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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

学生実習

職場には1年を通して学生の実習を受け入れています。
 私の所属するリハビリ部門でも2~3ヶ所の学校から理学療法士や作業療法士の学生が実習に来ます。実習も1年次は1週間の見学実習から3~4年次ともなると臨床実習期間も2ヶ月近くに及びます。
 私が学生だったころは(今から○十年も前)、学校も乱立していなく、せいぜい国立療養所系列や私立の専門学校、文部省(今の文科省)管轄の医療短大くらいしかなかった時代。実習先も卒業生の勤務する病院等等が多く、何かと後輩学生として公私にわたり面倒をみてもらってたことを思い出します。
 実習地も県外だと実習先の宿舎を斡旋してもらい家賃も払わずに実習に専念できていましたが、今は県外への実習となると学生自らが別に宿泊先を確保しなければならず、学校も補助してくれないから、二重に経済的負担ものしかかるようです。
 そんな事情もあってか、今の親の経済事情も反映してか、公立の大学に通う学生も苦学生が増え、ほとんどがアルバイトをしているようです。
 
 そして今や、養成校は乱立しています。実習先を確保することも大変です。
 毎回毎回やってくる学生を担当するほうも、ルーチン化して、機械的に学生も扱われてしまっているような感じです。
 「養成校のランク=学生の能力」とばかりに「今度の学生は偏差値の低い高校から○○専門学校に入った子だから頭悪い」なんて平然と言ってのける指導者の療法士。そういう人に限って、患者さんをもランク付けしたがる人です。自分の治療を省みることなく、何でも患者のせいにする人って、物事を外見で評価しがちのようです。

 最近の学生のこの職業に就きたい動機として
 1)学生のときに部活動(スポーツ)で怪我をして、自らがリハビリを受けた経験があるのでそういう職業を知ったという人。
 2)リハビリの仕事がしたいというより、大学進学が優先で、学校選択の際に自分の偏差値で入れるところを選んだという人。
 医療系の大学だと資格も取れるし、就職にも有利と考える人。
 3)家族に高齢者や障害者(児)がいて、リハビリを受けたことがあり、理学療法や作業療法という言葉も早くから知っていたという人。
 などさまざまです。
 頭脳(学力)だけで進路を選択した学生は、その後対人援助がうまくできず、一人の職業人として踏み出す前に悩んでしまうようです。四年生の医療大学出身の学生はそれなりの偏差値で受験をクリアしてきているので、机上の学力はあるかもしれませんが、患者さんとコミュニケーションがうまくとれなかったり臨床で技術を磨いて患者さんのためにつくしたいというモチベーションが低い子もいます。
 
 医学教育全般に言えることですが、知識やテクニック(技術)の前に、目の前の病める人に対する医療人としての対人援助はその根本にあると思うのですが、医者ですら頭だけよくても患者さんやスタッフとうまくコミュニケーションをとれずに何かとトラブルの元になっている人は実際うちの職場にも何割かはいます。

  まずは、実習先で何を学ぶか・・・。医療人としての心構えのベースをしっかり学校でも教えるべきでしょう。
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その道の大家といわれる人たち

 以前、認知症の公開講座を企画し、誰を講演会の講師に呼んだらいいかということになり、その当時マスコミやTV番組にも出演しある程度名を上げている某大学の教授を地方の自治体に呼んだことがありました。
 その講師はその前から県が主催する講演会にもお招きがあり、その当時認知症の業界でもある程度名が知られていた方でした。
 しかし、一地方自治体の予算ではその講師に見合った講師謝礼は払えるはずもない。そこでどうやっやかというと・・・。
 その講師と以前より講演会を通して面識のあった職場のあるスタッフは、製薬会社とタッグをくみ、講師のいる某大学のある地からわが町までの交通費や旅費の一切を面度を見てもらえるように交渉。その結果、こちらが支払う必要経費はたったの数万円程度ですんだのです。
 そして講演会終了後はとんぼ返りで戻ることをせず、県内の別の温泉地での慰労会を希望し、翌日は観光地めぐりまでも要求し、それもすべて製薬会社が経費をもつという・・。
  その後も、TV番組にコメンテイターとして出演することがわかるとメールで自分のお気に入りの職員にTV番組を視聴するようにアピールしていました。
 
