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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

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利用者(患者)の自立支援を考える

 今、医療の分野では在院日数の短縮に伴い、リハビリテーションのゴール設定も個人差があるのに、最初に期間ありきで回復途上でも退院を余儀なくされてしまう現実があります。
 数ヶ月も療養できていた時代のリハビリテーションでは、急性期から回復期まで経過を追うことができたし、家族指導も行って自宅に送り出したものです。
 医療情勢や家族状況も変わり、自宅退院ができにくい現実も多くなりました。日中独居や高齢者だけの世帯、あるいは独居世帯では介助してくれる家族がいないと在宅では看れないとなり、入院時から施設入所を希望する家族も増えました。また、「治るまで入院させて欲しい」「自分のことが一人でできなければ帰ってきても困る」と退院を渋る家族も。
 そこで、すぐ介護保険を申請させ、入院時から退院時を想定した段取りをケースワーカーは計画するのですが、中には病院側の固定観念(これまでの経験上の事例)だけで判断し、「自宅で○○まではできないだろうから、ベッドでのオムツで生活だ」「自宅入浴はやめてデイサービスで入浴」として、介助中心の支援計画を病院側(というかケースワーカー個人の見解として)が決め付けて送り出している場合が多いような気がしています。
 
 また入院中の患者さんへの評価ってけっこう過小評価されているなあという思いもあります。認知症がないのに本人にとっては理由のある行動でも認知症患者として扱われたり、「この人はここまでの機能しか獲得できない(だろう)」と専門職のほうで決め付けたり・・・。(一人の患者さんを中長期的に経過フォローできない今の医療情勢よるところも大きいのかもしれませんが。)
 急性期病院に勤務するセラピストはせいぜい2~3週間(ないし1ヶ月前後)くらいしか関われないし、この先どんな風になって在宅生活になるのかなどというイメージがわきにくいという事情もあるでしょう。その後の回復期も生活期もその時期のみのかかわりになるので、一人の患者さんと経過を追って関われないからです。
 たとえば、脊髄(頸髄)損傷などの患者さんは発症から1~2年たった後でも機能やADLを獲得するようなことも間々あるのですが、たった1~2ヶ月程度の入院だけで「この人はここまでがゴールだから」といって、全介助レベルでの介護支援計画を作って退院させ、その後のリハ環境がなければ、一生寝たきり生活を余儀なくされてしまうんじゃないかとすら危惧しています。そこには障害を追っても社会参加」したり、ADLの拡大に向けてがんばろうする患者(利用者)に対しては、「安全に生活すること」を優先するケアマネジャーたちが担当すると抑制をかけるように働いてしまいます。

 介護保険がなかった時代のほうがむしろ、障がいをおっても自立して生活したいという思いは患者さん自身のほうが強かったです。特に年齢的に若い人たちはむしろ価値の変容のもと新たな自己像を作り上げようとして同じ障害を持つ仲間たちを求めて自らも前向きに生きようとしていた人が多かったような気がします。
 しかし、介護保険が導入されて以降は、若年障がい者であっても(退院させるためには)すべからく介護保険への申請を促され、行きたくもないような通所サービスを勧められ、そういう場所以外での活動をしたくても情報がなく、ますます生活空間の幅が狭められていってしまっています。
 復職への希望があっても、受け入れる職場環境がそれを許さなくなってきており(障害に見合った勤務体系や、配置転換などへの非協力さ)、結果退職を余儀なくされていきます。
 
