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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

利用者(患者)の自立支援を考える

 今、医療の分野では在院日数の短縮に伴い、リハビリテーションのゴール設定も個人差があるのに、最初に期間ありきで回復途上でも退院を余儀なくされてしまう現実があります。
 数ヶ月も療養できていた時代のリハビリテーションでは、急性期から回復期まで経過を追うことができたし、家族指導も行って自宅に送り出したものです。
 医療情勢や家族状況も変わり、自宅退院ができにくい現実も多くなりました。日中独居や高齢者だけの世帯、あるいは独居世帯では介助してくれる家族がいないと在宅では看れないとなり、入院時から施設入所を希望する家族も増えました。また、「治るまで入院させて欲しい」「自分のことが一人でできなければ帰ってきても困る」と退院を渋る家族も。
 そこで、すぐ介護保険を申請させ、入院時から退院時を想定した段取りをケースワーカーは計画するのですが、中には病院側の固定観念(これまでの経験上の事例)だけで判断し、「自宅で○○まではできないだろうから、ベッドでのオムツで生活だ」「自宅入浴はやめてデイサービスで入浴」として、介助中心の支援計画を病院側(というかケースワーカー個人の見解として)が決め付けて送り出している場合が多いような気がしています。
 
 また入院中の患者さんへの評価ってけっこう過小評価されているなあという思いもあります。認知症がないのに本人にとっては理由のある行動でも認知症患者として扱われたり、「この人はここまでの機能しか獲得できない(だろう)」と専門職のほうで決め付けたり・・・。(一人の患者さんを中長期的に経過フォローできない今の医療情勢よるところも大きいのかもしれませんが。)
 急性期病院に勤務するセラピストはせいぜい2~3週間(ないし1ヶ月前後)くらいしか関われないし、この先どんな風になって在宅生活になるのかなどというイメージがわきにくいという事情もあるでしょう。その後の回復期も生活期もその時期のみのかかわりになるので、一人の患者さんと経過を追って関われないからです。
 たとえば、脊髄(頸髄)損傷などの患者さんは発症から1~2年たった後でも機能やADLを獲得するようなことも間々あるのですが、たった1~2ヶ月程度の入院だけで「この人はここまでがゴールだから」といって、全介助レベルでの介護支援計画を作って退院させ、その後のリハ環境がなければ、一生寝たきり生活を余儀なくされてしまうんじゃないかとすら危惧しています。そこには障害を追っても社会参加」したり、ADLの拡大に向けてがんばろうする患者(利用者)に対しては、「安全に生活すること」を優先するケアマネジャーたちが担当すると抑制をかけるように働いてしまいます。

 介護保険がなかった時代のほうがむしろ、障がいをおっても自立して生活したいという思いは患者さん自身のほうが強かったです。特に年齢的に若い人たちはむしろ価値の変容のもと新たな自己像を作り上げようとして同じ障害を持つ仲間たちを求めて自らも前向きに生きようとしていた人が多かったような気がします。
 しかし、介護保険が導入されて以降は、若年障がい者であっても(退院させるためには)すべからく介護保険への申請を促され、行きたくもないような通所サービスを勧められ、そういう場所以外での活動をしたくても情報がなく、ますます生活空間の幅が狭められていってしまっています。
 復職への希望があっても、受け入れる職場環境がそれを許さなくなってきており(障害に見合った勤務体系や、配置転換などへの非協力さ)、結果退職を余儀なくされていきます。
 
 ケアマネジャーたちも、早く追い出したい病院側の意向を汲み取ることのほうが優先になり、とにかくてっとり早くできるのはベッドとポータブル・車椅子の準備など、福祉用具○点セットを用意し、入浴は通所サービスで、介助はヘルパーでという病院側の意向どおりに支援計画をする傾向があります。
 退院時はまだ在宅生活へのイメージが家族・本人・マネジャーにもよくわからないため、とりあえずは最初は「安全」に「転倒しない」ようにと抑制的に働くケアプランになりがちです。
 しかし、実際生活してみると、患者さんの自然回復の部分もあったりすると、自宅で患者さんが徐々に機能を回復してもケアマネジャー自身再アセスメントすることなく、身体機能や介護度がよくなっても自宅入浴という考えや発想はなく、延々とデイでの入浴を続けるとか、ヘルパーよるに買い物・掃除・洗濯・食事作りの援助のプランを続ける方もいます。本人も家族も「してもらう」サービスに慣れてしまい、認定を受けている以上、サービスを利用しなくちゃ損という感覚になってしまうのでしょう。
 ケアマネジャーだってサービスを利用させてケアプラン報酬が事業所にはいるわけですから、よくなって何もサービスを使わないとなれば、ただ働きになるので、ひとつでも二つでもとにかくサービス利用は続けて欲しいというのがホンネでもありましょう。 こうして、利用者・ケアマネジャー・サービス事業所双方がいつまでも延々とサービスが切れないようなシステムが生まれてしまいます。
 また認定調査を何度も受けている利用者は、こういう答え方をしたら、介護度が下がるということも、うすうすわかってくるので、訪問調査員にもオオバーにできないことをアピールする知恵を身につけている方もいます。
 予防給付が創設されたとき、要支援者への予防サービスでは、デイケアでいくらリハビリの効果をあげて、次回認定で「非該当」になっても、通所に通えなくなることを不満として再申請をしたりといった例もあります。(利用者にとってリハビリでよくなって自立することは、通所に行けなくなりせっかくできた仲間と会えなくなるというマイナスの状況を意味してしまうのです)
 
