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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

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自分の心次第で生き方は変わる?

e love smile ~いい愛の笑顔を~ memory.1 (PARADE BOOKS)e love smile ~いい愛の笑顔を~ memory.1 (PARADE BOOKS)
(2011/07/20)
島田 妙子

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e love smile memory.2 〜いい愛の笑顔を〜e love smile memory.2 〜いい愛の笑顔を〜
(2011/09/20)
島田 妙子

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 この本を書いた島田妙子さんは、小学校2年から中学2年まで実父と継母からの壮絶な虐待を経験しました。
 幼児期の実母との別れ、父子家庭から継母との生活から壮絶な虐待(身体的、ネグレクト)がはじまり、自分たちを愛してくれていた実父からも虐待を受けるようになります。
 中学2年の時は、「このまま家にいたら殺されるかもしれない」とまで虐待がエスカレートし、担任の先生等からの協力もあり虐待が発覚し、島田さんは2回目の養護施設生活を送ることになり、ほどなく継母と実父が離婚。
 しかし中学卒業を目前に、父親が自殺(未遂)を図り、中卒後は父の看病とアルバイトや住み込みで働きながら生活。その父親も死亡。
 その後映像会社に転職し、結婚後は認知症の舅と車椅子の姑の介護、自閉症の息子さんの子育て、一番信頼していた小兄の闘病生活への支えなど、身の回りのこれでもか、これでもかと起こる様々な試練に、いつも一つずつ前向きに向き合ったきた足跡を綴っています。

 現在は、高校生の娘さんを筆頭に3人のお子さん(長男が自閉症=アスペルガー症候群)の母親として、またDVDアルバム製作会社の経営者として、姑の介護もこなす嫁としてのまさにパワフルな生き方をしている方です。
 そして、自身の体験をもとに、「子ども虐待防止オレンジリボン運動」の支援企業として各方面で講演会活動を通じ、こども虐待の現状と親支援の必要性を訴えています。
 
 虐待は、単に「虐待している人」を通報し「悪者」にし、子どもを保護しただけではその根本の問題は解決しないこと。実父からの虐待にも、あえて公に支援を求めなかったのは、それをしてしまうと実父とはこの先一緒に生活できなくなるのではないかという不安から、「どんなに世間からは虐待する親が非難されても、子どもは親が大好きなんだ」ということを分かってほしい。そして虐待者にもそうせざるを得ない「事情」があり、そこを支援してあげる必要があることを、それこそ実体験から講演し、啓発活動を行っています。
 
 この本はそんな自身の生い立ちから虐待の体験、また兄弟愛や親への思い、自分の体験を通して感じた生き方の姿勢が書かれています。

 一番親の愛情が必要な時期に、壮絶な虐待を体験したにも関わらず、なぜこんなにまで親のことをどこまでも肯定し、また自己否定や卑屈にならないで、前向きに自己肯定してこれたのか、そこには、その時々で登場する周りの人たちの愛情ある関わりがあったことも大きな要因ですが、この本を読んでいくとそれだけではなく、決して環境や周囲のせいにはしない、島田さんの「強さ」を感じることができとても感動しました。
 また虐待の事実も、目を覆いたくなるようなものが中にはユーモアも交えながら書かれてあり、一気に読んでしまえる本です。

 本のなかで島田さんは言っています。

「自分の身に起こること全て“大肯定”して生きているから・・。
どんな事も経験させてもらって、“ありがとう・・”って思うだけで感謝の気持ちが溢れでてきて気持ちも身体もとても軽くなるのです。
 私の人生は今までも、そしてこれからも“経験”とまわりの“人”の存在で成り立っていくのではないかなと思っています。
 生きている事は、辛い事の繰り返しだと思っています。
 辛い事の内容は人それぞれ感じ方も違うと思いますが、自分がそれを“辛い”と決めてしまって発生している場合もあるのではないかな・・って。

親への恨みを持っていた時は、何をしてもうまくいかなかった。
 うまくいかない事は全て、人や環境のせいにしてきた。
 
 『過去の事は水に流して、昔の恨みや悲しみをいつまでも考え続けることは絶対にしてはいけない。』
 
 『自分の人生を決めるのは必ず自分・・・』
 
 私には、自分だけの神様が心の中に住んでいます。
 自分の中の神様には絶対に嘘はつけないし、ごまかせないから私は自信をもって真っ直ぐに生きて生きたい。

 『人の口癖はその人の運命を変える』と思っています。

 どうせ今日も起きて同じ一日を過ごして寝るなら、前向きないい言葉をどんどん使っていきましょう。
 本当に前向きない言葉を使っていると、奇跡は起こります。
 そしていい心で溢れている人の傍らへどんどんくっついていってください。
 人は自分より劣ると思う人の傍にいて、自分を安心させてしまうところがあります。
 自分より、凄いな!と思う魅力的な人の傍からあえて離れる人が多いんです。
 不平不満ばっかり言っている人の傍には、同じような人が集まる。
 溢れるパワーのある人の傍には、更にパワーを持った人がいい笑顔でやってくるのです。」

