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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

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世界一の息子

 あるNPO法人の理事長さんからの話を聞く機会がありました。
 その方はご自分のお子さんが出産時のトラブルで重度の脳性まひとなりました。そして、療育訓練後、養護学校へ、そして卒業後の居場所づくりとして、小規模作業所を立ち上げました。

 子どもさんは今、36歳。立ち上げた最初の利用者でもあります。まだ、地域に車いすで町に出かける障害者が少なかった時代に、積極的にお子さんを街に連れ出し、国内はもとより海外旅行にも出かけていました。そして、日本と外国との障害者への対応の違いも見せつけられ、日本の障害者への偏見も感じてきたそうです。
 
 その方が「私は自分の子どもが世界一だと思っていますから」と、講演の際に気負いもなくさらりとそう断言されました。そして、「障害を持っているわが子から、また作業所にきているさまざまな特性を持った子どもさんたちから、関わり方を学んでいる毎日です」と。
 デイサービスに来所したその瞬間から、今日の体調や気分、ストレスを抱えているか、うれしことがあったのかなど、家庭での生活状況も感覚的にわかるそうです。それだけ、たくさんそして真剣に、愛情深く、観察したり、一緒に接しているからこそ言える言葉なのではないかと思いました。
  
 下手な専門家よりも、よっぽど障害者支援ができているのではと感じました。

 障害を前向きにとらえ、持ち前の明るさとバイタリティーに満ちた理事長さんの生き方にとても元気をいただき、そして学ばされることの多かったお話でした。 
 よく「障害者支援」と言われますが、そこで働いている専門職の人たちも、本当に障害者と過ごすことに楽しみややりがいを持って働いているのかなあ、施設の対象者を「世界一」の障害者と言えるだけの人ってどれだけいるだろうかといろんなことを考えさせられました。
 
 そして、私も息子のことを「世界一」の息子と言えるだけの資質を親として持っているだろうかと・・自問・反省も・・・。

  
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弱さを認めあえる関係

傷つきやすい子どもたち―弱さを認めあう関係傷つきやすい子どもたち―弱さを認めあう関係
(1996/01)
宮崎 隆太郎

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(本文より引用)
 子どもが行き詰っている問題は、生活の中で生じたものです。子どもの場合はほとんどがそうです。
 それなのに、生活の場面をはずれたところで専門家が関わっていく。そんなことで日常生活につながる見通しが持てるようになっていくのだろうか。

 世の中には「いろいろなものの感じ方」をする子どもがいるということです。親や教師の認識はここのところですでに間違っています。私がこう感じているから子どもも同じように感じている、と思い込んでいるのが大人たちです。

 子どもたちはそれぞれその子なりの「弱さ」を持っています。そ「弱さは今の世の中ではマイナスイメージで否定されてしまいがちです。これをプラスイメージで受け止めようとすることです。

 教師には「がんばることはいいことだ」という努力信仰が根強くあります。教師自身がその生い立ちの中で、「人に負けないようにがんばってきた」経歴を持っている人が多いし、それを誇りに思っている人さえいます。しかし、子どもたちの中には思いもかけないほどの感受性の鋭さを持ち、大人の期待通りにまじめに頑張ろうとすればするほど心と体の緊張が強まり、結果的に傷ついて行く人たちもいるようです。
 人はさまざま、という現実から教育ははじめるべきでしょう。


今までも、そして今も大人たちは「気にするな」「乗り越えろ」「負けるな」「がんばれ」と声をかけ続けています。だから、行き詰っている子どもたちはいっそう自信をなくしていきます。自分の負い目さえ感じていくのです。
 がんばってがんばって、決して人にも負けないで見事に勝ち抜いてきた大人たちの何人かが「教師」という仕事についています。彼らは自分の生き方に自信と誇りを持っています。だから、目の前にいる子どもたちにも、自分が歩いたのと同じ歩み方をさせてやろうと、善意で考えています。

 しかし、子どもたちの感性はさまざまなのです。がんばってもがんばっても挫折感を抱くもの、こだわるなと言われれば言われるほどこだわってしまうもの、彼らは一様に傷ついています。感受性の鋭さゆえに、過敏であるがゆえに。