 ケアマネジャーたちも、早く追い出したい病院側の意向を汲み取ることのほうが優先になり、とにかくてっとり早くできるのはベッドとポータブル・車椅子の準備など、福祉用具○点セットを用意し、入浴は通所サービスで、介助はヘルパーでという病院側の意向どおりに支援計画をする傾向があります。
 退院時はまだ在宅生活へのイメージが家族・本人・マネジャーにもよくわからないため、とりあえずは最初は「安全」に「転倒しない」ようにと抑制的に働くケアプランになりがちです。
 しかし、実際生活してみると、患者さんの自然回復の部分もあったりすると、自宅で患者さんが徐々に機能を回復してもケアマネジャー自身再アセスメントすることなく、身体機能や介護度がよくなっても自宅入浴という考えや発想はなく、延々とデイでの入浴を続けるとか、ヘルパーよるに買い物・掃除・洗濯・食事作りの援助のプランを続ける方もいます。本人も家族も「してもらう」サービスに慣れてしまい、認定を受けている以上、サービスを利用しなくちゃ損という感覚になってしまうのでしょう。
 ケアマネジャーだってサービスを利用させてケアプラン報酬が事業所にはいるわけですから、よくなって何もサービスを使わないとなれば、ただ働きになるので、ひとつでも二つでもとにかくサービス利用は続けて欲しいというのがホンネでもありましょう。 こうして、利用者・ケアマネジャー・サービス事業所双方がいつまでも延々とサービスが切れないようなシステムが生まれてしまいます。
 また認定調査を何度も受けている利用者は、こういう答え方をしたら、介護度が下がるということも、うすうすわかってくるので、訪問調査員にもオオバーにできないことをアピールする知恵を身につけている方もいます。
 予防給付が創設されたとき、要支援者への予防サービスでは、デイケアでいくらリハビリの効果をあげて、次回認定で「非該当」になっても、通所に通えなくなることを不満として再申請をしたりといった例もあります。(利用者にとってリハビリでよくなって自立することは、通所に行けなくなりせっかくできた仲間と会えなくなるというマイナスの状況を意味してしまうのです)
 
 介護報酬が増大し、財政負担が増えるというのは制度発足時にわかっていたことでしょう。
 しかし、この制度発足当初はもちろん自立支援の理念は法律にうたわれているにもかかわらず、とにかく制度を浸透させることのみが優先され、「利用者を増やす」ことにあったことは自明です。要支援者でも電動ベッドをどんどん貸し出し、軽度認定者にも家事援助のヘルパーを勧め、自宅入浴に不安があるといえば、家族も介助してまで自宅で入浴させることをいやがり、介護保険でデイサービスへ行ってもらえば楽だと。そしていつのまにか、保険料を払っているんだからサービスを利用しないと損とばかりに、掘り起こしを進めるサービス事業所やケアマネジャーも増えました。

 いまさらながら自立支援型サービスの導入なんて、介護保険制度発足から理念として言われ続けてきているのにも関わらず、何で今頃になってまた「地域包括ケア」だの「地域ケア会議」だので、リハビリテーションの視点で専門職を会議に参加させ、助言指導させたがるのでしょうか。そんなことは何も大掛かりな会議を開催してまでするものでもないでしょう。現にこうやって一人の患者さんを通して病院から自宅に帰るに、リハ職種とケアマネジャーも直接患者さんを目の前にして(患者さんの訓練場面を見学するなどして)直接伝授しながら、顔を合わせながら事例を共有していけばいいだけの話です。
 病院によって異なるとは思いますが、わが病院に限っていえば、退院時カンファレンスにリハ職種が参加することはほとんどありませんし、ケースワーカーはそこまで予後予測をもって退院時の生活をイメージしているわけではありません。
 結果、ケアマネジャーたちは日ごろ顔を合わせているケースワーカーの意見を優先的に取り上げそのまま支援計画に盛り込みます。
 あるケアマネ事業所の管理者が嘆いていました。「退院当初は安全・安心の確保も必要だと思うから、病院側のいうように介護中心のケアプランでも仕方ないのかもしれなkが、だんだん利用者もできることが増えていけば、そのつどケアプランを見直しヘルパーの関わる回数を少なくしたり、自立支援に向けたプランニングを模索することが必要なんじゃないかということを同僚たちに助言しても、”だって病院の○○さん(ケースワーカー)がそう言うんだから”といっプランを見直そうともしない。○○さんの意見が絶対なのよね。これでも主任ケアマネジャーとして研修もうけているのよ。」と言うではありませんか。

