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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

子育て支援

 「子育てするなら○○市」のスローガンで子育て支援に力を入れていた○○市で母親が生まれて間もないわが子を殺してしまった事件がまたおきてしまいました。「また」というのは、昨年も同じような事件が起きていたからです。
 昨年の事件を受けて県や市町村では「子育て支援対策」を打ち出していました。保健師による訪問指導の強化や子育てサロンなどの開設などなど・・・。しかし、また同じような事件が起きたわけです。
 
 こういう事件が起きるたびに、マスコミがわっと駆けつけることとなり、「県や自治体は何をしていたのか」という追及が始まります。それを逃れるためにも、「これだけの施策をやっていました」と弁護に走る上層部のコメント。
 
 県では、各自治体に子育て関連の実態調査を要求してきます。リスクのある家庭や育児に悩む母親がどのくらいいるか、訪問回数は足りていたのか・・・など。
 さらに保健師たちは「虐待の徴候」を見逃さないようにと、乳幼児健診や家庭訪問指導でも母親の悩みにしっかり耳を傾けるというよりも、「子どもの体に傷はないか?」「母親の心理状態がどうか」などと、「職業的な感覚」で母親を「査定」し、その中でちょっとでも育児不安を訴える母親は、「ちょっと気になる母親」「リスクのある母親」としてカウントされ記録に残されることになる。
 それはそれで「業務」としては必要なことだと思うけれど、もっと根源的な「子どもを育てていくことの本質」(悩みがあって当たり前でありみんな通る道であること)を伝えてくれる人の存在が必要なんじゃないかと思います。それが昔は経験者だったりするわけだけど、(自分の母親だったり、姑だったり、祖母だったり、近所のおばちゃんたちだったり・・・)なかなか今はそういう環境の少なく、若い母親の「孤立感」はますます高まっているのでしょうか。

 こういう事件が起こるたびにその背景をしかりと見つめ、表面上の対策だけでは解決しない問題がはらんでいるような気がします。
 行政が考えるような「子育て支援策」をいくら打ちだしても、このような母親達の根源的な悩みや不安は簡単には解決しないような気がします。
 

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自覚のない人たち

 障害者支援・発達障害関連のプロぐより、引用させていただきました。いつもこのような思いは私も感じているので・・・。

 
 「はいはい」と言われたとおりに動いてくれる障害者のことは他に問題があっても意外に可愛がられてしまう。
 逆に自己主張する障害者には厄介者扱いにしてしまう。
  
 簡単に言えば、自分自身が感情にコントロールされているのか、コントロールできているのかの違い。
 障害者、障害者っていうけど、それは縮図であって、本当はどの人間も結局のところ同じだと思う。
 感情がコントロールできていないから怒鳴る。
 感情に流されるから疲れる。
 加えて自分に逆らうからムカつく。
 自分の言うことを聞かないからイラつく。
 自分を否定されたと思うから怒る。
 
 あと、言うことを聞いてくれる障害者や自閉症の癒されキャラ的な障害者を可愛いとか、癒されるとか、思ってしまうのは、受け皿である僕らに直接害を及ぼさないことがわかっているから。

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 「私があの人とうまくいかないのは、あの人が発達障害だからだ」などと、その人の障害やあれこれを「人を嫌ってもいい理由」にしている人がたくさんいらっしゃるようです。
 「発達障害のこの部分がどうしても合わないんだよね」というならわかります。
 そしてまた「自分にもそういうところはあるけれど」とか、「自分も別の面で生き辛いんだよね」と自覚しているならわかります。
 でも、自分は正常で、自分は正しくて相手が「障害だから」「精神疾患だから」「ACだから」おかしくて困っているという話にすり替える人を見るとうんざりします。
 相手を理解し、自分を理解するための名称を、相手を傷つけてもいい理由にしている。
 だから、私は告知に反対なのです。
 だいたい、告知が好きな人ほど「相手を傷つけてもいい理由」に使っているからです。
 「あなたはこういうところがおかしいのよ。障害なのよ。わかりなさいよ。」と迫ってくる。
 「障害を持っているあなたが悪い。」「障害を自覚してなんとかしないあなたが悪い。」の理論に落とし込んできます。
 でも、自覚できていないのは、そういうことを言う人の方。
 自分が正常で自分は間違っていないと思っている人こそが、実は自覚できていないACであったり、自覚できていない人格障害であったりするのです。
 自覚できている人は、むやみにそういうことを言わないものです。