 介護報酬が増大し、財政負担が増えるというのは制度発足時にわかっていたことでしょう。
 しかし、この制度発足当初はもちろん自立支援の理念は法律にうたわれているにもかかわらず、とにかく制度を浸透させることのみが優先され、「利用者を増やす」ことにあったことは自明です。要支援者でも電動ベッドをどんどん貸し出し、軽度認定者にも家事援助のヘルパーを勧め、自宅入浴に不安があるといえば、家族も介助してまで自宅で入浴させることをいやがり、介護保険でデイサービスへ行ってもらえば楽だと。そしていつのまにか、保険料を払っているんだからサービスを利用しないと損とばかりに、掘り起こしを進めるサービス事業所やケアマネジャーも増えました。

 いまさらながら自立支援型サービスの導入なんて、介護保険制度発足から理念として言われ続けてきているのにも関わらず、何で今頃になってまた「地域包括ケア」だの「地域ケア会議」だので、リハビリテーションの視点で専門職を会議に参加させ、助言指導させたがるのでしょうか。そんなことは何も大掛かりな会議を開催してまでするものでもないでしょう。現にこうやって一人の患者さんを通して病院から自宅に帰るに、リハ職種とケアマネジャーも直接患者さんを目の前にして(患者さんの訓練場面を見学するなどして)直接伝授しながら、顔を合わせながら事例を共有していけばいいだけの話です。
 病院によって異なるとは思いますが、わが病院に限っていえば、退院時カンファレンスにリハ職種が参加することはほとんどありませんし、ケースワーカーはそこまで予後予測をもって退院時の生活をイメージしているわけではありません。
 結果、ケアマネジャーたちは日ごろ顔を合わせているケースワーカーの意見を優先的に取り上げそのまま支援計画に盛り込みます。
 あるケアマネ事業所の管理者が嘆いていました。「退院当初は安全・安心の確保も必要だと思うから、病院側のいうように介護中心のケアプランでも仕方ないのかもしれなkが、だんだん利用者もできることが増えていけば、そのつどケアプランを見直しヘルパーの関わる回数を少なくしたり、自立支援に向けたプランニングを模索することが必要なんじゃないかということを同僚たちに助言しても、”だって病院の○○さん(ケースワーカー)がそう言うんだから”といっプランを見直そうともしない。○○さんの意見が絶対なのよね。これでも主任ケアマネジャーとして研修もうけているのよ。」と言うではありませんか。

 そして今、国の介護保険行政の中心的な柱が「地域包括ケア」「地域ケア会議」の構築だという。その目的のために国の意向に合う有識者や、モデル事業などで効果をあげた自治体の関係者および成果をあげたサービス事業者・専門家が各地方自治体が主催する研修会に講師として引っ張りだこです。
 いつも国が考える介護保険制度改正の際には、その時々のトピックとなるような事業や施策に合致した御用学者や御用専門職が取り上げられます。そして以前のトピックとなった事業はいつのまにか葬られてしまうのです。(H18年に打ち出された”予防重視型システム”で盛んだった介護予防事業では運動器の通所事業でパワーリハがをはじめとする各種運動事業が推奨され、通所事業所でも大型な器機を導入しましたが、今ではとっくにすたれてしまいましたし・・)
  
 理念(自立支援)と現実(サービスを利用したがる高齢者と利用させたがる業界)のギャップが続く限り、いくら目先でころころスローガンを変えても根本は変わらないと思います。
 いっそのこと、サービス利用して介護度が下がった場合には報酬を高くするとか、改善プランを実施し、成果をあげたケママネ事業所やサービス事業所に加算を多くつけるなどしたほうがよほどモチベーションがあがるのではないでしょうか。

 
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これからの認知症施策

 平成27年度から29年度までの第6期介護保険事業計画策定に向けて、各自治体は来年度から具体的なスケジュールに追われています。
 介護保険も、実施初期のころは何とかしてサービスを利用させることに主眼が置かれていたのに、今は増え続ける保険財源をかに抑制するかに躍起にならざるをえません。
 合わせて、高齢者人口の増加に比例する認知症高齢者への対応が喫緊の課題になっており、国は「認知症ケアパス」を書く市町村へ策定を義務付けようとしています。
 先日、市町村職員を対象とした「認知症ケアパス作成のためのセミナー」に参加してきました。
 要するに、認知症高齢者への対応には、介護保険サービスだけで解決できるものではなく、地域あげての支援策を確立すること(住民の理解・啓発)、医療と介護の連携(係りつけ医の理解や認知症サポート医の養成)、介護が必要になった場合の地域に根差した小規模施設等のハード面の整備)など、包括的に取り組むことが必要であるというものです。

