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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

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パワーハラスメントな職場の実態

  新聞記事特集より(パワハラの実態を報告したシリーズ記事『追いつめられて』に反響)

 「極端な成果主義が人間関係を険悪にし、パワハラを引き起こしている」。首都圏の20代男性は、そう指摘する。ノルマ未達成の営業マンが「裸踊り」を命じられた。

  
 携帯電話の販売会社で営業をしている。半年ごとの販売実績が、ボーナスに影響する。2期続けて実績が悪ければ降格し、基本給も下がる。「同僚に協力しても、人間関係はギスギスし、足の引っ張り合いになる」
 課長は、部下の実績が評価に連動する。「オレの評価にかかわるんだぞ」と毎日怒鳴り、気に要らない部下には「客を外すぞ」とおどす。入社してまだ1年だが、男性は転職活動中だ。
「ピリピリした雰囲気で怒号がとびかう。がまんできない」


 食品加工工場で現場責任者として働いていた息子(当時41)は今年6月、勤務先で首をつって自殺した。「明るくて友達が多くて、自分で死ぬなんて考えられない子だったのに」
 同僚によると、上司から「お前に生きている価値を認めない」などと叱られていた。「怒りと悔しさで、無念極まりない」と男性は語る。

 

パワーハラスメントが横行する会社が増えつつある。
 社会のシステムと無関係ではない。
 成果主義や評価主義がはびこる職場の中にあって、人間関係をもギスギスしたものへと変貌していく。
 もし、発達障害を持つ人が、こういう職場環境にあったら、まっさきに首を切られたり、パワハラを受ける対象となるのであろうか。
  
 
 
 
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高齢者は長い人生を生き切った人

 今日、以前から見たいと思っていた映画「くじけないで」を鑑賞してきました。

 90歳から詩を書き始めたという柴田トヨさんをモデルにした映画です。
 
 柴田さんが出された詩集は以前より読んでいましたが、どの詩を読んでもかざらない言葉で心情を表現し、いろんな辛い体験や悲しみ、苦労もたくさんあったはずなのに、詩に表した時には前向きな言葉がならび、本当に素晴らしい自分らしい生き方をまっとうされた方なのだと感じます。
 
 映画の中でも、トヨさんの人生の歩みが映し出されていきますが、ああいう人生を生きて来たからこそ、あのような詩ができあがったのだということも改めて映像を見て思いました。

 私も含めて、高齢者の分野で仕事をしていると、80~90歳も超えた高齢者達と関わる中では、「高齢者とはこんなもの」という一種のイメージで見てしまっているのではないかと思うときがあります。

 私たちは、その高齢者と接するときには、その人がそれまで生きて来た足跡を一応は聞きとりはするものの、決して家族とは違い、その人と一緒に歩んできたわけではありません。相談に来た時点からの関わりしかないわけです。
 
 トヨさんは詩集も出して、それがベストセラーにもなり、彼女の人生も映画化されるようになり有名になりましたが、一人一人の高齢者の人生に思いをはせるとき、その人個々人の人生模様があるはずなのです。

 しかし、ひとたび認知症になれば、「認知症の老人」という枠で評価したり、一人一人顔も個性も違うのに、「認知症の人はこういうタイプ」とレッテルを貼ったりしがち。

 
 映画のなかで、医院の待合室でヘルパーさんや他の患者さんがおばあちゃん呼ばわりするのですが、「おばあちゃんじゃない、トヨさんよ」と、トヨさんは静かに、でもはっきりと応える場面があります。

 またトヨさんの詩にも次のような一節があります。高齢者は長い人生を生き切った人であり、喜びも苦しみもいろんな心模様を体験しつくした人。そういう人生の先達に私たちは幾らケアマネジャーだの、ヘルパーだのと専門職として関わるといっても、けっして「高齢者」という一緒くたな見方をすべきではないという気がします。

   
   私を
   おばあちゃん と
   呼ばないで
   「今日は何曜日?」
   「9+9は幾つ?」
   そんな、バカな質問も
   しないでほしい
   
   「柴田さん
   西条八十の詩は
   好きですか?
   小泉内閣を
   どう思います?」
   こんな質問なら
   うれしいわ

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発達障害者フォーラムに参加して

 毎年、年1回、「発達障害者支援センター」主催の研修会がこの時期に開催されます。
 テーマは、前回は「発達障害児の早期療育について」でしたが、今回は「思春期、成年期以降の発達障害者の支援」がテーマでした。
 特に就労支援の課題について講演・シンポジウムがありました。
 支援者はもとより、当事者の親の参加も結構ありました。