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 「あなたのためだから」をしてしまう人というのは「素晴らしい行為をするのだから、私自身の存在を評価してくれて当然だ」と思っています。
 だから行為を否定されると、自分自身を責められたように感じ、相手が自分の善意からの行為を「受け取れないのが悪い」と相手に責任を転嫁するのです。

 どんなに純粋で、子どもを思う気持ちはだれにも負けなくても、子どもにうまく伝わらなければ教師じゃないと思っています。それなら子どもの遊び相手でいい。
 自分の気持ちに振り回されて、子どもがどういう反応をしているのかも見ないで、「ただ私の気持ちはこうなのよ」と押しつけてくる。
 子どもがどんなにビビって、委縮して先生の口調が怖いと思っても、親がそう話しても「私は子どもが好きなんです」の一言で終わり。
 いや・・違うから・・って。
 気持ちを分かってほしいと思うのは子どもの心です。
 大人は自分の気持ちをわかってもらいたいのはさておき、状況を冷静に判断し、仕事として適切なふるまいができているかどうか、自分が相手とどう関わっていくかを研究するものです。

 支援者も同じですよね。ボランティアもそう。
 ボランティアの人が、当事者を傷つけるのは、悪意のないかわいらしい善意だったりするんです。
 無邪気で何にも考えていないから。「助けたいから」「役に立ちたいから」それ、本当?
 先日わたしが「おかまいなく」といったところ、「それは寂しいんじゃないですか」と言われました。
 自分と他人の境界線をちゃんと引き、自立している大人なら「おかまいなく」がよくわかるはず。
 余計なおせっかいは不要だし、おせっかいをわかってあげるほどひまじゃない。
 押しつけの善意を受け入れるほど、疲れることはないんです。
 子どもが親に「あなたのためを思って」と言われて、「はいはい」と親の言うことを聞いてくたびれているのと同じこと。
 

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レッテルを貼りたがる支援者と親身になってケアする支援者

 最初から「あの人はああいう性格だからダメなんだ」「自分たちのいうことを聞き入れようとしないからうまくいかないんだ」と自分達支援者のいうことを聞かせようと「指導的に」かかわろうとする人たちへの有言無言の反抗をする利用者がいます。

 利用者は支援者のそういう態度が嫌いなので、支援者が言うことを聞かせようとすればするほど、かたくなに抵抗します。
 そういう人に限って「私たちの言うことを聞かない厄介な人」とすぐ相手に対してレッテルを貼りたがります。自分の支援の姿勢は棚に上げて・・。
そう言う支援者はその時点で相手(利用者)を下に見ているので、余計利用者もその力関係を微妙に察知し、〝自分はあなた達の奴隷にはなるまい”と、感覚的に拒否してしまうのかもしれません。
 ある利用者はそういう支援者が〝正論的な”アドバイスをしようとすると、とたんに両手で耳をふさぎ聞きたくないという態度を示します。
 しかし、支援者の方はそのような利用者の態度を、「都合が悪くなると、タヌキになって知らんぷり」「ああいう性格だからダメなんだ」とますます相手を非難するようになります。自分たちの支援がいつも〝正しく”自分たちの助言を受け入れない相手は〝困難事例”としてカウントされていくことになります。

 認知症の妻を虚弱の夫が介護している世帯で、以前ヘルパーも入っていましたが、やはりそういう指導的なヘルパーの関わりに拒否し、「ヘルパーなんか絶対使わない」と言っていた老夫婦世帯がありました。しかし徐々に自分の体力の低下につれ、介護も限界に近くなってきており、不適切な介護が招く数々の問題が生じてくるようになりました。
 新しく入ったヘルパー事業所のヘルパーさんは介護者の夫の心情や環境にもまずは受容的に関わり、決して利用者世帯を「指導的にどうしよう」という関わりではなく、まずは信頼関係を築くことから始め徐々に夫の信頼を得て行きました。
 最初のヘルパーのイメージが強かった夫も、次第に今のヘルパーの支援を素直に受け入れるようになり、今ではそのヘルパーに全幅の信頼をおくようになりました。ヘルパーの助言にも素直に従い、今では生命も危ぶまれていた妻の体調もすこぶる良くなり、夫もヘルパーと一緒に適切な介護方法も身につけて行きました。
 