 政策を考える時というのは、高齢者に限らず、障害者施策でも、子育て施策でも、行政の担当者は、本当にその当事者の立場になって施策を考えているのかということが、よく問われます。
 このような計画も、3~5年ごとに策定することになっているため、ややもすると「計画策定のための計画立案」で終わってしまうきらいがあります。

 現に、わが職場でも認知症対策を考える職員自体に、自分たちは認知症にならないと思っているし、認知症者を「かわいそうに・・・」とか哀れみの視線を向けたり、逆に問題行動を起こすような認知症者には「厄介者扱い」したり、早く施設や病院に押し込め解決を急いだり・。「認知のじいさん(ばあさん)」などと認知症の高齢者を揶揄するような言い方で話をしたがる人もいます。
 半ば知識があるだけに、「ああいう人は」と自分たちの支援パターンの中に対象者を誘導してしまうきらいもあります。

 そんなことを考えながら聴講していたら、最後のまとめでシンポジストの某社会福祉法人の理事の方が「行政は、認知症の支援と言うとすぐ施設に入れたがり、家族と分断させて安心という考えの傾向が強いのではないだろうか?本当に認知症高齢者当事者や家族の思いを組み込んだ施策を考えなければいけない」と、ズバリ総括してくれました。

 いろんな施策を考える時に、有識者だけで検討するのではなく、やはり当事者達の思いをいかに汲み取りながら、施策に活かすかということって一番必要なことだと思います。

 でも所詮、行政が考える範囲にも限界があるし、策定する人たちの感覚次第によるところも大きいと思います。


 認知症ケアパスを適切に機能させるための研究事業の一つとして、認知症と行きつ人のための読本づくりに取り組んだ団体からの報告(認知症当事者へのインタビュー)もありました。

 (インタビューからの引用)

 よくある話で(認知症には)「絵を描くといい」とか、「歌を歌うといい」とかあるけど
 そもそも自分が楽しめなき ゃ意味がないじゃない。
 それは人それぞれなんだから、押し付けられるのは嫌だし
 何をしたいか、したくないかをはっきり伝えられたらと思う。

 認知症のせいで、できなくなる部分は確かにあって、そこは悔しい。
 できることまで周囲の人から手を出されると
 「余計なことをするな」ってなっちゃう。
 そういう見極めは難しいけど、
 人間関係の中で、しょっちゅう会ってないと
 分からないことってたくさんある。
 
 周りで「あーしたら、こーしたら」って言うけど
 それって、合っていることも合ってないこともある。
 こういうのもなんだけど、余計な迷惑なこともある。
 
 何ていうか・・・
 「承知した上での」普通のつきあいっていうか。
 (認知症のある人を)避けて通る人もいる。
 私も、嫌な思いをしたこともありますよ。
 そういうことは気になるけど、その他大勢の人は理解してくれる。

 「認知症だからこうすればいい」という考え方ではなく
 「その人にはどんなことが必要か」という考えに基づいて
 その人に尋ね、その人と一緒にベストな方法を探していきたい。

 認知症に限らずだけど・・・
 こと認知症に関しては、固定観念でみないほうがいい。
 勉強してきている人の方が、固定観念が強いように感じる。
 そう、医療とかケア職の人。

 
 
 
 


 
 
 

意向はさまざま

 先月まで要介護の認定だった高齢者(女性)が、今月から要支援認定になったことで、これまでケアプランを担当していた居宅介護支援事業所から包括支援センターへプラン作成変更の依頼が入りました。
 訪問してみると、最初に申請した時は、転倒を機にベッドに臥せるようになり、閉じこもるようになり、入浴も一人ではできないという状況になり、ヘルパーの介助で入浴を行っていました。
 しかし、今回は、半年過ぎてある程度状態は改善したものの、まだ抑うつ状態は続いていました。
 入浴については本来一人で入れないレベルではないのですが、家族も多く皆仕事をしており入る順番も(若い人から)決まっているため、どうしても年寄りが後回しになってしまう。そうすると結局本人は入りたがらない。だから日中ヘルパーさんの見守りで入浴を支援していただきたいというお嫁さんの希望と本人の意向でした。
 本来、こういう場合、できれば日中の閉じこもり防止や交流目的のためにも(入浴も含めて)通所サービスの利用を勧めることが推奨されています。
 ご本人にも、要支援になったことをきっかけに、今スグではないにしても今後は気分転換にも通所サービスの利用を勧めてみましたが、お嫁さんもご本人も「今のままでいい」「うつ傾向があるので、あまり刺激をしたくない。本人に無理強いさせたくない」という意見でした。
 ご本人はこれまで旦那さんが生きていたころは社交的で地区の老人クラブにも参加したり趣味活動もなさっていましたが、3年前に旦那さんが亡くなった後は、気力もうせがちになっていったとのこと。しかし、それでも畑仕事をしたり散歩など自分なりに積極的に活動していたようです。転倒をきっかけに(骨折ではなかったものの)、それまでできていたことが、精神的な落ち込みとともに気分や気力の低下を招いてしまったようです。
 本来、このような状態の高齢者には、「閉じこもり・うつ予防」の名のもと、さかんにケアマネや行政的にはなんとか通所サービスへと誘おうとする支援策を展開しようとします。
 しかし、このような高齢者の心理状態や家族の生活状況や家族との関係を総合的に聞きとりしていると、ご本人の「行きたくない」という意思も強く、家族も「今のおばあちゃんの状態を受け入れ」て生活しているということがうかがえてきて、こういう生活もありでいいんじゃないかと思えてきます。
 この高齢者のように、一般論として(自分たちが考える方向へ)こうあるべき方向へ支援方針を進めようとしても、理想論だけでは語れないそれぞれの当事者の想いにも寄り添おうとすればするほど、どのような援助方針をたてるのかというところは当事者の話をしっかりと聴くところからしか始まらない気がします。

