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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

合格発表

 公立高校の合格発表のシーンをテレビのニュースで流していた。どのテレビ局も県下一の進学校の合格発表場面を取材していた。
 進学校だけあって、生徒は夜中まで受験勉強に励んだことや親も一緒に闘ってきたことなど、合格者の感想を喜びいっぱいに語っていた。
 どうしてこういうシーンはいつも進学校ばかりを取材するのだろうかと不思議に思えてならない。
 子どもの成功(進学校=頭がいい・学力が高い)は親の成功(立派な子育てをした)と言う構図につながるから、親も子どもを通して認められたと思う。
 この(放映された)学校に入った親の子どもが不登校だったり、子ども自身もやっとの思いで合格して入学したのに不登校になってしまい戸惑っている親たちが不登校の親の会に入っている。
 
 地方では都会のの事情とは違い、私立高校は公立高校が落ちた人が滑り止め受験で入る人か、最初から公立高に入れる学力が足りずに専願で入るところと相場は決まっている。
 だからたいていは高校のランクで偏差値もわかってしまうのだが、何よりもステイタスを狙いたい親たちはとにかく、子どもを進学校へ送りたい一身で早期から塾通いをさせる。
 職場でも学力の高い子どもを持つ親は、誰が聞いたわけでもないのに高校名を頻発させてわが子の話をしたがるし、今回の受験でも二人の受験生を持つ親は県下1・2の進学校合格に興奮冷めやらずだ。
 同様たちに合格したことをわざわざメールで教えるくらい鼻が高いのだろう。
 一人の親は子どもが多く、中には発達障がいの子もいるようだが、勉強が嫌いな子ども、学力が低い子どもでもそれなりに親としては皆平等に可愛いのだが、
やはり職場で話題にしたがるのは、今回県下一の進学校に合格した3男のこと。唯一親の自慢の息子としてみんなにアピールしたいのだろう。周りから「すごいねえ」と賞賛され、本人も優越感に浸れるし・・。
 わが職場はまだまだ学歴信仰者が多いから・・。不登校なんていうのは「子どもがおかしい」と本音の部分で感じている同僚は多い。自分の子どもはたまたまそういう子がいなかっただけ。
 
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卒業式

中学校の卒業式が先日行われた。
 次男1年の2学期からクラスに混ざれなくなって、1年目はフリースペースに居場所を求め、2年目は別室登校、それも午前中だけを卒業式前日まで過ごした。
 毎回、学期末ごとに「次学期はどうする?」と学年主任と担任からは面談を通して質問(尋問?)され、そのつど子どもと親と学校の考えをすり合わせながらやってきた。
 学校というところは、何かと学校のルール(教育委員会の決め事)を押し付けてくる傾向がある。
 適応指導教室に通っていても、当教育委員会の考えは3年性の2学期までしかそこには通えず、3学期は嫌でも学校(クラス)に戻らなければならない仕組みだ。卒業まで通えないのかとある不登校児の親が掛け合ったときは、「高校へ行く準備とするためにも集団で過ごす期間が必要」との判断だからだそうだ。
 学校側(教育委員会)は、先々の課題を考えての措置をとっているのだろうが、当事者の親に言わせれば「クラスに混ざれないから不登校しているのだ。適応指導教室でうまくやれているのにまたプレッシャーをかけたくない。教育委員会の考えは納得できない!」と怒っている。
 