 関わる支援者がどのように当事者(利用者)の個性を肯定的に受け止め、信頼関係を築きながらら接していけば、基本的に人は、その両者の人間関係によって信頼をつかみ、ひいては介護環境も改善されていくのだと思います。
 
 ただ、そういうことは頭では理解していても、実際に接していく中では、本音の部分で支援者がそういう状況や利用者の個性を受け入れることが困難な人ってけっこういるんです。支援者のプライドが許さないというような・・・。

 これからの介護業界、「地域ケア会議」だの多職種連携だのが盛んに言われる。関わる職種が多くなればなるほど、一人一人の専門職の価値観や利用者への目線や姿勢の違いにより、利用者をとりまく状況は左右される。
 利用者のよりよい生活への構築のための連携も、時として支援者間の縄張り争いになったり、支援者同士の批判が始ったりすることだって、現場にいれば誰だって多かれ少なかれ経験するでしょう。
 残念ながら、支援者のそういう態度を批判的に書いているブログというのもけっこう多いものです。

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福祉で仕事をする人

 生活保護行政に配属された新人(今年2年目)の男性職員。昨年は新規採用でいきなり生活保護の現業ケースワーカーを任され、無我夢中での1年間のようでしたが、2年目の今年は、仕事の内容やケース(保護対象者)との関わりにも余裕が出て来たようです。
 対象者も高齢者であったりすると、介護保険の認定を受けたり、サービスを利用していたりすると、包括センターにも相談が入り、一緒に支援することも少なくありません。
 最近、彼が包括に相談を持ちかけるときに、「○○ちゃんのことで・・・」と、高齢者への呼び方を「ちゃんづけ」で呼ぶことも増えました。
 最も、包括のメンバーの一部の専門職ですら、日頃からちょっといわくつきの対象者に対してはいつも「呼び捨て」で会話しているのですから、そういう会話を聞いていて、新人も「こういう境遇の人には〝上から目線”で接してもいいんだ」と勘違いしてしまうのもむりはないでしょう。
 確かに、現場で仕事をしていれば、生活保護を受けなければならない背景やその人自身の生きざまのなかには、我々が理解しがたい人生を歩んできた人もいないわけではありません。
 
 「市民の公僕」であるはずの公務員が、生活保護行政を任されると、最初は謙虚さを持って職務を遂行しようとしますが、次第に高圧的になり、「税金を使って生活させてやっているんだから、もっとこっちのいうことを聞け」という直接間接的な圧力がかかったり、言葉や態度が侮蔑的になったりする人もいないわけではありません。
 
 生活保護を受けている人たちは保護を受けざるをいない背景(障害・疾患、経済的問題)があるし、それは必ずしもその人自身の自己責任だけの問題ではないはずです。人間として最低限度の生活を維持する権利は誰でもあるはずなのですが、何か生活管理能力が低下していたりケースワーカーの支援が継続的に必要なケースとなると、担当者は、だんだん「やっかいなケース」というレッテルを貼りがち。
 先日は、包括センターでも関わっている精神疾患のある対象者が家にいない事で安否を確認してもらうために電話番号を担当者に聞いた時に、「もう死んでくれてもいいのに・・・」なんて発言をするありさまです。唖然としてしまいました。

 表面上は親身になって接してくれているように見えても、本人のいないところで交わされるいろんな侮蔑的な会話。
 

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発達障害児をもつ親どおしの付き合い方

 以前、次男の学校行事の見学をしていたときのことです。
 同じ学年の支援学級に通っているA子さんのお母さん(同じ町内会)も見学にきており、いろいろ話しこみながら見学していました。