 TV番組に専門家の見解として呼ばれたり、専門書も注目されてその業界ではちょっと名が知られるようになると、人間というのは自分は有名人気分になるのでしょうか。
 また、そういう著名人と知り合いだといわんばかりに、職場内でも自分の存在をアピールしたがる専門職の同僚たち。
 講演内容といえば、「認知症の予防にはポリフェノール含有量の多い赤ワインが有効。散歩しながら俳句を作ると頭と体を両方使うので効果的。」など、それほどトピックでもない話ばかり・・・。最後には結局認知症予防にはその製薬会社が開発した○○○○○を服用することも推奨するような内容。製薬会社とズブズブノ関係にもなっているのだなあと推測せざるをえません。

 実態はこんなものです。TV番組でお呼びがかかる専門家はそれなりのコネクションがあったりや業績が認められてのことかもしれませんが・・・。

認知症治療・政策の裏事情

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『認知症は国と医者が作り上げた虚構の病だった!」
 
 政策や施策はその時代に刻人の関心事や国が重点的に推し進めたい事業に優先的に予算をつけて、その予算配分を多く勝ち取った事業(施策)が国を挙げて取り組むべきものとして国民に否が応でも浸透させられます。

 (本文より引用)
 調査方式を変えただけで、認知症高齢者が305万人から462万人へ増えたからくりは軽度認知症までもカウントし、以前の方法よりも基準を緩めたデータを公表したのでしょうか。そこには認知症を新たな「国民病」にしようという厚生労働省の思惑が隠れているような気がしてなりません。
 
 2000年前後から認知症をめぐる動きが活発になってきたこと。
 最初のきっかけは、日本の製薬会社が世界で初めてアルツハイマー病の治療薬アリセプトを開発したこと。そこから認知症の診断数は急速に伸び始めた。
 さらに2011年に3種(レミニール、メマリー、リバスチグミンのパッチ製剤)が追加されるや、推計値を2度も修正しなければならないほど認知症患者が増えた。
 アリセプトが出て以降、アリセプトを使いたい患者がいたら、医者はその人を認知症と診断せざるを得ないことにもなった。2011年からは投薬できる薬の種類が増えたのだから、医者が認知症の診断に積極的になったとしてもおかしくない。
 治療薬の登場と並んで認知症の増加に貢献した介護保険制度。開始当時の介護保険サービスは認知症モデルへの対応力が弱かったので、厚生労働省は本腰を入れざるを得なくなった。
 そして「認知症を脳の病気にする」動きを加速させ、薬漬け医療へと駆り立てた。

 厚生労働省が痴呆を認知症と呼びかえることを決めたのは2004年12月。翌年2005年から向こう10年間で「認知症サポーター」を100万人養成するという大キャンペーンを始めた。このキャンペーンは表面上は成功し、2013年3月末時点で400万人突破。厚労省は新たに「2025年までに認知症サポーターを1000万人に増やす」という目標を掲げるなど、認知症を国民の身近な「病気」とすることに熱心である。
 認知症サポーターは、きわめてお粗末な講習を受けただけで誰でもがなれ、そこで身に付く知識といえば、「認知症は病気である」ということくらい。
 このキャンペーンは、少しでも様子のおかしいお年寄りを病人に仕立てようとする世間の目を育て、そうされたくない中高年や初老の人々に認知症への恐怖を植えつけながら、今も拡大しつつある。
 2006年には介護保険制度を大改正し、介護予防事業を始めたことも認知症を周知徹底させる追い風となった。
 「脳トレ」や「地中海食」など認知症の予防法についてさまざまな説が立てられ、あたかも生活習慣病のように自己責任化する風潮も生まれた。

 専門家の中には「過剰な薬物療法が、行動・心理症状を生み出す原因になっている」と指摘する声もある。近年、医者による研究で「行動・心理症状の原因は薬剤が一番多く、次は身体合併症であり、この二つが原因の半分を占める」という論文が発表されている。
 
 認知症の治療をめぐるトラブルは薬、特に行動・心理症状の治療に使われる向精神薬の問題に集約される。なぜならば、認知機能の低下はもとより、徘徊、暴力、昼夜逆転といった行動・心理症状が、きわめて精神疾患と似通っているからだ。
 そのために、家族や介護者は初期から精神科を受診して入院を勧められ、いきなり身体拘束を受ける。そうでなければ、いろいろな診療科を転々として症状をこじらせ、最終的に精神科へたどり着く。それが、どれだけ多くの悲劇を生んできたか。
 精神安定剤などを安易に使っている病院や施設のお年寄り、あるいは介護に興味がない医者にかかっている在宅のお年寄りの行動・心理症状の原因で一番多いのは、「薬」かもしれない。