 
 なんかちっぽけなことで悩んでいる自分が恥ずかくなる。
 逆境をも「肯定」してしまうような島田さんの生き方こそ見習いたい!
 なんかとても勇気をもらいました。そして感じることがいっぱいありました。

 島田妙子さんの会社・ブログ・講演会(HP)はこちら。→ http://www.e-jet.co.jp/

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まわりの評判

 「周囲の評判や評価」というものが必ずしも「真実」でないということを経験的に感じています。

 ある人たちから見て、「優秀な先生」「バリバリできる上司・同僚」だと思われていても、別の人たちから見たら、「上っ面だけの人」「傲慢な人」と思われていることもあります。

 たとえ話でいえば、学校で良く「指導力がある先生」と「そうでない先生」の基準はそれぞれの保護者のもつ価値観に左右されるからです。
 
 宿題をあまり出さない先生は、学力重視の親にとっては「ダメな先生」とみている人もいますが、勉強嫌いな子を持つ親にとっては「ゆったりしていていい先生」となるかもしれません。

 また、発達障害の知識もあまりないまま担任となった場合に、「特別支援の担任になったんだから、もっと専門的な知識をもって対応してほしい」と親からしてみたら「頼りない先生」ととらえる人もいます。
 しかし、反面やたらいっぱしの知識を一時の研修会で習っただけで、発達障害のことがさも理解したような態度で臨む教師よりは、知識は少なくても、目の前の子どもから一つずつ吸収しようとしていこうとする先生のほうがよっぽど子どもに寄り添う姿勢を感じる場合もあります。

 担任の当たり外れが話題になるこの季節。人の評判なんていうのは、何でも自分の価値基準をベースにして評価するのですから、みんなに「評判のいい先生」などというのは存在しないはずなのです。
 以前、中学生の発達障害をもつ母親が、「中学校で周囲から“指導力のある先生”と評価されている先生ほど、息子には声もかけず、“できない子”というレッテルを貼って見ていた。親身になって関わってくれる先生は、学校では“窓際”にいるような先生だった」と話したことがあります。

 組織の人事異動でも、出世する人物像というのは、その時の人事担当の胸三寸が大きく、課長や、校長などに抜擢される要因も、そういう人たちからの評判がいいのかであって、必ずしも市民から、子どもたちから評判がいいかどうかは別問題なのです。

 ある新聞に、役場の職員がいつも市民目線で新しい企画をいろいろ立ち上げることで全国からも評判を呼び、市民からも喜ばれているのに、役所の中の職員たちからは、「よけいなことをして」とか、「自分ばかり目立とうとして」という批判的な評価が充満するようになった。そんな職場のなかで、自分の立ち位置に悩んでいたのでしたが、ある時から「出る杭は打たれるが、出すぎる杭は打たれない」と開き直って全国の同じ思いを持つ職員仲間と交流するようになったという記事が載っていました。

 あなたは、だれから認められたいと思いますか?

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職業選択

 今は、何でも「資格」がものを言う時代です。
 この就職難の時代、何か「資格」があればと、福祉や医療・心理学関係の大学や専門学校を志望する学生も増えています。
 
 資格をとって専門職として就職でき、その職能団体の会員となってさらに研鑽をつまんと、いろんな研修会に参加するようになるかもしれません。

 最初は、「患者さんのため、利用者のため、社会的に恵まれない人のため、クライアントのため・・・」だったでしょう。

 しかし、次第に研修会に出ることが、その職能団体が実施する所定の履修単位をとるためになったり、自分のキャリアステップのためになったり、その業界で多少メジャーな位置につくためだったり、ひいては業界の中での自分の立ち位置を有利なものにするためだったり・・・。人によっては、純粋に対象者のためというよりも、いつの間にか自己満足の世界だけに目的を見出す人もでてくるようになります。

 そして、そういう職業につこうとする人は、相手の支援をすることで、自身の内面の不安や未処理な部分を解決したいという心情を無意識の中で抱えている人も中には存在します。

 ある母親から支配的に育てられた娘さんが、「臨床心理士」を目指して勉学し大学に入学しました。
 母親は、娘が大学に入学した後も、単位の取り方まで注文をつけてきます。自分の思い通りに育てて子どもを自分のコントロール下に置きたがります。
 大学に入るまでは、きっと親の思う方向に「素直に」勉強にはげみ、優等生できたのかもしれません。娘さん自身もとりあえず「大学合格」という目標があるから、母子関係を客観的に考える余裕がそれまではなかったのでしょう。
 しかし、大学に入った娘は、毎日友人と夜遊びし、母親にことごとく反抗的な態度を取ってきます。母親はこれまで素直だった娘の変化に、「お金をかけて大学まで入れてやったのに、なんて反抗的な態度をとるのか」と詰め寄ります。
 