 

独居高齢者の男性の処遇

これまでなかなか介護保険サービス導入までに至らなかった一人暮らしの高齢者の男性(88歳)。
 最近ますます足腰も弱り、ほとんど自室に閉じこもる生活になっていました。
 市の福祉的サービス(配食サービスやヘルパー派遣)も、こちらが思うようには受け入れてもらえず、配った配食もおかずはごみ箱に捨て、ごはんだけは自分でストーブでおかゆに作り直して食べていました。 
 排泄もトイレまで行けず、部屋の中で牛乳パックをしびん代わりにつかうなど、不衛生な環境。
 入浴もしておらす、部屋には冷蔵庫も洗濯機も壊れて使えない。
 こんな状況の中で、地域の民生委員はじめ町会あげて「孤独死」を出してはいけないと何とか見守り支援をしてくださっているのでした。
 ご本人の性格も個性が強いために、まともに助言指導してもなかなか入りにくいところもあり、比較的信頼のおける民生委員やヘルパーの所長さんのいうことは何とか聞いてもらえるので、担当になったケアマネジャーもその二人の協力のもと同行訪問し、まずは取り急ぎ緊急的に支援しなければならないことを決めてきました。
 特に、衛生環境を整えることと、この夏場までをしのぐための体調面の管理などを中心に検討しました。
 介護保険申請のための主治医の意見書の記入のために、私の方でかかりつけの主治医に現状報告のため通院先の主治医にお会いして説明してきました。
 しかし、主治医はご本人の状況や性格なども概ね把握しており、「言うことを聞かない人だからなあ。通院だって本人が(2週間に1度通っていると私たちには言っていた)いうほどここには来ていない。2か月に1回程度。最近来たのは3月。その前は12月。薬もきちんと飲んでいるかわからないし、第一あの体じゃあ栄養失調で何もしなかったら死んでしまうよ。子どもたちとも疎遠だとは言っているが、きちんと今後のこと(死んだあとのことも含めて)を考えないといけないよ。一度子どもさんを呼んで話し合うべきだ」と助言されました。

 そのことを担当のケアマネジャーやヘルパー事業所へ情報提供し、喫緊の課題として子どもさんも交えて検討する方向で考えることにしました。
 しかし、子どもである長男さんへ電話をかけてみると、長男さんも障害を抱える身。怪我をして数か月入院生活を余儀なくされ、現在は療養の身とあっては、こちらまで来ることはとてもできない。休業補償もなく首を切られ妻のパート収入だけで3人の未成年の子どもさんの面倒もあり、親の介護や経済的支援も難しいこと。
 また、一番大きな背景は、この高齢の男性のことを3人の子どもさんたちはみな「父親」とは思っていないということ。
 物心ついたときから、自由奔放に家庭をかえりみずに外で別の家庭をつくっていたし、自分たちには父親らしいことは何一つしていない。
 だから、今の現状を聞いても、子どもたち3人は誰も地元に帰り様子を見るつもりもない。姉達も同じ思いだ、と・・・。

 私達の知らない過去のいろんな親子の確執や葛藤を抱えて、なおかつ今は障害を負いまだ療養の身とあっては、実家の父親が大変になっていたとしてもいまさら・・・、という思いが会話の端々から感じられました。
 孤独死を出してはいけないという地域の民生委員さんはじめ福祉推進員なども定期的に見守りしている現状で、子どもさんの協力が得られないなら、まずは介護保険や地域の力を借りながら、できる範囲で見守りや支援をしていくしかありません。
 「知らないでいるうちにいつの間にか死んでいた」ということにならないように、毎日誰か彼かの目がいくようにケアマネジャーや事業所、民生委員さん等とも連携をさらに密にしていかなければなりません。
 息子さんは言いました。「今、自分たちに実家に来てくれと言っても親とは思えない人に対して、いまさらこちらが支援ようとも思いません。しかし、法律上は親子でもあり、納得はしないが、万が一死んだら骨を拾うことくらいはしなければとは思っています。それまでどうかこちらの現状も汲み取っていただきたい」と話されました。
 
