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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

自閉症の世界(3)

あるがままに自閉症です ~東田直樹の見つめる世界~あるがままに自閉症です ~東田直樹の見つめる世界~
(2013/12/21)
東田直樹

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(本文より)

困難 
 僕の困難は、言葉の意味をわからないことではありません。
 普通の人は、言葉がけをして、その意味が伝わらないと言葉の意味がわからないのだろうと考えます。会話ができなけてば、そう思われるのも無理はありません。
 たとえば、僕が文章を書いている時には、意味をわかって使っているつもりです。状況の設定はすべて自分が行い、人物像やあらすじなども僕が決めます。それは僕がつくる物語だからです。
 けれども、言葉を聞いて行動に移す時には言葉の意味を思いつかないのです。
 その言葉が、どういう意図で指示されているのか、何をどこまで表しているのかつかめなくなります。
 まるで、野球を見ている時にはすべてを把握している監督のようなのに、バッターボックスに立ったとたん、バットも握ったことのない幼稚園児になってしまうみたいな感覚です。

クレーン現象 
 小さい頃は人の手を掴んで、その人に物を取ってもらっていました。なぜそんなことをしたのかというと、どうやれば取れるのかわからなかったためです。
 僕にとっては、物を取るのと意識して物を手に入れるのは、全く別のことだったからです。
 例えば、テーブルの上のお菓子を自分で食べることができても、テーブルの上に取り慣れない者が置いてあったとしたら、それを自分で動かすことはしませんでした。「僕が取る」という発想がなかったせいです。
 物を取るというのは、「手が物をつかむ」ことです。そのシーンを再現するためには、人の手でなければならなかったのです。

服を噛む
 簿君は悔しかったり苦しかったりすると、すぐに着ている服の袖口を噛んでしまいます。噛みながら「ウーッ」とか「イヒー」などと意味不明なうめき声を出すのです。それは、気持ちを落ち着かせるためです。
 いらいらすると、どうしようもなくなります。すると、ぱんぱんに膨らんだ風船みたいに、ちょっとのことで破裂してしまうのです。
 袖口を力いっぱい噛むと空気が少しずつ抜けて、風船がしぼむみたいな感じで落ち着くことができます。
 服を噛むなんてみっともないですが、今の僕が気持ちをコントロールするためには必要なことなのです。

パニック
 混乱してパニックになった時も、自分の感情をコントロールできません。理性で感情を抑えられないのです。人が何を言っても聞くことができません。聞きたくないのではなく、聞こえていても何を言われているのかわからなくなるのです。自分の感情におしつぶされそうになり、とにかくこの苦しさから一刻も早く開放されたいのです。
 パニックの時、してはいけないことをするのは、わざとやっているわけではありません。苦しさから解放されたいためにしてしまう行為です。もちろん、それは悪いことだとわかっています。でも止められずに、自分でも苦しんでいるのです。
 パニックになったら、問題行動を起こさないように見守ってください。間違っても、それをしたらすっきりするだろうとは思わないでほしいのです。
 
空気を読む
 僕は空気を読むのがどういうことなのか、それ自体わかりません。口で言わないことも想像して、人の気持ちを考えることでしょうか。
 それなら、話せない自閉症者だってやっています。でも、考えるだけではだめで、どう行動するかが問題なのだと思いますが、なぜそのことを「空気を読む」というのか不思議です。
 その場の空気というのは、みんなでつくるものです。たとえ、中の一人が、ちょっと変なことを言ったり、おかしな行動をとったりしても、周りの人がカバーすれば、それでうまくいくのではないでしょうか。
 僕は、カバーできない人間です。だからかもしれませんが、カバーしてくれる人が好きです。
 空気を読めない人をバカにするのではなく、みんながカバーできる人に憧れたり、カバーできる人を尊敬したりすれば、いいのではないでしょうか。
 
通じる
 心が通じていると感じるのは、相手との関係において、とても重要ではないでしょうか。
 話せない人にとっては、話せないことが日常です。話せない自分が、ありのままの自分なのです。感覚的には、普通の人と違うところもあるかもしれませんが、普通の人と別の種類の人間ではないのです。
 心が通じるということは、自分の思いを相手に理解してもらうことではありません。
 自閉症の人に対して、伝えたいことが伝わらないのは、言葉が通じないという理由だけではないと思います。相手が心を開こうとしているのか、相手も自分と同じように心を通わせたいと考えているのか、そのことを忘れてはいないでしょうか。
 本当に話せる人が何でも分かっている人で、話せない人が何にもわからない人なのでしょうか。
 試されているのは、自分の方かもしれないということを忘れないでください。

小さい花
 僕はすぐに辛くなってしまいます。なぜかというと心の中が、辛いことでいっぱいだからです。すぐに辛くなるのも、心の中が辛いことでいっぱいなのも、同じだと思われるかもしれませんが、それは違います。
 すぐに辛くなるのは、辛いことが心の中でいっぱいになってしまった結果です。
 辛いことというのは、雪と似ています。
 少しずつ積っては溶ける人もいれば、吹雪のように目の前が一気に一面の雪で覆われてしまう人もいます。雪がすぐに溶けてしまう人には、毎日凍りつくような日々を送っている人の気持ちはわかりません。
 すぐに辛くなる人は、どうしたらいいのでしょう。
 僕は雪が溶けるのを待ちません。凍ってしまった心の雪は、簡単には溶けないことを知っているからです。
 だから、そこに花を咲かせるのです。
 吹雪の中でも咲くことのできる、小さいけれど可愛い花です。それが何なのかは、人によって違います。自分を認めてくれた言葉だったり、自分にやさしくしてくれた人だったり、今生きていることの支えのようなものです。

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自閉症の世界(2)

あるがままに自閉症です ~東田直樹の見つめる世界~あるがままに自閉症です ~東田直樹の見つめる世界~
(2013/12/21)
東田直樹

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(本文より)

迷い 
 僕は自閉症の援助において、専門職といわれている方々も迷いながら対応されていることを知りました。それはある意味、人間として正常な感覚だと思います。もし、こんな時はこうすると、全ての対応がマニュアル化されたら、僕は人生に絶望するでしょう。
 僕は、心も感情もある一人の人間です。接する時に迷ってくれるのは、僕を一人の人間として見てくれている証拠です。僕だって初めて合う人に対しては、どんな人なの、僕のことをどう思っているのだろう、仲良くなれるかなと考えます。一人の人間として接してもらいたいというのは、パニックを起こさせないようにすることではありません。