 なぜ「臨床心理士」になりたいと思ったのか、自分からの希望なのか、母親の意図なのかは分かりませんが、それでも自分の内面に多分に多くの葛藤を抱えているだろうと思える娘さんが、こういう職業を選ぼうとしている意味はわからないでもありません。

 しかしながら、この娘さんのような人たちが、実際に福祉や医療や心理職の現場についたとき、そういう人たちは、本当に目の前の患者さんやクライアントに真摯に寄り添っていけるのでしょうか?

 否定するわけではありませんが、要するに福祉や医療や心理を目指す人の中にはそういう育ちや親子関係を経験している人も少なくないような気がするのです。
 そして、自分の問題を解決せんがための職業選択だとしたら、支援される立場の当事者は置き去りにされるような気もするのです。
 いつも「自分が大事」「自分の満足のため」に相手を「利用」することにもなりかねませんから・・・。
 そして、またこういう人に限って、目の前の当事者をまた自分がされてきたように、支配のコントロール下におこうとする傾向にあるような気がするのです。

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病院時代の思い出(その1)

 私は、6年半ほど病院でも仕事をしていたことがあります。

 内科的な病気で入院していたある女性の患者さんを担当しました。
 その方は、肝硬変を患っており、また糖尿病も合併し、決して予後はあまり良くはありませんでした。かなり顔色も茶色に近く、病状も今後は進行していくであろうと予測されました。

 症状が落ち着いたので退院にあたり、少し体力や運動の必要性からリハビリ室に降りてきては、エアロバイクなどを利用して体を動かしていました。
 
 その患者さんは、その当時はアパートで一人暮らしでしたが、いろいろ話を聴いていくと、お子さん(長男)が一人いて、離婚歴があること、そのお子さんとも事情があり、養護施設に預けていたため、ほとんど交流もなく、今も消息はわからないこと、自分は夜の仕事などをして生計をたててきたことなど、少しですが訥々と話をしてくださいました。

 あまり料理というものを作ったことがないといい、ある時の会話で「酢豚を作ってみたい」という話題になりました。
 退院したら、一緒に作ってみようかということになり、その方は退院しました。
 
 休日に、患者さんの住むアパートを伺いました。
 酢豚に使う食材を買い込んで待っていてくださいました。
 一緒に台所にたち、一緒に材料を切ったり、炒めたりしながら酢豚が完成しました。

 あの時は、患者さんではありましたが、一人の子をもつ母親として、しかし子どもとは音信不通になっているというその方のこれまでの人生にもどこか思いを寄せながら、一緒に酢豚を食したのでした。

 その後、息子さんが過ごしていた養護施設を訪れる機会があり、職員のかたにその患者さんのことをそれとなく聞いてみました。その職員は患者さんのこともよく知っておりました。息子さんは18歳になってからは施設を出て、今はどこにいるかはわからないようでした。
 細かい事情はわかるよしもありませんが、病院で担当させていただいた一人ひとりの患者さんにも、その人なりの人生のストーリーがあるということを改めて感じたできごとでした。

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ケアの本質

 最近は、日ごろ職場での人間関係にいろいろ考えることの多い毎日。いろんな職員の対応や言動を反面教師として、「自分だったら、どう対処するだろうか・・・」と、考えることが多いです。

 自分自身、子どもの発達障害がなく、順調な子育てを経験していたら、あまり深く考えなかったかもしれません。また、以前は、障害を持つ子や親御さんと関わってきて、「障害」ということ、「ケアをするとは?」「支援するとは?」何だろうかと、自分なりに考えることが多かったからでもあります。

 「自信満々」な「上から目線」の支援者面した人たちから、自分たちの思うような方向にコントロールされる支援は、もうたくさんだと言いたくもなります。
 いつも当事者たちの前ではいかにも一生懸命にあなたたちのことを考えているという態度ですが、蔭では「支援してやってあげている」という態度がありありな言動です
 そういう裏表で違う態度を見せる支援者も残念ながら少なくありませんね。


 だいぶ前に読んだ本で、「ケアの本質」を書いたものがありました。(『ケアへの出発』援助のなかで自分が見える 岸良範 外)臨床で働く看護や福祉・心理職向けに書かれた本です。 読んでいて忘れないようにと、心に響いたところを書きとめておいたものです。
 医療者として関わる際の学びともなった本です。今の自分と重ねあわせて読み返していると、またいろんな心の在り方が見えてくるような気がします。


(内容より一部抜粋)