 障害学生の相談窓口を置いている某大学の心理相談室の教授の話では、診断のついてない発達障害者(と思われる)学生が年々増えていること、そしてそういう学生の中に就職が決まらない学生が多いなど。
 若者サポートステーション(15~40歳までの無業者無学者を支援する機関)のが代表者。
 その他ハローワークの障害者支援窓口の職員の話、障害者職業訓練センターの職員の話などがありました。
 ハローワークや職業訓練センターの人の話では、発達障害者の人たちの就労相談にいかにも頑張っているような話ぶりで、こういう制度がありますから是非活用してください・・というような感じの話でした。

 しかし、最後にシンポジストで「親の立場から」壇上に上がったある母親の話が、この発達障害者の課題がすべて集約されるような説得力のある内容でした。

 「息子は小中高といじめに遭い、自己否定の中で思春期までを過ごした。卒業後は地元にいたくないと言って、県外の専門学校に入学したが、余暇活動の他市ぐらいにしかならず、仕事に結びつくものではなかった。しかし、発達障害者にとって仕事以外の余暇を楽しむということも大事だと思っている。就職は地元には戻りたくないといって、都会の方で職を選んだが、なかなか決まらず。地元で障害者手帳(精神障害者福祉手帳)もとっていたので、ハローワークに相談したら、発達障害者の障害についても無知な相談員だった。障害の程度が軽いので「クローズ(障害名を出さず、一般就労枠で)」で探し、なんとか契約社員として雇ってもらえたが、最低賃金で、とても都会の一人暮らしの生活で家賃からなにからを自分の給料で賄うことは到底出来ず、親の仕送りがなければせいかつもできない。それに、職場の理解もなく、二次障害のうつ病も発症し、今も精神薬を服用しながら何とか仕事を続けている。受診も都会の病院ではどこが良い病院かを探すことも困難で、結局通院だけは地元に戻り療育センター時代に診察してもらった先生が某精神科の病院にいるのでそこに通っている。
 この先親もいつまでも支援できるわけもない。息子の住む自治体で障害者年金などについて相談しても障害の程度が「軽い」がゆえにそれもままならず。小中高と「普通学級・普通学校」に入ったが、何のために普通学級にこだわって頑張ってきたのか・・。今思えば、進路の選択は就労を見据えた職業支援のある学校を選べば良かったのかと振り返る。
 自分もこの地域で「発達障害児(者)の親の会」を主催してきた立場でもあったが、その当時も「親がそんな活動をしているから子どもがダメなんだ」「お母さんが仕事をしているから」とさんざん親までも責められたこともあった。
 自分もそういう親の会をしていたこともあり、以前も県が主催する会議にも招集され、そこでも意見を言ってきたが、今もあのときとそう支援の実態は変わっていないのではないか。
 座長の精神科医を前にして大変申し上げにくいが、県内の発達障害者を理解して診断できるドクターも大変少ない。子どもの年齢は小さい時は療育センターなどでも見てもらえるが、学齢期を過ぎた途端、相談場所がなくなる。医療も途切れたりする。いろんな支援機関が機能的に連携できていない。ハローワークの職員も自分の住むエリアの障害者支援窓口の職員は発達障害自体をあまり知らない人がいる。シンポジストで話された方の地域は中核市なので支援体制もできているのか分からないが、地方の市にはなかなか体制が行き届いていない実情がある。
 親の会はやめたが、今でも自分の子どもが小さかった頃抱えていた問題を、発達障害児と診断された今の親たちの動揺に抱えており、ときどき相談にのることもある。」
 