頭を叩く
 僕はこだわりを我慢しようとすると、それをやりたい気持ちと我慢したい気持ちがぶつかって、怒りの感情がふきだしてしまうことがあります。そうなると、自分の頭を叩きます。
 気持ちはきちんとしたいのに、脳がそれをじゃまするからです。僕は脳に腹を立てて、つい命令しても気持ち通りに行動できます。
 頭を叩いている時、他の人から「何をやっているんだ」と怒られながら止められると、とても悲しい気持ちになります。そうせずにはいられない気持ちをわかってもらえば、何とかやめなければと思えるのです。
 自暴自棄になればなるほど、脳との戦いで頭を叩くのではなく、自分をこらしめるために叩いてしまいます。
 どうかそういう人にも思いやりのある言葉かけをしてあげてください。

告知 
 告知は障害があることについて、親から告げられることに大きな意味があるのです。
 告知で最も大切なには、「たとえ障害があっても、そんなことはたいした問題ではない。なぜなら、私たちはあなたを心から愛している」ということを、その子にわかってもらわなければいけないことです。
 子どもは障害があること自体について、普通の人が想像している様に悩んでいるわけではありません。
 自閉症児の場合、障害がない自分なんて知らないわけなので、どんな自分でも自分であることに変わりはないからです。
 子どもが本当に心配なのは、障害があるためにこれから先、何が起こるのかではないでしょうか。中でも一番心配しているのが、そんな自分を親がどう思っているかです。子どもは自分が原因で、いつも親が困ったり、泣いたりしているのも知っています。その苦労は、障害のせいだとはっきりしたのです。親から見捨てられるのではないか、そう考えずにはいられない子どもの気持ちを、わかってもらえるでしょうか。
 親が同じような障害を持っていない限り、親と言っても障害者の本当の気持ちはわかりません。知っているふりをしないことです。
 「障害は誰のせいでもない」そして「私たちはあなたを決して見捨てないし、あなたが成長する野を応援し続ける」と約束してあげてください。真剣に心を込めて言ってください。子どもはきいていないような態度をとるかも知れません。でも、聞いていると信じて伝えてください。
 告知は子どものためにすると思っている人がいるかもしれませんが、子どもは自分の育ちの中で人と違うことくらい、とっくにわかっています。
 告知は親のためでもあるのです。親が告知するのは、子どもの人生に責任を持つ宣言だと思います。告知は、親が子どもの自立のために、これから一緒に頑張っていこうと言ってくれる近いであってほしいと願っています。
 告知されたあと、子どもがどんな気持ちでその後の人生を送らなければいけないのかを心配するより、親としてこれからどのような気持ちで子どもと接するのかを気にしてもらいたいのです。

反応 
 障害を理解してくださっている人さえも、自分の思いを相手にわかってほしい時には、普通の人と同じような反応を、話せない自閉症者にも求めてしまいます。怒っている時には反省している態度を強く求め、好きという気持ちには、やさしくしてくれる態度を期待します。
 しかし、それができないから、僕たちは困っているのです。 
 そんな時も忘れていけないのは、相手を思う気持ちと優しいまなざしです。

心が揺れる 
 僕は興味のあるものでも、安心して見ていられるものでなければ、じっと見続けることができません。美しい風景や素晴らしい芸術を前にすると、とても緊張し苦しくなってしまいます。
 たぶん感動し過ぎるのだと思います。そこからたくさんのメッセージを受け取るのです。とにかく心が揺り動かされるのです。
 そうなると、どうしようもありません。悲しい時と同じように、泣いたりわめいたりします。旅行やお出かけの時も、幸せ過ぎたり楽し過ぎたりすると心が揺れるのです。普通の子どものように、言葉や態度で嬉しい気持ちを伝えられず、まるで嫌がっているかのように見えてしまうこともあります。それがわかってもらえなくて、僕のせいで周りの人まで不愉快な気分にさせてしまうのです。そんな時、僕はとても悲しいです。
 
できない気持ち 
 誰でも自分が簡単にできることは、他の人もできてあたりまえだと思いがちです。
 障害者にとってつらいのは、普通の人ができることができないことではなく、できない気持ちをわかってもらえないことではないでしょうか。
 できないのを、さぼっているとか、ふざけているとか、わざとしないとか言われることほどつらいことはありません。それは、普通の人と障害者の間だけでなく、障害者同士の間でも起きる問題なのです。
 苦手な事を克服する努力はもちろん必要です。けれど、障害が原因で起きることについては、急に良くなることの方が少ないと思います。ひょとすると、もうどうしようもないのかもしれません。それでも治す努力を続けていかなければならないのです。
 なぜなら、そうしなければ少数派の僕たちの居場所は、この社会にはないからです。
 誰もが必死に生きています。それは大切なことですが、そこが寂しいと感じるのは僕だけでしょうか。

理由まで決めつけないで
 何かを嫌がっているように見える時、その人が理由を話せない限りは想像するしかありません。相手の気持ちを思いやることは大切ですが、自分がこうだから、相手もこうに違いないと思い込むのは危険だと感じます。
 例えば、我慢ができない事があった場合、辛いという気持ちに共感できても、なぜ我慢ができないのかは、その人によって理由があるのではないでしょうか。
 相手の気持ちになって共感してあげることは重要だと思いますが、理由まで決めつけないでほしいのです。もし、それが間違っていたとしたら、余計に相手を傷つけてしまうからです。
 「私は、こうではないかと思っているのよ」でいいのです。
 自分の気持ちを、すべてわかったように言われると腹が立ったり、悲しくなったりするものです。普通の人でも同じように、理由を決めつけられて嫌な思いをしたことがあるのではないでしょうか。

泣くことを受け止める 
 障害があって話せないと、なぜ泣いているのか原因を知ることばかりに気を取られます。けれども、いちばん重要なのは、その子の泣いている気持ちをどう癒せたかではないでしょうか。
 泣いている原因がわかるのと、泣いている気持ちを癒すのは別だと感じます。原因を探すのが上手な人が、うまく気持ちを癒せる人とは限りません。逆に言えば、原因がわからなくても気持ちを癒すのが応ずな人もいるということです。
 大人になって素直に泣けなくなる前に、自分のすべてを受け止めてもらえる体験をすることが大切だと思うのです。
 受け止めてくれる人が、一人いればいいのです。そうすれば、人は自分を見失わずに生きていくことができるのではないでしょうか。