  認知症施策といえども、その裏は製薬会社と国との関係や、医者といえども認知症のことをきちんと診断できず、対症療法的に薬を処方する医療者側の姿勢、認知症への不安から専門家が判断するのだからといって安易に病院にまかせ「治療薬」の処方を希望する家族たちなどといったいろんなしがらみやからくりが働いているのです。

 自分がかかわった例
 ○80代男性。暴言や昼夜逆転などの行動・心理症状がめだつようになり、妻も介護に限界を感じるようになっていた矢先、担当のケアマネジャーから、投薬の調整のために精神科病院への入院を進められ、紹介された精神科に入院したケース。 
 それまでは夜間の問題行動はあったものの、意思疎通もできており、歩行も見守り下ででき、食事も口から食べていました。しかし、入院後3週間くらいで誤嚥性肺炎を患い当院へ転院。転院時は全身硬直状態で意思疎通はもとよりまったくの寝たきり状態でした。
 妻が言うには、時々精神科病棟に面会にいっても、歯磨きもしてもらえず、いつも口腔内は不潔だったようです。(当院で口腔ケアをしてもらえたことがうれしかったとのことです。)文句を言うと、「ここは精神科だから介護施設ではない」といわれたとのこと。
 そのほかにも自宅やデイサービスで行っていたようなケアはしてもらえなかったようです。そんな矢先の状態悪化による転院でした。
 転院時より妻は経口摂取を強く希望されていましたが、主治医より「難しい」との判断でこのまま点滴でつなぐか(その場合は長くても数ヶ月の寿命と説明をうけました)、胃婁を作るかの選択を迫られ、妻は結局点滴治療を選びました。結果的には数ヵ月後に寝たきりのまま亡くなりました。

○80代男性。前立腺がんを患ったあと、精神的にうつ傾向になり、不定愁訴を訴え、そのつど心療内科で対症療法的に投薬を処方されていました。あるとき、親族が相談に見えられ、「かなりの量の薬を服用しているが、認知症状も出現してきているようで心配。妻の言うことも親戚の助言も聞かないので、市の方から保健師さんでも訪問してもらいたい」というのでした。
 担当の看護師が訪問してみると、心療内科から精神安定剤や抗うつ剤、抗不安薬など13種類も処方されていました。
男性の症状も抑うつ的なものにくわえ、幻覚・妄想・攻撃的・暴言・暴力と次第にエスカレートしていきました。その間いきなり高いところに上って転落したりと身体の骨折などもあり入院したり介護施設に一時的に入所いたりもしました。薬の副作用の影響が濃厚と思われましたが、その男性はその心療内科の主治医を信頼していました。(症状を訴えれば訴えるだけ、次々と違う薬を処方されるので、たくさん処方してくれる医者ほど“いい先生”という評価になるからです)
 ある時期から精神症状はますます悪化し、あるとき、妻に包丁を突きつけたり、いすを持って妻に殴りかかろうといているところを訪問したヘルパーが見つけ、措置入院となりました。(ちなみにかかりつけの心療内科の主治医ももともとは精神科のDrでしたが、今回のことでどのように対応したらいいかを相談しても、自分の範疇じゃないといって、精神科病院と連絡を取ろうともしてくれませんでした)


 このような例は氷山の一角といえるのではないでしょうか。
 認知症対策がクローズアップされるようになってからは、「早期発見・早期治療」のもとで、ケアマネジャーも「専門家への受診」を進めるようになってきています。
 そして医者から処方された薬は「きちんと飲むように」と助言・指導します。
 中には処方されている薬そのものへの疑問があるものも少なくありません。しかし、医者の判断は「まちがっていない」という前提で物事を判断するので、「おかしいな?」と思う本人や家族の思いは無視されがち。
 実際にそういうケアマネジャーや介護者をたくさんみてきましたし・・・。
 