 最後のこの母親の発言にすべて集約されたなあと感じました。
 会場からも、当事者の親達からの辛辣な現実的な質問が飛びかいました。
 「ハローワークにいって障害者枠で相談しても、発達障害=精神障害者福祉手帳の所持になるため、〝実際は身体障害者の求人があるが、精神障害者となるとなかなか難しい”と言われた」
 「窓口で〝アスペルガー症候群ですが」というと、〝アスペルガーって何ですか?”と逆に聞き返すハローワークの職員もいた。ああいう人たちは数年で異動するのかもしれないが、障害者の就労支援の窓口にいるなら、もっと発達障害のことを勉強してほしい」
 「若者サポートステーションは40歳までの人を対象とあるが、自分は44歳(女性)で広汎性発達障害。(3人の子どもさんも皆発達障害)44歳の自分の支援はどこでしてくれるのか?これから更年期にもさしかかり発達障害に加えて精神的身体的な課題も出てくると思うので、40,50代でも支援体制は必要でないか」
 「発達障害の就労は実際どのくらい会ったのかという質問をハローワークでしたら、たった1件だった」

 むしろ壇上に上がってたいそうなことをしゃべっているシンポジストよりも、いろんな支援機関に出向き、翻弄されている当事者の親御さんの方がよっぽど現実や課題を見据えていると思いました。そういう親や当事者たちの課題を吸い上げず、いつもこういう研修を企画する主催者(県や自治体など)は、表面上の連携・表面上の会議、表面上の研修会を企画するだけで、最後に発言した親の立場からのシンポジストのいうとおり、実質的な連携や支援体制をどう作り上げるかを考えてほしいと思います。
 
 このような立派な研修会やシンポジウムなど開催するのはいいことだが、いまだに啓発だけで終わっている現状。そして県内の発達障害者をとりまく現状は何も変わっていない。それがきっと私だけでなく会場にいた多くの参加者が感じた感想だと思います。


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専門職の中にみる本音

 ある社会福祉士の女性が職場の同僚後輩社会福祉士に相談を持ちかけていました。
 「私の親戚に統合失調症のいとこがいるんだけど、以前はある企業に就職したんだけど、発症してから実家に戻り、今は仕事もしないで引きこもっているの。彼は私の母方の弟の子なんだけど弟一家もいろいろ問題があり、うちの母親が何かとその家庭を気遣ってはいるんだけど、そのいとこはいつも家にこもって意味不明な行動や言動を言っているから、私はああいう人には関わりたくないの、実家に行って彼の話を聞くのも嫌だし、会いたくもないの。ねえ、○○さん(後輩)、あなた私のいとこの後見人にでもなってくれない?いとこの住む役所に福祉の相談に行けば、そういう相談なら私が専門職だということも知っているから、私に聞いたらどうですか?と言われるに決まっているし。でも私は関わりたくないし、そういう人間が身内にいるってばれるからあまり実家の市役所には行きたくないの」と言っていました。

 そんな会話をしている専門職の立場である社会福祉士は、職場で関わる統合失調症の人たちへの支援もしていますが、彼らを見るまなざしも本音のところではそんな価値観で接しているのかなあと思ってしまいます。
 
 自分の身内にそういう対象が生じた時に、職業として関わっている自分の人間としての価値観があぶりだされてくるものです。自分は常日頃立派なことを言って表面上は専門職としてそういう当事者と関わっていても、いざ、自分の身内が同じような境遇に遭ったときに、自分の人間性の部分も浮き彫りにされてくるものだと思います。
 結局その社会福祉士とて、「統合失調症を抱える人間」に対する評価の仕方がその程度のものなのでしょう。

 
 
 

  

味方になるには勇気がいる

 私が今通っている研修で、講師の先生が話されたエピソードです。


 その先生が以前入院したいた病棟の患者さんの中にはいろんな事情を抱えた人がいました。その中でも、ルールを守らない、いわゆる病院スタッフからみたら「やっかいな患者」と言われる患者さんが同じ病室に入院していました。彼はいつも看護師や医師をてこずらせる患者でもあり、先生自身もあまり良い印象は持てなかったそうです。
 あるとき、その患者さんが脱走しました。病院のスタッフは必死であちこち探し回りました。そして家に帰っているとわかり、あとで病院に連れ戻されました。
 看護師たちはその患者に向かって一斉に「なんてことをしたんだ!」と言わんばかりにきつい視線と口調で注意したそうです。
 その中に一人の看護師が、「でも、よっぽど家に帰りたかったんだよねえ」とその患者さんの気持ちをくみ取った言葉を患者さんに投げかけたとたん、周囲の看護師達の目がキーっとなり、声をかけた看護師に向けられたそうです。
 