 子どもさん達も、この父親の自由奔放な生活の犠牲になってしまったのだろうか・・・。
 そういう事情があることも、この男性が子どもたちを頼れない一因だろう。
 結局今は、社会的介護であるヘルパーさんは親身になって(時には怒りながらも)何とかして改善させたいと必死になって支援しています。
 ようやくここにきて、この男性も自分のことを真剣に怒ってくれるヘルパーさんに心動かされる瞬間もあるようで、以前よりは偏屈な態度はとらなくなってきているとのことでした。
 男性が最後にどこで死にたいのか、それをケアマネジャーはじめ支援者は支えていこうとしています。そして、そんなに遠い将来ではないかもしれないその時期がきたら、「孤独死」「不審死」とならないように、連絡体制をきちんと確認しながら何が起きてもあわてないようにこちらも関わる人たちが現状を共有しておかなければならないのでしょう。

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自己愛の強い支援者

 管轄のサービス事業所の中で、二つの事業所の理事長はとてもワンマンで「自分の考えこそが正しい。」「自分が何でも知っていなければ気が済まない」という性格の方です。
 一人は特別養護老人ホームの理事長ですが、医師の仕事を息子に譲ってからはホームの経営や入所者の処遇(医療面も含めて)のほかにも、ケアマネジャーの担当する利用者のケアプランについても口出しをしてきます。
 何とか在宅サービスを工夫して計画しようとしているのに、理事長に報告したばっかりに「放ってほけん。今すぐショート(ステイ)に連れて来い!」と言い、利用者やケアマネジャーの意向などは構わず、自分が支援してあげたいサービスを強引に入れてしまいます。
 
 もう一つの事業所は訪問介護と居宅介護支援事業所、それに有償でのボランティアによる訪問介護も行っているNPO法人の理事長です。元教師の方です。
 
 お二人とも人情はあるのですが、何かと制度に従って運用しなければならない介護保険のサービスをしっかり理解しているようには思えないところが多く、結果ケアマネジャーや利用者が彼らに振り回されているような感じです。
 あくまでも不当請求請求など法律を犯しているわけではないので、指定をしている県の方に状況を説明しても、いっこうに改善に向けた指導をしてくれるわけでもありません。
 お二人とも80代後半なので、多少年相応のものに加え、ますますこれまでの性格がより一層鮮明に浮き出てくるようになりました。そのことで、いつも所属するケアマネジャーたちが翻弄されています。
 
 「自分の考えこそが正しい」と自分を過大評価している人の特徴ってたいてい皆似たり寄ったりですね。
 自分がお山の大将でいなければ気がすまず、周囲は皆自分にかしずいてくれると思っている。表面的には皆その立場つき合いとわきまえているから誰も表立っては反論なんかできません。
 しかし、皆裏では本人たちの知らないところで不満や愚痴の言いたい放題。

 人間を相手にする仕事なのに、人間を上下で見たり、自己愛だけのために相手を支配したり・・。「この分野は私でなければダメだ」といって、仕事を他人に回したくなかったり。周囲もその人の性格を知っているがゆえに「私がやります」とはとてもじゃないが言えない雰囲気になり、いつも相手をおだて自分を殺して接しなければいけない。そうしないと場の空気が悪くなることをみんな知っているから・・。
 
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認知症の相談

 認知症の相談がしたいという事前の電話をいただき、予定の時間に来所した高齢の女性を一目見たら、なんと中学時代の先生でした。担任ではありませんでしたが、教科担当の元教員の方でした。
 一瞬、「先生」と口にしそうになりましたが、相手は自分の素姓も口にしない以上、こちらから余計なことは言わないで、淡々と接していました。
 最初は、ご自分が認知症になって困っているという相談なのかと思えるくらい、先生のお姿が初対面の人間でも「やつれている」といった印象が強いのでした。
 でも、話を聞いていくと、実は一緒に住むだんなさんの認知症状に悩みぬいているのでした。
 その症状も、いわゆる認知症に良く見られる徘徊や物忘れなどの類ではなく、まず妻である自分の言うことはいっさい聞かず、「自分が一番」という性格がゆえに、必要な介護や助言には一切聞く耳を持たないだんなさんであるということにとても悩んでいました。
 むろん子どもたちの言うことにも聞かず、子どもたちも家にも寄り付かなくなっている。また物の置き忘れもあるため、失くしたと思った道具などを年中買ってくる。いつも財布には20万円位を常備しており、畑で使う草刈り機などもう、6台もあるくらい、買い物依存になっている。これまでも、ホームセンターには500万位お金を支払っているくらい何でも道具を買ってきてしまうのだとか・・。
 また妻が用意した食事の献立が気に入らないといっては、夜になってから自分の食べたいものをスーパーに車を運転して買ってくるため、危なくて心配。助言しても聞きいれず・・。
 毎日毎日、妻である自分の助言も聞き入れずに自分が一番の性格と認知症の症状に対してどう接したらいいかというのでした。
 あんなに現役時代は、バリバリとしていた方でしたが、今では本当に疲れきっている様子でした。
 介護保険の申請をし、訪問調査に伺った調査員からも様子を聞くと、夫も元教師で校長まで務め、また退職時には勲章までもらったことを今も自慢しており、今でも地域の会合などにも勲章を下げて出かけているそうです。地域の人たちも夫が認知症だということは、その行動をみていればわかってもらっており、何かと妻の方が頭を下げなければならない場面もあるようです。
 調査員などの第3者には、愛想がよくなんでも昔の自慢話をして満足している様子。とにかく、家族の言うことには聞く耳を持たなくても、他人の言うことにはけっこう話を合わせ、自分の実績(過去の栄光)を自慢話することで相手も尊敬の念を持って対応されることにますます自己満足して話に花が咲くタイプ。
 こういう人って、家族がいくらデイサービスに行ってほしいと思っても、本人はなかなかすんなりとはいかない場合が多く、かなり周りで「演技・演出」をしないといけないことがあります。
 デイに行くのも「先生としていろいろご指導願いたい」という「理由」をつけ、こちらの方が持ちあげるくらいの演技力が必要になるケースかもしれません。
 以前保健師で認知症状が強くなった人が、グループホームに入所する口実を「ボランティア保健師としてグループホームで高齢者の“指導”をしてほしい」という理由づけをして入所していただいたというエピソードもありました。
 やはり、プライドの高い人が認知症になったりすると、自分の若かりし頃の「栄光」の部分がそのまま残っているため、今の自分の現実にはどうしても納得できず、無意識のうちにそういう態度をとってしまうことってあるんだろうなあと思います。
 しかし、振り回される家族が一番「被害」を被るということも現実なのですが・・・。