 臨床という場は、相手をどうこうしようとか、どうこうさせる場ではなく、互いに相手をコントロールしえない人間同士として、そこで共に過ごし関わり合う状況なのだと思う。
 一般的に、相手が援助者の計画通りになり、援助者には達成感まがいの満足感はあっても、相手が内なる促しで意欲的に生きていると確信できなければ、心の奥底に不安が残り空しさが湧いてくるだろう。援助者自身は変わらないまま、相手だけには変わっていただこうというたくらみを持っていると、いつかしっぺ返しをくうことになる。
 専門的な対人援助者(外部)は、相手に変えられてしまうことにもっと勇気を持ち、相手のなかに飛び込んでいき、今自分と相手に起きていることを感じ、とらえる力をもつべきだと思う。互いが変わり互いの成長と起こる場(状況)を生み出す。この状況の生みの親が対人援助者ではないだろうか。


 肯定的な働きかけに躊躇する人もいる。例えば誉めたりすると、相手がつけあがると思い、どうしても誉めることができないと言う人が存在する。
 そのような人を見ていると、自分の思いの方が先にあり、今自分の目の前にいる人が何をしたいかについて正当な正確な理解をする前に、自分の未処理な心の問題の方が先に現れ、相手の行動の理解に至らなくなる。その背景には、強い存在への不安とみてとることができる。
 自分のなかに存在する未処理な感情がある場合は、相手に対しての肯定的な評価や感情は伝えにくくなる。伝えるよりも自分の方に向けての肯定的評価を要求し、他人どころではない。むしろ、自分がいかに他者に支えられるかが無意識のうちの第一目標となる。
 

 日常の臨床活動の中で、我々が人を知るその仕方は、互いに顔と顔を合わせる関係の中で生じる。そしてこの関係はあくまでも、相互的であり見る人がまた見られる人である。つまり、「私」が相手をわかろうとするときには、「私」も相手にわかられるのである。
 このようにみてくると、「理解・解釈」はあくまでも関わり合いを土台にし、そして互いの変容を導くことができる。その意味では、「理解・解釈」の一連の流れは、変容と創造のプロセスということができる。
 つまり、「わかる」ことは、互いに「かわる」ということになるのである。

 日常生活の対人関係において、人と異なる意見を言うことに躊躇する人は、やはり援助の場面においても患者さんやスタッフに対しても違いを際立たせる行動はとらない。しかし、他者への援助を真剣に行っていこうとすれば、その援助過程において、そうした自分の在り方が問われたり、乗り越えなければならない課題となる場面がでてくる。
 他者のケアに関わっていくことは、そんな問題であれ、他者の社会性に関わっていくことであり、それは同時に自分の社会性を抜きにできないことだからである。
 

 役割とは、「職場において仕事をするために身につけなければならない鎧である」とか、「人間関係を良好なものとし、組織においてはみ出し者とならないようにふるまう仮の姿である」と考えられていることがある。そうした考えの背景には、本当の自分はもっと別の良さを持っているのだが、社会生活を円滑に送っていくためにやむなく社会的ペルソナを身につけて生きていかねばならない「もう一人の自分」を持っていることとなる。
 他方で、そうした役割の身につけ方を当たり前のこととして長く生活していると、いつの間にか職場において求められる組織人としての自己がすべてその人になっていく。
 

 役割を引き受けることによる自分の在り方や、組織に対する矛盾はそこでは回避されたままとなる。その結果、他者との対人関係は二次的なものになり、役割行動をするための手段となる危険性がある。社会的存在として、人が背負い、悩み、逆にその過程から自己が豊かになっていくこと(自己同一性)の歩みが静止したままとなる。

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生きているだけで努力している

 子ども家庭教育フォーラム(富田富士也さん代表)からの定期通信がまた送られてきました。

 いつもこの通信の巻頭の文章に励まされ、また心を新たに「向き合う」ことの大切さを教えてくださいます。

 その中の文章にとても心惹かれる言葉がありました。
 

 32歳の知的障害の息子さんと暮らすお母さんがある集いで語った言葉が印象深いです。

 「私は障害がある人は街にいるのが仕事だと思って良いんだと考えています。
  存在そのものが人々に話題を提供していると思っています。
  ひとり言を言って笑ったり手を振るしぐさに、手を振り返してくれる人がいたりするのを見ると、良いことをしているんじゃないかと思うことがあります」
 

 そんな言葉を言うことができるお母さんも、これまでたくさんの世間の辛さを経験してきたことでしょう。しかしその半面、たくさんの街ゆく人たちからわが子に向けられる温かいまなざしも同時に感じてこられたことでしょう。

 障害のある人もない人も、どんな境遇にあろうとも、みんな「生きているだけで努力している」
 
 

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悩みを乗りこえた母親たちの声(2)

