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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

講演会

 金沢泰子、翔子さん母子の席上揮毫・お母様の子育て講演会を聴講しました。

 地元の生涯学習の事業の一環で、ぜひ、金沢母子からお話をお聞きしたいとのかねてからのご要望にお応えした形で今回の講演会が実現されたそうです。

 金沢翔子さんはダウン症として生を受け、今では有名な書道家をもしのぐ勢いで、マスコミでも話題になっています。
 しかし、その道のりはけっして平たんではなく、お母様は「闇を3度見てきた。しかし、闇の中にこそ光がある」と壇上から障害を持つ子を育てる他の親御さんに対して励ましの言葉もくださいました。

 「ダウン症の娘とともに歩んできた道のり」(以下、金沢泰子さんの講演録より)

 42歳の高齢出産。待ちに待った待望の赤ん坊を「この子を日本一の子どもに育て上げる」と意気揚々と出産に臨んだけれど、帝王切開で生まれ生後50日で初めてわが子と対面したその日に「ダウン症」と告げられ、奈落の底に落とされた。
 「こんな子を産んでしまった」と自分を呪い、未来が真っ暗になり、毎日一緒に死ぬことばかりを考えていた日々。抱っこしていても涙がこぼれてしかたがない。
 そんなとき、抱かれているわが子がふと母親を笑顔で見つめるまなざしに「この子も一生懸命に生きている。私を救ってくれている」と感じた。
  
 4歳までは親子してひきこもりの生活を送っていた。親戚にも友人・近所にも子どもがダウン症であることを隠し通してきた。今思えばその親子べったりな毎日があったからこそ、「翔子は幼いころからずっと私と一心胴体でやってきたから、今でも私を一番に信じ切っている」という。
 
 しかし、学齢期が近づくにつれ友達作りの目的で、5歳になって自宅に書道塾を開いた。最初は3人の子どもが塾にやってきた。
 小学校は地域の普通学級へ。先生にも恵まれ関係も良かったが、4年生になって、学校から「特殊学級のある学校へ移ってくれ」と一方的に言われた。納得がいかなかったが校区外の学校へ通うことになった。しかし、そこでうまくいかず学校にも行き渋るようになった。
 そんなときに、自宅にいる時間が多くなったこともあり、「般若心経」の写経を書かせた。

 中学・高校と特殊学級・養護学校へ進み、将来の居場所として作業所を選んで面接に行く段階になったときに、学校に渡すはずの内申書が誤って親の手元にわたってしまい、中を見たら「だらしのない母親に育てられた子」という担任教師のコメントがあった。
 (その当時父親が急死したため、娘を知人に預けて、その事後処理で海外へも残務整理にいかなければならなかった日々。当時の先生には母親が子どものことをほっぽって子育てをなまけていると思われていたようだ。若い先生だったからそう思ったんでしょうけど・・)

 そのことがあって、短気な私は作業所行きもけってしまった。結局、進路が決まらず途方にくれることになった。
 その時、亡き夫が生前言っていたことばを思い出した。「20歳になったら個展を開こう」ということばを。
そこで、1回だけと思い、銀座で有名な展示会場で個展を出した(書道家でもめったに個展などできない会場だった)。
 作業所への進路も閉ざされたまたまその個展を見に来てくださった方との縁があり、以後さまざまな場所で個展を開くようになった。
 書家ならだれもが憧れる鎌倉の建仁寺でも個展が開けた。その後雑誌やメディアに取り上げられるようになり、NHKからも声がかかり、活躍の幅が広がったこと云々・・・。

 お話の中でお母様は「私は決して理想的な子育てをしてきたわけではない。日本一の子育てをしようと思ったけど、知的障害の子を持って、奈落の底に突き落とされ、一時は死のうと思ったこともあるし、親子してひきこもりの生活をしてきた。でも『闇の中にこそ光があった』のです。小学校の途中で校区外の養護学校へ行かなければ、「般若心経」を書かせることもなかったし、作業所行きがスムーズにいっていたら、今の娘の活躍はなかった。その時は本当に暗闇のなかをさまよっていたけど、今になって思えば、そういうところからしか光が見えなかったのだと思った」と語られました。

 「娘は知的障害を持って、学歴社会からは遠いところで生きていくしかなかった。小学校の普通学級に入ったけど成績は何でも一番ビリ。でもビリでもいいと思って育ててきたけど、ある日マスコミの取材のコメントに「日本一の書道家」と娘のことを紹介してくれた。「日本一の子育てをしよう」と私が最初に思っていたことを娘の紹介にそのように書かれた。」
 
 「娘の書を見た人はみなさん感動して涙を流される。私はそれが不思議でならなかった。技術的なことを言えば、私やほかの書家の方がもっと優れているいるのに・・・。しかし、娘の書には「魂」が込められているのだと分かった。私たち健常者たちは、世間のしがらみなど心の中にいつも雑念がある。しかし娘の書にはそれがない。一生懸命に目の前の書に心を集中している。だから字が上手下手という域で評価するのではなく、魂レベルで書いているから感動を呼ぶのだと思う」と。
 「障害者はんみんなよりできないことがあるからと言っても、決して不幸な人たちではない。娘を授かって今は日本一幸せな母になったと思う」

 決してわが子を、書道家にしようなどという目論見などなく、いろんな闇に放り込まれそこから親子でもがき悩んだ末に一抹の光を見出し、そこからまた躓いても再び光を見出し・・・。
 そんな親子の生活の今が、ダウン症の書道家として世間に認められ評価されていったことだと思います。
 「苦しみ」の中にこそ光があるという言葉にとても心が響きました。


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Author:TTmama
医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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