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自分たちの知らないところで流れる家庭の情報

 ある高齢夫婦と長男の3人暮らし。長男はひきこもり(と周りが評価している)。

 両親は定年退職後、母親の方が徐々に認知症状出現し、別居の娘さんが介護保険申請をしました。
 
 それまでは母親が全て家事を担っていたのが、生活に支障がでたことで息子さんにも介護負担が生じてきて(父親もマイペースな方で、妻の片腕にはなれないらしい・・・)母親の認知症状を息子さんが受け入れられず、その結果時々イライラが生じて叩いたり、ストレスがたまり親にあたるという関係になってしまっているようdした。

 そんなことを娘さんも心配し、ヘルパーさんの支援なども介護サービスの導入も検討するために申請に来たのでした。
 調査の結果、認定は「要介護1」。
 
 しかし、数か月経った今も、本人や親族からのサービス利用の意向もなくサービス未利用のまま経過していました。
 
 そんなとき、地域の住民から「ひきこもりの息子さんがいる」との情報が民生委員へ伝わり、民生委員から福祉の窓口へ「ひきこもり相談」として入りました。

 窓口に出た担当者は、これまでの親子の事情は知らないままに(横の連携もないままに)、その「ひきこもりの息子」だけの相談に対応しようとしていました。

 あとで以前関わった元包括センターの保健師もその情報を窓口で聴きつけ、一緒に対応しましたが・・・。


 一つの家庭について、いろんなルートから相談が入ります。当事者や親族からの相談ならまだしも、このように当事者の知らないところで、勝手に「あの家には引きこもりの息子がいる」とか、「仕事もしないで家でぶらぶらしている」「大きな怒鳴り声が聞こえる」「母親に認知症があるようだ」などなど・・。
 そして、周囲の住民は、当事者に関わることなく直接行政や民生委員に「なんとかしてほしい」と支援を求めてくるのです。

 ひきこもりの子がいようが、地域に迷惑をかけていなければ何も余計なお世話と言いたいところですが、中にはそういうことを周囲にはあえて言わない家庭もあるから、40過ぎの大人がいつまでも自宅にいることに地域の人たちは、何か普通とは違う家庭だと思ってしまうのでしょうか?

 当事者およびその家族にとって、自分たちが地域からそんな目で見られていること、いつの間にか行政のほうに相談が入っていることなんて知る由もないでしょう。

 そして、訪問してほしいなどの依頼があっても、当事者家族への接近のきっかけをどんな切り口で入ろうか?といつも悩むのです。

 そして、いろんな課題がある家族であればあるほど、高齢者部門、障害者部門、児童部門などがそれぞれバラバラな動きで関わってしまうことの弊害が大きいし、横の連携のない支援体制はかえって当事者や家族を混乱させるだけだと思います。そしてそういう情報が一気に係を超えて知れ渡ってしまう・・・。

 訪問記録や経過記録も内部で回覧するわけで、実際そのケースに直接関わっていない職員も、当然「係の一員」として情報が伝達されますし、係間の連携が不十分な部署ではケースの対応もグチャグチャしてしまうことにもなるのです。お互いに相手の担当者を批判し合ったり・・。
 
 本人や家族の知らないところで、私たちの情報もいつの間にか行政や民生委員などにも漏れわたっている・・・。

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理論的に進める「支援」と情で関わる「支援」

 介護保険制度のもとでのサービス支援は、介護保険の運営基準というものにかなり縛られてしまいます。これは皆さんの保険料からサービス事業所へ報酬が入るという点では、適性に運用していかなくてはならないという意味で異論の余地はありませんが・・。
 何年か前の某訪問介護事業所の不正請求事件をきっかけに、ますます「法令遵守」という言葉に敏感になり法令に縛られるがあまり、介助したくてもできない実態なども数多現場では悩む部分もあります。
 