 そして今、国の介護保険行政の中心的な柱が「地域包括ケア」「地域ケア会議」の構築だという。その目的のために国の意向に合う有識者や、モデル事業などで効果をあげた自治体の関係者および成果をあげたサービス事業者・専門家が各地方自治体が主催する研修会に講師として引っ張りだこです。
 いつも国が考える介護保険制度改正の際には、その時々のトピックとなるような事業や施策に合致した御用学者や御用専門職が取り上げられます。そして以前のトピックとなった事業はいつのまにか葬られてしまうのです。(H18年に打ち出された”予防重視型システム”で盛んだった介護予防事業では運動器の通所事業でパワーリハがをはじめとする各種運動事業が推奨され、通所事業所でも大型な器機を導入しましたが、今ではとっくにすたれてしまいましたし・・)
  
 理念(自立支援)と現実(サービスを利用したがる高齢者と利用させたがる業界)のギャップが続く限り、いくら目先でころころスローガンを変えても根本は変わらないと思います。
 いっそのこと、サービス利用して介護度が下がった場合には報酬を高くするとか、改善プランを実施し、成果をあげたケママネ事業所やサービス事業所に加算を多くつけるなどしたほうがよほどモチベーションがあがるのではないでしょうか。

 
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患者さんの評価

  80代の男性が脳梗塞を発症し、急性期病院からリハビリ目的で転院しました。
  最近の医療事情は、転院時に退院をごねられるのを危惧して、期限付き入院を要求しがちです。在院日数の問題はどこの医療機関でも経営に影響を及ぼすのでそれもある意味仕方のないことかもしれませんが。
 この患者さんには、最大で60日の入院期間が認められ、それ以上の入院になるなら主治医は受けないととことで、家族も了承し転院してきました。
 しかし、入院当初の機能は右完全(弛緩性)麻痺であり、バランスも悪く日常生活面では食事以外は全介助状態。
 当初から時々ベッド上で落ち着かなくなり、もそもそ動いてしまい、時には利き手と足をベッド柵に引っ掛けている光景が何度かあり、興奮すると一晩中眠らないという日もあり、翌日のリハビリ時間帯にはうとうとしているということもあったりしました。

 看護師たちは、認知症状がひどいからと思い、家族の了解の下で体幹ベルトをベッド上にいるときはいつも装着されています。
 月1回病棟での回診とカンファレンスがあるのですが、その際にも担当するSTは「長谷川式スケールで30分の6で認知症もある」と評価結果を説明しています。
 (しかし、そもそも転院時に机上での紙面テストだけで認知症が重度ですというのもどうかと思いますが)
 
 約2ヶ月近く、この男性患者さんを担当していて分かったことは、彼は決して認知症なんかじゃないということ。
 リハ時間になり病棟に迎えにいくと、時々体を横向きにし麻痺側が下になったままで起き上がろうと必死です。
 「おしっこ」「うんち」と騒ぎます。オムツに排泄するのにとても抵抗があるのでしょう。しかし、今の病棟体制と彼の機能的な面からポータブルトイレや車椅子トイレでの排泄は現実的には困難な状況です。
 目標はポータブルトイレで排泄できることを考えていましたが、まだまだ積み上げなければならない機能的な課題も大きいです。
 でも、患者さんはリハ室で訓練をしている最中、「こんな体になって情けない」と涙を流したり、気落ちしてしまいます。
 自分がトイレで排泄できず、オムツにしなければいけない現状が情けなくなったのでしょう。
 年齢相応の物忘れは見られるとしても、認知症といえるような支障は訓練を実施している中では感じられません。
 自分の知っている人がリハ室にくると、「あの人のだんなさんとオレは同級生だった」とか、「昔は民謡教室に友人と通っていた」「妻の実家は○○という地だ」とか、こちらが質問したことにも概ねきちんと答えれれるのです。
 