 これらの疑問にこたえてくれるのが上記に紹介した3冊です。
 

医療現場で感じること

 しばらくブログを書くのをすっかりご無沙汰していました。
 なかなかパソコンに向かう心境になれず・・・。

 でも、これまで感じたいろんな思いも心の中にはたくさんたまりにたまってもいたので、これからは少しずつ再開していきたいと思います。

 昨年の4月に福祉・介護(行政)の立場から病院という医療の現場に身を置くようになりました。病院勤務は十数年ぶり。
 以前に勤めていたときは、院長はじめ平均年齢も若かったせいか、ある程度活気もあり、県内のリハビリテーションの先端を走っているような自負もあり、また「医療はサービス業です」という院長の理念もスタッフにも浸透していたせいか、他の病院よりは親切だとの世間の評価も高かったものです。その院長もすでに開業してしまってからは、徐々に患者さんもそちらへ流れたり、新たな医師の確保もままならず。現院長はがんばっているものの、なかなか下に続くほかの医師たちをうまくまとめられず(というか、組織で病院の経営を考えていこうという方向性が統一せず、医師たちはそれぞれが同じ方向を向いていないことが大きいと思いますが)。
 
 介護保険政策と医療保険政策は表裏一体的なもので、高齢者人口の増加に伴い、介護保険制度も財政難から制度設計そのものが揺らいでいる中、当然そのしわよせは医療保険にも及んできます。
 医療報酬もマイナス改定が続くようになると、何とかして経営を健全化しなければなりませんが、ただでさえ赤字を抱えている地方の病院には、なかなか優秀な医師の確保は難しい。中には医師自らが医療を放棄しかねないような状況も・・。(ベッドはかなり空いているのに、高齢者は積極的に担当したがらず、救急車が来ても窓口で断ったり、入院患者は一桁しか見ないという医師がいたり、それでもって高給が支払われている・・・)
 こういう状況に長年慣れてしまうと、ほかの病院スタッフがいくらがんばろうとしても無駄なことというあきらめや開き直りの心境になるのかもしれません。
 あえて渦中の栗を拾おうとせず、「しょうがない」という感覚になるのもある意味仕方ないことなのでしょうか。
 今は、ベッドが空いていても在院日数が長くなればなるほど、医療収入は少なくなるしくみなので、何とかして早く退院させようという動きになっています。入院患者さんが次々にやってくるなら、早く誰かを退院させなければいけないということになるのですが、ベッドがあいているのに何で退院を急がせるのかという不満は、患者家族やケアマネジャーなど介護関係者からも聞かれます。
 しかし、医療の仕組みがそうなっているので、何とかして収入を上げる仕組みも病院は病院で考えなければならない。そういうことを病院全体で考えていく必要があるのでしょうが、なかなかそうはならないところに大きな要因がありそうです。
 

精神科面接を問う

 読売新聞 『医療ルネサンス』特集より

 患者の話をよく聞き、回復に導く精神科面接の質の低さが問題視されている。

 「マニュアル化された診断基準の普及で、医師は患者の症状の背景にある環境的要因に目を向けなくなった。今の精神科医療は、マニュアル片手の『料理本医療』。癒しの場であるはずの診察室が患者と医師双方にとって気まずい場になっている」

 症状が落ち着いて減薬を申し出る患者に対して、「指示通りに薬を飲まないと、就職内定時に会社に出す意見書に『この人は医師の指示に従わない』と書きますよ」と言われた統合失調症の男性。
 「精神疾患患者が新たな職に就くことの大変さを、精神科医が知らないはずはない。患者の立場などは念頭になく、過剰な薬で患者の行動を抑制することばかり考えているから、こんな脅し文句が飛び出すのだろう」

 また、対人関係の問題などで自分を発達障害と疑い、精神科医院を受診した40代の女性は、院長にこう言われたという。「あんたは病気じゃない。インターネットのでたらめな情報ばかりみているんだろう」。
 この面接で衝撃を受けた女性は抑うつが悪化し、別の医院で中等度のうつ病と診断された。