 「弱い」生き方であってもいい。勝てない人生であってもそれはそれでいいのではないかと思います。
 「強い」生き方をする人間が中心のぎすぎすした関係よりも、どの人もそれぞれに持っている「弱さ」を認め合い、受け止めあって生きていく関係の方が、私たちにうるおいのある人間らしい人生をもたらしてくれるのはまちがいなさそうです。






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わが子のこと…小学校

 小学校の低学年から学童に入れました。しかし、やはりそこでも友達同士の関係では指導員さんにはいろいろと指摘されてきました。
 また、新たに学習が加わることで、学力的な心配もしなければなりませんでした。1年生の担任の先生からは、「おおらかにみていきましょう。そのうち追いついてくるかもしれません」と親にとってはありがたいコメントをいただいたりもしましたが、いろんな提出物など課題が仕上げられなかったり、科目によって興味があるもの、苦手なものとの差が目立ってきました。
 特に算数は何度も復習しなければならず、積み重ねになりにくい教科でした。親の方もなんとか遅れを取り戻さんと家庭学習で一緒に机に向かう日々でした。


 「学習障害ではないのか?」という思いもよぎってはいましたが、学校側が否定するのでまあ、もともとみんなの後ろの方をいつもついていって子なので、そのうち追いつくかもしれないし、本人のペースでやってもらえばいいやくらいにも考えていました。

 しかし、3年の夏休み前に担任の先生から徐々に学力の遅れを心配されるようになり、検査を勧められたこともあり、思いきって発達検査を受けることにしました。同時に親の意思で医療機関での診断を受けることにしました。
 時代は全国の小中学校で発達障害児に対する特別支援教育が展開されようとしていた頃です。
 自分の子もそういう対象に挙げられるのだろうと思いました。
 でも、ある意味診断がついたことで、「わがままな性格」ではなく、「発達上の特性」として症状や行動の意味をとらえなおすことができるようになったことは、良かったことなのかもしれません。

 5~6年生の時は、担任の先生や特別支援コーディネーターの先生とも、教育方針については何度か話し合いを持ち、その都度情報を共有しながら、支援をしていただきました。
 高学年になるにつれて、いろいろと上級生としての役回りやさまざまな行事のたびに緊張や不安はつきまとい、ストレスをともなってしまうこともありましたが、心と体のバランスを本人なりに保ちながらも何とか先生方やクラスメイトに支えられながら小学校時代を無事に終えることができました。
 

障害受容って?

 先日、くも膜下出血後遺症で入院中の50代女性の患者さんの介護認定調査のために、とある病院へ介護認定調査に伺いました。
 事前情報では、介護保険申請は旦那さんの意向ではなく、病院側に勧められてというものでした。発症時からかなり意識不明の状態だったため、障害の程度は重度と思われました。
 急性期病院では、あまりリハビリ効果が得られないと判断すれば、早めに退院を促す傾向にありますが、だんなさんは、それが納得できずに、その後も受け入れてくれる医療施設への転院を希望されていました。
 
 調査日の予約を取る際に、連絡を入れた医療連携室のケースワーカーは、
「もう入院日数がタイムリミットになっている。在宅が無理なら介護保険で(併設の)老健施設にでも入所してもらいたいのだが・・。だんなさんの障害受容がなっていないんですよね。」
 という言い方をしました。

 ひとおとおり、認定調査を終えた後、改めてだんなさんの思いをお聴きすることとなりました。

  奥さんはまだ50代と若いし、中学生の子どもを抱えており、会社の社長夫人としてもこれまで自分を支えて来てくれた。
 今は寝たきりであっても、リハビリをすれば良くなるんじゃないかという期待を持って何が悪いのか?寝たきりだからあきらめて、介護保険施設にでも行けと言うのか?
 自分としては、出来る限りのことはしてやりたい。たかだか数カ月の期間で、回復を諦めるということには納得がいかない。ましてや、障害者とレッテルをはられることもしたくないので、今はまだ手帳もとりたくはないし、介護(保険)という言葉からして高齢者と一緒にされたくない。
 ここの地域には、あまりにもリハビリ施設も足りないし、病院も退院させたがって思うようなリハビリをしてもらえない。こんな医療制度・介護保険制度なんて意味がない!