 先生は、「周りのスタッフが皆その患者さんを〝注意すべき人間”と評価しているときに一人だけ患者さんの気持ちに寄り添った発言をしていたけど、これは周囲の看護師たちにとっては“あるまじき発言”と捉えられていた。しかし、こんなときに、一人でも味方になってあげることってとても勇気がいることなんだと気づかされた」
と、今の仕事(カウンセラー)の原点にもなる一つのエピソードだったと話されました。
 
 いつも「こうあるべき姿を」求められ、「自分たちの指導に従えない患者(利用者)は厄介な患者」というレッテルを貼られてしまえば、そこから逸脱する患者はみな疎まれ、「指導の対象」でしかなくなってしまうでしょう。
 どんな患者(利用者)でも、その人なりの「思い」があるわけで、そこに「寄り添った発言」をすれば、「指導ができない」とばかりに、発言した人が「悪者」になってしまう・・。
 そんな状況は結構私の職場でも経験しています。

 周りが当事者の行為を「負」の感情で見て(評価)しているときに、ひとりだけその人(行為)を「正」の感情(寄り添う姿勢)でとらえようとするとき、その人のとった行動は周囲からは受け入れられずに浮いたり、孤立感を招くことすらあります。
 それでも、その人にあくまでも寄り添おうとするときには、ある種の勇気が必要なのです。
 私もそんな「勇気」を持ちたい・・・。


  人は不合理、非論理、利己的です。
  気にすることなく、人を愛しなさい。
  あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
  目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。
  気にすることなくやり遂げなさい。
  善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。
  気にすることなく、善を行い続けなさい。
  あなたの正直さと誠実さとがあなたを傷つけるでしょう。
  気にすることなく正直で誠実であり続けなさい。
  助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
  気にすることなく助け続けなさい。
  あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい。
  けり返されるかもしれません。
  気にすることなく最良のものを与え続けなさい。
     (マザーテレサ)

 

本の紹介

統合失調症がやってきた統合失調症がやってきた
(2013/08/07)
ハウス加賀谷、松本キック 他

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ある研修会で、精神保健福祉士の講師から紹介された本です。
 「松本ハウス」という漫才コンビの片方ハウス加賀屋さん統合失調症を発症するまで、そして発症してから相方松本キックさんと漫才コンビを組むまで(このときも病気を隠しながら仕事をこなしていました)、病気はが悪化してコンビ活動を休止し、入院加療に至るまで、そして退院し再びコンビを再開して現在に至るまでの様子を当事者のハウスさん、そして相方のキックさん双方の立場から書かれたものです。

 親に反抗のなかった小学生時代、いい子の仮面をかぶり親の要求に本音を殺して応えようと頑張ってきた。しかし、小学校高学年のころから幻聴中学生になると幻視も出現し、次第に学校生活にも適応できなくなる加賀屋さん。
 その後二人はそれぞれが、お笑い芸人の道を目指すこととなり、偶然コンビを組むことに。一時期は売れっ子芸人としてテレ出演も多くなったが、そういう環境の影響から病状が悪化し、とうとう入院なければいけなくなり10年近くのブランクが・・。

 この本で一番印象深いのは、相方の松本キックさんの、統合失調症を抱えるハウスさんへの自然体で見守る姿勢です。病気が悪化し活動を離れている間も、決してつかず離れずの距離で相方を見守る、その見守り方が本当に自然体でいいのです。
 そして統合失調症を持つ芸人として今では、逆にそれを武器に統合失調症の理解や啓発を漫才のネタにも盛り込んで活動されています。
 
 一度読んでみる価値のある本だと思います。

ある宴会での会話

 職場の宴会での会話

 同僚のAさんと隣り合わせに・・。
 いつも自分の「自慢話」に、今回は「お酒」の力も加わり、さらにヒートアップ。
 もう一人の後輩と一緒に彼女の話をじっと聞いてあげました。