 のぞえ総合診療病院(福岡研久留米市)理事長の堀川公平さんは語る。
 「社会で傷つき、心を病んだ人は安心して過ごせる場を求めている。快適な入院環境と良好な人間関係の提供が、最良の精神療法になる」
 入院患者の平均入院期間は12年と長く、最優先の課題は、患者を社会復帰に導く意欲に乏しい病院職員の意識改革だった。
 同病院の食事は通常、病室の外でとる。多くが私服で勤務する病院職員や、ほかの患者と一緒にテーブルを囲む。
 「部屋に閉じ込め、すきまから食べ物を入れる。そんな非人間的な扱いが精神的に良いわけがない。ほかの人と落ち着いて食事をすることが、回復の第一歩になる。」と堀川さんは言う。
 入浴は毎日可能だ。拘束中の患者も、複数のスタッフの付き添いで入浴できる。
 患者全員と病院職員が、グループミーティングを行うのも特徴だ。各グループは、年代も病気も異なる患者10人と医師、看護師、心理士らで構成。週に1度、近況や目標を話し合う。さらにこのミーティングでは、患者の回復度を患者同士で評価し合う。
 周りの人と、自然にかかわるこのような取り組みで、患者は病気で低下した社会的感覚を取り戻していく。
 昨今、病棟を新築、改装して見栄えを良くする精神科病院は多い。だが、ほかの患者や病院職員との良好な人間関係を提供できる病院は少ない。


 

世間の評判と実態

 よく「その道の第1人者」と言われる人たちがいます。

 在宅医療に熱心なA医師。地域の開業医の中でも、リハビリや在宅医療、ことにチーム医療などには理解ある医師です。医療と介護の連携にも積極的に関わり、自らもケアマネジャーの資格を取り、ケアマネジャー協会などにもかかわっています。

 地元医師会や県の医師会の理事などの要職にも就任し、とにかく在宅医療といったら、A医師の名が県内でも知れ渡るほどの知名度にまでなりました。
 A医師とは以前、同じ病院で仕事をしたこともあります。その当時は、患者さんにも時間をかけて熱心に診察をしたり、QOLを目指していろいろ患者さんと関わっていました。

 だんだん、知名度があがり、開業後いろんな役職など(医師会の理事だけでなくケアマネ協会の理事や行政の○○協議会の委員など多数)に関わることで、A医師の権力がますます大きくなり、医療や介護の担当課では、時にはA医師の意見も無視できなくなってきつつあるような現状もあります。

 以前、ある病院から退院する際の在宅の係りつけ医を決める時、患者さんの住まいに近い二つの開業医をあたりましたが、二つとも断られ、3番目にちょっと遠いA医師へ病院がかかりつけ医になってほしいと頼みました。
 しかし、A医師は最初に自分のところに来なかったのが原因かはわかりませんが、その患者さんの主治医になることを断わったというエピソードがあったそうです。
 その病院で、A医師との連携の取り方が難しく、A医師の描く在宅医療のイメージ通りにならないと、あまり協力はしてもらえないということが、地域医療室のスタッフでは悩んでいました。

 在宅医療に関する研修会などではいつも先頭にたって、コーディネーター役になったり、講師になったりして県内の在宅医療を先導する立場でふるまっているのですが、ケアマネジャーや病院スタッフの中には、「○○先生(A医師)は一度つむじを曲げると大変」という評価も実際にはあり、なかなか全ての利用者や患者さんにとって満足のいく医療が与えられているかと言えば、そうでもないところも正直なところ。最初は確かに真摯な気持ちで患者さんの立場で仕事をしていたのが、知名度とともに自分のプライドも上がり、いろいろと自分の思いを主張してしまうのかもしれません・・・。
 病院と開業医をつなぐ立場の地域連携室やケアマネジャーはじめ在宅に関わるスタッフが双方の医師の調整役になることも多いわけですが、あからさまにA医師のことを「○○君のいうことにはいちいち従っておられんよ」と蔭ではいろんな反論をしている医師たちもけっこういます。

 「○○の領域ではあの人が第1人者」と言われる人だって、身近に関わっている人間から見れば、「それほどのことはない」と思える場面はけっこうあります。特に「第1人者」だと持ちあげる人たちは、意外と同じ業界の人間ではないことが多いのです。
 むしろ、そんな巷の評判などなくても、誠意を持って、来るもの拒まずの気持ちで一生懸命に関わってくれる医師もいますし・・・。

