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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

早期療育で障害は「治る」のか?

 療育センターにセラピストとして仕事をしていた1980年~90年代にかけては、療育現場に「神経発達学的治療法」が大変はやっていたことがあり、どこもかしこも「早期発見・早期治療(療育)」の名のもとに乳幼児健診でも、保健師さんたちが必死に障害児を探しだそうと一生懸命でした。

 その当時の「早期発見・早期治療」のターゲットは「脳性まひ」でした。脳性まひの原因も先天的な場合は、よくその原因はわかっていません。なんらかの脳のトラブルということで、神経発達学的な理論で発達を促せば「脳障害は改善する」ということを小児神経科医やカリスマセラピストたちはさかんに提唱し、また専門家のその理論や治療手技に飛びつきました。
 1970年代に外国ではやっていた神経生理学的アプローチの一つである「ボバース法」や「ボイタ法」、1980年代になってからはそれに「上田法」なども加わり、(そのほかドーマン法などもありました)、業界ではどの療法を自分が利用して障害児を治療するかに躍起になっていました。
 
 とくに、ボイタ法を信奉する医師やセラビスたちは、乳幼児健診の場である検査手技を使えば脳性まひかどうかがわかるといって、リハビリには素人の保健師さんたちにも医師たちは研修会などでその手技を伝達指導しました。
 それは、1歳未満の乳児の四肢だけを持って空間で吊ったり、両足首だけを持って逆さづりにしたりする検査手技もあったり、一歩間違えば手が滑って床に乳児を落としてしまうような、見ている側にしてもよほど熟知していないと危険なものも含まれていました。
 しかし、当時は興味のある小児科たちの後ろ盾もあり、それが保健師さんたちの間にも全国的に広まっていきました。その結果、「脳性まひ」および「脳性まひの疑い」のある乳幼児が多数カウントされていきました。

 そこでそのように判定された乳幼児たちは、早い子で生後2~3か月くらいから療育センターに送られ、外来での訓練や母子入所をしながら(母親も家庭から離れ3か月母子で入所(院)です)、親も一緒に訓練手技を習い、退所後は自宅でも一日4回その手技を実行しなければならないという訓練法でした。
 
 当時、そうやって「発見」された「障害がある」と思われる対象児たちの中には、早期から訓練をしてもたしかに典型的な脳性まひとして成長するお子さんもいましたが、「疑い」のあるお子さんの中には、結果的に正常発達を遂げた子どもも多数おりました。
 そのような実績をもとに、業界は「ボイタ法で脳性まひは治る、あるいは早期に介入すれば障害は軽減される」とさかんに喧伝しました。早期療育のブームの時代でした。
 親たちも、そのような疑いをかけられたり、わが子に障害があると指摘されれば、何もしないということは親の責任を放棄するものと同義にとらえ、また専門家の圧力も今よりも大きなものがありましたから、自宅でも母親が訓練士と化して生活を忘れてまでさかんに「訓練づけ」の毎日を送る人たちも一部の親にはいました。それらは、今と同じように、「やらないで後悔はしたくない」という親心からくるものだったと思います。

 しかし、何年かのち、その子どもたちが学齢期以降になっていったときに、先のブームの火付け役の小児神経科医たちはその後、自分たちが早期療育を施した子どもたちのその後の生活がどうなっていったかのデータを全国的にデータを集め統計を取りはじめました。そしてその結果について各地の講演会や学会等では自分たちが提唱してきた治療法を一転して批判的な見解として述べるようになっていきました。
 「自分たちが、早期治療で脳性まひを正常発達させたと言ってきたが、最初からそういう子は脳性まひではなかったのかも知れない」と。また「正常発達の子どもでも筋緊張が高かったり、脳性まひの子が示すような発達を示す子どももいたかもしれないが、そういう子もみんな『障害児』としてカウントして、しなくてもいい訓練を強要してきてしまったのかもしれない。わらわれは早期療育の名のもとに、本来治療の必要のない子どもまでを対象として不安をあおってきてしまったのかもしれない」と。そして、「早期から訓練・訓練と必死になるのではなく、親がわが子との向き合い方をしっかり身につける方策をわれわれは今後指導していくべきなのではないか」と。
 実際に、一番早期治療・訓練を提唱していた先生だった方が、そのようなことを講演会で話されたので、びっくりしたことを覚えています。
 