 しかし、あきらかな「法令違反」や悪質な「不正請求」は論外ですが、サービスをしていての「グレイゾーン」的な状況というのは必ずあるわけで、そんな時の解釈にそれぞれの事業所によって温度差が出てしまいます。

 ある訪問介護事業所では、あやふやな解釈ができないと言って、そういう部分のサービス提供はできないと拒否されるし、ある事業所では管理者が包容力のある方だと「生活している人にとっては点で切り離せない部分だから」と言ってグレイゾーンの部分もサービスで引き受けてくださるところもあります。

 また、行政や地域包括支援センターなど、ある程度介護サービス事業所やケアマネジャーさんの相談を受ける部署として、この運営基準や支援困難な例などについては、時にそういう問い合わせが来た時には、内容によっては「指導的発言」をとってしまうこともあります。


 今回の介護報酬改定では、訪問介護の時間がますます縮小され、ある事業所では経営を考えると、大部分の利用者に「1時間から45分の訪問へ切り替える」と説明したところもあり、また利用者から職員の処遇改善加算をいただくところが大部分です。
 これまでは国から直接交付金として支払われていた職員の人件費の上乗せ部分が、利用者からいただくことになりました。
 ただでさえ、零細な介護業界の人件費。それをますます国は切り詰めようと躍起ですが、事業所とて経営を考えたらいろいろ国の施策に追随していかなければならないわけです。

 しかし、中には確かに経営も大事だけれど、何よりもヘルパーとして訪問させていただくことに喜びを感じ、「利用者の不利になるから加算はとらない」と言って下さる某訪問介護事業所もあります。
 私は、この事業所の所長さんの包容力のある心根が好きです。スタッフも「この所長さんだから」といって何人も前職場を辞めて、所長さんの立ち上げた事業所で働きたいと志願して今、この所長さんのもとでいきいきと働いています。

 私は、今の介護業界で一番大切な役割を果たしているのは「訪問介護事業所」のヘルパーさんではないかという気がします。
 しかし、他の訪問看護や通所介護(リハビリ)などと比べて、「専門性がない」とか「主婦でもできる仕事」などという世間の誤解などもあり、報酬も低く抑えられ職員の士気も薄れがちな部分・・も。介護業界で仕事をする人たちの中にも同じような考えを持っている人も少なくありません。残念ながら・・。

 でも、この所長さんはじめ事業所のヘルパーさんたちは、介護報酬ありきではなく経営ありきではなく、あくまでも利用者に信頼されるヘルパーであろうと日々励んでいます。

 ヘルパーという仕事は、個人のお宅に訪問し、その利用者の人となりやその人(家族)が歩んできた足跡も時に垣間見ることが多いと思います。
 中には、ゴミ屋敷の家庭だったり、家族の人間関係がうまくいかない家庭だったり、認知症や障害のために満足な衣食住が確保されていなかったりといった家庭も多く目にするかも知れません。

 ある事業所のサービス提供責任者は、その訪問家庭の内情に自分たちの価値観で意見をしがちになったり、利用者の意識を何とか変えたいと、包括センターに相談にくる場合もありますが、その場合はそういう家庭は「改善すべきもの」というとらえ方になるため、相手の心情を汲み取る前にすでに自分たちの世界とは違う「異質な人(家族)」という視線を感じます。
 
 しかし、某事業所の所長さんのいるヘルパーさんたちは皆さん、どんな境遇の人でもまずは相手の人となりについてその生きてきた背景に耳を傾け、そういう生き方になったことも肯定し、目の前の介護の仕事に誠心誠意をもってあたり、「利用者から学ばされた」といつも感想を私に下さいます。

 事業所として、確かに経営を考えたりや、介護福祉士としての専門性を・・・などと内部の質をあげんがためにさまざまな知識や技術を組織で高め合うことも必要不可欠な部分かもしれませんが、それよりも、毎日利用者のご自宅に訪問する「訪問介護のヘルパー」という仕事は、そこにヘルパー一人ひとりが、利用者を思いやる「情」や「心」ある支援ができる事の方が利用者の生活を支える本質に近づいていくのではないでしょうか。

 大きな組織ほど「もっとお客をとってこい」だとかという上層部との意見の相違や、介護職員同士や管理者との人間関係に悩んでしまい、目の前の利用者に満足な介護ができにくく、いろんな理由から勤務も長続きしない事業所もあることも耳にしますが、何よりも利用者の生活を一番身近な場所で支えるヘルパーさんにはいつも敬意を表してこちらも一緒に支援できればと思います。

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最期が幸せだったら・・・

 私が担当させていただいた60代の男性利用者の方が不慮の事故でお亡くなりになってしまいました。

 地元の高校卒業後は都会のメーカーの工場で50代まで勤務していました。しかし、会社の事情で早期退職を余儀なくされたことで、躁鬱病を患い入院。その後は体調も回復し、結婚歴もなかったため故郷に戻り、お姉さんの近くにアパートを借りて生活をしていました。