 終盤には平行棒内で数十秒立位保持も可能となり、ポータブルトイレへの移乗訓練を本格的に開始しようというところでタイムリミットの入院期限がやってきたため、退院後も何らかのリハビリの継続(訪問リハやデイケアなど)の必要性をケースワーカーにも相談しましたが、(家族もそういうことを望んでいるにもかかわらず)、ケースワーカーとケアマネジャー間での話し合いで以前通っていたデイサービスへの通所とヘルパー利用に落ち着きました。しかし、デイでは車椅子でトイレ誘導してもらうことで立位の機会を増やしてもらうことや、自宅でもベッド環境を整え、ポータブルトイレの導入も視野に入れて関わってもらうこととなりました。
 
 

「弱者支援」の名を借りた「自分への支援」

 よく「障がい者支援」とか、○○支援に身をおき、活動している人たちがたくさんいます。
 そのこと自体への批判をする人はいないでしょう。だって自分はいいことをしている」「人にはできないことをしている」と思っている人が多いですから。
 もちろん中には、「支援している自分が好き」という自己満足だけでやっている人も多いことも事実ですが・・・。

 私の身近にいる人でも、「障がい者支援ネットワーク」という任意団体の会員として活動している人がいます。詳しくは分かりませんが、障害者の作業所で開催されるイベントの手伝いや作業所間のネットワーク作りのお手伝い、作業所で作られる作品をバザーに出品する際に購入したり手伝ったり・・・などが主な内容のようですが。
 
 でも、そういう人を見ていると(あくまでも一部の人かも知れませんが)、自分たちの人脈作りのために障がい者という言葉を「利用」しているに過ぎないような人もいます。
 私はその支援団体に加わっている彼女にどんな活動をしているのかを尋ねたことがありました。(支援団体にいる障害者施設長と私も面識があり、個人的に関わらせていただいたことがあったので)
 しかし、そのときに返ってきたのは「○○さんとは飲み友達のようなものです」という。
 「だっていろいろ障がい者の支援をしているんでしょう」と聞くと、言葉を濁します。

 それに定期的に支援仲間が集まって、「飲み会」を開催しているようですが、その「飲み会」には障害がいの「当事者」たちの参加はなく、単に自分たちの仲間作り、人脈づくりのためだけなんじゃないかと思えるのです。

  私の子どもがお世話になった別の支援団体(NPO)では、支援される(支援するーされるという表現をあえてあげます)当事者たちがむしろ主人公となり、そういう交流会には関係者だけでなく地域の人や賛同者を巻き込んで啓発の一環として飲み会(交流会)を開催しているようです。
 
  自分の自己満足のために、自分の交流関係を広げるために「障がい者(のみならずいわゆる弱者といわれる人たち全般)支援」の名の下でいっぱしの支援者ぶっている人のなんと多いことか。

その道の大家といわれる人たち

 以前、認知症の公開講座を企画し、誰を講演会の講師に呼んだらいいかということになり、その当時マスコミやTV番組にも出演しある程度名を上げている某大学の教授を地方の自治体に呼んだことがありました。
 その講師はその前から県が主催する講演会にもお招きがあり、その当時認知症の業界でもある程度名が知られていた方でした。
 しかし、一地方自治体の予算ではその講師に見合った講師謝礼は払えるはずもない。そこでどうやっやかというと・・・。
 その講師と以前より講演会を通して面識のあった職場のあるスタッフは、製薬会社とタッグをくみ、講師のいる某大学のある地からわが町までの交通費や旅費の一切を面度を見てもらえるように交渉。その結果、こちらが支払う必要経費はたったの数万円程度ですんだのです。
 そして講演会終了後はとんぼ返りで戻ることをせず、県内の別の温泉地での慰労会を希望し、翌日は観光地めぐりまでも要求し、それもすべて製薬会社が経費をもつという・・。
  その後も、TV番組にコメンテイターとして出演することがわかるとメールで自分のお気に入りの職員にTV番組を視聴するようにアピールしていました。
 