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自閉症という世界

あるがままに自閉症です ~東田直樹の見つめる世界~あるがままに自閉症です ~東田直樹の見つめる世界~
(2013/12/21)
東田直樹

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東田直樹さんのオフィシャルブログからご本人が印象に残った文章に加筆・修正を加えて出来上がった最新版の本です。

自閉症という社会的にはコミュニケーション障害があると言うものの、その内面世界はとても豊かです。
しかし、いかんせん、今の世の中では、自閉症者の取る行動や言動の本来の意味をよくわからない、わからないものは理解不能として私たちの見る世界からでしか、彼らを評価できない。
本当は私たちこそ、健常者という枠組みから自由になることが必要なのではないでしょうか。


(本文より)

 どこかで自分は人と違うと感じていました。
 なぜなら、みんなが僕を変だと噂したり、訓練が必要だと言ったりしたからです。
 しかし、できるだけ子どもの自尊心を傷つけないようにしてもらいたいのです。
 不必要なテストや勘違いな特別扱いをしないでほしいのです。
 都合のいい時だけ、この子はわかっていると判断したり、何にもわかっていないと決めつけたりしないでください。
 僕たちは、そんな人たちの態度に傷ついています。

ごほうび
 僕は、何かをした時にごほうびをもらえるという療育を家ではしていません。
 僕がごほうびをもらいたくなかった理由は、指示された行動の結果、ごほうびがもらえるということに抵抗を感じたからです。
 ごほうびをもらうことで、将来働く意味を知ることができるという人もいます。そう学べる人にとっては、いいのでしょう。
 本人に合った療育かどうか、見極めることが重要です。そこが、支援者の力量だと思うのです。
 療育で傷つく子どももいます。そして子どもの傷ついた心は、すぐには元通りにはなりません。
 自分から療育の方法を選べる当事者は少ないでしょう。親や先生にとって、やってみた療育がその子に合わないと判断するのは勇気がいることですが、心を癒すために、さらに膨大なエネルギーをつぎ込まなければならないのは、とても悲しいことではないでしょうか。


学び
 成功体験というのは、課題ができることではありません。
 いちばん大事なのは、次もやってみようと思えることです。

味方
 幼稚園や学校で普通の子の中にいる障害児は、わからないことばかりで、できないことだらけです。頼れるのは担任の先生だけです。
 なぜ、みんなみたいにやれないのかということを考えるより、どうすればその子が毎日楽しく保育園や幼稚園に通えるのか、それを考えてほしいのです。
 小さい頃、誰も助けてくれなかった記憶は、一生その人を苦しめます。小さい頃の自分と言うのは、自分であって自分ではありません。しかし、なんとかして欲しかったという思いは、今の自分と重なるのです。
 小さい頃幸せなら今辛くても、きっとあの時のように誰かが自分を助けてくれると、人を信じられるようになります。
 一人が好きだと思われて、ひとりぼっちにされるのは本当に寂しいものです。どうかその子の味方になってあげてください。

本番
 普通の人にとって本番は晴れがましい発表の場かもしれませんが、僕には、いつもと違う場所というイメージにしか感じられないのです。
 練習でうまくやれたり、何度も経験したりしているのに、本番で失敗するとなぜだろうと思われるのかもしれませんが、どうしようもないのです。
 期待しながら見ている人は、残念でしかたないかもしれません。しかし、どうか本人に頑張ることを強制しないでください。言われなくても頑張りたいと思っています。応援してくれる人ががっかりすると、とても悲しい気持ちになります。
  
悩み
 どんなに重度の障害者でも、普通の人との違いや差別は感じているはずです。
 僕がはっきり自閉症だと知ったのは、小学校3年生の頃でした。
 悲しいとか辛いと言う感情も特になかったです。
 不安だったのは、この先どうなるだろうということでした。
 なぜなら障害名を知っていても知らなくても、僕の生き辛さが変わるわけではなかったからです。
 苦しいのは、自分の明日が見えないことです。
 将来なりたいものと言われても、何になれるのか、わかりませんでした。
 働くことは、尊いことです。遊んで暮らしたいと思っている子どもはいません。働けるのに働かないのと、働けないのは全く別です。人の役に立てるのがどんなに嬉しいことか、いつも人に助けられている人ほどわかっています。


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子育て関連の書籍から

これまで読んだ本の中で、参考になった書籍の紹介です。

●富田富士也さんの本
 「還る家」をさがす子どもたち―「よくやってるよ」そのひと言がほしかった
 「虐待」は愛からおこる
 言ってはいけない親のひと言―危険な瀬戸際に立つ子どもに 新 引きこもりからの旅立ち〈2〉
甘えてもいいんだよ―あなたをわかってくれる人は、きっといる
 子どもの悩みに寄り添うカウンセリング―教師・家族の「聴く力」が子どもを育てる
 縁・愛・願―子と親・家族を語る
憂き世を生きるカウンセリングマインド―せめぎあって、折りあって、おたがいさま
 だっこ、よしよし、泣いていいんだよ―子どものけなげさに出会うきょうのひと言 育ちあう親
 心を耕してみませんか
 家族カウンセリングから学ぶ人権マインド (シリーズ・人権マインド)
 いろいろあるね人生だもん―つぶやいてわかるカウンセリング・エッセンス
 子育てに立ち往生の親子へ―光明が差し込むカウンセラーの返信 (新・引きこもりからの旅立ちシリーズ)
 きっと元気が近づいてくる―添え木のことば こころ悩む親と子に
 「よい子」の悲劇
 聞いてほしいな、子どもの気持ち―たまには子どもの弱点を見逃してほしかった (企画室の子育てシリーズ 45)
 「いい母親」をやめたい事情―家族とつながりたい妻たちのSOS
 ストレスから子どもを守る本

 ●池添 素さんの本
  ちょっと気になる子どもと子育て―子どものサインに気づいて!
いつからでもやりなおせる子育て―子どもといっしょに育ちを振り返る
 
 ●佐々木正美さんの本
 子どもへのまなざし
 子どもへのまなざし
 育てたように子は育つ―相田みつをいのちのことば (小学館文庫)

 ●浜 文子さんの本
 育母書―子育てにとまどうことありますよね
 子どものとなりで親になる―自家製育児のすすめ

 ●明橋大二さんの本
 輝ける子―100メートルを10秒で走れと言われてもさ、いっくら努力しても走れない奴っているじゃん
 翼ひろげる子―子どもの生きる場所は、家庭、学校、友達の3つ。そのどれか1つにでも自分のことを受け止めてもらえるならば、子どもは生きていける
 思春期にがんばってる子―お母さんもお父さんも、おまえのことが大好きだよ。たとえ学校へ行けなくても、おまえは、とってもいい奴だよ。
 この子はこの子でいいんだ。私は私でいいんだ―これで、子どもの未来が輝く
 