 
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患者・家族の思い

 地域リハビリテーションという雑誌に寄稿された理学療法士のかたの文章です。

 患者・家族の思いとは何であろう。
 われわれリハビリテーションに携わる専門職は、患者・家族の思いを具現化するためにチームアプローチで取り組む。そしてそのチームアプローチでは、チームの一人ひとりが常に患者・家族を中心とした思考を備えていなければならない。しかし、現実には多くの専門職がかかわることにより、患者・家族に対する専門職間の見解や個々の経験則による価値観の相違により、リハビリテーションの目標が患者・家族の思いと違う方向性に向くことがある。

 ある50代の男性は、数年前に妻を亡くし、ALSを発症してから社会人の一人娘と二人暮らしであった。疾患の進行により、主治医より入院を勧められたが、本人、娘さんは在宅療養を強く希望されたことから、訪問診療・リハ・看護・介護・入浴などの在宅サービスで二人の在宅生活を支援することになった。また、本人、娘さんには、主治医から延命の選択肢として人工呼吸器の必要性が説明されたが、本人だけは人工呼吸器による延命は望まない強い意思を表示し続けていた。
 一方、娘さんをはじめ医療者側は、本人に延命の選択をしてもらうことを是として懸命にその説得を続けていた。筆者も当初、本人の意思尊重を理解しながらも本人の意思が少しでも延命の方向に変わることが是であると思っていたが、本人と接し、話を傾聴しているうちに本人の思いとわれわれの思いがかけ離れていることに気づかされた。
 本人は、父親として娘さんの将来をとても気にかけており、延命の選択肢を拒んだその思いは、父親という立場と責任感から苦渋した決断であることを切々と訴えていた。その本人の決断から、われわれは延命することの責任の重さを痛感し、娘さんも含め、延命を望まない本人の意思を尊重し、自宅で看取る方針となった。
 数ヵ月後、男性は自宅で娘さんに看取られながら息を引き取ったが、後日、娘さんから「皆さんに父親の意思を尊重していただき、父親が安堵した表情で最期を迎えられたことは私と父親にとって充実した療養生活でした。そして、父親の思いの奥深さを感じながら一日一日を大切に過ごせたことを、心から感謝しています」との言葉をいただいた。
 患者・家族の思いは、われわれが思う以上に深くそして変容していくものである。われわれの思いが患者・家族の思いや価値観また、歩んできた人生観からかけ離れてしまってはいないか。



 今、担当させていただいている60代のALSの利用者の方も、ご自分の意思がはっきりある方です。
 球麻痺(嚥下・言語障害)が主のタイプですの方です。毎週1回友人に送迎されて病院へ言語リハビリに通っており、自宅でも毎日自分なりの口腔リハビリを実施しています。それだけリハビリを継続しているから症状も急速には進行していなかったのかもしれません。
 言葉は聞き取れないので要件はメールで行っています。コミュニケーション手段は今は筆談です。
 毎年、特定疾患の医療証更新の時期になると、保健所の職員と連携しながら書類の確認をしています。またお兼所の保健師さんも年1回は訪問してくださり、その際にも身体障害者手帳の申請などを進められるのですが、ご本人は身体障害者手帳の取得を拒み続けています。
 周りは、「なんで手帳がとれるのに取らないのか、手帳でトーキングエイド(コミュニケーション機器)の給付も受けられるのだから」と勧めても、「自分はまだ歩けるし、今のところ筆談で会話はできる。障害者というレッテルは貼られたくない」という意思が強く、私も今のところ本人がそれでいいならと思っています。
 しかし、最近は下肢の筋力の委縮もみられ転倒しやすくなってきました。飲み込みも以前よりもスムーズにはいかず、唾液が飲み込みにくくなってきています。
 保健師さんの助言もあり、訪問看護で口腔ケアも取り入れて頂くようにプランを追加しました(医療保険)。
 また、診察に同行した際に、主治医からは「今、体力があるうちに、胃婁増設の手術をした方がいいかもしれない。今後延命措置をするかも考えておいてください。」と言われました。
 当初は延命はしないと主治医には伝えていたようですが、やはりこのような問題は今後さけて通れない時期に来ることでしょう。 

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世間に知られていない施策

 先日新聞記事の中に、『がん相談支援センターの利用率2割に満たず』という見出しがありました。

 そもそも、がん支援センターってどういうところにあるのかなんて一般市民のかたは分からないんじゃないんでしょうかと言いたくなります。なんでもそうですが、とにかく周知不足なのです。