 と、いろんな思いを一気に吐き出されました。

 確かに、若年性の脳卒中患者さんたちは、入院期間の短縮などにより、満足のいくリハビリ治療が受けられないまま、退院を促したくて早く「介護保険」のサービスに乗っかからせたいとする病院側の意向を強く感じます。
 回復が期待されれば、回復期病棟などでまだ数カ月は医療が受けられますが、回復の望みが少ないと医療者側が判断すれば、あとは「介護保険」で在宅サービスを、それがだめなら「施設入所」という選択肢になってしまいます。
 もちろん介護保険施設などでは生活リハ的関わりがありますが、若い年代の患者さんやその家族は、そういう施設でのリハビリを求めているのではなく、あくまでも「機能回復への期待」というのものを、可能性をかけて求めているのだと思います。

 以前私が担当した遷延性意識障害のくも膜下出血の患者さんは、数か月意識障害のままベッド上寝たきりで過ごし、やっとリハオーダーが出た後に、訓練室で担当させていただいてからは、めまぐるしく回復し(奇跡と呼べるほど)立派に家庭復帰していかれました。
 そんな経験があるだけに、安易に「障害受容」という言葉を使うことへの抵抗も私自身ないわけではありません。

 回復の見込みは薄いからといって「障害受容せよ」とせまる医療者側と、回復への可能性をあきらめたくなく、「障害を受容したくない」家族の思い。
 
 そんなお互いの思いのギャップが、家族の医療者不満、医療者の家族不満となって出てしまうのではないかと感じました。

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増やされる障害児

増やされる障害児増やされる障害児
(2004/09/09)
宮崎 隆太郎

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 著者は40年近くの教員生活の大部分を障害児教育や障害者運動に身を投じて来られた方です。
 本書では、これまでの障害児教育の変遷と、これからの特別支援教育の本質とはという観点から、発達障害を持つ子どもたちへの教育の在り方、障害名で分断して支援することへの弊害などを述べています。

 この本の中で、著者は次のように語っています。(以下本文より引用)

 教育行政関係者や学者や専門家の多くは、日常的な生活場面で「○○ちゃん」という固有名詞を持った障害児と関わっていません。「発達」や「障害」という視点では子どもを見ますが、子どもの内面にある思いや願いを日常生活の中で汲み取ろうという努力はほとんどしていません。
 
 また、障害児の親や担任の教師たちも、日常的な場での具体的な子どもの事実に対して、主体的にどう関わっていけばいいのか、その力量や感性を喪失しています。専門家やボランティアにわが子を任せきりにすることばかりが増えて、それこそが「福祉」だと思い違いしはじめているからです。
 
 現実には、この「日常生活場面における具体的な提言」ができない専門家が多すぎるのです。行政が借り物で装った個別教育プログラムを主張したり、学者や専門家が具体的な子どもを目の前にしないまま外国から輸入した訓練や療法をすること以前に、日常生活をいかに楽しく豊かなものにするかという、人間的な関わりを模索することの方がずっと大事なのです。

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わが子のこと・・保育園のころ

 保育園時代は集団生活や日常生活面のさまざまば場面で、「みんなについていけていない」という感じをうかがわせる出来事が徐々に増えてきました。
 
 その保育園の方針は「友達との関わりの中で子どもは育つ」という理念を掲げて、親も保育者も一生懸命に取り組むところでした。
 最初はいきなり大勢の集団にはいり、最初の方は緊張と不安でけっこう今から思えば、彼なりに頑張っていたのかもしれません。次第に友達と関わりたいけどうまく関われない、一人だけ集団行動からはずれやすい場面も見られ始めました。
 
 新しい場面や予測のない出来事への不安や緊張などが、時として奇声になったり、自分の思いをうまく伝えられずに友達へ手が出たり。時間の概念も薄いため着替えや食事に時間がかかったりして、周囲の子どもたちのスピードに合わせられなかったりスケジュールを自分なりにこなすことが苦手でした。