 ●山田 真さんの本
 子育て―みんな好きなようにやればいい
 子育て・楽天主義―赤ちゃんは「ゆったり」がいちばん
 
 ●石川憲彦さんの本
 子育ての精神医学―思いこみから自由になるために (〈ちいさい・おおきい・よわい・つよい〉ブックレット (6))

 ●内田良子さんの本
 カウンセラー良子さんの子育てはなぞとき
 幼い子のくらしとこころQ&A―カウンセラー良子さんの『単行本』
 
 ●柴田愛子さんの本
 子どもの「おそい・できない」が気になるとき―もっとラクに乗り切るコツ
 子どもを叱りたくなったら読む本―子育てでいちばん大事なこと

 ●鈴木秀子さんの本
 子どもを傷つける親 癒す親―シスター鈴木秀子の親と子の愛の絆12のステージ
 子どもをのばす「9つの性格」―エニアグラムと最良の親子関係 (PHP文庫)

 ●江原啓之さんの本
 江原啓之のスピリチュアル子育て―あなたは「子どもに選ばれて」親になりました (王様文庫)
 子どもが危ない! スピリチュアル・カウンセラーからの警鐘 (集英社文庫)

 ●毛利子来さんの本
 子育ての迷い解決法 10の知恵 (集英社新書)
 生きにくさの抜け道―子どもと大人の黙示録

 ●袰岩奈々さんの本
 感じない子ども こころを扱えない大人 (集英社新書)

 ●広木克行さんの本
 子どものシグナル見えますか
 人が育つ条件
 子育ては素敵なこと
 親と子の絆を深め合う道程(みち)
 子どもが教えてくれたこと

 ●小沢牧子さんの本
 心理学は子どもの味方か?―教育の解放へ
 「心の専門家」はいらない (新書y)
 子どもの権利・親の権利―「子どもの権利条約」をよむ (日外教養選書)
 心を商品化する社会―「心のケア」の危うさを問う (新書y)

 ●奥地圭子さんの本
 登校拒否は病気じゃない―私の体験的登校拒否論
 子どもに聞くいじめ

 ●渡辺 位さんの本
 子どもはなぜ学校に行くのか―子育ては「個育ち」

 ●森下 一さんの本
 不登校児が教えてくれたもの―3000超の症例が発する日本の父母へのメッセージ!
 
 ●宮本延春さんの本
 オール1の落ちこぼれ、教師になる (角川文庫)
 未来のきみが待つ場所へ 先生はいじめられっ子だった
 キミのためにできること
  
 ●児玉真美さんの本
 私は私らしい障害児の親でいい

 ●内藤祥子さんの本
 高機能自閉症―誕生から就職まで
 
 ●宮崎隆太郎さんの本
 増やされる障害児
 障害児とともに学ぶ―子どものこころが見えるとき (三一新書)
 「障害児」とつきあう感性 (1984年)
 傷つきやすい子どもたち―弱さを認めあう関係

 ●その他
 障害児の親から健常児の親へ―統合保育が当たり前の世の中になることを願って
 この人が語る「不登校」
 

 
 
 
 

人生訓

 (引用)

 欲がなければ壁にぶつかることもありません。欲があるから、やりたいことがあるから、人は思い切り壁にぶつかることができるのです。つまり、欲が磨かれて志になる。

 仕事とは、人にまみれてするものです。上司・部下・取引先・お客様・・・そこには実にさまざまな人がいます。人格者もいればわがままな人もいる。強い人もいれば弱い人もいる。仕事のできる人もいればできない人もいる。好きな人もいれば嫌いな人もいる。そしてわたしたちは、一緒に仕事をする相手を基本的に選ぶことはできないのです。
 そうした人間の渦の中で、私たちは一つひとつの仕事をやり遂げていかなければなりません。必ずしも自分が思うように事が進むわけではありません。最善を尽くしても力が及ばないこともあれば、理不尽な非難の矢面に立たされることもあります。ときに深く傷つき、疲れ果てます。そんなとき、誰しも嫉妬・嘘・悪口・支配欲など「負」の感情に飲みこまれてしまいそうになることがあります。人によってはどっぷり浸ってしまうこともあるでしょう。
 そんな時に私がいつも思い起こすのが、ガンジーやマザーテレサのような人物です。
 彼らも人の子です。きっち「負」の感情にとらわれそうになったことがあるはずです。
 しかし、自分を磨きあげ、物欲や支配欲、嫉妬、悪口から離れ、すべての人を愛する境地に立つことができたのです。
 少なくとも、彼らを目標として生きていくことはできます。自分を磨き続けることはでkるのです。
 そして人は皆等しく、「そういう境地に昇っていきたい」「そういう人間になりたい」という欲求を持っていると信じています。

1 人は、不合理でわからず屋で、わがままな存在だ。それでもなお、人を愛しなさい。
2 何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。それでもなお、良いことをしなさい。
3 今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。それでもなお、良いことをしなさい。
4 正直で素直なあり方は、あなたを無防備にするだろう。それでもなお、正直で素直なあなたでいなさい。
5 成功すれば、嘘の友だちと本物の敵を得ることになる。それでもなお、成功をしなさい。
6 人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていかない。それでもなお、弱者のために戦いなさい。
7 何年もかけて築いたものが、一夜にして崩れ去るかもしれない。それでもなお、築き上げなさい。
8 人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。それでもなお、人を助けなさい。
9 世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちをうけるかもしれない。それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。

「非」援助論 (べてるの家から学ぶもの)

べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ ケアをひらく)べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ ケアをひらく)
(2002/05/01)
浦河べてるの家

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●「社会復帰」という切り口の貧相 
 べてるのメンバーが精神障害という病気と出会っていちばん大切なことは、「生き方の方向」ではないだろうか。
 誰でも、子どもの時から大人に至るまで、勉強にしろスポーツにしろ、他人より秀でていることを善しとする価値観のなかで精いっぱい生きている。できなかったことができるようになることが、まるで人間の当然のプロセスであるかのように。
 しかし元来、人間には人としての自然な生き方の方向というものが与えられているのではないか。その生き方の方向というのが、「右下がり」である。昇る生き方に対して「降りる生き方」である。
 現実には多くの人たちが、病気になりながらも「夢よもう一度」の気持ちを捨て切れず、競争しつつ「右上がり」の人生の方向を目指している。ところが不思議なことに、「精神障害」という病気はそれを許さない。「再発」という形でかたくなに抵抗する。まるで「それはあなた自身の生きる方向ではないよ」と言っているかのように・・・。
 その意味で精神障害者は、誰よりも精度の高い「生き方の方向を定めるセンサー」を身につけたうらやむべき人たちなのかもしれない。
 