 しかし、実際には卒業式間際になってもクラスに混ざれない子はいる。それはそれで対応するしかない。結局のところは子どもの状況次第。
 今回の卒業式の本番を1次会とすれば、わが子は2次会の方に出席。みんなと一緒の式には『出ない』と自分で決めて出席した午後からの卒業式へ。本人だけかと思っていたら、5人いた。
 学年の先生全員と校長・教頭・学年主任・副主任の書く先生たちの前での卒業証書授与式。在校生もクラスの生徒もいない中で、それでも「式次第」は儀式どおりに流れていく。
 なんか、会場(多目的ホール)で間つけている先生たちの顔はどことなくこわばっているというのか、緊張感のある雰囲気を感じた。
 校長の祝辞もどことなく心からの「祝福」にはうけとれないような感じ。ほとんどの子はいろんな事情で学校に正規通学できなかった子どもたち。その子どもたちを前に「卒業証書」を校長から手渡す。
 校長祝辞のなかで「中学校の過程を卒業したことを証する」ということはどういう意味をもつのか?を考えろと言わんばかりの口調で次へのステップに期待しているというような言葉をかけていた。
 私には「学校に来れなくては本来は卒業単位は上げられないのかもしれないが、一応義務教育だから卒業させてやるんだからな」という口調にもとれた。だって本当に顔はほころんでいないし、目つきは厳しかったもの。各担任からのはなむけの言葉も口調は顔は笑っていても目はいつも笑っていない。担任もぎりぎりまでクラスメイトと一緒に授与式に臨ませたいと働きかけてきたが、そうされればされるほど子供の方が気持ちがついていかなかったから、担任としてもどこか未達成な部分もあったかもしれない。
 長男の時には長男が参加できたことで、学年全員が一次会の卒業式には参列できた。そのことが校長はうれしかったのであろう、「この学年は全員卒業証書をこの場でもらうことができた」と祝辞の際に第一声だった。
 あとで聞いたところによると、次男が帰ったあと夕方からの3次会もあったとか。午後からの式にも出られない子どももいたらしいが、学校の方針としては校長先生から「手渡し」で証書をもらうことが原則だったようだ。校長からもらうことでこの中学を卒業した「証」としたいのだろう。親だけがもらうこともだめだったようで、とにかく子どもが来ないと渡してくれなかったようだ。
 不登校親の会の大御所たちは、「小学校や中学校は学校に行かなくても卒業させてくれるんだから行かなくてもいいのよ」という助言をよく各親の会で言っている。そんな学校の言い分に振り回されないでいいといいたいのだろうが・・・。

 それぞれの教育委員会や学校の立場や考えはさまざまだろう。その中でも当の子どもの思いや親の考えもさまざまだから、一概に「行かなくても証書はもらえるんだからいいんだ」と安易に考えるのはどうしたものかとも思う。
 自分が体験したことがすねての不登校事例に当てはまるわけでもないと思うし、そのときの個人(子どもや親・先生)間の関係性と学校組織の体制や考え方などが皆違うからだ。
 そんなことを考えながら5人の卒業式に親として参列したのでした。 

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池田晶子さん没後10年

 「哲学エッセー」というジャンルを確立した池田晶子さんが亡くなって10年がたった今も、著作は読まれ続けているという新聞記事を目にした。
 失礼ながら私は池田さんの著作をこれまで読んだことがなかった。『14歳の哲学』など若者にもわかりやすいことばで「考えるとは何か」というテーマで哲学と言う分野をわかりやすく書いている。

 図書館でさっそく本を借りて読んでみると、とてもユニークでかつ彼女の放つ言葉が実に的を得ており、哲学的なことを本の中で学べるのであった。
 どれも「目からウロコ」の文章が並ぶ。そして彼女のユニークな(しかし真実をついた)生き方や考え方に感銘をうけるのである。
 
 以下に一部抜粋させていただく
 
 探すのをやめよ
 いつまでも働かない、決められない若者たちの心性の根底には、「自分探し」があるとも言われる。「自分がわからない」、だから「自分に合った」「自分にふさわしい」仕事が見つかるまで、働きたくないという理屈である。
 そう思っている限り、働くことはあり得ない。「自分に合った」仕事など、いつまでも見つからない。なぜなら彼らは、「自分に合った」仕事を見つけたいと言う。その一方で「」自分がわからない」とも言う。つまり、わからないものによって、わからないものを見つけようとしているわけだ。そんなもの、見つかる道理がないではないか。
 自分というものは、「わからない」のではなくて、じぶんというものは「ない」のだと、一度思い知らなければダメなのだ。大人は本当はそう教えるべきだったのだ。しかし、戦後の教育は逆に、「自分らしく」「個性をもって」生きなさいと教えてきた。そう言われたって、よくわからないそんなもの、見つかるまで探すしかないんだろうなあ。子どもは当然そう思う。
 個性というものは、自分が見つけるものではなくて、他人が見つけるものである。自ら個性的であろうとするような個性が、個性であるはずがない。そんなものは、他人と異なろうとする一種の作為であって、自ずからのものではない。他人がどうなのであれ、自分にはこうとしかできない。それが本来的な個性というものだ。そして、本人にあっては、こうとしかできないことをやっているだけなのだから、それを個性なのだと思うはずもない。思うのは他人である。なるほどあの人はああとしかできない人だな、あれがあの人の個性だなと。
 自分というものが「ない」と知ることによってこそ、人は個性的な人になる。自分なんてものが「ある」と思っているから、人はいつまでもそんなものを探すことになる。本当には生きられないのである。
 (『知ることより考えること』より)