 TV番組に専門家の見解として呼ばれたり、専門書も注目されてその業界ではちょっと名が知られるようになると、人間というのは自分は有名人気分になるのでしょうか。
 また、そういう著名人と知り合いだといわんばかりに、職場内でも自分の存在をアピールしたがる専門職の同僚たち。
 講演内容といえば、「認知症の予防にはポリフェノール含有量の多い赤ワインが有効。散歩しながら俳句を作ると頭と体を両方使うので効果的。」など、それほどトピックでもない話ばかり・・・。最後には結局認知症予防にはその製薬会社が開発した○○○○○を服用することも推奨するような内容。製薬会社とズブズブノ関係にもなっているのだなあと推測せざるをえません。

 実態はこんなものです。TV番組でお呼びがかかる専門家はそれなりのコネクションがあったりや業績が認められてのことかもしれませんが・・・。

認知症治療・政策の裏事情

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『認知症は国と医者が作り上げた虚構の病だった!」
 
 政策や施策はその時代に刻人の関心事や国が重点的に推し進めたい事業に優先的に予算をつけて、その予算配分を多く勝ち取った事業(施策)が国を挙げて取り組むべきものとして国民に否が応でも浸透させられます。

 (本文より引用)
 調査方式を変えただけで、認知症高齢者が305万人から462万人へ増えたからくりは軽度認知症までもカウントし、以前の方法よりも基準を緩めたデータを公表したのでしょうか。そこには認知症を新たな「国民病」にしようという厚生労働省の思惑が隠れているような気がしてなりません。
 
 2000年前後から認知症をめぐる動きが活発になってきたこと。
 最初のきっかけは、日本の製薬会社が世界で初めてアルツハイマー病の治療薬アリセプトを開発したこと。そこから認知症の診断数は急速に伸び始めた。
 さらに2011年に3種(レミニール、メマリー、リバスチグミンのパッチ製剤)が追加されるや、推計値を2度も修正しなければならないほど認知症患者が増えた。
 アリセプトが出て以降、アリセプトを使いたい患者がいたら、医者はその人を認知症と診断せざるを得ないことにもなった。2011年からは投薬できる薬の種類が増えたのだから、医者が認知症の診断に積極的になったとしてもおかしくない。
 治療薬の登場と並んで認知症の増加に貢献した介護保険制度。開始当時の介護保険サービスは認知症モデルへの対応力が弱かったので、厚生労働省は本腰を入れざるを得なくなった。
 そして「認知症を脳の病気にする」動きを加速させ、薬漬け医療へと駆り立てた。

 厚生労働省が痴呆を認知症と呼びかえることを決めたのは2004年12月。翌年2005年から向こう10年間で「認知症サポーター」を100万人養成するという大キャンペーンを始めた。このキャンペーンは表面上は成功し、2013年3月末時点で400万人突破。厚労省は新たに「2025年までに認知症サポーターを1000万人に増やす」という目標を掲げるなど、認知症を国民の身近な「病気」とすることに熱心である。
 認知症サポーターは、きわめてお粗末な講習を受けただけで誰でもがなれ、そこで身に付く知識といえば、「認知症は病気である」ということくらい。
 このキャンペーンは、少しでも様子のおかしいお年寄りを病人に仕立てようとする世間の目を育て、そうされたくない中高年や初老の人々に認知症への恐怖を植えつけながら、今も拡大しつつある。
 2006年には介護保険制度を大改正し、介護予防事業を始めたことも認知症を周知徹底させる追い風となった。
 「脳トレ」や「地中海食」など認知症の予防法についてさまざまな説が立てられ、あたかも生活習慣病のように自己責任化する風潮も生まれた。

 専門家の中には「過剰な薬物療法が、行動・心理症状を生み出す原因になっている」と指摘する声もある。近年、医者による研究で「行動・心理症状の原因は薬剤が一番多く、次は身体合併症であり、この二つが原因の半分を占める」という論文が発表されている。
 
 認知症の治療をめぐるトラブルは薬、特に行動・心理症状の治療に使われる向精神薬の問題に集約される。なぜならば、認知機能の低下はもとより、徘徊、暴力、昼夜逆転といった行動・心理症状が、きわめて精神疾患と似通っているからだ。
 そのために、家族や介護者は初期から精神科を受診して入院を勧められ、いきなり身体拘束を受ける。そうでなければ、いろいろな診療科を転々として症状をこじらせ、最終的に精神科へたどり着く。それが、どれだけ多くの悲劇を生んできたか。
 精神安定剤などを安易に使っている病院や施設のお年寄り、あるいは介護に興味がない医者にかかっている在宅のお年寄りの行動・心理症状の原因で一番多いのは、「薬」かもしれない。


  認知症施策といえども、その裏は製薬会社と国との関係や、医者といえども認知症のことをきちんと診断できず、対症療法的に薬を処方する医療者側の姿勢、認知症への不安から専門家が判断するのだからといって安易に病院にまかせ「治療薬」の処方を希望する家族たちなどといったいろんなしがらみやからくりが働いているのです。

 自分がかかわった例
 ○80代男性。暴言や昼夜逆転などの行動・心理症状がめだつようになり、妻も介護に限界を感じるようになっていた矢先、担当のケアマネジャーから、投薬の調整のために精神科病院への入院を進められ、紹介された精神科に入院したケース。 
 それまでは夜間の問題行動はあったものの、意思疎通もできており、歩行も見守り下ででき、食事も口から食べていました。しかし、入院後3週間くらいで誤嚥性肺炎を患い当院へ転院。転院時は全身硬直状態で意思疎通はもとよりまったくの寝たきり状態でした。
 妻が言うには、時々精神科病棟に面会にいっても、歯磨きもしてもらえず、いつも口腔内は不潔だったようです。(当院で口腔ケアをしてもらえたことがうれしかったとのことです。)文句を言うと、「ここは精神科だから介護施設ではない」といわれたとのこと。
 そのほかにも自宅やデイサービスで行っていたようなケアはしてもらえなかったようです。そんな矢先の状態悪化による転院でした。
 転院時より妻は経口摂取を強く希望されていましたが、主治医より「難しい」との判断でこのまま点滴でつなぐか(その場合は長くても数ヶ月の寿命と説明をうけました)、胃婁を作るかの選択を迫られ、妻は結局点滴治療を選びました。結果的には数ヵ月後に寝たきりのまま亡くなりました。

○80代男性。前立腺がんを患ったあと、精神的にうつ傾向になり、不定愁訴を訴え、そのつど心療内科で対症療法的に投薬を処方されていました。あるとき、親族が相談に見えられ、「かなりの量の薬を服用しているが、認知症状も出現してきているようで心配。妻の言うことも親戚の助言も聞かないので、市の方から保健師さんでも訪問してもらいたい」というのでした。
 担当の看護師が訪問してみると、心療内科から精神安定剤や抗うつ剤、抗不安薬など13種類も処方されていました。
男性の症状も抑うつ的なものにくわえ、幻覚・妄想・攻撃的・暴言・暴力と次第にエスカレートしていきました。その間いきなり高いところに上って転落したりと身体の骨折などもあり入院したり介護施設に一時的に入所いたりもしました。薬の副作用の影響が濃厚と思われましたが、その男性はその心療内科の主治医を信頼していました。(症状を訴えれば訴えるだけ、次々と違う薬を処方されるので、たくさん処方してくれる医者ほど“いい先生”という評価になるからです)
 ある時期から精神症状はますます悪化し、あるとき、妻に包丁を突きつけたり、いすを持って妻に殴りかかろうといているところを訪問したヘルパーが見つけ、措置入院となりました。(ちなみにかかりつけの心療内科の主治医ももともとは精神科のDrでしたが、今回のことでどのように対応したらいいかを相談しても、自分の範疇じゃないといって、精神科病院と連絡を取ろうともしてくれませんでした)