 A[うちの子の上二人(大学生の女の子と高校生の男の子)は頭もよく、〝いい子”できたから私の理想の子どもたちなのに、下の子の○○(小学生の男の子)は、できが悪くて・・・・。あの子と私は合わないから嫌い!」
 後輩「そんな、子どもはどの子も可愛いんじゃないですか・・・」
 A「どうも私の感覚と彼の感覚が合わないんだよねえ。すぐ癇癪を起こすし・・。そのくせ一番母親っ子なんだけど、私がどうも感覚的に彼をよせつけないのよねえ・・。」

 A「父親は子どもたちみんな嫌ってるし。うちはお父さんが私より早く帰るから食事の支度は父親の仕事。」
 後輩「まあ、お父さんが食事作ってくれるなんて、うらやましい!」
 A「でも、彼の作った食事はまずくて食べられないの。だから私は彼のものを食べなしぃ・・。」
 後輩「そんなぁ、せっかくご主人が作ってくれるんだから感謝してたべなきゃあ・・・」
 A[いいのいいの、感謝なんかしたらつけあがるし、第一我が家では子どもたちみんな父親のいないところでは私に〝お父さんの作ったものまずい、やっぱりお母さんの方がおいしい”だって」
 
 A[主人は職場は全然忙しくないし、自分は毎日残業で大変なんだから、ご飯作って当たり前でしょ!。毎日5時過ぎるともう家にいるんだから・・。」
 
 A「職場のストレスを娘や息子に愚痴ると、いつも〝それはお母さんの言うことが正しい、お母さんは間違っていない”と子どもたちが私の見方になってくれるの」
 A[家に帰ると、主人の顔なんて見たくもないから、〝私の視界から消えて”と言うとさーっと二階に上がっていくわ」
 
 とまあ、飲んでなくても、いつもこんな感じの会話が毎日です。
 
 こういう会話を聞いていると、その人の家庭での家族関係や価値観が透けて見えてくるものです。
 しかし、当の本人は気づいていないのですね。
 周りだけは、「あの人と話をしているといつも自分の自慢話とご主人の悪口ばっかり」としっかり評価しているのですが・・・。
 

ひきこもり調査の結果

 県内版のニュースで、「引きこもり調査の結果、県内には引きこもりの人が790人いることがわかった」という調査結果を発表していました。

 この調査は春頃に民生委員に依頼して担当地区に引きこもりの若者(成年も含め)がどのくらいいるのかを実態調査した物の結果を県が取りまとめたものをマスコミで取り上げたものでした。

 この790人という数字の信ぴょう性がどうなのかはわかりません。実際、民生委員だってどのようなルートでその数字を出したのか?
 直接自宅に訪問して「お宅に引きこもっている人はいますか?」と尋ねるわけでもないでしょうし・・。
 家族から直接「実はうちには、こういう子がいるの」とど相談されれば別ですが・・。
 たいていは、近隣や関係者からの情報で「あそこの家には、いい年しても仕事をしていない青年がいる」「最近閉じこもっているようだし、顔も見ていない」などの外部からの声をもとに間接的な調査結果の数字でもあるわけでしょう。

 実際、民生委員と一緒に会議を開いたり、情報交換をすることの多い立場にも私はありますが、正直民生委員さんたちは、「県や市から次々と調査物ばかり多くて大変だ」とぼやいてもいます。
 ましてや、引きこもりの調査は、導入が一番難しいとも・・。
 「引きこもり」と一口でいっても、中身は個々の事情で違います。民生委員は守秘義務があると言いながらも、民生委員に情報を提供する近隣住民などには守秘義務はありませんから、勝手な想像や思いこみでその家庭を評価しているとも限りません。
 
 県は引きこもりの実態調査をして数字を公表するだけで、対策は何をするのか?
 ずっと前に「引きこもり相談センター」を設置して相談対応すると言いながら、じゃあ相談の電話を入れれば、(結局専門家でない嘱託の職員が少ない人件費で雇われているだけ)「その相談だったら○○精神保健センターへ」「それは市町村の福祉課へ」と結局たらい回しにするだけ・・。
 
 私達の職場(行政)には、こういう調査物や報告物が毎日のようにきて、提出を求められますが、「実際その調査をして何なの?」という感想も正直なところ・・。

 引きこもる原因になる社会情勢を変えない限り、いつまでも「引きこもる当事者や家族」が悪者にさらされるような違和感を持ちます。

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Author:TTmama
医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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