 ・君が自分を捨てて、無私の人であるほど、君は個性的な人になる。
 ・自分を認めるためには他人に認めてもらう必要はない。(中略)人は、他人と出会うよりも先に、まず自分と出会っていなければならないのである。
 (『14歳からの哲学』より)

 

親の会のその後

 先日地元の不登校を持つ親の会に参加した。
 3年くらい前から細々とやっていたのだったが、最近はネット(ブログやHPなど)からの情報を見つけて参加する当事者の親も増えてきた。
 人数が増えるに従って、まだ子どもの不登校に右往左往している状態の方から子どもの学校復帰はあきらめて、子どもの今を受け入れて明るくしゃべっている親もいたりでそれぞれの心境もさまざまだ。
 そうやって不登校経験者の親は「先輩」として自分の経験談を語りたがる。
 参加している親の中にもいろんな葛藤が渦巻いている。それは、子ども自身の問題だけではなく、子どもと自分(親)との関係だったり、自分と夫(妻)との関係だったり、自分と舅・姑の関係だったりする。また子ども同士(兄弟間)の関係だったりする。
 そういう一人ひとりは個別の家庭環境や個別の価値観を持つ人同士が「不登校」というカテゴリーをテーマとして何か一つの方向にまとまってくことがいい(?)みたいな雰囲気に誘導されるような感じがしてくることもある。
 
 ある母親が先日他の「親の会」に参加した感想をしゃべってくれた。
 そこでは同じ「経験者」の元中学校の先生が娘の不登校を通して学んだことや現在は同じように悩む親御さんの「伴奏者」となるべく電話相談をしているということだった。
 そこで語られた(伝達された)内容は、「仕事に忙しくて幼いころから愛情をかけてあげられなかった」「子どもは祖父母に面倒をみてもらっていた」「高校生になってリストカットをしたことも知らなかった」「育てなおしを位置からはじめた」「その後は10年以上かかったが、高校・大学・大学院そ卒業し、今は結婚して子どももいて幸せに暮らしている」「とにかく子どもを認めること、どんな小さなことでもいいから“褒めること” 」だったそうだ。
 そして今は(たぶん年齢的には60代後半)地元自治体の不登校相談サポーターとして電話相談に対応しているそうだ。
 親からの電話にいつでも出られるように、フリーダイヤルにして24時間対応できるようにしているとか。だから今悩んでいる親としてはいつでもどんなときも電話をかけることができ、アドバイスがもらえるのだとか。
 「今、子どもがこんなことをした(言った)。先生どうしたらいい?」・・・「じゃあ、○○してみては?」「今は××したらダメ。こういうことを言ってはいけない」などと適切な(?)答えをいただけるので、親御さんたちが頼りにしているのだとか。
 その話を伝達してくれた親も現役の教師だが自分の娘とはうまくいってうないらしい。彼女の個性と娘の個性がぶつかり合うのだろうと思う。
 講演を聴いてよほど共感した部分があったのだろう、まるで自分が講演者でもあるかのように、元教師の話の内容を上手に要約して参加した他の親たちに滔々と話していた。
 世話人はじめ不登校の何たるかを熟知(?)した親たちは、「わが子を褒める」などところどころ自分に共感できる内容のところでは、大きくうなずいたり「そうそう」と言葉で相槌をうったりして、その伝達話に賛同して聞いている。

