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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

貧困問題について(その2)

貧困状態で暮らす日本の子どもは約6人にひとりといわれている。
「一億総中流」といわれていた時代もかつてはあった。
たとえ中卒で社会に出ても、その後も道筋はいかようにもあった。
高度経済成長期には地方から『金の卵』として中学卒業と同時に集団就職をして仕事や家庭を築いていった人たちが大勢いた。
私の中学時代の同級生の何人かも、高校には入らず(入れず)住み込みで職人さんや美容師の卵として巣立っていった人もいる。
今は『中卒」では仕事もない、就職にも不利という風潮がはびこり、そこに経済的貧困が合わさると『挽回』がきかない社会構造になってきている。

朝日新聞の記事より(2016年7月10日付)共感できる内容が書いてあったので引用します。
(立教大学社会福祉学教授 湯澤直美さんの書評より)

 「貧しくてかわいそうな子どもたち」というネガティブなステレオタイプは、差別や排除小強めるおそれがあり、「独自の利害と声と主体性」を持つ存在として子ども自身の経験を明らかにする必要を指摘。
たとえば「学校内部での排除」。義務教育であっても制服や学校給食、遠足や修学旅行など私費負担は重い。学校の諸活動に参加できなければ、学校の内側で排除されていく。日本では、無料の学習支援をはじめ各地で居場所づくりが進められている。その意義はあるものの、そもそも学校こそがあらゆる子どもの居場所になる必要がある。
 「子どもの貧困」とくくることで、謝った認識を助長する懸念もある。よく、「子どもにはつみはない」という言葉を聞く。あながち間違いではないが、「子どもの貧困は自己責任ではない」が、「大人の貧困は自己責任」という見えない境界線うぃつくりかねない。貧困を細分化していくまなざしもまた、差別や排除につながりやすい。

 貧困は見えにくいといいうが、路上で暮らす人々の仲に、子ども期の貧困状態が見えるはずだ。家計が苦しく、10代から働き続けてきたものの重労働で病気になり入院。職を失い一気に路上へ。しかし、社会は「自己責任」というまなざしを安易に向けやすい。
 
 貧困は資本主義社会の構造が生みだす不平等の帰結であるいもかかわらず、個人の努力で克服しうる課題とみなされやすい。家族主義が強い日本では、「家族依存型」の政策のもと、家族ぐるみの努力が称揚される。家族の限界まで行使される自助努力の果てに、親子心中や孤立死が繰り返されている。


以前、関東地方の市営住宅の家賃が支払えず、退去を迫られていた母親が新学期が始まる矢先に娘さんを殺してしまったというニュースがありました。
 ぎりぎりのところで踏ん張っている親子に対して、容赦ない仕打ちをするものだと。
 このニュースは最初は母親が子どもを殺したということで、虐待なども疑われたかもしれません。報道の第1報は”親がわが子を殺した”という事実だけで事情を知らなければ「なんて悪い母親だ」と親を悪者にしてしまうだけ。子殺しの背景にはこのような貧困問題もかなり多く潜んでいるような気がしています。

 ところで今は貧困の子どもが書くクラスの6人に一人とか?(この数字以前は発達障害児のクラスに閉める割合でした。今や発達障害は世間的なブームは過ぎ去り、貧困児童(生徒)のほうに世間の関心も移っています)
 そんな福祉の課題に取り組もうと各地でNPOや有志の方たちが子どもの「食」を安心させたいと『子ども食堂』を開設しています。
 NPOなどその主催者によって、目的や対象者、内容などいろいろ切り口の違いはあるものの(経済的な貧困で食べられないこの食事を確保してあげようとするものから、孤食になりがちな心や環境の貧困に対しての居場所作りの目的が大きいものなど)、支援する側も経済的基盤のない中、助成金や支援金で運営費をまかない、支援者の熱意や善意に頼っているのが、今の子ども食堂の現状でもあります。
 ある主催団体が、本当に困っている子どもの情報を学校等に聞いても「個人情報」の問題もあり、教えてくれない。パンフレットを私必要な親御さんに渡して欲しいとお願いしても、興味を持たない先生のほうが多く、本当に必要な子どもに支援がいきわたっていないことを問題にしていました。
 担任の先生が、から、「「給食になるとがつがつ食べる子がいる」、「昼食(弁当)の時間になると席を立ち教室からいなくなる生徒がいる」という話を聞いたある方が、「何か私たちにできることがないか」と聞いても、先生たちはそういうことにあまり関心がないみたいだ」感想を聞かせてくれたこともありました。
 もっと世の中の人情があった時代は、心ある先生はえこひいきにならない程度に、かげながら援助したり自宅につれてきて食べさせたり、友達の家庭でご馳走になるなんてこともあったはずなのに・・・。
 お互い様の精神もうすれ、貧困を自己責任とみなす風潮がますます強くなり、「貧しいのはあなたの努力が足りないからだ」と大人は言われているような感じになるから、なおさら誰にも相談できず自分の現状をさらけ出せず、結果的に孤立し最悪は無理心中や子殺しなど切羽詰った挙句の悲劇がうまれるのです。
  
 

   


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貧困問題について(その1)

 最近新聞・ニュースをにぎわせているのが、「貧困問題」。
 以前は「労働者派遣法」改正で、時の小泉政権が非正規雇用者をどんどん増やしました。
 その結果、若者でも就職先では非正規扱いで収入も安定しないから結婚への夢も薄れ、結婚したとしても夫婦共働きでなければ家庭を維持できず、子どもができても保育園に預けなければ仕事も継続できない。その保育園すらも、需要と供給がミスマッチし、待機待ち状態。子どもを預けられなければどっちかがやめざるを得ず、結果的に経済的貧困に陥る・・・。
 (私が以前福祉関係の行政にいたころは、「年越し派遣村」などの言葉が世間の関心を呼び、こういう地方で困窮していると相談に来る人に対し、「年越し派遣村にでも行かせて、あっち(東京でということ)で支援してもらえ」という心無い言葉を平気でいう上司がいました)
 保育園問題だって、女性の社会進出への意識のほかに、経済的に働かなければならない事情も大きいと思います。
 また、子どもを生み育てたいと思っても、物理的(ハード面)な不足や社会的偏見(保育所を作ろうとしても昨今は近隣住民が”子どもの声の騒音問題”で反対にあうなど)、保育者不足(昔の3kに似たような雰囲気になっている?)などいろんな要素が幾重にもからみあっての今があるのではないでしょうか?

 

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Author:TTmama
医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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