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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

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引きこもり体験者が語る・・「今の自分」容認して

 北海道新聞記事より (H24年6月21日)

 「きっかけは、信頼できる人ができたこと」
 他人と会話ができない障害の影響で引きこもりとなり、ネットゲーム依存や自傷行為に及ぶまでに至りながら、現在は堅実な学生生活を送ることができるようになった札幌学院3年の大橋伸和さん(28)が、同様に障害に苦しむ人の参考になるようにと、自らの体験を語った。

 ―― どのような障害があったのですか。
 「当時は自覚していなかったのですが、幼稚園のころから孤立していました。小学3・4年生くらいになると、家の中で家族と話す以外はまったく話せなくなりました。意思表示が必要な場面になると、すごく緊張して体が固まってしまうのです。『はい』『いいえ』も答えることはできず、何か欲求があっても、すべて我慢して諦めていました。自分がどういった障害なのか、病院からはっきり聞いたことはなかったと思います。中学生の時は、いじめの対象になったこともあり不登校でした。」
 
 ―― もっとも厳しい状態だったのはいつですか。
 「高校卒業後、働いて自立したいという気持ちがあって、一定程度の支援を受けることが可能な仕事がないかと就職相談窓口を訪ねたのです。でも、そこで『人と話すことができないとアルバイトも難しい』と言われ、もう自分は生きていても迷惑をかけるだけだ、と絶望的になってしまいました。それから外に出る気力もなくなり、引きこもりになりました。自分を罰する気持ちで手首を刺したこともあります。

 ―― ネットゲーム依存にもなったそうですね。
 「声を出して話せない自分にとって、唯一他人とコミュニケーションをとることができたのが、ネットを介して役割分担するゲームの世界でした。仮想空間では、私を必要とする人がいました。」

 ―― 立ち直りのきっかけは。
 「20歳前に通い始めた就労支援事業所です。喫茶業務の中でいろいろな役割が与えられ、『居場所』ができました。さらに、そこで信頼関係を築けた職員らと会話ができるようになったのです。ネットゲームに依存することもなくなりました。ただし、そうなるまでには事業所に通い始めてから、3・4年は必要でした。大学に入る1年前には、かなり話をすることができるようになりました。」

 ―― 今は何を目指していますか。
 「話ができるようになってから、大学に入って障害のある子どもたちを支援するための勉強をしたいと考えました。25歳で大学入学を果たし、3年になった今は、社会福祉士や精神保健福祉士、教員の資格をとるために勉強しています。」

 ―― かつての自分と似た状況の人に伝えたいことは。
 「自分はまだ困難を完全に克服できているわけではないと考えています。だからこそ、いろいろな人と関わって、『生きにくさ』について一緒に考えていきたい。また、他人と自分を比較する必要はないことや、相談しうる信頼できる人をつくること、自己否定ばかりするのではなく、『今の自分』を容認することの大切さを伝えていきたいと思います」

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なぜ、支援者になろうとするのか・・・

 支援者の皆さんは、自分の身の回りに、あるいは家族や親族に「障害」という言葉とは無縁の生活を送ってきた人も多いでしょう。

 自分が今の職業(資格)につこうと思ったきっかけも人それぞれかもしれません。

 ある臨床心理士を目指して大学に入った娘さんは母親からの支配を受けて育ちました。その母親も自分の母親からの支配を受けて育ちました。母親の言動を聞いていると、人と言うものの評価の中には、その人のいいところに目をむけるというよりも、いつも短所(あらさがし)を見つけて人間批評をするような人です。(あの人のああいうところはいいわねえ・・なんて話していると決まって『でも、○○だからね、あの日人は・・なんていつもあらの方が目につくのですね、皮肉っぽいんですね、要するに・・・)
 そういうものの見方になったのは、やはり自分の母からの育てられ方も大きいのでしょう。母親に負けまいとしたのか、自分の親と同じ職業を持ち、親に認められたいとしたのかは分かりませんが、職場での彼女は相談者に対しても、相談を終えて窓口から戻って自分のデスクにつくなり、相談者のことを決していいようには話しません。いつも自分が優位に立たないと気が済まないし、相手の専門職(ケアマネや同業者その他の専門職すべて)が自分より優位な立場にある人には負け惜しみを言って批判しようとするし、ましてや社会的弱者と言われる障害を持つ人や生活困窮者などに対しては自分のものの見方で批評家ぶります。
 自分の価値観から話をし始めるため、「自分の判断分析がベスト」になっていますから、自分の考えと相談者の考えが違うと、「あの人って、こういう性格だから」とかいって相手を攻撃し始めます。
 そんな親を持つ娘さんが臨床心理士になりたいと思ったのは、自分の性格や家族の在り方と無関係ではないと察します。