 ある一人の元教師の体験談としてはエピソード的には参考になる程度のことだと思うのだが、それがそのままわが子に当てはまるかと言えばそうではないと私は思っている。
 あくまでも「参考」として聞くけど、そのあとの「じゃあ、私は今の家庭環境で、今目の前にいる子どもとどう向き合うか」ということを「考える」ことに主眼を置くべきだ。
 だってもし、その講演の内容が「子どもの不登校に対して厳しく学校復帰を求めて立ち直った人の話」で、「だから子どもはある程度社会の厳しさも教えていかなければならない」という教訓の話だったらどうだったのだろうか?
 「褒めて育てる」「叱って育てる」・・・どちらも正解でも不正解でもない。
 今回話してくれた内容は「子どもを何でも褒めること」というキーワードにほとんどが共感をしていたが、「だからわが子も褒めて育てないと」と思った親もいたかもしれない。本音の部分では「今のわが子の現実」を受け入れられなくても、親の会でそんな話を聞いたからさっそく実行しなければと思う親がいてもおかしくない。
 私がもう一つ、聞いていて腑に落ちなかったのは、タイムリーな相談を受け付け助言したいというその元教師はどういう立場でいたいのか?
 また相談をしたがる親たちも自分で「考えること」をせず、何でも安易に「答え」を求めたがる傾向に陥りはしないか?「ハウツー」を求めたい人もいるから、それで満足できるならいいのだが・・。
 
 「親の会」を毎回開催していると、次なる展望が世話人の頭にあるらしく、親の居場所と相談できる場を今のNPOの傘下から離れて(今はあるNPOの下部組織的な立場なので自分のしたいことも上に伺いをたてないとできないというしがらみもあるのだろうが)立ち上げたいとの願望があると言う。
 そこで助成金便りで民家を借り、そこに当事者の親が交代で常駐し、電話相談や対面相談に応じたり、親や子どもの居場所・学習支援の場にしていきたい。そして子ども食堂的や役割も担いたいと、自分(世話人)の夢を語り、実行委員を募集したいという。
 何となく参加している人たちもそういう考えに表だって「反対」できる立場にはない。だってやろうとしていることは、人によっては「必要」なことかもしれないから。
 でも、親の会の発展形として、そういう組織的なものを立ち上げようとする場合にそこまで賛同できない(しない)人もいる。
 親の会に参加したから、そういう組織や団体を作って親同士もつながっていたいという孤立感予防のために活動したからといって何か阿変わるわけではない。多くは自己満足の域だと思う。
 親の会に参加するのも「自分ひとりだけが悩んでいるのではない」という安心感。そういう団体を立ち上げて人の相談に乗ってあげたいという思いも「自分が必要とされる」という「自己満足」。
 私が親の会に参加する理由は何なのだろうか」といつも自分に問う。不登校や発達障がいに関することなら本を読んだり研修会に参加したり、専門家の意見を聞いたり、ネット媒体からの情報収集だったり・・・。これまで数々の媒体から情報収集はかなりしてきたつもりだ。
 しかし、人間の気持ちや心の持ち方というのは、自分の生き方につながるものだ。あくまでも子どもの問題は問題とする私の問題だ。
 親の会に参加することで、人の考えを聞き、それを自分の考えと照らし合わせながら、自分の生き方を考える・・・そんな情報源の一つとして私にとっての親の会はあるのかもしれない。
 だから、親同士が集まって何かを企画し、同じ悩める人のために助言しようなどというおこがましいことはできないと自分自身は思っている。

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内なる差別と偏見

 「内なる差別を見つめて」  朝日新聞の記事より(引用)

 6人きょうだいの中で、ある「障がい」を持って生まれた兄に、父は強い差別意識を見せて接しました。親が子に優劣をつけるという宿命的な感情を末っ子として見続けるなか、幼いなりの正義感から父を憎みました。
 一方、そんな自分の心にも、「兄がいなければ」という内なる差別が潜んでいたことも、確かな事実です。
  (名古屋外国語大学学長  亀山郁夫)


  「差別はいけないこと」だと理屈のうえでも体験的にも感じてきても、時によっては兄弟であっても、いや兄弟だからこそ差別意識を持ってしまうことはあると思います。
 誰の心にも多かれ少なかれ「差別や偏見」は持ち合わせているのです。「私は人を差別しません」などという人がいたらその人は偽善者です。 自分の中にある差別意識を見つめること。

