です。
 子どもたちは親がどう判断するかのほうが、重要にさせられてしまいます。
 そもそも、子どもは目の前のことを、そのままとらえる能力はついていると思います。




ランキングに参加しています。

紹介します

 先日当ブログにコメントしていただいたよーすけさんが開設している掲示板です。

 私のブログでも紹介を依頼されましたので、よろしかったらのぞいていてはいかがでしょうか。
 
 http://dying.jp/(sheep社会問題局)

御用学者と官僚の思惑

 各省庁が考える施策や事業、制度を考える時には、たいていはその道の専門家や関係団体の代表者、有識者(学者など)を呼んで、諮問会議や○○審議会、××検討委員会などを開催し、官庁が事務局になってさまざまな意見を出し合い、たたき台をつくり最終案を○○制度の原案として国会に提出し可決されて初めて法が施行されることになります。

 これまで介護保険制度も3年ごとに見直しが図られて改正が行われてきました。最初は介護保険制度の周知もあり、とにかく制度を利用しようという啓発だったのが、次第に財政圧迫の抑制から軽度認定者をはずそうとしたり、新たに「介護予防」を別枠で考えるなどの施策を新たに出してきたり・・・。

 平成18年度から始まった介護保険改正の重要施策は「予防重視型社会」ということで、要介護状態にならないように高齢者は運動・栄養・口腔機能の改善に努めようといううたい文句で、デイサービスでもマシンを使った運動プログラムなどを積極的に導入していきました。
 その当時、この事業プログラムを主導したのは、長寿開発センターや某老人研究所(独立行政法人などの国の出先機関)の医師や理学療法士たちなどでした。
 しかし、その後この「特定高齢者施策」と呼ばれていた事業自体を毎年の補助金実績報告で国に実績をあげても全国的に高齢者人口の割合からしてほとんど費用対効果がないような実績は報告されていました。

 国はその中でも先進的に実践している自治体の情報や事業のやり方を「モデルケース」として実施したところには補助金を出すというふうにアピールしてきました。
 
 最初に、重宝されていた専門家たちの業績は今ではほとんどきかれなくなってしまいました。(当時は全国的にも講演したり、事業の創案者として業界でも名前が知れ渡っていました)
 
 

 話は変わりますが、教育の分野でも以前「ゆとり教育」ということがはやりました。もともとの構想では、単なる知識の詰め込みだけでなく、総合的に考える学力を養う「総合学習」も取り入れるということが目的だったはずでした
 しかし、「ゆとり」と言う言葉が授業日数の短縮や教科書のページ数の薄さなどばかりが強調され、結果的に「学力低下」につながるとの社会の批判もあり、国はまた方向転換をしていきました。
 当時、その施策を主導していた寺脇研さんは現在は文科省を退職し、大学教授や映画評論家などに転職していますが、彼が以前新聞のインタビューで「自分たちが本当に目的としてきたことが別な方向に解釈されてしまった」ということを述懐していました。
 実際に、また学校の授業では教科書が厚くなり教師たちの教えなければならないボリュームも増えてきています。本当は自分たちで考える力を養うはずのゆとり教育もまた詰め込み教育に戻ろうとしています。
 さらに、今また小学校から英語を取り入れようとか、中学校では武道が必須になったり、ダンスが必修になったりなどなど・・。

 結局、何が言いたいのかと言うと、その時点での施策と言うのは誰の意見が吸い上げられて最終的に決められていくのかということ。
 何か、新たな施策や制度、事業を実施していく際には、まず方向性や方針のなかで、官僚たちの考えと一致している外部機関の専門家や関係者団体や御用学者たちが招かれるしくみになっているのです。
 また逆に関係者団体や専門家たちから、これからはこういう方向性で制度政策を検討してもらえないかなどとアピールする場合もあり、それも国の考えとマッチしていたら、そこに予算を付けてくれるというようなしくくみになっています。
 