不登校・非行・ひきこもりになったわが子―悩みを乗りこえた母親たちの声不登校・非行・ひきこもりになったわが子―悩みを乗りこえた母親たちの声
(2007/05)
岡田 真紀

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(本文より)

子どもの行動が世間の基準から外れているとき、「私が生んだ子だから私がなんとかしなくては」と親は思います。世間も、「親はいったい何しているんだ」と親の責任を問います。子どもを世間から見てまっとうにすること、子どもが幸せに社会で生きていけるようにすること、それが親の責任でもあり愛情でもあると信じて、注意したり、叱ったり、なだめすかしたりしながら、子どもにぶつかっていきます。それでも子どもの行動は変わりません。

 ところが、親が悪戦苦闘したあげくについに親があきらめたとみに、子どもの生き方が変化してくることがあります。
 「私は自分の人生も子どもの人生も思い通りにしたいと思っていたのです。でも私の力の及ばないことを知りました。最期には、今こうして荒れていることが彼には意味があることだから、いずれ自分の力で立ち上がってくれるだろうと信じて待つしかありませんでした。」と言います。
 
 子どもから「あんたのその心配そうな顔が嫌なんだよ」と言われていました。「心配そうな顔」とは、「俺を信じていない顔」だったのかもしれません。

 親の愛情とは責任感だけで子どもが生き方を変えてくれるのならば、最初から何の問題もなく育つでしょう。親の存在だけが子どもを育てるわけではありません。学校もある、友達もいる、友達が背負っている家庭環境もある、社会がある、そして何よりも子ども自身が個性を持っています。その複合として子どもの行動があるのですから、親が子どもの行動をすべて左右できるという考えには無理があります。愛情に裏打ちされているとはいえ、これは親や大人の傲慢さであるようにも感じます。自分で子どもを変えられると思えば、変わらない子どもが前にもまして憎くなってしまいます。「こっちはこんなに努力しているのに、あなたはなぜ変わらないの」という新たな不満が持ち上がるのです。


 親は子どもが問題行動を起こすと、その行動に悩む上に、子育てに失敗したと世間から指弾され、自分でも自分の力の無さを責めます。でも自分を否定してしまったら、子どもとともに歩んでいく気力も出なくなってしまいます。
 「子どものありのままの姿を認める」という言葉をよく耳にします。けれども「親のありのままの姿を認める」という言葉は、あまり聞かれません。
 「『親が変わらないと子どもも変わらない。あなたが真面目すぎるから、子どもが辛いのよ』というカウンセラーがいる。
 でも、子どものことをそのまま受け入れようとしているのに、親がそのままの自分であることを否定しなくてはいけない、というのは無理がある。私自身は変わらないけれど、子どもへの態度が変わる。それでいいと思う。真面目な人は真面目でいいし、だらっとした人もそれが個性じゃないか」

 子どもの今の姿に寄り添おう、見放さずに見守ろうと自分に言い聞かせても、子どもの行動の一つひとつにはどう対応したらいいのか迷います。お金を要求する子に、「渡せば外に遊びに行く、あげなければ家にいるんじゃないか、だけどお金を渡さないで万引きしたらどうしよう」とか、不登校の子が家に閉じこもってファミコンばかりしていると、「学校に行かなくてもいいけど、フリースクールに行った方がいいんじゃないか」など悩みは尽きません。専門家の意見を聴きに行ったり、同じような経験をした親に相談します。「こういうときはこうする」という処方箋を手にいれたいのです。けれどもたくさんのインタビューを通じて、一般論は確かにあるけれど、個別の処方箋はないように思えてきました。

 「十五歳の子どもは十五年間の歴史を持っているし、親子の間にも十五年の歴史があって、親の人間性、子どもの性格、それぞれの背負ってきたものが反映されている。一人ひとり親も違うし、その親に育てられた子どもも違う。優しすぎたり、さっぱりしすぎるように外から見える親子関係も、歴史があって育んできたもの。親は一つひとつの子どもの行動にどう対応したらいいかと悩むだろうけど、自分の生き方、自分なりの切り口を自分で考えるほかないと思う」
 親と子の微妙な距離の測り方や接し方は、子どもを理解しようと苦しみながら、子どもに添ううちにつかめてくるもので、いかに専門家といえども他人には推し量れないものです。
 対応に迷えば友達の意見も聞くし、専門家にも相談するでしょう。でもそうした意見を鵜呑みにするのではなく、自分と子どもの関係の中に取り入れて自分が納得し、子どもにあてはめてストンと落ちることを実行する。そうやって手探りで子どもとの関係を築き直すのが、今の時代の子育てだと言えます。

 親は子どもの行動に悩み、子どもを理解しようとして自分の価値観を広げていく。それはゆっくりと社会を変える力にもなります。非行の子であれ、不登校の子であれ、根っから悪い子じゃない、怠け者でもない、それを実感しているのが親です。すると、ほかの子どもへの視線も温かく緩やかになっていきます。