 国の方ではがん対策推進事業を数年前から推し進めていますが、本来のなかみは「がん患者さんの早期退院、在宅へ帰し住みなれた家での看取りを促進する」という色合いが濃い施策です。最終的には医療費削減のためです。

 各県にはがん治療のための先端医療を実施する病院を指定してありますが、最近の情勢は、治療が終わればとにかく退院させるという傾向がますます強くなってきています。

 「住みなれたわが家で最期を迎えたいと思う人が約6~7割」というアンケートの結果からも、患者さんは自宅へ帰りたいと思っている。だからいつまでも病院に入院して看取りも病院でするのはこれからの医療の在り方ではない、という国の方向性。
 もちろん、これに反対する人はいないでしょう。実際に大多数の人は確かに住みなれたわが家で最期を迎えたいと思うのは当然です。しかし、それにはまず適切な介護環境や医療関係者や介護サービスが用意されてのことが絶対条件になるわけです。理想論と現実とではまだまだギャップも多いのが実情です。

 現場で仕事をしていると(特に老々介護や一人暮らし老人などはなおさら)、「もう治療が終わったから退院といわれているが、家に帰ってきても面倒を見てくれる人がいない」「もう少し病院に置いてくれと頼んだが、無理だった」「まだ体調も安定していない。寝たきりのままでどうやって帰るのか」「在宅で往診してくれる医者がいない」と相談にくる親族が多いのです。

 がん相談センターはたいてい大病院では退院支援部門の部署に設置されていますが(看護師やソーシャルワーカーなどが対応)、実際はそういうところに相談に行っても入院が延びるわけでもなく、早く退院後の受け皿を見つけるようにといわれるだけのところにならざるをえません。相談といっても、結局は、各自治体の介護保険の窓口を紹介され、「早くケアマネジャーをつけて、在宅での介護サービスを計画してもらってください」「自宅が無理なら、施設を探してそちらと交渉してください」とアドバイスするのがせいぜいのところ。

 以前、関わった50代の男性の場合は、在宅になるとドクターの定期的な往診や訪問看護などを利用した場合はその医療費負担が3割となり却って入院していた方が医療費が安くなるという矛盾がありました。
 経済的にも大変な家庭で(本人も障害者だった)、母親も要介護者で父親も腰痛があり父親一人で二人の介護はできず、本人も退院はしたけでどそういう家庭環境の中ではゆったりと療養生活ができずにかえって家族に気を遣い、体調をくずしていました。
 再入院を強く希望しても、前の病院では「食欲不振だけでは入院できない」と拒み続け、いよいよとなった時にたらい回しの末、やっと地元の病院で引き取らざるを得ず、そこで亡くなりました。訪問していた看護師たちは一様に、後味の悪い支援だったと振り返っていました。
 この男性のように、本人は在宅生活を望まず、最後まで病院で亡くなりたいという患者さんも、それぞれの家庭背景からいることも事実ですし、実際一人暮らし等の場合には介護保険サービスだけではまかないきれない場合もあります。
 (がん患者さんが必ず要介護5になるとも限らないし、要支援認定の人もたくさんいて、サービスが足りず自己負担になってかえって金銭面の負担も相当かかってしまうということを経験しています)

 
 また、本人がいくら在宅を望んでも、在宅での支援体制が本当に十分なのか?そこのところをクリアーしないことには・・。

 今国や県では在宅医療推進のためのさまざまな企画を各関係機関に働き掛けてモデル事業として予算化しています。
 手をあげる医師会や病院関係者等が提案する事業計画をみていると、ほとんどが研修会などでの啓発活動になっています。在宅医療や在宅療養の成功例を事例として発表したり、中央のメジャーな人やその方面で活躍している人を招いて講演会をしたりといった企画がほとんどです。
 しかしこの手の事業って、本当に一般市民が参加することって少なくて、ほとんどが関係者間でしか情報が流れず、結果的に関係者間の研修に終わってしまうのです。
 こういう研修会などの場では、いかに在宅医療がすばらしいかのオンパレードの話になります。
 そのなかの大部分は、地元の話ではなく、他県の先進地の事例の話なので、自分の住む町での取り組みに照らしあわせたときには「実際にはそういう体制になっていないから」ということになり話を聞いただけで終わってしまうことが多いのです。

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Author:TTmama
医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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