 親も保育者から「生活リズムを整えましょう」とか、「○○ちゃんには自分で××したいっていう自己主張の時期はなかったのですか」なんて言われたりするし、度重なるトラブルなどには連日「今日もこんなことがあって大変でした」「もっと○○ちゃんには強い心を持ってほしい」などと保育者の一方的な思いを連絡帳に書かれる毎日が続いたこともありました。
 おまけに、子どもたちからは「○○はどうしていじわるなの?」(どんなところが?)「だって、友達をたたいたり、ガブしたり(かみついたり)する」「いつもキャーッて大声出してうるさい」「なんでもすることが遅い」と送り迎えのたびに今日の出来事を報告されるのでした。

 年中のころが一番子どもにとっても親にとってもきつい時期でした。
 
 そのころは「単にこの子は個性が強いだけだ。そのうちなんとか性格も変わっていくのではないか」という思いもありました。保育の方法を巡っての保育者とのやり方の違いも感じました(なにしろ運動面でも不器用だし、新しいことへは慎重にステップを踏んで個別配慮もお願いしたことがありましたが、やはり園の方針の方が重視され(るように私には思えました)、本人の課題以上のものも要求されることもあったように思います。

 それでも年長のころにはあまりトラブルを起こすようなことも少なくなり、保育者もそれなりに個別に関わってくれるようにもなったことで精神的にも落ち着いて、成長のあとがみえました。
 
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共感と同感

 福祉や医療・介護分野での相談への対応では、よく『共感的理解』という言葉が用いられます。支援者は共感をもって当事者の話を聴く姿勢です。
 しかし、相談者も当事者と同じ体験や、同じ環境のもとに置かれた場合、それは「共感」ではなく「同感」になってしまうのではないかということ。
 
 たとえば、東日本大震災では、被災地への「こころのケア」と称してたくさんの専門職の方々が支援に向かいました。 
 
 その方たちは、被災地支援の期間が終われば、また平穏な日常の中へ帰っていくのです。「臨床心理や精神科医は、やはり共感の範囲内でしか、こころの痛みを理解できないのでははいだろうか・・・。ここには限界が当然あるし、またどこか、よそよそしくなる」

 「東北のことを知らない、文化も知らない、こころの専門家がどんどん被災地に入って、傷を癒しますなんて話をして、1週間もすれば帰って行く。同じ専門家として許せなかった・・・」

 「自死遺族の支援をしていますとか、阪神大震災でこころのケアを支援した経験があると、それを振りかざして被災地に乗り込んで来られる方・・・」

   
 今回の震災後の支援のあり方に対するそれぞれの見解もあると思いますが、何よりも当事者としてその体験をしている者からすれば、そういう体験のない専門家の支援が「押し付け的」に感じられた人もいるのでしょう。
 そんな批判の多いブログ記事を拝見しました。

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わが子のこと

 長男には、「特定不能型広汎性発達障害」という診断名が一応つけられています。
 彼の特徴をあげればいろいろさまざま・・・
 
 彼を診断したドクターは私の古巣の職場のドクターでした。
 特定不能ということは、特定的でないというとなのでしょうか、典型例ではないということなのでしょうか。
 確かに、典型的な自閉症ではありませんが、自閉的な傾向の特性もあるし(新しいことへの不安・緊張が人一倍強い、自分の考え方へのこだわりがある、予測予定のない出来事への対処ができないなど)、また、ADHD的な要素もあるし、(多動ではなくどちらかと言えば不注意型のほうです)、アスペルガー的要素もあるし、学習障害の要素もあるし、・・・。

 乳幼児期は、運動発達は少し遅ればせながらもついていっておりました(ただし、腹這いや四つ這いをとても嫌がりましたが)ので、正常のバリエーションの一つだろうと安易に考えていました。知恵や言葉の方はそれほど遅れもなく順調に来ていたからです。
 しかし、早い時期から、気に入らないとすぐ癇癪をおこしたり、同じ年代の子どもたちとの関わりが苦手な面がありました。友達が近くによってきても防衛的に反応したり、仕事で実家に預けても外遊びを好まず、家の中で一日中ごろごろしていても平気な子どもでした。

 何となく「ふつうの子」とは違うのかなあとは思いつつも、私はわが子に「障害」というレッテルを張ることは嫌でした。自分もそういう分野で仕事をしてきた身として、わが子の特徴は「個性の範囲内」ととらえていきたいと思いました。しかし反面、彼の癇癪ぶりやこだわり行動などは、発達上の一時の反抗期などというものではなく、これからも育てにくさが続きそうな予感もしていました。

