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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

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困難事例なんて・・・

ある町の退職した元保健師だった方が言いました。
 「自分たちは(現役のころは)それこそ底辺(の世帯)から上の家庭までいろんな世帯を見てきて、さもわかったような助言をしたり、知識でわかったような感じになっていたが、退職して役場から離れてみると、何にもその家庭の実態を知らなかった」と。

 それぞれの家族や家庭には、その家族の数だけの物語があり、価値観があります。
 はたから見て、あの家庭は・・・、あの家族は・・・、あの母親は・・・と思われるような家族や当事者にだって、そうせざるを得なかった人生の生き様や価値観や、運命のような誰の責任とも言えない背景があります。
 
 そういう個別の事情は、その人とじっくりつき合い、話を聞かせてもらわなければ見えてきません。表面上だけの会話や信頼関係がない中では、相手もおいそれとは自分のことは話したがらないでしょう。
 
 自分たちの職業意識や、正義論からだけで相手を評価したりしていては決してみえてこなかったでしょう。

 

 地域包括センターで、ケアマネジャー支援をしているあるケースのことです。

 もともと「困難事例」として包括の保健師や社会福祉士が認識していたケースで、認知症の妻を介護している夫があまりにも自分たちの支援の方向性にことごとく反発したり自分の意見を主張するあまり、専門職の方では彼の意見が「間違い」という認識を最初からもっていました。
 
 社会福祉士は夫をなんとか自分の思う方向に持って行こうとして躍起になり、どうしても「~しなさい!」として指導的に関わろうとします。
 そして「ああいうやつには強く引っ張っていかないとだめなんだ」と周囲のスタッフにも持論を展開し、自分の支援方針が正しいということを認めさせたがっています。

 ケアマネジャーもそういう強い包括のスタッフの指導にストレスを感じていることを、後日ヘルパーとして支援している某訪問介護事業所の所長より聞きました。
「包括(センター)に相談しても、ケアマネジャー達はみんな委縮している。○○さん(社福士)はなんであんなに傲慢なんだ」と。
 何回かケース会議に参加してその社会福祉士とも接した所長は憤慨して言いました。
 「△△さん(ケースの夫)は私たち(ヘルパー)にはとても信頼を寄せてくれ、介護環境も今は全然問題ない」とのこと。
 さらにその夫が言うには「○○(社福士)、あいつとはこれ以上関わりたくない!(自分たちを見下す)あの態度は何なんだ!!」とかなり怒り心頭だと、訪問介護書の所長には本音をぶつけてくるそうです。

 包括の社福士や保健師たちは「接近困難事例」としての利用者像で、「自分達(支援者の)言うことを聞かない厄介じじい」というイメージやレッテルを最初からもってしまっての関わり。
 かたや、ケアマネジャーや訪問介護事業者は「自分の妻への介護へのこだわりや愛情があり一生懸命に介護しようと頑張っている夫」という評価。
 しかし、その介護のやり方にこだわりやご本人の考えもあるから、信頼関係を作りながら、徐々にヘルパーとしても本人の意向を尊重しながら少しずつ小出しに助言していきました。
 今ではすっかりヘルパーの言うことを素直に聞いてくれると言います。

 そんな話を聞きつけた保健師と社会福祉士は「××さん(ヘルパー所長)だから言うことを聞くんだ。あいつは人を見て使い分けしている」と。自分たちの支援のやり方がいかに利用者の夫を傷つけてきたかなんか、まるでわかっていません。
 自分たちの支援に従わない(従えない)人はすべて相手が「厄介者」「言うことを聞かない困難事例」としてカウントされていく実態。

 そういうことをスタッフミーティングで助言しようものなら「多勢に無勢」状態で、専門職としての正論を振りかざす人たちに同調しないといけないという無言の圧力に、周囲のスタッフも何も言えない状況を作り出してしまいます。
 一人だけ反論したとしても、その反論した人が今度は陰で叩かれ、「あの人(私のこと)は能力のない人」というレッテルを貼られ・・・。チームアプローチもあったものではありません。

 最近ではケアマネジャーもほとんど包括センターには相談に来なくなりました。
 「包括に相談しても、事を大きくされ自分たちの方向に強引に持っていきたがるから」が主な理由です。
 
 彼女たちにとっての「困難事例」というのは、自分達専門職の考える支援のレールに乗ってこない人です。
 しかし、その中には当事者や家族に理解力や知識がない場合もありますが、この事例のように利用者の方が逆に賢くなり、あえて「言うなりになるものか!」と腹の中では反発心を燃やしている場合もあります。
 「困難事例」だから、自分達専門職の出番だとばかりに、ケアマネジャーや利用者を指導し始めたがり、支援の方針通りにいかないケースの場合は、ケアマネジャーの力量が足りないとばかりに叱咤・指導したり、利用者へ指導したりする方に走ってしまいます。

 そのヘルパー事業所は他の市や町にもサービスを提供していることもあり、そこの市や町のケアマネジャーからも「○○市の包括センターのイメージが悪いですよ」と言われていると教えてくれました。
 一番肝心なことは、当事者には一番聞こえてこない。
 