 多くの当事者は病院を生活の場とし、苦痛を除かれ、少しの不安も不快に感じ、薬を欲し、悩みそれ自体を消し去ることを目的とするかのような世界で長年暮らしてきた。そのなかでかれらは、「不安や悩みと出会いながら生きる」という人間的な営みの豊かさと可能性を見失う。
 しかしべてるは、失った「悩む力」を、生きながらとりもどす場だ。
 かつて苦しんだ競争原理に支配された日常の中に、ふたたび何事もなかったかのように舞い戻るような「社会復帰」はめざさない。あるがままに、「病気の御旗」を振りながら、地域のかかえる苦労という現実に「商売」をとおして降りていきたい。

●「地域には偏見が渦巻いている」という偏見 
 「誤解や偏見」は、誰かがもっていて誰かが持たないというものではない。誰もがいつも誤解や偏見にまみれながら、信じたり疑ったり、自信を失ったり得たりしながら生きているものなのだ。精神障害という病気を体験した当事者も、「精神分裂病(現:統合失調症)なんて最低だ」という幻聴に苛まれながら、自分の本当の価値を見出すまでにどれほどの時間と出会いと葛藤を費やしたことだろう。
 精神保健を担う関係機関や医療機関は、地域住民を「精神保健に理解の薄い人たち」ととらえている。地域には差別や偏見が渦巻いていると考え、啓発活動に予算と時間を割いてきた。
 しかしこれまでの二十数年を振り返ってきても、浦河ではその種の直接的な啓発活動は見事なまでに開かれていない。
 「地域には偏見や差別が渦巻いている」と決めつけ、啓発活動をおこなってきた精神保健の専門家自身が、じつは地域を知らず、理解していないのではないか。
 地域の中にこそさまざまな出会いの可能性が眠っている。その意味で「地域の人たちは誤解や偏見をもっている」という見方そのものが、じつは地域の人たちへの大変な「誤解や偏見」であったことに気がつかされるのである。

●公私一体のすすめ 
 精神障害は「関係の病い」であるとよく言われる。自分との関係、家族との関係、そして職場における人間関係につまずくことである。一方、回復へのヒントも「関係」のなかにある。関係の中で傷つき病んだこころは基本的敵には、関係のなかでしか回復しない。 
 精神障害という病気が治る、癒されるということは、じつは治療者も含めてその人の生きている「場全体」の豊かさと密接にかかわっている。その意味で、「場全体の回復」と言う言葉もよく用いられるようになってきた。「ドクター・ナースも回復できる作業所作り」「地域の人たちも回復できる作業所」というキャッチフレーズは、このようなこだわりから発せられたものである。
 そうはいっても多くの場合、「援助する側の人間」が自分自身の弱さを認め、回復し、人間的に成長するというこ事実は――精神障害を体験した当事者が病気を受容することのむずかしさと同じくらい――受け入れがたいし、認めがたいものである。
 ワーカーはもちろんスタッフの多くも、じつは一人の人間として、社会人として、「生きる悩み」をかかえている。それは当然のことである。
 しかし、白衣という「権威」がその当然のことに気づかせない。白衣は、「私たちは入院患者と同様に生きることに悩み、ときには無力である」という明白な現実を隠蔽し、不自然なほどの毅然とした態度で職務を遂行することを強いてしまう。
 そして、しだいに自分自身の二面性に疲れていく。精神障害者という「関係の病い」を負ったひとたちとはいちおう見かけ上では治療的・援助的にかかわりあうことはできても、職場の人間関係には適応できない。じつは職場の人間関係のほうがむずかしのだから当然なのに、そのことが認められない。
 このようにして、「公」と「私」という二重の基準のなかで、「専門家」は大切な何かを失い、疲弊しつづけているように見える。
 精神障害者を体験した当事者は、そのような二重の基準のなかでは器用に生きられない人たちが多い。嘘や隠し事が苦手である。べてるの家のメンバーとかかわりあうなかでいちばんの大変なことは、そのような二重の基準が通用しないと知ることなのである。
 想像もしなかった精神病院への入院を経験し、自分の人生はもう終わりだと嘆き、自分の運命を悲しむ当事者たちが、にもかかわらず、私の人生は意味あるものだとおいことを見出していく。そのプロセスを共有することが私たちの役割だとするならば、それは、ともに自分の弱さを知り、ともに自分を担うという過程のなかでしかお互いの関係は深まらないのではないか。

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「非」援助論

べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ ケアをひらく)べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ ケアをひらく)
(2002/05/01)
浦河べてるの家

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(本文より)
 「浦河べてるの家」とは、精神障害をかかえた人たちの有限会社、社会福祉法人の名称。北海道浦河町で、共同作業所・共同生活・通所授産施設などを運営しており、事業に参加している人たちの総数は100人を超える。
 1980年に回復者クラブ「どんぐりの会」の有志が教会の古い会堂を住居として借り受け発足した。のちに昆布の下請け作業から自前での製造販売を開始、さらには地域での介護用品の販売に取り組み、1993年には有限会社、2002年には社会福祉法人を設立。それぞれの代表も精神障害を持つ当事者がつとめている。
 「弱さを絆に」「三度の飯よりもミーティング」「昆布も売ります、病気も売ります」「安心してサボれる会社づくり」「精神病でまちおこし」などをキャッチフレーズに、年商1億円、年間見学者1800人、いまや過疎の町を支える一大地場産業となった。
 
●向谷地生良さん(1978年より浦河赤十字病院医療社会事業部でソーシャルワーカーとして勤務。精神障害者と一緒に共同生活を送りながらべてるの家のたち上げにもかかわる)