 今、1970年~80年代にかけての早期治療ブームへの反省もあり、業界ではそれほど「障害児は訓練すれば治る」ということは言わなくなりました。そして、訓練だけがすべてではなく、あくまでも親と子の生活の中でのかかわりこそが必要なこと、そこに訓練的な要素も取り入れながらといったニュアンスで指導する風潮が強くなってきていると思います。
 それはとりもなおさず、早期発見・早期療育の時代に育ち、訓練を受けた脳性まひの当事者の言葉(今は成長してみなさん成人になっていますが)を聞いての反省からということもあります。
 「私たちは小さいときから歩く練習だとか、痛い思いをしながらも、“それがあなたの将来のため”と言われながら必死で訓練を受けさせられる日々だった。しかし、どんなに訓練をしたとて、体は正常になるわけではない。障害の克服のための訓練をさせられてきたけど、その同じ時間を私たちは自分たちが考える有益な方法で過ごしたかった」という当事者の声もありました。

 今、発達障害児への早期発見、早期療育がまたブームになろうとしていますが、中には幼児期に「発達障害」だと診断されるお子さんがまた増えてきています。ちょっと前までは「まだ幼児期のうちは障害があるかどうかなんてわからないから、診断は学齢期以降でないとわからない」と言われていたのにです。
 幼児期の診断根拠なんて、医師の主観がかなり入っているのではないかとすら思います。アスペルガー好きの医師はなんでも『アスペ』と診断するでしょうし、高機能自閉症が好きな医師な、『高機能自閉症』と診断するでしょう。ADHDもしかり・・。カナータイプのような典型的な自閉症のお子さんであればきっと長じても「自閉症」の特性をもちながらも、その子なりの成長を遂げていくことでしょう。特性というのは成長に従い変化したりまた強まったり弱まったりしながら、その子なりの「色」を作り上げていくでしょう。
 「疑い」レベルあるいは「自閉的傾向」のあるお子さんまでもが、十把ひとからげに「自閉症」と診断されていけば、おのずと何らかの訓練的配慮や療育を施し、その特徴的な症状が消えた時あるいは弱まった時、「自閉症が治った」ということに結論づけられるのだろうなと推測しています。

 私のセラピスト時代は「脳性まひ」でしたが、今は「自閉症」をはじめとする発達障害にそのターゲットが移っただけという気がしないでもありません。
 自閉症スペクトラムということばが今後統一化される動きもありますが、「スペクトラム(連続体)」ですから、どこからどこまでが障害でどこからが正常なのかの規定はないのです。

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特別支援教育の本質

増やされる障害児増やされる障害児
(2004/09/09)
宮崎 隆太郎

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 この本は「特別支援教育」が始まる前に書かれた本ですが(「特別支援教育推進体制モデル事業」を実施していたころに書かれた本)、2009年度からは全国すべての小中学校でこの体制を実現するようになりました。

 しかし、制度から4年目を迎えた現在の状況はどうなのでしょうか。モデル事業を実施したときのようにスムーズに特別支援教育が展開されているのでしょうか。
 この本の著者である宮崎先生は自身も障害児教育に精通してきた先生でもあり、大阪の教育行政にもかかわったことがある方でもありますが、この本の中では、今後の特別支援教育の意図とするところ(文部科学省の思惑なども含めて)を書いています。


(本文より)
 
 LD・ADHD・高機能自閉症の子どもたちは、今後はかなり充実した教育的・生活的状況に置かれていくことになりそうです。反対に、それ以外の障害児はノーマライゼーションやインクルージョンからはほど遠い世界に閉じ込められていくことになります。いわば、前者は「勝ち組」で、後者は「負け組」にされてしまいます。しかし、仮に「勝ち組」とみなされるLDたちだって、実は通常学級において「障害児」のレッテルを貼られて切り取られていった子どもたちなのです。子どものニーズに合わせた支援を、と耳に心地のいいことを言っていても、本当は通常の学級や担任の都合なのかもしれません。そういう意味では「負け組」かもしれないのです。