 
 また私の周囲のもう一人の方は、子どものころ親が製材業を営んでおり、「職親」となって精神障害者の人たちを雇って仕事を教えていたのを、中学時代まで続いていたこともあり、「障害」を持つ人と健常者との付き合いなど生活の中での原体験があったことで、卒業後の進路を福祉の分野へと決めたそうです。障害児の通所施設や知的障害者の作業所や入所施設、特別養護老人ホームでのケアマネジャーや施設勤務などを経て、今は自分の理想とするノーマライゼーションの地域づくりを実現するためのデイサービスを立ち上げたいという夢を持って、準備しています。


 前にも書いたけれど、いろいろ人と接する仕事、それも人を支援するような仕事に就きたい人って、自分の劣等感の部分を支援することで優位に立ちたいという無意識の心理があったり、親の職業が社会的に周囲から認められ職種の場合には自分も、周囲から認められたいという心理が働く場合など、その心のからくりから「支援者」になりたがる傾向の人がいます。
 また後者の彼女のように本当に人間が好きで「障害」を持つ人も包み込めるだけの人格のある人、そして制約された福祉の世界での支援に満足できず、「本当の支援」を模索しながら障害者と一緒に「共生」した生き方を目指す人がいます。

 支援・支援と言う前に、もっと「その人を分かろう、知ろう」としてください。最初から「あの人はああいう障害だから」とか「「障害だから何にもできない」という先入観抜きに「その人を分かろう」と言うところから、支援者も出発してください。
 どんなにたくさんの支援の職種ができていっても、支援者・専門家の土壌だけで「障害者」を語られるのはたくさんだと言いたい。
 なんで自分は「支援」をする仕事に就こうと思ったのか、自分に問い返してみてください。


 支援者は、障害者を弱者として見ることを前提にしている傾向を感じる。

 果たしてそうなのだろうか?支援者のみんな、あなたは障害者よりも強いのですか?
 障害者よりも生き方を知っている強者なのですか?
 
 障害者のみんな、あなたは本当に弱いのですか?
 支援者がいなくなったら、すべてが終わってしまうのですか?

 周りのみんながそうであっても、あなただけは逆流して流れてほしい・・・
 支援されるのがあたりまえになったら、お互いの立場は変わらないよ。

 (『福祉に関わる人たちへ』 “障害者じゃなく支援者が変わろうさん”のブログより)

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自分と出会う

 
置かれた場所で咲きなさい置かれた場所で咲きなさい
(2012/04/25)
渡辺 和子

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 今、この本がひそかなブームを呼んでいるそうです。
 著者の渡辺和子シスターのことを私が知ったのは20年も前の頃、PHPという雑誌によく文章を寄せられており、それを読んでシスターの考えや生き方にひきつけられたのが最初の出会いでした。
 その後シスターが著した単行本や大学(ノートルダム清心女子大学)での講義録をまとめた全集やCD集も買いそろえては読みふけったり聞きかじったことがありました。
 十数年前に、私の住んでいるところにも一度講演会にいらしたことがあり、聴講したこともあります。

 そして、私はこれまで2回ほど、自分の悩みを手紙にしたため、シスターに送ったことがあります。こんなちっぽけな私にも、丁寧に返事の手紙をくださいました。
 
 結婚が遅かった私は、2番目の子を身ごもった時に、自分の年齢のことや経済的なことなどいろいろなことが頭をよぎり、妊娠してもうれしさよりも不安の方がいっぱいでした。正直言って本当にうれしくはなかったのでした。
 シスターのがある新聞に寄稿された記事や書いている本の中で、自身も父親が50歳、母親が44歳の頃の子どもで、生まれたことに負い目を感じていたことなどが書かれた所があり、私は自分の今の気持ちを正直、シスターに相談したいという衝動から手紙に今の不安な気持ちをそのまま書いて送りました。
 その時のシスターからの返事を読み、そこから自分自身の心のあり方を問い直すきっかけを与えてくださり、不安が徐々に薄らぎ前向きに出産を決意したのでした。
 今、その二男は長男(発達障害)のよき理解者になってくれています。(もちろん喧嘩もしょっちゅうですが、根本のところでは兄思いです)二男がいなかったら、私たちははきっと障害を持つ兄のことで心がいっぱいになっていたことでしょう。二男は二男なりに生まれる意味があったのだと思います。
 私も、自分の仕事のことや経済的なことなど、結局「自分のこと」しか考えていなかった人間だったかもしれません。

 シスターは数年前のある新聞に以下のような文章を寄稿しました。
 「和子さんは鬼みたい」14、5歳の頃、級友たちからそう言われても、返す言葉がないほどに、私は冷たく、高慢で、しかも我の強い人間だった。
 幼い時から私には、「他人よりも優れていなければならない」という思いがあった。44歳になって私を身ごもった母は、すでに3人の子があったこともあって、本当は私を産みたくなかったらしい。かくて私は、生まれた時から「生まれてきて、すみません」という負い目を持ち、生きるに値する人間でなければ申し訳ないという思いがあって、それが十代の私を“鬼”にしたのかも知れない。
 18歳の頃、私の心の中には、母への憎しみが育っていた。他方、母を憎む自分をおぞましくも感じていた。母校のカトリック修道女に自分の悩みを訴えたら、「あなたは自分のことしか考えていない。お母様の身にもなってごらんなさい」と言って、“新しい人”に生まれ変わるための洗礼をすすめたのだった。
 30歳を目前にして、私は修道院に入った。それは失恋の結果でも、父を二・二六事件で失っていたからでもなく、全くの私の自由意思によるものだった。人一倍気性が激しい自分を知る私は、決して裏切ることも、見捨てることもしないキリストを配偶者として、一生を過ごしたいと願ったのだとも言える。それほどまでに、私にとって人を許すことはむずかしかったのだ。

 


 置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです。
 咲けない時は、根を下へ下へと降ろしましょう。

 「時間の使い方は、そのまま、いのちの使い方なのですよ。置かれたところで咲いていてください」
 結婚しても、就職しても、子育てをしても、「こんなはずじゃなかった」と思うことが、次から次に出てきます。そんな時にも、その状況の中で「咲く」努力をしてほしいのです。
 どうしても咲けない時もあります。雨風が強い時、日照り続きで咲けない日、そんな時には無理に咲かなくてもいい。その代わりに、根を下へ下へと降ろして、根を張るのです。次に咲く花が、より大きく、美しいものとなるために。
 現実が変わらないなら、悩みに対する心の持ちようを変えてみる。
 いい出会いにするためには、自分が苦労をして出会いを育てなければならない。
 心にポッカリ開いた穴からこれまで見えなかったものが見えてくる。
 希望には叶わないものもあるが、大切なのは希望を持ち続けること。
 信頼は98%。あとの2%は相手が間違った時の許しのために取っておく。
 「ていねいに生きる」とは、自分に与えられた試練を感謝すること
 
 渡辺 和子(1927年生まれ。父は渡辺錠太郎元教育総監。聖心女子大卒、上智大学大学院修了。ノートルダム清心学園理事長。)

いじめ問題・・・著名人からのコメント(新聞記事より)

 大津のいじめ事件報道のあと、朝日新聞に特集された「いじめている君へ、いじめられている君へ」と題して各界の30人の著名人が投稿した記事。

 その中で一番心に響く文章だったと感じたのが最終日に掲載されたタレントの春名風化さん(小学校6年生)の文章でした。読んでいて、これが6年生の書く文章かと感心したのと同時に、内容に感動もしました。

 (朝日新聞を取っていない方のために紹介します)

 いじめている君へ 

 ぼくは小学校6年です。タレントだけど、ふつうの女の子です。
 今から書く言葉は君には届かないかもしれない。だって、いじめている子は、自分がいじめっ子だなんて思っていないから。
 いじめがばれた時、いじめっ子が「いじめていない」って言うのは、保身のためだけじゃなく、正直な気持ちじゃないかなと思います。
 ただ遊んでいるだけなんだよね。自分より弱いおもちゃで。相手を人間だと思ってたら、いじめなんてできないよね。感情のおもむくままに、醜悪なゲームで遊んでいるんだもんね。
 ぼくもツイッターでよく死ねとか消えろとかブスとかウザいとか言われます。顔が見えないから体は傷つかないけど、匿名なぶん、言葉のナイフは鋭いです。
 ぼくだけでなく、時には家族を傷つけられることもある。涙が出ないくらい苦しくて、死にたくなる日もあります。
 けれどぼくは、ぼくがいくら泣こうが、自殺しようが、その人たちが何も感じないことを知っている。いじめられた子が苦しんで、泣いて、死んでも、いじめた子は変わらず明日も笑ってご飯を食べる。いじめは、いじめた人には「どうでもいいこと」なんです。
 いじめを止めるのは、残念ながらいじめられた子の死ではありません。その子が死んでも、また他の子でいじめは続く。いじめは、いじめる子に想像力を持ってもらうことでしか止まらない。
 いじめゲームをしている君へ。
 あのね。キモい、死ねと連日ネットで言われるぼくが生まれた日、パパとママはうれしくて、命にかえても守りたいと思って、ぼくがかわいくて、すごく泣いたらしいですよ。それは、ぼくが生意気になった今でも変わらないそうですよ。
 想像してください。君があざ笑った子がはじめて立った日、はじめて歩いた日、はじめて笑った日、うれしくて泣いたり笑ったりした人たちの姿を。君がキモいウザいと思った人を、世界中の誰よりも、じぶんの命にかえても、愛している人たちのことを。
 そして、その人たちと同じように笑ったり泣いたりして君を育ててきた、君のお父さんやお母さんが、今の君を見てどう思うのか。
 それは、君のちっぽけな優越感と引き換えに失ってもいいものなのか。いま一度、考えてみてください。


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発達障害者への「隔離判決」への反発

 新聞で姉を殺害したアスペルガー症候群の男性被告に対して、大阪地裁の裁判員裁判で言い渡された判決に反発が広がっているとの記事を目にしました。

 関係者団体や有識者たちは「福祉に携わるような人間としては耳を疑うような判決」「「まだまだ社会に発達障害の理解が広まっていないことを改めて実感した」とコメントしています。今後、各団体が抗議を表明していることから、この問題はこれからも話題として取り上げられそうです。

 事件後に、この男性(当時46)にアスペルガー症候群があると初めて診断されたとのこと。被告側は「殺意に至ったのは障害の影響」として、保護観察付きの執行猶予を求めていたのに、判決は検察の求刑(懲役16年)を上回る懲役20年の実刑でした。
 そして、反発をくらった最大の理由がその判決理由の文言。
 「アスペルガー症候群に対応できるだけの受け皿が何ら用意されていない。再犯のおそれが強く心配され、許されるかぎり、刑務所への長期収容が必要」という。

 裁判員制度になってからは、専門の裁判官のほかに一般市民も裁判に参加するしくみになりましたが、今回このような判決理由が出されたということは、一般市民のなかにも、発達障害を正しく理解せず、「治らない」「犯罪に結びつきやすい」と考える空気がいまだに根強いのかと勘繰りたくもなります。

 また最近では、罪を犯した障害者の受け皿としての「地域生活定着センター」が全都道府県にでき、発達障害もこの対象となりましたが、実際にそういう場所があることすら、一般市民にもなかなか浸透してはいないのでしょう。

 発達障害者の犯罪については、障害の特性をわかってもらえず、対応に誤解や偏見があった場合には、結果的に犯罪に結びつくような事例もこれまでもありました。それでもすべてその発達障害者当人の責任問題だけではないはず。障害の特性をわかってもらえずに傷つき、被害者意識や攻撃性が高まることはあるが、その障害特性が最初から反社会的な行為に直結するものではないということはかねてから論じられているはずなのに、いまだにこういう見解が司法の中でくだされるということ自体に、まだまだ障害者理解の薄さを感じざるを得ません。
 
 被告側は、判決を不服として控訴しているそうです。今後の進展が気になります。

このブログにリンクを貼らせていただいているソーシャルワーカー原田さんのブログにも、専門的な立場からの見解が書かれてあります。


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地域が嫌い

 市民活動支援センターが毎月開催しているサロンに、友人とはじめて参加してみました。いろいろ日頃考えていることなどを自由に語り合う場の提供ということで、NPO法人が主催しているものです。

 参加者は私と友人のほかに、いつも常連の二人の男性が参加していました。

 一人の男性は、若年性認知症の父親を十数年の介護経験があり、今は特養に入所しておられますが、在宅で介護した経験から、家族や本人には満足な介護環境でなかったことの体験から、若年性認知症に特化したデイサービスや地域づくりを目指してNPOを立ち上げたいと考えていらっしゃる方でした。
 認知症と言えば、高齢者が中心となった介護や支援の在り方がまだまだ地方では主流であり、若年性認知症者に対する具体的な支援体制(単にデイサービスに行きさえすればいいのではなく、地域の中でも自分の役割を持ちながら、能力に応じた受け皿作り(就労なども踏まえた居場所など)も含めての支援を模索しているようでした。


 もう一人の男性の方は、毎月この会に参加している方でした。話を聞けば、会社の都合で職をやめてからは自宅の農業を手伝いながら、ヘルパーの資格をとりパートでデイサービスの手伝いもされている方でした。
 私も友人(特養での勤務を長くしておりケアマネジャーの経験もあり)も、介護関係での仕事なのでなんか初めてあったのに、話題が共通していたのも偶然でした。
 
 話の中で、「地域」というキーワードに対して、その男性は「自分は地域って大嫌いだ」と言われました。小学校時代から中学の3年間にかけていじめにあっていたことや、(特に中学校時代は)教師自体がいじめともとれる無視(授業中に席順に本の輪読をするときに、自分だけをとび越して無視し指してもらえなかった、それが卒業まで続いたそうです)。担任に訴えても、反対に本人に非があるようなことを指摘され、教師(大人)は信用できないと思ったそうです。
 だからいまだに小中学校を過ごした自分の「地域」というものが大嫌いだと・・。自分の小中学校時代を知っている人に会うのもいやなのだと・・。
 でも、市外の、この「サロン」に来て自分を知らない人と語り合うのは好きで、本当は自分の住んでいる地域では生活したくない、将来孤独死になってもいいとまで、「地域嫌い」を訴えていました。

  「地域」はきらいでも、人との「コミュニケーション」はとりたいと思っている人はきっとたくさんいるのではないでしょうか。
  私たちは、よく「地域性」とか「地域づくり」とか、何かと「地域」ということばを使いたがりますが、はたして「地域」って何だろうと改めて考えさせられました。
 
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投薬の弊害


薬がいらない体になる食べ方 (青春新書INTELLIGENCE)薬がいらない体になる食べ方 (青春新書INTELLIGENCE)
(2012/08/02)
溝口 徹

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(本文より) 
◎海外に比べ、心の病の投薬量が多すぎる日本
 

 日本の精神科や心療内科の現場では、多くの場合、身体的なチェックは行わず、患者さんが自主的に訴える“症状”だけで病名が決められ、投薬がおこなわれている。日本の投薬量の多さは、他国に比して突出しているというのが現状だ。
 例えば、パニック障害の診断基準には13の項目があげられているが、子の診断の項目は、鉄欠乏や低血糖症に伴う症状がいくつも重なっているのだ。つまり、投薬を行う前に、「他軸評定」が行われなければ、鉄欠乏や血統の不安定性がないかなどをチェックすることができ、パニック障害だけを想定した薬が何種類も処方されるのは避けられるということになる。
 原因に対する治療ではなく、あらわれる症状によって投薬が決められることが問題なのは、ひとつの薬が効かないとなれば、さらに別の、あるいはより強い薬が投与されることになるというのだ。違う症状を訴えれば、さらにまた別の薬・・・。
 精神疾患に日本ほど多くの薬剤を使っている国は他にない。他国では1剤、あるいは2剤にとどめた治療が一般的だ。

◎向精神薬が、かえって心のトラブルを引き起こす 
 
 そもそも睡眠導入剤や安定剤というのは、鎮静作用が働く前に、“脱抑制”として作用する。つまり、緊張をとって少し気持ちをリラックスさせてから、その先に鎮静作用が働くようにデザインされているのだが、抑制をとったとたん、異常な行動を示すケースは多くある。
 また、攻撃性を示すことで問題視されている抗うつ剤にSSRIというものがある。20歳未満には使用してはならないとしている。現実にそのとおり守られているかは、はなはだ疑問だし、20歳を過ぎたからといって処方されることが許される基準がどこにあるかも大いなる疑念が残る。
 「躁転」とは、抗うつ剤などを飲んで妙に元気になったり、活動的になったり、ハイな状態になることをいう。患者さん本人は、沈み込んでいた気持ちが上昇するため、調子がいいと感じているのだが、薬によって「うつ」から逆転、「躁」の状態が作り出され、また逆転、うつの状態に落ち込んでしまう。うつと躁の間を揺れ動く症状が繰り返されることがあるのだ。
 こうした症状に対して、最近、心療内科や精神科では、「うつの治療をしても治らない病態が発言した」として、新しいカテゴリーを打ち出している。統合失調症においても、従来の投薬治療で期待した効果が得られないタイプを「治療抵抗性統合失調症」なる名称を付けている。
 いずれにしても精神的な症状が生じる根本的な原因について検査をおこなわず、表面に出ている症状だけで診断し治療していることが原因なのではないか、と感じずにはいられない。栄養や代謝のトラブルが多くの症状の原因になっていることを理解し、治療へ応用する医師が増えなければ、効かない薬が投与され続ける不幸な患者さんが救われることはない。


 似たような経験を利用者の支援を通して感じさせられたことがあります。
 ある高齢の男性は前立腺がんの治療の後遺症で尿失禁が出てしまい、そのことが原因でそれまでな何の問題もなかった生活が一変してしまいました。足腰のしびれもあり歩行も不安定でまた、尿漏れを気にして外出をさけるようになると、いろんな不定愁訴(イライラ・寝れない、腰痛、不安感など・・)が出始め、泌尿器科のほかに、整形外科、そして心療内科では症状を訴えるたびに薬が増え、親族からの相談で訪問した時には、安定剤や睡眠導入剤だけでも4種類を服用していました。トータルでは13種類の薬を服用していました。
 素人目にも精神科の薬が本当に効果があるのか疑問でした。症状はよくなるどころがその後は体に見合わない行動をとるようになりました、できないのに木にのぼって植木の作業をしようとしたりして転落。圧迫骨折となり、その時から介護保険を申請して要介護状態となりヘルパーなどを利用していきました。
 同居している妻(虚弱者 要支援)への嫉妬妄想やいらだちから妻への攻撃も始まり、別居している長男も毎日のように見守りに来て世話をしているにも拘わらず、「息子は何もしない」となじり、何回か家具や包丁を持ち家族にも攻撃を向けるという行動が徐々に増えてきていました。

 ある時息子さんからケアマネジャーに「今、家で暴れている。助けてくれ」と電話が入り、担当先のケアマネジャーの助言で警察の介入となりました。休日だったため主治医は不在。伝言で保健所に介入してもらうようにということでしたが、結果的に措置入院とはならず、受け入れてくれる精神科病院が見つかり、搬送しました。
 この利用者は、前立腺の治療のほかに、内科でも診察を受けており甲状腺の機能がかなり低下していることがわかりました。また脱水や脳梗塞の疑いも感じられました。

 しかし、この男性が前立腺がんの後遺症で身体不調を発したときに、その不調の訴えに次々と精神科の投薬を処方されたことで、ますます身体面のみならず精神的によくなるどころか悪くなる一方になっていったのではないかと何となく疑っていました。しかし、利用者はその心療内科の主治医を信頼しており、「薬を多くくれる先生=いい医者」という認識がまだまだ多くの高齢者がもっているのではないでしょうか。

 精神科(心療内科の含めて)選びって、本当に難しいし、でもそこで行われる治療方針によってはその後の生活にもかなり左右されていくのではないかと感じさせられます。

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子育て支援について

「子育てするなら○○市」というキャッチフレーズで、さまざまな子育て支援策を展開していた県内のとある市で乳児の虐待死事件がおきました。

 20代前半の母親は県外の実家で出産後1週間で自宅に母子で戻り、アパートでの子育て生活が始まりました。夫も仕事でいなく、周囲にも話せる友人ママもいなかったようですが・・。

 その市では県内でも先立って「子育て支援センター」をハード・ソフト両面でも見本になるような施設を立ち上げ官民あげて子育て支援に取り組んでいました。
 そのせいもあり、その支援センター(子どもの遊び場)にも市外からも沢山の親子が来所したり、また子育て支援策が他の市町村よりもいいという評判を聞いて多くの若い夫婦がその市に引っ越してくるなどで子どもの出生率も上がってきている市でもありました。

 それゆえ、関係者たちは、子育ての場として県内でもいいと評判の市での今回の事件には、ショックも隠しきれず、今後まますます母親の悩みなどをもっとじっくり聞くようなシステムの構築を求めて、各行政の子育て担当の関係者を集めて話をする予定との新聞記事が掲載されていました。


今や高齢者施策よりも、子育て施策をいかに推進していくかということが、政治家にとっては関心事の高い部分になっています。そんな中で各地に次々と設置される子育て支援センター。その機能としての「子どのたちの遊ぶための場」と「親の子育ての相談の場」という二つの役割のうち、「相談機能」が十分に発揮できていなかったことがその新聞記事には指摘されていました。

 確かに立派な箱モノを作り、そこにスタッフを投入しても、親自身の気質として「相談に行きにくい性格」だった(と記事にはありました)場合は、その親の抱えるノンバーバルなサインを誰が汲み取り寄り添うことができるか・・。健診でも保健師の訪問でも「何か悩みはないか」と聞かれても「何もない」と答えていた母親に対して、こちら側が気付けなかったという要素も大きいとは思います。

 私も子どもが小さい頃はよく、遊び場のある子育て支援センターを活用したことがありますが、そこに子どもを連れていっても、子どもが遊んでいる先で親は親で時々わが子に目を配りながらも、携帯メールのチェックに忙しかったり、周りの母親たちと会話を交わすこともなくただ自分の子どもの様子を周囲から見ているだけという光景が多く、なかなかそういう子育て支援センターに通っても、心は孤独感をより高めてしまうこともあるのではないかとも思います。

 県外から知らない土地に嫁いで子育ての経験も初めての不安定な中にあっては、「悩みがないか」と聞かれても、何が悩みなのか自分でもよくわからないままに、無我夢中で子育てを自分なりにはしていたのでしょう。もともと性格的にも行政や支援センターのスタッフに積極的に不安や悩みを訴えられる人ならこういうことには至らなかったように思いますが、それをこの母親の性格のせいにして「もっといろいろと話してくれればよかったのに・・」と言うのでは物事は今後も解決はしないと思います。

 いろんな母親の個性や育った境遇も考慮した中で、そういう母親たちの孤独感をいかに少なくしていくかといった対策が問われてます。いくら箱モノを作って「子育て支援をやっています」と対外的にアピールしたところで解決はできない。また、行政や支援センターのスタッフが頑張ったところで、そういうところや機関を頼りたくない人もいる。いろいろな支えの場が多く地域の中にあるといいのではないでしょうか。

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最近のできごとの中で

最近の相談で多いのが、両親に介護が必要になったときに、同居している息子さん(の場合が圧倒的に多いのですが)が無就労だったり、親の介護で仕事ができないといった家庭背景だったり・・・。しかもそのご両親も、かつては一方がギャンブル依存症だったり、アルコール依存症だったり、統合失調症だったり・・・。
 
 介護する息子さんにも、就労できないなりの背景があったり、精神症状をきたしていたり・・・。

 小さいときは親の庇護のもとで家族で生きてきたわけですが、長じるにつれて両親も高齢になり認知症上などが現れてくると、当事者である子どももその生活支援の問題がでてきます。

 しかし、高齢者部門を主に扱っていると、どうしても高齢者中心のものの見方になりがち・・・。

 その息子さんも、もしかしたら発達障害の傾向のあるお子さんだったのではないかと思える要素も見え隠れします。(今の40台・50代の人は特にそのような障害名などはついていない人たちの方が多いでしょう)
 そして高齢者の生活歴をたどっていくと、その高齢者にもそのような要素も見え隠れしたりします。

 ただし、病名も診断名もついているわけではないので、医療につなげても「人格障害」と片づけられてしまい、治療のルートにものれず、「困った人」「変わった人」という視線を投げかけられて生きるしかない。

 高齢者の支援と同時に、その子ども(成人)にも何らかのアプローチなしではなかなか支援がうまくいかないことがあります。

 その家族構成の中で、一番のキーパーソンであった親(父親でも母親でも)が認知症になったり、病気を発症し介護が必要な状況になってしまうと途端に生活が成り立たなくなってしまう例が、ここ最近の相談で多いです。

 結局は適切な介護状況になかったり、子どもの無就労で経済的な支援もなく、親の年金をあてにした生活をしているだけで、「介護放棄だ」「経済的虐待だ」と理屈づけては、今の介護環境を変えて「息子による高齢者虐待事例」として、高齢者だけは法律で守られてしまう。反面残された子どもには「とにかく働け」とばかりに何の手も施さない。(障害等の認定があれば障害者雇用枠でも働けようが、無就労であることはそれなりの要因があるのに単なるなまけではないはずなのに・・・)
 生活保護を申請しようにも、保護費を抑制したい行政は何らかの理由をつけては働く方向に持っていく。しかし、ベースに発達障害や何らかの知的・精神的な症状を呈している人もおり、そんな人たちへの支援のまなざしは現実的には厳しいものがあるように感じています。

 
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職員の学ぶ意欲

ケアマネジャー向けの雑誌に書いてあった文章です。福祉(介護)施設と仕事でかかわることが多いのですが、職員の入れ替わりが激しい施設や、内部の職員の士気が低い施設、反対に職場全体が活気に満ちた施設といろいろです。
 一般人は、介護保険施設といっても、いろいろな形態の施設が同一地区内でもたくさんありすぎて、いくら情報公開をしていても、本当に適切に施設選びをしているかといえば、その選ぶ材料がなかなか素人目には見えにくいものがあります。
 その一つに職員間の「学ぶ意欲」や「前向きな姿勢」がどれほどあるかということも大きいでしょう。以下の文章は関係者からみたら、「なるほど、確かにそういう上司や管理者、スタッフもいるなあ」と納得します。そしてそういう施設ほど、職員間の士気や意欲がそがれやすく、心あるスタッフはけっこうやめていく職場でもあるのかもしれないと感じます。


 だれが最前線で働く職員の学ぶ意欲を奪い取るキーパーソンになっているか。
多くの福祉現場とかかわってきた経験を踏まえれば、キーパーソンとなる職員は3つのグループに整理できる。

 第1は、施設長、あるいはその立場に準じる管理職職員。彼らが「専門的な知識や技術を学ぶのは無駄」「役に立たない」との見解を示せば、下に働く職員はひとたまりもない。専門職としての知識や偽実をいくら磨いても、この職場では自分のことを評価してもらえないのだ、と解釈する。学ぼうとする姿勢はしぼみやすくなる。

 第2は、現場を管轄する立場にある主任クラスの職員。最前線で働く職員からすれば、主任はもっとも身近なところにいる“上司”である。主任がどのような姿勢や考え方をしているかが、彼らのもとで働く職員に大きな影響を及ぼす。ちょっとした言動が、彼らのもとで働く職員に大きな影響を及ぼす。もし、主任クラスの職員が、「研修に職員がでかけると、現場が手薄になるから困る」との姿勢を如実に示せば、「他の職員に迷惑をかけてしまうから、研修には行かない」との思いが職員間で共有されるようになる。「学ぶこと」=「迷惑」という誤った認識が職員の脳裏に刻まれてしまう。

 第3のグループは、役職にはついていないが、経験年数が比較的長く、業務の実施手順や方法などを「自分が作った」と思っている職員のみなさんである。たとえ、現在の福祉理念や介護理念などからみれば、時代遅れの手法であっても「自分が今の業務手順や方法を築き上げた」との自負があるから、見直そうとしない。新しい知識を身につけようとする職員がいると、「自分が今まで築き上げたことが否定され、壊されるのではないか」との思いにかられ、無意識のうちに、新しい知識を学ぶことを否定するような言動を繰り返すようになる。ともに働く後輩職員は先輩の思いに敏感だ。「研修で学ぶとの姿勢を示すのはこの部署では得ではない」と判断し、消極的姿勢を示すようになる。

 (月刊『ケアマネジャー』2012.Vol.7)

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医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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