 精神障害の人だけを取り上げて、その人たちだけに「自立」や「元気」を求めるのは、むしろおかしいのではないかと思ったんです。いわゆる精神障害をもっていない人たちだって、町のなかでどれだけ生活に張り合いをもって明るく楽しく暮らしているかというとそんなことはない。むしろそこには、その人たちの固有の苦労があって暮らしているわけです。
 ということは、社会復帰とは何かといえば、「苦労に戻ること」である。
 いくら社会復帰、社会復帰と言っても、生活上の悩みとか不安がすべてなくなるわけではない。むしろ生きていくなかで当然のように人とぶつかったり悩んだり苦労したり、精神科の病気がよくなったと思ったらほかの病気になってみたり、身内の死に目に会ってみたりとか。やはり人間の暮らしには、さまざまな複雑で予想しきれないものがあるんです。そういうふうに考えたら、むしろつらいことのほうが多いのが当たり前。
 「人には越えてはならない、克服してはならない苦労や苦悩がある」ということです。
 私たちが病院で「社会復帰」というときは、何もかもを、克服したり、越えたり、改善してしまおうとするわけですが、精神障害というつらい体験をした人であろうがなかろうが、一生涯担っていかなくてはならないことは誰にもちゃんと備えられている。それを大事にしなくちゃいけない。
 困りごとがあってもいい。その意味で社会復帰とは、「“越えるべき苦労”と“克服してはならない苦労”とをきとんと見極めて区別すること」だとも言えます。だからべてるの家では「人間には越えられない苦労がある」ということを守る装置として会社をつくったんです。
 どんなに社会復帰のための地域の受け皿ができあがっても、最後に自分たちが乗り越えられないものは、やっぱり「人間関係」。
 私はワーカーでありながら職場の人間関係に苦しんでいたわけです。見ると看護婦さんたちもそういうことは日常業務でたくさんある。そして、精神障害を体験した人たちも、まさに人間関係のなかで傷ついたり、壁にぶつかったり、挫折したり、絶望的になったりしている。または自分という人間のこれまでの境遇を受け入れられなかったり、職場の人間関係で傷ついたり・・・。みんないろんな「関係の危機」があるんです。

 いままでの地域リハビリテーションの考え方では、当事者の人たちは依然としてサポートを必要としている人たち、治療を受けなくてはならない人たち、ある面での不十分さをもっていて乗り越えなくてはならない人たち、または底上げしていかなくてはいけない人たちだったんです。
 しかし「不十分」で「克服していく」人たちというよりは、むしろ緩和装置をもった人たちの「可能性」みたいなものを、地域とか治療の側の人間は着目していかなくてはならない。「社会復帰」という見方は、この人たちのもっているセンサーを見逃してしまう。当事者の人たちが「自分は社会復帰しなくてはならない」と自分を規定してしまうこと、「いまのままではダメ」というイメージを植え付けてしまうこと自体が、もったいないという印象がすごくあった。
 だから私たちはそういう意味で、むしろ「降りていく」会社をつくろうということなんです。失ったものをもう一度積み上げていくという積み上げ方式ではなくて、一歩一歩降りていくというスタンスです。「障害の克服論」とは違う切り口を大事にしています。
 
 従来の精神科での治療論とかリハビリテーション論は、ある意味では人間というものを非常に単純化しすぎている。パターン化して、狭い社会を考えすぎていると思うんです。精神科にいったん入ると非常に計画的で、客観的な専門家のアドバイスというものの中で生活を律する世界に置かれてしまうんですね。
 むしろ、社会復帰は精神科リハビリテーションという世界のなかにないほうがいいと思う。
 専門家の予測する、意図する、計画する世界のなかでは精神障害者の自立とか社会復帰は起こらないほうがいい。そういうなかで起きてくる自立とか社会復帰ぐらい役に立たないものはない。企業の人とつきあってきたりすると、精神医療の世界が保護的に過ぎることがわかる。人間らしい生活を保障すると思ってきた世界の方が逆に不自然で、常識的でないということです


●川村敏明さん(浦河赤十字病院精神神経科部長 医師)
 
 従来の病院の治療というか、ごくふつうに医者が治療することだけを前提にしちゃうと、当然、重っ苦しい薬をさらに乗っけていくわけですよ。でも、そういうことが治療なのか?って思うんです。そんな現実の治療の場に、みんなはある種の絶望感や失望感を味わうわけですよ。だから黙っていようと。言うんだったらソーシャルワーカーのところへ行こう、それも口のかたいソーシャルワーカーのところへ、と。治療の場のなかで自分の苦しみを言えないということが、残念ながら、いまの精神医療の大半の現実なんです。
 現実にどこの医療機関でも、多くの医者たちも、「自分たちがどうすればいいのか」とか「どういう技術が必要なにか」といイマジネーションをもちえていないんじゃないかという気がするんです。ただ自分たちがやってきたなかで、これがいいと思っていることを一所懸命にやっている。ただ、精神病院のなかでは、一所懸命さというものは妙にやっかいなことでしてね。
 従来のかたちで言ったら、治療者サイドは「なんでもできる人、何でもわかっている人」で、彼ら患者は「できなくて、わかっていない人」という設定ですから。しかし、現実を見ると全然そんなことはないんですよね。
 べてるのみんなもぼくに「そんなに治してくれなくていいんだ」ということを最近はずいぶん言ってきます。
「先生、変にリキむなよ!精神科医がリキむとろくなことはないぞ!」っていうようなことを、彼ら流の言葉で言ってくれているんじゃないかな。

 べてるのメンバーは圧倒的にたくさんの言葉をもっていますよ。コミュニケーションの内容はいざしらずボリュームはね。量たるや圧倒的なものがある。そして、言葉で出会っていくものが本当に大きいんだなと、ぼくらはあらためて感じさせられています。
 しかし、一方でなるべく医療のべの現実が見えないように、私たち医療者の無力さを見えないようにしているんだなあというのをつくづく感じますよ。
 日本の精神医療というのは、残念ながらそうなっている現実がたいへん多いんですよ。本当のことを言われたらじつは困ってしまう、というような。それはわたし自身の経験としてもそうだった。「先生のおかげで調子いいです」と嘘でもいいから言ってくれるのが本当はいちばん良い患者さんだったんです。そこに現実の問題が出てくると、実は困ってしまうというのがあるじゃないですか。精神医療の世界で、精神症状のことや患者さんがかかえる問題を正直に話されると困っちゃうなんてことは、おかしなわけですよ。でもそれが現実ですよ。浦河だって、その現実からスタートしたんです。
 医者から言われる言葉ではなく、自分たち体験者の言葉として医学用語でない言葉をつくったりしてきていますよ。例えば医者から言えば“幻聴”だけど、かれらが言う時は“幻聴さん”とさんづけしているのも、それが本来のかれらが使う言葉なんだろうと思うんです。
 たんに病気扱いにして、消してしまわなければいけないものというよりも、その幻聴さんとのつきあいのなかで、本人からもいろんな経験がいっぱい出てくるんですよ。
 われわれは幻聴を非常に否定的なものとして見ていましたから、さんづけどころか早く薬で、それこそ殺菌剤でバイキンを殺すように幻聴をなくさないといけないと思っていたわけです。そこがまったくいまは変わってきて、さんづけをして、いいおつきあいをしていこうということです。そういうことを大事にするのが、現実の人間関係が良くなることにも役立っているんだと。
 だから自分の病気を紹介するときも、幻聴のある人は「私の幻聴さんはこれこれこういう内容なんです」と言って、はじめて自己紹介が完結するような感じですね。
 それは医者がどうしろこうしろと言ってきたというよりも、かれらの経験のなかから生まれて獲得してきたもので、従来の医療の世界にはなかった新しい文化を生み出しているんだなという気がします。
 