 支援学級のクラスに、これまた同じ町会の発達障害のB子さんも在籍しているのですが、そのお母さんは「BちゃんはうちのAに意地悪をしたりするので、Aはその子が嫌いなんです。Bちゃんのお母さんも躁鬱病で、薬を飲んでいるらしく、挨拶しても気分が悪い時は返事もしないで常識がない、周りのお母さん達もBちゃんのお母さんとは話があわないらしい」「自閉症の親の会にも参加しているので、そこでも相談しているが、〝そういう人とは関わらない方がいい”と助言されています。」と。
 また、「町内会の役員の集まりの時も、Bちゃんのお母さんが役員になったとき、うちの父親に〝わたし精神障害で薬を飲んでいるので、あまり仕事ができない”というようなことを言っていたそうだ」「ああいう母親の子どもだからBちゃんもしつけがなっていなく、乱暴。うちのAもBちゃんがいると恐がって学校に行きたがらない」
 「お母さんがああいうふうだから、子どもも兄弟姉妹情緒不安定なんじゃないか」


  Aちゃんは高機能自閉症、お母さんも発達障害の当事者。一方Bちゃんのお姉さんも支援学級(今は中学)で、時々心理的問題で入退院を繰り返すところがあります。BちゃんはADHDの要素もあるのか、感情の起伏も大きいのでしょう。
 同じ発達障害とはいえども、いろいろその特性的なところは違うわけですが・・・。
 もともと、Aちゃんのお母さんはBちゃん一家(母子家庭)をあまり、好意的には思っていないようですが、以前Aちゃんのおじいちゃんが町内会長を務めていた時に、自分の孫も支援学級に在籍していることもあるからか、「この地域でいろんな障害を持つ子どもも、偏見なく育っていけるようにしなければならないと思っている」と言っていたことを聞いたことがあったのでした。

 きっとBちゃんのお母さんも感情の変化が大きかったり、女手一つで子育てをしなければいけない苦労もあるのでしょうが、同じように発達障害を持つ親同士という連帯感にはならず、相手の家庭環境を批判して、親の会でも「ああいう人とは関わるな」というアドバイをもらって、それで納得している状況を聞いているとなんか複雑な感情になってしまいました。

 Bちゃんの姉とわが長男は、中学校では仲もよく同じ町内会ということもあり、中学時代は何度も彼女の家に遊びに行ったりしていました。そのお姉ちゃんが入院した時もお見舞いに行ったりして(お母さんは確かに面会に行ってもあまり会話を交わすことはありませんでしたが・・)、子どもたちはそういう現実を素直に受け止めて付き合っています。
 同じ地域に、そういう家庭環境、親も精神的な疾患があったり、子どもたちも何らかの発達障害を持ち合わせている親子が住んでいる。私たちは、そういう家庭や親子に対しても同じ地域に住む人として、どう付き合っていくべきなのでしょうか?

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子育て関連の書籍から

これまで読んだ本の中で、参考になった書籍の紹介です。

●富田富士也さんの本
 「還る家」をさがす子どもたち―「よくやってるよ」そのひと言がほしかった
 「虐待」は愛からおこる
 言ってはいけない親のひと言―危険な瀬戸際に立つ子どもに 新 引きこもりからの旅立ち〈2〉
甘えてもいいんだよ―あなたをわかってくれる人は、きっといる
 子どもの悩みに寄り添うカウンセリング―教師・家族の「聴く力」が子どもを育てる
 縁・愛・願―子と親・家族を語る
憂き世を生きるカウンセリングマインド―せめぎあって、折りあって、おたがいさま
 だっこ、よしよし、泣いていいんだよ―子どものけなげさに出会うきょうのひと言 育ちあう親
 心を耕してみませんか
 家族カウンセリングから学ぶ人権マインド (シリーズ・人権マインド)
 いろいろあるね人生だもん―つぶやいてわかるカウンセリング・エッセンス
 子育てに立ち往生の親子へ―光明が差し込むカウンセラーの返信 (新・引きこもりからの旅立ちシリーズ)
 きっと元気が近づいてくる―添え木のことば こころ悩む親と子に
 「よい子」の悲劇
 聞いてほしいな、子どもの気持ち―たまには子どもの弱点を見逃してほしかった (企画室の子育てシリーズ 45)
 「いい母親」をやめたい事情―家族とつながりたい妻たちのSOS
 ストレスから子どもを守る本