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悩みを乗り越えた母親たちの声(1)

不登校・非行・ひきこもりになったわが子―悩みを乗りこえた母親たちの声不登校・非行・ひきこもりになったわが子―悩みを乗りこえた母親たちの声
(2007/05)
岡田 真紀

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(本文より)
 
K子の不登校のおかげで、学校のこと、社会のこと、家族のことを見直すようになりました。学校が求めているのは、真面目に努力する子です。人に優しく、思いやりがあって、友達と仲良くし、積極的に手を挙げて発言し、行事に熱心に取り組むというように、子どもの行動のすべての面で優等生を求め、内申書で評価します。

 その延長線上に社会があります。妊娠が分かり、母子健康手帳をもらってからずっとベルトコンベアに乗っているようでした。健康な赤ちゃんを産むために一カ月ごとに健診があり無事にクリアして出産、その後も乳児の身長、体重が基準に合っているか、首がすわっているか、言葉を話せるか、とチェックを受ける。標準的な発育発達をしているかがとても気になりました。幼稚園、小学校、中学校と進んでもずっとその心配が続いていたように思います。このレールの先にエリートがあり、効率良くレールから外れないようにゴールまで育てるのが親の務めだと思い込んでいました。

 私も学校と一緒になって社会のモデルにK子をはめ込もうとしていたのかもしれません。いろんな子どもがいるということを頭では理解し、認めていましたが、自分の子どもは一般的なコースから外れることはないと思っていました。そういう思い込みが、K子の不登校でガラガラと音を立てて崩れたのです。

 こまこまと管理する学校の在り方、みんなと一緒でないとはじかれる友達との付き合い、私の効率の良い育て方、「自分にはそれは無理だ」と言葉にして私に抗議することができないK子には、学校をやめることでしか親に自分の気持ちを伝えるすべがなかったのです。私もエリートに育てなければいけないと思っていたから、つらかった。もう一度やり直せるなら、子どもの声を聴ける親になりたいです。
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子育てをともにする保育や幼稚園、小学校では、母親にも友達ができます。こうした友達は、お互いに支え合うことができるでしょうか。子どもの付き合いに親がとても気を使わなくてはいけません。
 「それぞれ家庭家庭でやり方が違っていい」とはならないのが日本の風土。内輪の付き合いで一致している人以外は、「あの家おかしい」となってしまいます。
 まして子どもが不登校だったり非行だったりすると、非難の目は子どもにも向けられます。「どんないじめっ子でも学校に行っていれば『普通の子』、どんなにいい子でも不登校だと『弱い子」と見られる。親にも『弱い子に育てた甘い親』っていう冷たい視線がなげかけられる」。
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 本屋の育児セクションの棚には、教育評論家、精神科医、カウンセラー、教師などが書いた子育てアドバイスの本がずらり並んでいます。テレビ、講演、新聞、雑誌でも、「誉めて育てるのびのびした子」、「厳しく育てて規範意識のある子を」、「基礎学力を高める子育て」、「子どもは遊びから学ぶ」など、子育ての方法にせよ目標とする子ども像にせよ、バラエティ―豊かに専門家が自説を繰り広げます。

 家庭内暴力や不登校、非行などにわが子が関わっているとき、誰かれなしに相談することはできません。身近に経験者がたくさんいるわけではありません。だから専門家に私たちは頼らざるを得ない。けれども、いつも専門家が答えを用意してくれるわけではないのです。

 子ども社会の「みんな」のモデルは、学校の「いい子像」と外れることも多く、自分らしさがたまたま「いい子」と合致してしまうと、学校からは認められるけれど、友達からは認められないというつらさを感じなくてはなりません。学校にせよ、子どもの世界にせよ、「みんな同じに」を求めている点では共通しています。これはマスメディアからのメッセージでもあるし、日本社会全体が発している者でもあるし、私たち親の一人ひとりが持っている価値観でもあります。その影響を子どもたちも受けて、「学校」という場を息苦しいものにしています。
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民生委員さんからの相談

 民生委員さんが地域に暮らす50代の男性の生活相談に来所されました。

 数年前に両親が無くなったあとは、一人暮らしをしていますが、仕事もせず今は電気・ガス・水道が止められているとのこと。町内会費も払っておらず、これまでも親戚や近所の人たちも、金銭的な支援や生活への助言などを行ってきたようですが、ほとんど感謝もされず、助言にも従わず・・・。家の中もゴミ屋敷になっているということでした。結局は地域の人たちも愛想をつかしてしまっている。そこでそういう人の支援は民生委員へということで頼まれて、状況を説明しに来所されたのでした。

 話を聞いていくと、「生活保護」の可能性はないのかということと、万が一今騒がれている「孤独死」や「不審死」などにでもなったら、民生委員としての自分の「立場」もないから、困っているという理由もあるのでした。