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差別と偏見

生まれてはならない子として生まれてはならない子として
(2011/04/16)
宮里 良子

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 著者は、両親をハンセン病に持ち、4歳の時に当時の国の施策であった「隔離政策」のなかで親から引き離され、またその後の社会の偏見と差別のなかで、自らを隠して生きた苦難の日々。

 差別と偏見に押しつぶされそうになりながら「条子(ハンセン病の親から生まれたことを隠し続けて生きてきた自分)」と「良子」という二人の自分を演じ分けて生き抜いてきたこれまでの記録でもあります。

 ハンセン病はもともと、他人にうつる病気ではなかったのに、時の日本ではずっと隔離政策をとってきました。
 その後、患者や支援者たちは国のこれまでの政策を批判し国を相手取って国家賠償訴訟を起こしました。
 判決は国の敗訴となり、当時の小泉総理大臣が「控訴せず」としたことで、一応の解決をみました。
 しかし、これまでずっと療養所生活を送ってきた人たちは、今でも全国に13ある国立ハンセン病療養所で生活しています。平均年齢も80歳くらいになっているようです。一度、故郷や家族から排除され、隔離されてきた歴史はそう簡単には塗り替えられないことも事実かもしれません。
 当事者はもとより、何よりも残された家族が本当にどれだけ差別や偏見にみまわれ、心の闘いをしてきたか、この本を読んでいると、それが痛いほど伝わってくるのです。


 (本文より)
 化学療法の発達に伴い、ハンセン病が治癒する時代はずっと以前に到来していた。プロミンが出現したときから、多くの人がハンセン病回復者になった。また、それ以前に母のように自然治癒する人もいたのだ。さらに生活環境のよくなった日本では発症しない時代がきていた。今後も発想することはない。他の国では家族が一緒に暮らしているというが、日本では家族と暮らすことが許されなかった。子どもを産むこともできなかった。政府が恐ろしい伝染病であると喧伝したのだ。
 さらに日本の国は長い間「らい予防法」を廃止しようとしなかった。このことにより作り出されたあまりにも強い偏見と差別に家族は怯えて沈黙するしかなかった。
 隔離にあたり家を消毒することなど、医学的に全く意味のないことを国はしてきた。「家族」には抗議する力がなかったから、ただただ耐えるしかなかった。
 これまでどれほど多くのハンセン病回復者とその家族が無念な生涯を送ってきたことか。家族の受けた被害は、家族が訴えなくては解決しない。よくわかっていることだが、それでも私たちはものが言えなかった。
 だから私は「条子」を演じ続けた。いつまでこの人生を歩いていくことになるのだろうか。

 地域から追い出され、隔離された時の両親の姿を忘れることのできない私は、ずっと「私はなぜ生まれて来たのか、私には生まれて来た意味があるのだろか」そして、「私が沈黙しているから他人は気持ちよく私と付き合ってくれるけど、私の真実を知ったら、きっと背を向けてしまうに違いない」と思い続けてきた。
 両親を他人に語ることができなかった。この一点において私は「不幸」だった。世間の差別さえなければ、もっと心を自由にしたかった。
 
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不登校のこころ

 
不登校のこころ―児童精神科医40年を生きて不登校のこころ―児童精神科医40年を生きて
(1992/11)
渡辺 位

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 (引用)
 
 ほとんどの人々は、学校教育を中心にして子どもはみないっせいに同じことができるように育てなくてはと、信じさせられています。

 どんなに高尚な理屈を言ってみても、理屈は理屈で現実ではないことを考えると、子どもとのつき合いについて、大人が先回りしていろいろ考え、理屈を言ってみても、現実は決してそのとおりにいくものではないので、もし両親が子どもとのつき合いで迷うことがあるときには、あまり理屈にとらわれず、まず両親がやってみたいと思うことをやってみるしかないのかもしれません。

 今なお、大人社会は、登校拒否に対し子どもの資質や両親の育児が問題だと信じ、強い偏見を持っている。それが登校拒否状態となった子どもとその両親への心理的圧力となり、両親は一層子どもに再登校を願い、子どもはさらに引け目や負い目を強く持たされることにもなるのである。 
 
 不登校におののき悩む子供のほとんどは孤独です。それはまわりの社会からの孤独であるばかりでなく、自分自身からも孤独なのです。だからどうしていいかわからないし、生きがいも失いがちになるのです。それならその人を現実に位置付ける足がかりになるために、その人に寄り添おうとするのであれば、その人と共感し共存できる人間でなくてはならない。でも、その人に関わる我々が今申し上げたような「常識」の世界の中に存在する限りは、どうしても相手を対象化してしか見ないから、共存などできないと思うのです。 
 
 いったん制度で決まってしまうと、それに従わないと人でなくなるように考えてしまう。その通りにいかないと、異常だとか悪いことだと決めてかかる。よく頭を冷やして考えてみると、人が人であることと何の関係もなく、人がつくった決まり通りに生きられなければ、その人は間違っている、と考える方がおかしいのです。

 
 学校教育のサイズに合わない子どもが多数いても、少しも不思議ではない。一人ひとりの子どもを大切に、などといっても、学校教育の現場は、集団で子どもを見ていて、決して一人ひとりなど問題にはしていない。 

 子どもについての問題というものを、それを問題にする人が問題なのだ。その人が問題をつくっているのだ、と考えなくてはいけない。大人が子どもを決めつけてかかると、それを素直に受け入れてしまいがちですから、子どもはそれをもとにして、自分自身のイメージをつくってしまう。 