 このような例は氷山の一角といえるのではないでしょうか。
 認知症対策がクローズアップされるようになってからは、「早期発見・早期治療」のもとで、ケアマネジャーも「専門家への受診」を進めるようになってきています。
 そして医者から処方された薬は「きちんと飲むように」と助言・指導します。
 中には処方されている薬そのものへの疑問があるものも少なくありません。しかし、医者の判断は「まちがっていない」という前提で物事を判断するので、「おかしいな?」と思う本人や家族の思いは無視されがち。
 実際にそういうケアマネジャーや介護者をたくさんみてきましたし・・・。
 
 これらの疑問にこたえてくれるのが上記に紹介した3冊です。
 

医療現場で感じること

 しばらくブログを書くのをすっかりご無沙汰していました。
 なかなかパソコンに向かう心境になれず・・・。

 でも、これまで感じたいろんな思いも心の中にはたくさんたまりにたまってもいたので、これからは少しずつ再開していきたいと思います。

 昨年の4月に福祉・介護(行政)の立場から病院という医療の現場に身を置くようになりました。病院勤務は十数年ぶり。
 以前に勤めていたときは、院長はじめ平均年齢も若かったせいか、ある程度活気もあり、県内のリハビリテーションの先端を走っているような自負もあり、また「医療はサービス業です」という院長の理念もスタッフにも浸透していたせいか、他の病院よりは親切だとの世間の評価も高かったものです。その院長もすでに開業してしまってからは、徐々に患者さんもそちらへ流れたり、新たな医師の確保もままならず。現院長はがんばっているものの、なかなか下に続くほかの医師たちをうまくまとめられず(というか、組織で病院の経営を考えていこうという方向性が統一せず、医師たちはそれぞれが同じ方向を向いていないことが大きいと思いますが)。
 
 介護保険政策と医療保険政策は表裏一体的なもので、高齢者人口の増加に伴い、介護保険制度も財政難から制度設計そのものが揺らいでいる中、当然そのしわよせは医療保険にも及んできます。
 医療報酬もマイナス改定が続くようになると、何とかして経営を健全化しなければなりませんが、ただでさえ赤字を抱えている地方の病院には、なかなか優秀な医師の確保は難しい。中には医師自らが医療を放棄しかねないような状況も・・。(ベッドはかなり空いているのに、高齢者は積極的に担当したがらず、救急車が来ても窓口で断ったり、入院患者は一桁しか見ないという医師がいたり、それでもって高給が支払われている・・・)
 こういう状況に長年慣れてしまうと、ほかの病院スタッフがいくらがんばろうとしても無駄なことというあきらめや開き直りの心境になるのかもしれません。
 あえて渦中の栗を拾おうとせず、「しょうがない」という感覚になるのもある意味仕方ないことなのでしょうか。
 今は、ベッドが空いていても在院日数が長くなればなるほど、医療収入は少なくなるしくみなので、何とかして早く退院させようという動きになっています。入院患者さんが次々にやってくるなら、早く誰かを退院させなければいけないということになるのですが、ベッドがあいているのに何で退院を急がせるのかという不満は、患者家族やケアマネジャーなど介護関係者からも聞かれます。
 しかし、医療の仕組みがそうなっているので、何とかして収入を上げる仕組みも病院は病院で考えなければならない。そういうことを病院全体で考えていく必要があるのでしょうが、なかなかそうはならないところに大きな要因がありそうです。
 

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Author:TTmama
医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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