 しかし戻ってきて8年後に、脳梗塞を患い入院。何とか杖で歩けるようにはなりましたが、今までのようなアパートの一人暮らし(それも3階に居住していました)は当面困難と判断し、高齢者専用住宅に入居することとなり、介護保険で訪問介護やデイサービス・訪問リハビリを利用しながら生活支援をしていきました。
 
 専用住宅とはいっても、スタッフも常駐していますから、何かあっても安心感があり、生活も維持されていました。
 しかし、入居してまもなく1年を迎えようとしていたころ、本人の精神面において、ハイテンションな言動や行動が目立つようになり、それが時としてホームに入居している他の利用者の方々にも対応が強くでたり、自信過剰な行動もみられていきました。
 関係者も「普通じゃない」その行動に、お姉さんも交えて検討の結果、躁うつ病が再発したのかという不安もあり、本人も説得し精神科受診をしました。その結果やはり躁状態との診断で投薬開始になりました。

 投薬を処方してから少しずつ快方へと向かいつつあった矢先、居室で夜中に入浴中、心筋梗塞を起こしてしまったようで、朝になってから発見されたのでした。

 都会で働いていた時にもこちらに戻ってきてからも、友だちと言われる人もこれといっていなく、お姉さんの家を行き来したり、一人で自転車を乗り回しては野球観戦をしたり、美術館巡りなどをするのが好きだったそうです。
 訃報を聞きつけ、ご本人の御顔を拝ませていただいた際に、お姉さんが次のようにおしゃってくださいました。

「弟は昔から人付き合いが苦手で、あまり積極的な性格ではなかった。都会でリストラにも遭い、いろいろ大変なこともあったし、こっちへ来てからのアパート暮らしでもいつも一人で行動していた。しかし、病気になり、介護保険サービスを利用することで、デイサービスの若いスタッフや、ヘルパーさんたち、そして訪問リハビリスタフ、またデイサービスの利用者やホームに居住している他の居住者との交流など、この10か月足らずではあったけど、実に様々な人たちとの関わりが持てて、幸せだったと思う。本当に皆さんによくしてもらった。短い期間だったが、このホームに入居できて弟の最期は幸せだった。」

 自分自身ケアマネジャーとして関わらせていただきましたが、一番身近な立場で関わったのが、ホームの管理者はじめ職員の方々でした。
 
 「99%の過去が不幸でも、死ぬ前の1%が幸せなら、その人の人生は満ち足りたものになるし、99%いかに幸せな生き方をしてきても、最期の1%が不幸なら、その人の人生は不幸である」(日野原重明先生の言葉「PHP」より)ということばを思い出しました。

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介護報酬改定

 24年度は診療報酬と、介護報酬のダブル改定の時期です。
 今回は、在宅医療や介護にだいぶシフトした報酬改定になりそうです。

 医療分野では、これまでに増して在院日数が短縮化され、在宅での診療や訪問看護サービスに手厚い加算がつくようですし、介護保険の分野でも自立支援ということがさらに強調されてきています。

 しかし、本来介護保険制度発時は、十分なリハビリテーションを行い、患者(利用者)の自立のための手立てをきちんと行ったのち、どうしてもできないところは介護保険で補う(リハビリテーション前置)という発想で制度が発足されたはずなのです。
 
 しかし、実際ふたを開けてみたら、できないことはヘルパーさんにお願いし、デイサービスに行ってもらい安易に電動ベッドを借りて楽をする・・・。病院も早く退院させたいがために、介護保険を早々と使わせ、できないことは無理しないで、サービスを使ってくださいと送り出す。
 
 利用者も、保険料を納めているんだから、サービスをつかわなくては損とできることすらしてもらおうとしがち。
 そんな利用の仕方を見直すために報酬も改定、予防重視の考え方を打ち出したのが平成18年度。地域包括支援センターが中心となり、介護予防サービスの導入が図られてきました。
 
 あれから5年がたち、増え続ける高齢者人口と要介護認定者の増加に、制度がアップアップしている現状があります。国も自治体も財政困難のところに、これだけ要介護認定者が増え、利用するサービスも増えれば、どこから財源を捻出するのか。
 
 結局は、制度発足の理念にもう一度立ち返り、自立支援という概念を再度協調しようとしています。

 でも自立支援をどうとらえるか、サービスプランを考えるケアマネジャーのアセスメント力がないと、利用者のいいなりプランになり、本来できる要素をたくさん持っている高齢者の生活が「してあげる」「お世話する」サービスに甘んじてしまう危険性もはらんでいます。

 本来この制度が発足した時点から、徹底的に自立支援の理念をしっかりケアマネジメントに位置付け、ケアマネジャーの力量を高めていくべきところだったのでしょうが、最初は粗製乱造でとにかく多くのケアマネジャーを作らなければなりませんでしたし、サービスを使わせる方向に国も促してきましたから、保険財政を逼迫させた原因は、国にもあると言っていいでしょう。

 制度の理念だけが独り歩きしてきたこの介護保険制度。本当に今後も維持できるのかどうか・・・。

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Author:TTmama
医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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