  今、「福島原発いじめ」の話題がニュースをにぎわせています。子どもたちだけでなく、大人も避難先の地域や職場でいじめにあっているという実態があります。
 何か事件や大事にならないと、こういう話題は見えないものとしてかき消されてしまうのです。
 子どものいじめはその親の会話や偏見・差別意識がいじめる子どもたちへも浸透していることを意味しているものと思います。
 
 「弱者マウンティング」・・・・(たとえば)自分たちは毎日必死で働いても生活が厳しいのに、福島の親子は働かなくても賠償金をもらって悠々と暮らしている、といった周囲の見方。そんな考えに至る人たちだっているかもしれません。


 話は変わりますが、 昨今の健康ブームや病気予防のテーマでの講演会や研修会に参加すると、講師の医師や研究者たちはたいてい「福島産の野菜は放射能が高いから食べないほうがいい」「福島沖の魚には放射能に汚染されているから体に悪い」という発言をする人が多いのです。
 そういう話をする講師たちは、たしかに自分も健康には人一倍気を遣って食生活からしてもストイックな生活をしていますし、足りない栄養素を補うべく大量のサプリを食し、お金にはいとめもつけずに体にいい食材を追求している人たちです。
 でも、そういう話を一般庶民が聞くと、「福島の食べ物はあぶない」という情報だけが独り歩きし、「福島は放射能汚染がまだやまない」と思い込み、日ごろ家庭でそういう話が伝達されれば、子どもも次第にそんな感覚に陥ってしまうことを誰が否定できるでしょうか?
 福島産の野菜や魚を買ってくれる市場がなければ福島の生産者の生活も立ち行かなくなります。
 「福島県人への差別や偏見をなくそう」と掲げても、実際大人たちはそうやって不買運動をしたり(表立ってではないにしても、スーパーの店頭に福島産とそうでない品物が並んでいたら、自分はどちらを買っているかということです)しているではありませんか?
 それこそ「内なる差別や偏見」だといえませんか?
 だから、原発いじめの問題はそのいじめの当事者だけの問題ではないと思います。
 私たち一人ひとりの心の中に問われるべき問題だと思います。

 

都会の風景

 先日ある研修会を受講するため、地方から東京に上京しました。
 この講座は食事と栄養学・医学・健康に関連するもので、定期的に受講したあとには主催者から認定証をいただくものなので、今日で10回めの受講になります。受講料も○十万もかかる上に、上京するたびに新幹線代もその都度数万円かかってしまい、財布の中身が気になるところです。
 
 東京近郊に住んでいる人と地方で暮らす私たちとの違いはやはりこういう点でもハンディがあります。
 会場は新宿駅西口から15分ほど歩いた所にある区立の公共の建物ですが、高層ビル群や都庁を横目にしながらひたすら会場までの道のりを急ぎます。
 今話題になっている都政もこの建物の中で繰り広げられているんだなと、テレビでしかお目にかからない建物を間近に眺めながら。
 日本の注心都市でもある新宿の街並みを通り過ぎる人たちは服装もバッチリと決めていて、みな華やいでみえます。建物の中に入っているショップも値段もはるものばかりで、洋服でもバックでも食べ物屋さんでもどのお店に入ったらいいかと迷うくらい。
 こんなに有り余るほどの商品、本当にさばけているのかと思うほど。その分値段に上乗せされているのでしょう。
 帰りの新幹線の時間まで間があったので、夕食代わりに駅構内の店で腹ごしらえしたけど、値段の高いこと。たまには自分へのご褒美としていろいろ頼んだけど、田舎なら多分半分の値段で済みそう。
 前日は貧困の研修会に参加したばり。今や子どもの6人一人が貧困家庭と言われています。また4人に一人の割合で非正規雇用という現実。
 そんな現実がまるでうそのようにも感じられる都会の雰囲気。なんか田舎から来た人間には別世界のような意識にさえなります。
 

発達障害関連のブログを読んでの感想

 発達障害関連のブログの中ではよく障害特性を踏まえた対応をすることの必要性が書かれてあります。
 わが子の育ちに不安を持つ母親がいろいろとネットサーフィンして自分の腑に落ちるブログを見つけ、フォローしたりしています。
 親自身が悩んでカウンセリングを受けたり、またカウンセラーを養成するための研修を数日受けただけで「カウンセラー」と自称してメール相談等をしている人もいます。
 母親として学んだことや、親のかかわりの変化でわが子も変容した、そして悩んでいる人にこの経験を伝えたい、と親自身も自分の心のよりどころを求めたり、「発達障害」を熟知した親として認められたいという思いもあるんじゃないでしょうか?