 ●池添 素さんの本
  ちょっと気になる子どもと子育て―子どものサインに気づいて!
いつからでもやりなおせる子育て―子どもといっしょに育ちを振り返る
 
 ●佐々木正美さんの本
 子どもへのまなざし
 子どもへのまなざし
 育てたように子は育つ―相田みつをいのちのことば (小学館文庫)

 ●浜 文子さんの本
 育母書―子育てにとまどうことありますよね
 子どものとなりで親になる―自家製育児のすすめ

 ●明橋大二さんの本
 輝ける子―100メートルを10秒で走れと言われてもさ、いっくら努力しても走れない奴っているじゃん
 翼ひろげる子―子どもの生きる場所は、家庭、学校、友達の3つ。そのどれか1つにでも自分のことを受け止めてもらえるならば、子どもは生きていける
 思春期にがんばってる子―お母さんもお父さんも、おまえのことが大好きだよ。たとえ学校へ行けなくても、おまえは、とってもいい奴だよ。
 この子はこの子でいいんだ。私は私でいいんだ―これで、子どもの未来が輝く
 
 ●山田 真さんの本
 子育て―みんな好きなようにやればいい
 子育て・楽天主義―赤ちゃんは「ゆったり」がいちばん
 
 ●石川憲彦さんの本
 子育ての精神医学―思いこみから自由になるために (〈ちいさい・おおきい・よわい・つよい〉ブックレット (6))

 ●内田良子さんの本
 カウンセラー良子さんの子育てはなぞとき
 幼い子のくらしとこころQ&A―カウンセラー良子さんの『単行本』
 
 ●柴田愛子さんの本
 子どもの「おそい・できない」が気になるとき―もっとラクに乗り切るコツ
 子どもを叱りたくなったら読む本―子育てでいちばん大事なこと

 ●鈴木秀子さんの本
 子どもを傷つける親 癒す親―シスター鈴木秀子の親と子の愛の絆12のステージ
 子どもをのばす「9つの性格」―エニアグラムと最良の親子関係 (PHP文庫)

 ●江原啓之さんの本
 江原啓之のスピリチュアル子育て―あなたは「子どもに選ばれて」親になりました (王様文庫)
 子どもが危ない! スピリチュアル・カウンセラーからの警鐘 (集英社文庫)

 ●毛利子来さんの本
 子育ての迷い解決法 10の知恵 (集英社新書)
 生きにくさの抜け道―子どもと大人の黙示録

 ●袰岩奈々さんの本
 感じない子ども こころを扱えない大人 (集英社新書)

 ●広木克行さんの本
 子どものシグナル見えますか
 人が育つ条件
 子育ては素敵なこと
 親と子の絆を深め合う道程(みち)
 子どもが教えてくれたこと

 ●小沢牧子さんの本
 心理学は子どもの味方か?―教育の解放へ
 「心の専門家」はいらない (新書y)
 子どもの権利・親の権利―「子どもの権利条約」をよむ (日外教養選書)
 心を商品化する社会―「心のケア」の危うさを問う (新書y)

 ●奥地圭子さんの本
 登校拒否は病気じゃない―私の体験的登校拒否論
 子どもに聞くいじめ

 ●渡辺 位さんの本
 子どもはなぜ学校に行くのか―子育ては「個育ち」

 ●森下 一さんの本
 不登校児が教えてくれたもの―3000超の症例が発する日本の父母へのメッセージ!
 
 ●宮本延春さんの本
 オール1の落ちこぼれ、教師になる (角川文庫)
 未来のきみが待つ場所へ 先生はいじめられっ子だった
 キミのためにできること
  
 ●児玉真美さんの本
 私は私らしい障害児の親でいい

 ●内藤祥子さんの本
 高機能自閉症―誕生から就職まで
 
 ●宮崎隆太郎さんの本
 増やされる障害児
 障害児とともに学ぶ―子どものこころが見えるとき (三一新書)
 「障害児」とつきあう感性 (1984年)
 傷つきやすい子どもたち―弱さを認めあう関係

 ●その他
 障害児の親から健常児の親へ―統合保育が当たり前の世の中になることを願って
 この人が語る「不登校」
 

 
 
 
 

地球の名言

プロフィール

TTmama

Author:TTmama
医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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