 本当に行き詰まり、生きがいを失くした子どもたちとつき合っているときに、子どもというかその後年がたって大人になっている方も多いのですが、本気で当人の苦境に寄り添おうとすると、自分の立場だとか、「常識」の枠を考えると、私たちも本当に行き詰るのです。
 「日頃、使いなれている言葉がすべて力を失う」というのは、先ほど申し上げた狭い価値観の上で成り立つ。「常識」が何も役に立たないということだと思います。 
 
 理論や建前や常識を超えさせるほどの苦労の真っただ中にある人に寄り添うときは、こっちが非常識にならない限り、その人の心に寄り添えない。非常識になるというのは、学校へは行くものだ、行って当たり前だ、行かなかったらどうするとか、人とはこうでなくてはならないなど、その他「常識」で枠づけられる是非善悪、などといったものを、一切超え、ただの存在としての“人”として寄り添う以外ないのではないか、と感じるのですね。
 とことん思い悩む人と、本当に共存しようと思ったら、あらゆる価値観とか「常識」から自分が脱却しなければ、そうなり得ないのです。


 健常者の常識で、その人の心の世界を見て、「ああだ、こうだ」と批判してみたり、あれもこれもできなくては社会生活上困ると言ってみたり、何ができるとかできないとか言ってみたりして、健常者の常識でつくった日課なり訓練プログラムに乗れないからといって、それを問題にするのは、それは健常者のおごりにすぎないのではないだろうか。 

 不登校の問題や登校拒否の子どもにどう関わるかということは、これはハウツーの問題ではない。関わるその人自身の生き方にも関わる問題です。だから、学校に「行けない」なら、建前や「常識」に従って「行かせりゃすむ」という、そんな生易しいことではない。つまり、不安に苦悩する人とのつき合いは、感性の問題であって決して理屈で片づけたり、ハウツーの問題ではないのです。 

 その溺れている人の不安や苦悩は、その渦中に入ってそばによってみなければわかりません。だから、それができないようでは、きれいごとで終わると私は思っています。要するに、病む社会の中で苦悩する子どもにつき合っていこうと思ったら、社会を病ませている枠の中で自分から一歩出ない限り、その苦悩する子どもとはつき合うことなどできはしないのだ。

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その瞬間の言葉が子どもを変える

その瞬間(とき)の言葉が子どもを変えるその瞬間(とき)の言葉が子どもを変える
(2001/11)
富田 富士也

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(本文より)
 
 スローペースなわが子にあきれてしびれをきらして、大声を出してしまうのも、考えてみれば「子どものため」ではなく、「親のため」ではないでしょうか。
 なぜなら、子どもの前途が親の前途になるからです。お母さんには子どもの“不安材料”を見たくはないし、早めにつぶしておきたいという思いがあるのではないでしょうか。
 大人も子どももみんな、今持ち合わせている知恵と体力と精神と相談しながらこの瞬間を生きています。だから生きていることは、ただそれだけで尊いことです。

 「あなたのためを思って叱っているのよ」と子どもに言うのはかなり眉つばものです。親の不安を打ち消すために子どもを怒鳴っていたりするからです。でも不思議なことに、わが子を否定することは親自身を否定することだと気づくものです。そして否定しても生きようとしてくれているわが子を見て、親は自分の無力さを受け入れ、親であることから逃げないことを自覚するのです。

 いくらカウンセリングや心理学や教育の本を読んでも、すべての悩みが解決できるわけではありません。そして人をそうたやすく操られるものでもありません。
 自分の人生の主人公が自分である以上、とどのつまりは自分の五感と経験に頼るしかありません。たとえば「胸がキュンとしたこと」、それがあなたにとっての真実なのです。そこから関係を始めていけばいいのです。善し悪しの選択の責任は主人公である自分が背負うしかないのですから。知識を得たり本に学ぶことを軽視するつもりはありませんが、人間関係や子育てにマニュアルはありませんよね。

 
 青年期になった子どもが、「お母さんが悪いんだ」「お父さんは全然わかっていない」と親を責める場面によく出くわします。でもその多くは、「今がよければみんないい」「今が悪ければすべて悪い」という考えからきているのです。
 たとえば、過去にどんなひどいことをされても、現状がよければ、「昔はよく殴られたけどさ」という思い出話ですんでしまいます。でも、過去にすばらしい親子関係があったとしても、今が悪ければ、「自分の人生を奪ったのは親だ」と恨み節になってしまいます。悲しいかな、そういうものなんですね。
 親としては肩を落としたくもなりますが、でもここで言いたいのは、今がいいか悪いかを決める要素、きっかけは家とは別のところで起こっていることが多いということです。
 子どもの悩みや挫折は、学校だったり社会だったり、親以外の人間関係のなかで生じます。そんなとき、子どもはどうしようもない自分と出会い、現実を乗り越えていかなければいけない、その痛み、惨めさ、悲しさを味わいます。だからひとつの逃げ場として、外で責められている分、責めないで受け止めてくれる、肯定してくれる、無条件で共感してくれる場をほしがります。その逃げ場が親なんです。
 
 ところが、子どもの不安とつきあっていこうとすると、親は自分の無力感と出会います。子どもの不安はその子自身が背負うわけで、親が背負うわけでも肩代りしてあげられるものでもありません。そのときわが子を支えることができない現実を突きつけられ、「なんて無力な親なんだろう」と己を思い知るわけです。そこで本当だったら、もう少し無力な自分と向き合っていればいいのですが、無力な自分と向き合うのはつらいことです。それでどうするかというと、
 「頑張れば何とかなるわよ」と子どもを励ますわけです。
 努力して報われているうちは励ましも有効ですが、頑張っても報われないとき、それは応援でも勇気づけでもありません。
 「おまえのことなんか抱えきれないわよ」という関係断絶になってしまうのです。頑張っても報われないとき、「励ます」ということは、頼みの親が子どもの苦しみからひとり逃げ去っていくことなんです。だから、子どもが報われなさに痛手を受けているとき、励ましてはいけません。
 子どもが苦しいときは、「なんで私はいたらない親なんだろう。不甲斐ない親なんだろう」と親も一緒に苦しんでいいのです。そういう自分であることと向き合い、親としての無力感から逃げない力が問われます。
 逃げないということは、本人が努力して報われないつらさを味わっているとき、「頑張れ」という励ましを徹底して言わないことなのです。その言えないつらさが、子どものつらさに近づく手がかりになるのです。

(教育カウンセラー)

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TTmama

Author:TTmama
医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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