 それでなくても、電気もガスも水道も止められ、ましてや仕事もしていないとなると、どうやって生活をしているのか、本当に気になるところです。

 ただ、生活保護を本人が求めているのかという意向を聞いておらず、周りの人たちの意見だけで、こちらに相談に来ているので、まずはご本人がどう考えるか、また兄弟や親族の人がどこまで支援できるのかを確認しないことには「生活保護」を安易には行うことが難しいことを担当者から助言しました。

 地域の人から見れば、ご本人に何か障害があるとかではないようで、むしろ本人の性格の問題ととらえているようなのでした。(もしかしたら、何らかの発達障害の要素などもあるのかもしれません。推測ですが・・・)

 結局は「いくら言っても聞かない人」「周りもあいそをつかして、誰も関わろうとしないんだ」というあきらめと、関わりたくないという雰囲気。そしてそういう人は民生委員がなんとかしてくれと、民生委員のほうに頼ってしまうといった感じです。

 民生委員さんの中にも、地域のそういう「接近困難」な方や、まともに「援助を受けようとしたがらない人」などを「厄介な人」という認識に立ち、「新聞沙汰にでもなれば自分の立場がなくなるから」という理由のために行政に「なんとかしてくれ」といって支援を求める本音も垣間見えます。

 当然、民生委員としての職責をきちんとこなそうという思いのある人もいらっしゃいますが、当事者の家に足を運んで話を聞くこともあまりせずに、近所の噂や情報だけをうのみにして、ただこちらに援助を安易に求めようとする傾向の人もないわけではありません。

 それぞれの民生委員の担当地区には、必ず一人や二人は、そういう「接近困難」な方や「生活困窮」な方はいらっしゃるのですが、それぞれの民生委員さんの関わる視点によっても、その後の支援の在り方が変わってくるような気がします。

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発達障害児の早期療育ブームに思う

 ここ最近の「発達障害」ブーム(?)
 10年前のわが家の長男が保育園時代には、保育者の間でもまだ「発達障害って何?」みたいな反応でしたが・・・。
 今では、いろんな発達障害向けの書籍のオンパレードで、また行政はじめ、各種親の会や障害者団体が開催する講演会や研修会などでも、知識や関わり方などを啓発しています。

 私が療育センターに勤めていた昭和60年代初頭から平成の最初の年代までは、確かにLDなどのお子さんもセンターに来所していましたがほとんどは診断時基準もあいまいで数的には少なく、まだそのころは今よりも、典型的や自閉症児や脳性まひ児やダウン症、知的障害児などの療育で手いっぱいの状況でした。
 そういう発達障害のお子さんだってきっと普通の小学校にはたくさん存在していたはずですが、「障害」というくくりでは捉えられてない時代でした。

 しかし、昨今の「発達障害」に関する関心の高さもあり、親も書籍などに載っている「診断基準」「チェックリスト」などを通して、「もしかしたら、自分の子もそうではないだろうか?」という疑念がわき、健常児と比較し一喜一憂しながら、最終的には診断機関へのルートへと行きついてしまうことになるようです。

 今、保育園や幼稚園の現場では、むしろ職員たちも積極的に研修会などに参加する風潮になってきている関係上、集団生活の場である園生活で少しでも他の子たちと協調がとれない場面を見ると、その指導をどうやっていくかについては、前よりはスムーズに支援体制をとっていただけるようになってきているみたいです。

 しかし、一方では親の方で、まだわが子が「そういう要素を持っている子」という認識がなく、「普通の子よりもちょっと力が有り余っているだけ」「普通の子よりもちょっと人見知りが多いだけ」とわが子のことを「個性」というとらえ方でしか見ていない場合は、「障害(集団の場での支障となる部分)」について、どう親に説明し理解を求めるかに迷うところが大きいという意見を現場の保育者からは多く聞きます。

 でも、「親はわが子の症状を『障害』と認めよ」という考えを押し付けることはできません。それがいかに典型例であったとしてもです・・・。

 保育園・幼稚園・学校によっては、「診断をつけてくるように」と圧力をかけてくるようなところもあれば、「診断」には必ずしもこだわらないが(診断名も医者の嗜好や主観がかなり入っていますから)、支援の方向性を共有したいから親にもそういう特性が広い意味での「障害」の範疇になることを理解してもらいたいと考えるところもあります。

 さらに、昨今の親は、周囲との違いにはかなり敏感になり、「発達障害」と分かればとにかく「早期療育」を何とか与えてあげ、ひいては「普通の子」になってくれたら・・・との思いや、障害がわかって何もしてあげないのは親の怠慢ではないかと焦り、とにかくいろんな手立て(訓練方法・早期教育)を求め翻弄されています。