 チャイルドシート義務化の時は車製造メーカーがかなりプッシュしたはずです。
 新型インフルエンザの流行をあおり、ワクチンメーカーの働きかけで大量にワクチンを製造し不足を見越して海外までワクチンを受注して接種をよびかけましたが、大量の(億単位)のワクチンが余りました。(余っても買い取りしたことになり無駄遣いとなりました)
 今の教育現場で小学校から英語が必須だの、中学での武道やダンスなどといわれるたびに、その筋の業界関連の人たちが潤うことにもなるのでしょう。
 
 
 どの省庁にも御用学者という人たちがいるもので、たいていは今一番「旬」な人たちが重宝されるか、国の考えに追随している人が選ばれるかのどちらかなのではないかと思います。
 考え方というのは、一つだけではないのですが、結局そういう御用学者や官僚の思惑が一致してしまうと「専門家も後押ししているから」という根拠となり、それが制度政策としていつの間にか決定されているといったことはこれまでのやり方をみていても明らかです。

 そして、その「旬」が去ってしまうとまた新たな「旬」を見つけては「制度の見直し」と称して介護・福祉・教育などの分野ではコロコロと変わっていくのです。
 それに振り回されているのが現場ということです。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 広汎性発達障害へ
にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ


ランキングに参加しています。

必要なのは「監視」か「信頼」か

 あるテレビ番組で、非行少年少女を積極的に雇っているガソリンスタンドを紹介していました。

 今の時代、町中に「防犯カメラ」の設置が当たり前になっている時代にあって、そこのガソリンスタンドは、経営者が元非行少年少女を積極的に採用し(働きたいと言って来るものは断らない)、売上金の計算も彼らに任せる。誰もいない店内で、17歳の元非行少年だった男性が一人で売り上げを計算していました。もちろん、そこには防犯カメラもなく、先輩や店長が「監視」しているわけでもありません。全く一人でその仕事をまかせているわけを、経営者は「信じているから」といともあっさりと笑顔で答えていました。

 もちろん、これまでも何回か、そういうことをさせても売上金を持っていかれたということはあったそうですが、そうやって再び刑に問われたあとも、またここで働きたいと懇願した少年を再度雇用してきたそうです。
 「裏切られることもあるが、裏切られても、また反省して働きたいという子は採用している。その中で彼らも何か考えが変わるんじゃないかと期待して・・・。裏切りよりも、「信じる」ことで(少年少女たちが)変わっていくことの方が多いから。騙されても信じる」と言う経営者。

 17歳の少年は、インタビューで「こんな僕でも雇ってくれて、裏切れない」と言っていました。
 まだ少年、ましてや元非行歴がある少年に一人で店の売上の計算を任せることじたい、本当に彼らを信頼していなければできることではないでしょう。
 
 またそこのガソリンスタンドでは、従業員のほとんどが非行歴のある人を雇っているのですが、それを地域の人にも公言しているのです。だから、地域の人たちもそういう人たちが頑張って真面目に仕事に取り組んでいる姿を見て、声をかけたり温かく見守ってくれているのでした。


 人が変わる要素があるとすれば、「信頼関係のある出会い」があるかに尽きるのではないかと思います。
 非行歴があるというだけで、周りの人たちの見る目がいつまでも偏見に満ちて接していれば、自己肯定感などなく非行を繰り返すかもしれません。

 人を育てることは「信じること」、リスクを抱えながらも、それでも「信じる」というこの経営者は、本当の意味での彼らの「支援者」だと心から思いました。

 口先だけの「支援」、偏見に満ちた「支援」のなんと多いことか(特に、その道のプロだと称している人ほど、相手を信用せず、自分の支援を強引に押し付ける)。そんなことを感じる生活の中でのこの番組を見ていて、こういう人間観を持ちたいものだと、勉強させられました。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 広汎性発達障害へ
にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ


ランキングに参加しています。


 

 

地球の名言

プロフィール

TTmama

Author:TTmama
医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

カレンダー

09 | 2019/10 | 11
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

カテゴリ

最新記事

月別アーカイブ

訪問者

全記事表示リンク

フリーエリア

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR