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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

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相談対応について

 精神障害や知的障害(またはボーダーライン知能)を持つ成人の方たちが、、これまでの生活が親の援助もあってできていたものが、親が認知症になったり介護が必要になったりすることで経済的問題や介護問題などがクローズアップされてくるようになります。

 そういう方々を本来支援するべき立場のスタッフ(社会福祉士や保健師、ケアマネジャーなど)が、よくそういう精神障害者や知的障害者に対してどこかその障害を固定観念で評価したり、蔑視の対象として見ている場合が少なからずあります。
 そして支援をしていても、「同じ知的障害でも単純に言うことを聞いてくれるケースはかわいげがあるけど、やたら自分の意見を言ってくるケースはかわいくないったら・・」なんてずけずけとそんなことを大っぴらに言っている職員もいます。自分たちは高齢者の支援はするけど、一緒に暮らす知的ボーダーのお子さんや精神障害を持つ子どもさんにはどこか一線を引いて何となくかかわりたくない、かかわっても寄り添う姿勢でなく「指導性」を強めたかかわりに陥ってしまうようなそんな態度ありありの人もいます。

 そういう親子にもその親子なりのこれまでの人生や生活歴があります。いきなり成人になったわけでもありません。精神(知的)障害を抱えながらもなんとか生活し、徐々に親も年老いて今度は自分が面倒を見てもわわなければならない立場になっても、子どもが何らかの障害を抱えていたりする場合はキーパーソンになりえることが少ない場合もあります。キーパーソンになりえないから「何を言っても無駄だから」、彼(彼女)らの存在自体が無視されたり、意見をまともに取り上げてもらえなかったり、上から目線の口調で助言されたりと軽視されがちです。 
 そもそもそういう支援者は「自分の考えや価値観や感覚が正しい」と思っているので、また自分のこれまで培った価値観の中でそういう社会生活に何らかの支援が必要な障害を持つ人たちをもともと自分たちとは住む世界が違うかのような態度で接していることが多いのです。 たとえ障害とは認定されていない人でも、会話をしていると判断能力が弱かったりボーダー知能的な人もいます。そういうひとをあからさまに「あの息子(娘)変わっている。ちょっと知的に乏しい」と評価を下し、そういう人を自分たちより一歩下げて見下します。
 今までだってこれからだって、このような人たちは存在していきます。そしてそのような価値観を持つにいたった背景もきっと、自分の親からの育てられ方によるところが大きかったりする場合が多いのではないでしょうか。
 専門職として資格を持って支援にあたっているとはいっても、所詮自分の自己満足や「ああいう人たちはとにかくなんとかしなければ・・」という一方的な指導者的態度でかかわろうとしてきます。それが自分たちの「業績」や「経験」のなかに積み上げられると、そういう接し方がさも当たり前のようになってしまいます。たいていそういうことを吹聴して周りにも自分のやり方が正しいといわんばかりに相手にも同意を求めようとする支援者ほど、負けず嫌いで自分のことを否定されることが大嫌いで、意見を言う人に対しては蔭でまた言った人を中傷するという傾向になる人もいます。
 
 福祉というのは、どんな能力を持っていようが、障害があろうが、その人なりに安心して生活できる環境を用意したり必要な支援を行うことだと思うのですが、生活相談をしてもあたかも本人の生活能力のなさを揶揄し、そういう能力の人を「した」に見て「やる気がない」「怠けている」「困った人」とみなし結果的に自分たち支援者の価値観にそぐわないような生活をしている人たちへは、かなり冷たい侮蔑した評価を下す職員はあいかわらずいます。
 そういう人たちの会話を聞いていると、そういう社会的弱者をいかにも支援という名のもとに、自分たちの感覚に合うように誘導したり自己満足な支援に終始しているように感じます。
 
 いくら資格を持っていても、人間的に寄り添えない人には相談をしたいとは思えないのですが、当の本人たちがそのことに気づいておらず、「なんでこっちに相談に来ないのか!ああいう人は変わった人だからね」なんて勝手に相手を悪者に仕立て上げています。本当は「あんたになんか相談したくないからだよ」と心の中では思っている当事者の心理に気づいていないだけなのですが・・。
 少なくても、当事者の立場にいる人は、支援者の性格や個性をきちんと見抜いています。

 ある精神障害を娘さんに持つ親御さんが言っていました。
 「役所には何度か娘のことで相談に行ったけど、中には本当に親身になってくれる保健師さんもいたけど、反面本当に上から目線な人も相変わらず多い。高飛車に嫌な言葉もいっぱ言われた。こっちが我慢していることをあの人たちは知らない。」
 「自分たちはなんでも知っているような態度だけど、それはしょせん狭い価値観の中でしか通用していないことを知らない井の中の蛙」

 ある若年性認知症を親に持つ息子さんの言葉。
 「ケアマネジャーにサービスの紹介をしてもらう際には、父親の気持ちに寄り添っていきなりサービスを紹介するんじゃなくて心理状態にみあった形で徐々に勧めてほしかったのに、ある時いきなり二つのデイサービスのパンフレットを父に差し出して『さあ、どっちを選びますか?』と選択を迫ってきたのです。そこで父親はますますパニックになってしまいました。さっそくそのケアマネジャーはやめることにしました。そんな人に限って持論を展開し、業界筋では著名な立場に立っているのですから・・・」と皮肉をこめておっしゃっていました。

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療育センター時代の記録

 本棚を整理していたら、20年前に療育センターに勤めていた時代に書き記していたノートが出て来ました。改めて読み返してみました。一人一人印象に残ったお子さんのエピソードや、業務をこなす中で感じたことなどが、その当時の自分の言葉で書き記していました。
 20年前と、今の療育の環境とを比べてみると、案外根本的なところはそんなに変わっていないような気がしました。


 K君。第1病棟(肢体不自由児や重度の障害を持つ子たちが入所している病棟)に入所して3年目に入った。本来なら入所は原則的には1年くらい(長くても2年くらい)なのであるが、過程の事情で入所が長引いているらしい。
 両親はK君が幼い時に離婚し、母親のもとで育てられたが、その母親も再婚しK君の下に子どもが生まれたが、母親はそのことを惻隠に話そうとはしないとのこと。
 K君はあまり家に帰れない。ほかの入所児は、土曜日になるとみんな目が輝き親の迎えを今か今かと待っている。親の方もお昼ご飯が終わったあたりから次々とわが子を迎えに来る。子どもの表情というものは、月曜日と土曜日ではまるきり違うのである。どの子も母親や父親の迎えに顔がほころび、元気よく職員にあいさつして家路を急ぐ。そんな中で、K君の母親はめったに来ない。来ても皆がほとんど帰った夕方の5時か6時頃になるそうである。仕事を持っているせいもあろうが、そればかりではない事もあるのだろう。何となくK君の存在そのものに対するある種の拒否感情のようなもの・・・。
 「○○ちゃんのおかあさん、おむかえごくろうさまでーす」「○○ちゃん、バイバイ!またね。おかあさん、バイバイ!」  迎えの場面で、K君はいつも決まって帰っていく親子にこうあいさつするのである。職員が帰り際にかわす挨拶の場面を毎回そばで見ているから、こんなあいさつの文句もすっかり身についてしまったようだ。


 Mちゃん。中学1年生。先天的な奇形があり、両足は大腿の下に下腿がなくすぐ足がついていた。小さい頃に切断手術を行い、両側大腿義足をつけ松葉杖で歩行している。手指の方も5本全部なくて、片方は3本、もう片方も通常の手の形とは違っている。
 Mちゃんが小学校3年生の時、両親は離婚した。母親は実家近くに家を借りて保険の外交員をしながら中学生のMちゃん以下4歳の弟まで3人の子どもを育てている。
 この夏休み義足が合わなくなったことで、新しい義足を作るのとその義足に慣れるための訓練ということで入所をした。入所中は結構やかましく元気がありあまるほど活発に他児と行動している。時には反抗的態度もとることもある。 ある時「Mちゃんも結婚しなくちゃね。」などと話の中でそんな会話が交わされたとき、「私、結婚なんかしない。こんな体でもらってくれる人なんかいないもの。」と彼女は言う。
 また、以前修学旅行シーズンのときは、「家にはお金がないから、旅行なんて行けない」ということも言っていたこともあった。
 多感な時期に両親の離婚を経験し、それに加えて自分の体の悩みなどで彼女は時として自分や世の中を否定的にとらえる面がある。学校でもそれほど親しい友だちがいるわけでもなく、母親にも自分の内面をあまり語ろうとしない。休みの日でも一日中家でテレビを見たり猫と遊んで過ごすという。内面の葛藤を母親に対して反抗的な態度をとることで訴えようとしているのかもしれないが、母親はそんな彼女の気持ちをあまりわかってやることができないのか、「いちいち口ごたえするし、兄弟の面倒も家の手伝いもしないダメな子」と言う。
 奇形の子どもたちというのは、外観的にグロテスクなゆえに周りの人たちは奇異の視線を奇形児に投げつける。奇形だけで知的障害がない子どもは、比較的早い時期に自分の障害や身体像を受容させられ、同時に周囲の偏見の目を肌で感じ始める。
 いろいろ話をしてみると、本当は素直でとても良い子なのだが、今はまだ彼女の心は閉ざされている。

 

 最近、自分の職業に対する疑問や壁にぶち当たることが多い。こういう大きな組織、様々な専門職の集団の中で仕事をしていると、それぞれの専門としての位置づけは確保されているが、それに固執するあまり他の職種との歩み寄りの少ない現状もある。
 また一人の子どもの治療〈訓練)方針を立てる際も、一応カンファレンスは開かれるのであるが、最終的には医者の意見が優先されてしまう。我々の大多数の意見は参考までに聞く程度で、結果的には無視される。医者も理学療法士も作業療法士も看護婦も保母もそれぞれの立場で子どもを評価し、よりよい養育を目指す気持ちは皆同じなのに・・。最終的に医者がそれぞれの意見を取り入れ総合的な判断を下すのがリハビリテーション医としての役割だと思うのだが、たいていは主治医の独断的な意見が優先される。そういうことの繰り返しが続くと、「あの先生に何を言っても無駄だ」というあきらめの気持ちが職員の中におこり、カンファレンスも形式的なものに過ぎなくなる。
 入所病棟の子どもたちは、看護婦や保母の人手が足りないと、重度な子どもたちのほとんどは、寝たきりのまま床にゴロゴロさせられているか、動き回る多動な子は、柱に紐で縛りつけられて動きを制止されていることが多い。訓練室での訓練と、病棟での訓練〈主に看護婦たちがかかわる生活動作的なもの)がうまくかみ合えば良いのだが、病棟でもこんな点に注意してほしいというアドバイスも、日々の雑多な業務の中では十分いかしきれていないのが現状である。
 センターの方向性が従来の施設というイメージから病院という方向へ転換しつつある現在は、入所よりも外来部門に重点がおかれ、我々にも患者(児)の訓練件数をあげることが要求される。日々のノルマをこなすことに精一杯で、病棟の子どもたちの指導に十分な時間がとれない。心に余裕のない毎日・・・。


 年々増え続ける患者(児)数。訓練効果をあげる上では頻回な訓練回数の確保が望ましが、現状は月2回の回数を確保するのがやっとである。それも遠方からの来所となると、せいぜい月1~2カ月に1回にならざるを得ない。
 親御さんたちはわが子が少しでも良くなるならとの切なる思いでなんとか頻回に通いたいと願う。そんな親御さんの気持ちに心の中では大いに共感しながらも、様々な言い訳をつくって徐々に回数を減らさねばならないのが現状である。
 乳幼児の時期は集中的に訓練ができる環境にもあるが、学童期に至ると学校生活が優先されるため、次第に訓練に通う時間も減っていく。しかし親にとってみれば、学校に入っても今まで通りの訓練回数を要求してくる。限られた時間枠の中でそのような親たちのニーズをすべて満たすことはとうてい不可能である。
 そういう現状を主治医に話すと、「今までたくさんの手厚いサービスをしてきたのであって、学齢期になれば養護学校でも『養護・訓練』というカリキュラムがあるのだから、そこでおまかせすればよい。何もそこまで過剰サービスをする必要はない」と言われる。
 確かにセンターにはセンターの事情もあり、役割もあるから、それも仕方のないことなのかもしれない。しかし、このような親御さんのニーズを全く無視することもできないし、私の中でいつも引っかかる問題でもある。


 20年前の記録だけど、ついこの間の出来事のようによみがえってくる。そして、現在の療育環境とそんなにたいして変わらないのかもしれないとも思う。


 

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Author:TTmama
医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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