 
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これからの認知症施策

 平成27年度から29年度までの第6期介護保険事業計画策定に向けて、各自治体は来年度から具体的なスケジュールに追われています。
 介護保険も、実施初期のころは何とかしてサービスを利用させることに主眼が置かれていたのに、今は増え続ける保険財源をかに抑制するかに躍起にならざるをえません。
 合わせて、高齢者人口の増加に比例する認知症高齢者への対応が喫緊の課題になっており、国は「認知症ケアパス」を書く市町村へ策定を義務付けようとしています。
 先日、市町村職員を対象とした「認知症ケアパス作成のためのセミナー」に参加してきました。
 要するに、認知症高齢者への対応には、介護保険サービスだけで解決できるものではなく、地域あげての支援策を確立すること(住民の理解・啓発)、医療と介護の連携(係りつけ医の理解や認知症サポート医の養成)、介護が必要になった場合の地域に根差した小規模施設等のハード面の整備)など、包括的に取り組むことが必要であるというものです。

 政策を考える時というのは、高齢者に限らず、障害者施策でも、子育て施策でも、行政の担当者は、本当にその当事者の立場になって施策を考えているのかということが、よく問われます。
 このような計画も、3~5年ごとに策定することになっているため、ややもすると「計画策定のための計画立案」で終わってしまうきらいがあります。

 現に、わが職場でも認知症対策を考える職員自体に、自分たちは認知症にならないと思っているし、認知症者を「かわいそうに・・・」とか哀れみの視線を向けたり、逆に問題行動を起こすような認知症者には「厄介者扱い」したり、早く施設や病院に押し込め解決を急いだり・。「認知のじいさん(ばあさん)」などと認知症の高齢者を揶揄するような言い方で話をしたがる人もいます。
 半ば知識があるだけに、「ああいう人は」と自分たちの支援パターンの中に対象者を誘導してしまうきらいもあります。

 そんなことを考えながら聴講していたら、最後のまとめでシンポジストの某社会福祉法人の理事の方が「行政は、認知症の支援と言うとすぐ施設に入れたがり、家族と分断させて安心という考えの傾向が強いのではないだろうか?本当に認知症高齢者当事者や家族の思いを組み込んだ施策を考えなければいけない」と、ズバリ総括してくれました。

 いろんな施策を考える時に、有識者だけで検討するのではなく、やはり当事者達の思いをいかに汲み取りながら、施策に活かすかということって一番必要なことだと思います。

 でも所詮、行政が考える範囲にも限界があるし、策定する人たちの感覚次第によるところも大きいと思います。


 認知症ケアパスを適切に機能させるための研究事業の一つとして、認知症と行きつ人のための読本づくりに取り組んだ団体からの報告(認知症当事者へのインタビュー)もありました。

 (インタビューからの引用)

 よくある話で(認知症には)「絵を描くといい」とか、「歌を歌うといい」とかあるけど
 そもそも自分が楽しめなき ゃ意味がないじゃない。
 それは人それぞれなんだから、押し付けられるのは嫌だし
 何をしたいか、したくないかをはっきり伝えられたらと思う。

 認知症のせいで、できなくなる部分は確かにあって、そこは悔しい。
 できることまで周囲の人から手を出されると
 「余計なことをするな」ってなっちゃう。
 そういう見極めは難しいけど、
 人間関係の中で、しょっちゅう会ってないと
 分からないことってたくさんある。
 
 周りで「あーしたら、こーしたら」って言うけど
 それって、合っていることも合ってないこともある。
 こういうのもなんだけど、余計な迷惑なこともある。
 
 何ていうか・・・
 「承知した上での」普通のつきあいっていうか。
 (認知症のある人を)避けて通る人もいる。
 私も、嫌な思いをしたこともありますよ。
 そういうことは気になるけど、その他大勢の人は理解してくれる。

 「認知症だからこうすればいい」という考え方ではなく
 「その人にはどんなことが必要か」という考えに基づいて
 その人に尋ね、その人と一緒にベストな方法を探していきたい。

 認知症に限らずだけど・・・
 こと認知症に関しては、固定観念でみないほうがいい。
 勉強してきている人の方が、固定観念が強いように感じる。
 そう、医療とかケア職の人。

 
 
 
 


 
 
 

民生委員とは

 新しく改選された民生委員の中には、以前の仕事関係で関わった方も何人かおります。正直人間的にはというと、本当に弱者の味方になってくれそうかと言えば若干疑問に感じる方もいないわけではありません。
 民生委員と言うのは町会長などと違って、選ぶ基準は地域住民の関与のないところで決められるため、たいていは前任者や地域の有力者などの評価(地域での評判や知名度など)で推薦される経緯もあるようです。

 住民の中には「あの民生委員だったら相談したくない」という人も少なからずいたりして、また民生委員の方も本来守秘義務が課せられているにもかかわらず、つい仲のいい友人たちに何気なく話ししてしまっていたりという実態もなくもありません。
  
 そして民生委員からの相談の内容を聞いていると、その民生委員がどういう人間性を持った方かも分かってしまうところがあります。
 「ああいう人は地域にいてもらっては困ると、周りの人が私に言ってくる。(行政で)何とか施設に入れる方法はないのか」
 「あそこの家族は・・・・で、昔からそうだった」と対象世帯を批判的に捉える人。
 自分にとばっちりがこないように、極力関わりを持ちたがらない人。
 逆に「私がなんとかしてあげたい」「気になる」からとどんどんお節介を焼きたがる人。
 自分たちが安心したいがために早く事を解決したがる人。

 信頼されている民生委員だったら、地域の人にも話せないような内容や悩みを相談している人もいますし、所詮は民生委員になる人の人となりがすべてにおいて左右されるものです。

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医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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