 診断名をつけられると、その子は周囲の人たちから固定的に枠づけした見方しかされなくなります。だれでもその子をとりまく状況や、周囲との関係の中で生活し行動しているにもかかわらず、問われるのは「その子の問題」だけなのです。そのことがどれほど危険なことか。すなわち、その子どもに対する決めつけが、その子の生活や一生を決定的に左右してしまうほどの影響力を持っています。ひとりの専門家の診断がその子の生涯をめちゃくちゃにし、まるで方向転換させてしまうことだってあるのです。
 きわめてあいまいな概念であるにもかかわらず、国をあげて専門家をして診断名をつけさせ、生活や一生を縛りつけていく。しかも、そのことを「発達」だとか「適応」「自立」「地域生活」「ノーマライゼーション」等のきれいごとのことばでごまかす。

 「通常の学級」、いわゆる普通学級に在籍する指導困難児の対策をそれぞれの学校と教師たちに任せておきたくない。それらを幅広くひとくくりにして教育行政の管理統制下に置きたい。―――特別支援教育とはそのような意図に端を発した文科省の悪あがきのようなものだと考えてもらってほぼ間違いありません。
 
 このような内容の最終報告によって、それまですっきりしなかった文科省の「障害児教育施策」がずいぶん明確になってきました。おまけに、普通学級における指導困難児たちのことも、「LD・ADHD・高機能自閉症」等のレッテルを貼ることで処方箋が仕上がり、一挙に問題解決です。ただし、そのおかげで障害児の数が急激に増加させられました。ちょうど、「うつ病」の意図的激増と同じ現象です。

●多くが説得されていく
 これまで障害児教育行政の関係者たちを悩ませてきた人たちがいます。地域で生き、ともに学ぶ教育を主張してきた一部の親や教師たちです。行政関係者に言わせると、彼らは過分な運動に煽られ流されているにすぎないそうですが、要するに「目障りな存在」ということになります。しかし、今回の特別支援教育ならこの頑迷な人たちをも説得できそうです。
 行政関係者だけではないのです。障害児教育・発達心理・医療関係の専門家たちにとっても、今回の提案ほど好都合なものはありません。これからは「統合教育」というわずらわしい論議をしなくてもよくなるし、専門家としての力量が問われることになるからです。
 本当の教育や福祉というのは、周囲のおとなたちにとって好都合、というようなものではけっしてありません。当事者である子どもたちにとってどうなのか、という問いかけが絶対必要なのですが、そのことがどこかに置き忘れられてしまっています。

●1960年代への逆行
 LDやADHD、高機能自閉症などの目新しい障害名が登場してきていますが、これとて数十年前の「MBD(注:“微細脳損傷“の略、1960年代ころに学習障害等の原因は脳の中での原因不明の微細な損傷によるものと定義づけられていました)」や「情緒障害」などの概念規定と同様にきわめてあいまいなものです。過去の流れを振り返っても、これらの診断名は専門家のその時々の好みの問題です。いまでも「多動」で「集中できなくて」、言語に異常のある幼児がはたして「自閉症」なのか「失語症」なのか、「LD」なのか、「ADHD」なのか、それとも情緒的ないらつきがあるのか、単なる「担任への反発」なのか、はっきり分からないことのほうが多いのです。だれかが「LD」と診断するから「学習障害」になり、「ADHD」と診断するから「注意欠陥・多動性障害」という障害児になるのです。
 また、専門家は「LDにはソーシャルトレーニングを」「自閉症にはTEACCHプログラムを」とパターン化したかかわり方しか考えません。むずかしい状態を持っている子どもであっても、その子をとりまく状況を考慮しながら、その子の日常生活の中でひとつひとつ着実に体験させるべきことを体験させ、ていねいに教えるべきこと、しつけるべきことをしつけ教えていくというあたりまえの、そして自前のかかわり方をしないのです。


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医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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