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専門家にも温度差がある

発達に遅れのある子の親になる―子どもの「生きる力」を育むために発達に遅れのある子の親になる―子どもの「生きる力」を育むために
(2002/06)
海津 敦子

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専門家にも温度差がある(本文より引用)

 誰がどのように子育てをしていくかは、家族が決める問題です。子どもが安心できる心の基地である家族の形態は、それぞれ違っていて当たり前なのです。専門家がすでに持っている一つの答えに家族をあてはめるために専門知識を使うのではなく、家族の選択を支持し子どもが健やかに育つように専門知識は生かされなければなりません。
「専門家はいったい誰のために生活設計を立てているのかわからなくなる」と話す親も多いのです。
 専門家に温度差や距離を感じている親たちは、専門家が母親を励ますという「思いやり」の裏に、専門家が思い描く「母と子の物語」を生きていくのが障害児にとって一番の幸せと決めつけ、思いやって「あげている」という「思いあがり」が見え隠れするのだと言います。

 母親一人で頑張るものではないと言いながらも、その雰囲気、態度は言葉と裏腹なことを望んでいることがよくわかる。「私たちも大変なんです」と。そして、専門家の指導が大変な状況にあると、母親の育て方、子どもの問題と言った言動が目立ってくる。

 「本来支援とは、相手を委縮させたり、いたずらに不安にさせたりしないことを前提に行われるべきものです。専門家といわれる人たちが無意識であれ、『お母さん頑張って』という見えざる圧力をかけていたとすれば、本当の意味での専門家とは言えないと思います。

 「家族が求めている生活スタイルがどういうものであるかを細かく聞くことです。親がどういう親でいたいのか、どういう生き方をしたいのかも含めて。それは各家庭によって違いますから、こちらが既成観念や先入観をもってひとつのスタイルにはめ込もうとしたら、どこかに必ずひずみが生まれます。」

 「家族が何を望んでいるのかを知り、自分のしているセラピーの評価を知らなければ、単なる専門知識の押し売りになってしまう可能性があります。」


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周囲とのつきあい方(親編)

発達に遅れのある子の親になる―子どもの「生きる力」を育むために


 周囲に苛立ちを覚えるとき(本文より引用)

 ほとんどの親が少なくとも一度は胸の内に抱いたのではないかと思えるのが、周囲の障害に対する認識と、親の気持ちのズレに対する苛立ちです。
 
「あなただからできるのね。私はとても無理。子どもは親を選んで生れてくるのよね。」という言葉をかけてくる人には、「区分け」されているような不快感を覚えると言います。
「私にはとても無理」という裏には、「私には絶対に生れない」というのがあると思うのです。

「知り合いには5歳になって話した人がいる。あまり心配しないで」
「がんばって」(これ以上何をがんばれというの)
「あまり思い詰めないで」
「前向きに」
「そういう子には厳しくしたほうがいいらしい」
 

 ●障害児をひとまとめにして、すべてにあてはまるような口ぶりで言われました。とても悔しく、悲しかったですね。『そういう子』と呼んだ人は、障害児を人格も個性もなく『みんな一緒くた』と見ているように感じました。

 ●わが子の遅れについて話すと、『考えすぎ』『うちの子だって…』『この年齢なら当たり前でしょう…』とすぐ否定する人たちが多く、その反応にむなしさを覚えることも多いのです。まるまる一週間くらい、子どもと二人きりで過ごしてくれたらわかるのに、と悔しさを感じることもたびたびあります。

 ●「別に普通じゃない、考えすぎよ」「あまり親が神経質にならないほうがいいよ」と、親の期待が大きすぎて子どもの能力が低く見えてしまうのでは、といった感じで言われてしまうのです。真剣に話を聞いてくれる人はほとんどいませんでした。でも、息子の友達になってくれる子がいることは救いです。不思議なことに、真剣に私の話を聞いてくれた親の子どもばかりです。
 聞く耳を持っている人の育てた子どもはまた、子ども自身も友達の話を聞ける子に育つものですね。
 
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プロフィール

TTmama

Author:TTmama
医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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