 なまじ、インターネットや書籍で情報を収集して同じ立場の親同士でも情報交換しているので、療育に携わる専門職の人たちより、自分たちのほうが知識は上と、専門職の狭い(あくまでも自分の専門分野でしか話ができない)見方を、ある意味見下して「自分たちの方が却って何でも知っている」という専門家の勉強不足に対する不満や愚痴をこぼし合っているブログ記事も見かけます。

 「療育に通っても、何を目指してこのプログラムを実施しているのかわからない」
 「療育者も、『所詮この子は障害児として生きて行くんだから』『障害児が健常児になることなどないんだから』という最初から『あきらめ』(専門用語でいえば“プラトー“という意味なのですが)にかかって指導している雰囲気が伝わってくるから、通う意味がわからない」
 「しかし、親一人ですべて抱え込むわけにもいかないし、やはり専門家という人にも指導してもらいたい」
 「専門家ももっと自分の専門分野だけの領域で仕事をするんじゃなくて、子どもをトータルに見て目標設定をしっかり持って、いつまでにどういうところまでを改善させるのかをきちんと示してほしい」

 こういう意見は、発達障害が幼児期にわかり、これから小学校へ上がろうとする親御さんにとって、切実な意見です。療育によって少しでも改善するかしないかで、その後の学校選択という大きな壁があるからです。

 昔の療育は、通ってくる子どもたちも、外見上の障害を抱えている子が多かったので、親もある意味早いうちからわが子の障害を受容させられ、「障害児の親」として世間にも堂々とカミングアウトし、そして親としてどうこれからの人生をわが子と前向きに暮らしていくかを療育者と共有していた時代です。(それが言いか悪いかは別として・・・)

 しかし、今の発達障害の療育に関して言えば、障害は「外見上わからない」子どもを抱え、またその判断も「障害」なのか「個性・特性」なのかあいまいなままで経過し、障害と分かると、とにかく「親はできる限りのことをせよ」「親がわが子を改善しなくて誰がするんだ」という他人任せの支援に批判する人たちの意見をそのまま受け、わが子の療育に躍起になっている親御さんたちが多くなってきるような気がします。

 それは、とりもなおさず、「わが子の将来のため」ではあるのですが、本音をいえば、「親の将来のため」「親が周りからわが子が『変わっている子』と思われたくないため」だったりする場合も見え隠れしているのではないでしょうか。
 「わが子の将来のため」の前に「わが子の今をどう関わるか」というテーマに毎日悩みながらとにかく関わりの「効果」を求めるあまりにいい刺激(環境や訓練や学習などの課題)と聞けば次から次へと情報を取り込み必死になって与えようとしている方もいます。
 私もいろいろネット検索などして、いろんな方法論の情報を得て、わが子にも試そうと思うことも正直沢山ありますが、親の一方的な思いを果たして子どもは受け入れるのだろうかという疑問もわき上がるため、なかなか実行できずにいます。
 主治医に聞けば、「それは○○君が望んでいることですか?」と聞かれます。本人が望まないことはいくらいい理論だからといっても押し付けられないということです(特に小学校の高学年以降は・・・)。
 
 発達障害のお子さんは確かに、小さい時は自分の意見や考えを言葉にして訴える力が弱かったり、まして親がいいと思うやり方を否定などできませんから、小さい時はみんな素直に従う傾向があります。

 もちろん、「成功例」の中には、確かに幼少期から親が一生懸命にわが子の「個性・特性」の部分を肯定的にとらえ、その素質(才能)を見出し、親も一緒に楽しんで関わってきている場合は、子どももその分野では堂々と才能を発揮し活躍されている方もいらっしゃいます。

 しかし、子どもの特性を長所とみるか短所ととらえるかでも関わり方は違ってくるものですが、最初から「学校への適応」や「みんなと同じ路線」を考えるために療育を行うとするならば、そこに当事者(この場合は幼児期の子ども)自身が「普通に近づくために」一生懸命にいろんな課題をこなすことで精いっぱいな心境になっていないか、気になります。

 そういう指導や支援の行く先の結果は、どういう方向にすすむのでしょうか?
 今の親たちの考える療育への考え方や、療育センターで行われている専門職による療育方法は、本当に将来のためになっているのか、私にはわかりません。  
 
 「障害児は障害児として生きていくべき、普通にはならない」という専門家や業界の見解も「障害児を普通の子に治したい」という親の思いも、どちらもその立場立場で考えれば否定できるものでもありませんが・・。

 ただ、自分が幼児期の障害を持つ子どもたちを訓練してきた仕事経験から言えるのは、自分たちが行ってきた療育の効果を聞くのは紛れもない、成長した当事者だということです。
 自分がどういう育れられ方をされたかったのか、その当事者たちは、長じて自分の内面を言葉で言えるようになったときに評価してくれると思います。


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医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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