 ある「家族支援カウンセラー」(親)のブログでは発達障害の特性を踏まえた関わりが大切といっており、わが子にもそのように接して子どもが変わったと言う内容が書かれていました。
 たいてい発達障害を勉強してくると、その特性を踏まえて対応するようになっていくので、子どもの方も落ち着いていきます。 

「発達障害」という言葉の持つマイナスのイメージではなく、「ST(スペシャルタレントの略)気質」というプラスのとらえ方をしようと提唱する人(専門家等)もいます。そういう子どもたちの行動や考え方はあくまで脳の思考の特性なので、それらを無視して健常者の脳の思考にあわせようとするから混乱がおきるのだと主張します。
 確かに正当な考え方であり、そういう特性を周りがもっと理解して関わってくれたらという思いは発達障害児の親なら誰しも望む所です。

 ある方のブログにこんなことが書いてありました。
 「ST気質の子どもたちの特性として“予期不安”があり、電話が苦手という子が多い。相手の表情が見えないからどんな反応が返ってくるか予測がつかないため。就職して体調が悪くて休みたいと思っても、電話でどうしゃべったらいいか迷っているうちに時間が経って無断欠勤扱いされ、仕事先とトラブルの原因になったりする。電話よりメールやラインなどを使うといいので、もっとそういう連絡手段でもよしとしてほしい。」という内容でした。
 親や子どもの立場からしたら、そういう考え方もありかもしれません。

 私の職場は病院ですので、将来の医療従事者を育てるために学生の実習を受け入れています。特にリハビリテーションの職場は実習期間も1~2ヶ月の長期にわたり、毎年5~6名の実習生がきます。
 実習生としてまず何を評価されるかといったら、スタッフや患者さんに対してきちんと挨拶ができるか、休みの連絡がきちんとできるかなど、社会人としての第一歩の態度です。
 実習指導者の中には(特に他人に厳しく、相手の課題を見つけるのが得意なスタッフ)、挨拶や連絡ができないというだけで、かなり手厳しい評価を下す指導者もいます。
 学生の中には偏差値教育では優秀な成績を修めても、社会人としてのコミュニケーションが苦手な人もいます。中には診断こそされていないけど、もしかしたら「発達障害」と思われる傾向の人もいます。
 ある学生は勤務時間になっても職場に来ないので、指導者の方から電話を入れたり、中には同じ学生同士でメールでやりとりしていて、同じ実習生から欠席の連絡を代わりに受けたなんていうことも。
 あらかじめ、発達障害などと診断でもついていれば、それなりの対処もしようがあるのかもしれませんが、そうじゃない、いわゆる「普通」と言われている学生もそういうタイプの人も何割かはいます。
 
「発達障害の特性を理解して配慮してほしい」といって職場に理解を求める必要があるのも、同じような特性を持つ子を育てている身としては理解できる部分も大きいです。
 しかし、大部分の人たちはあくまでも社会人としての責任と自覚ある行動を取れないのは困るという見方をします。
 特に、医療や介護業界ではなおさらです。
 
 息子と養護学校で同級生の子も、職場実習でお世話になった介護施設に障害者枠で就職しましたが、実習ではやさしかった上司も実際職員という立場で勤務した途端、彼女の指導を担うスタッフからの手厳しい評価に二次障害をおこしました。
 ジョブコーチや親や養護学校の先生達が同席した彼女の処遇会議で、散々叩かれたことを後日親御さんが話してくれました。アスペルガーの特性があるのですが、その特性はあらかじめジョブコーチや学校からも申し送りされているのもかかわらず、現場ではそんなことよりも社会人としてなっていないと散々言われたそうです。また、母親はどんな育て方をしたのだと、皆のいる前で批判されたそうです。
 彼女の母親は指導者である上司の不満を私たちに愚痴っていましたが、その上司という方は、社会福祉士でもあり、以前仕事を通じて私も何度か関わりを持ったことのある方で、仕事を通して見ていた彼女はとてもそんな風に障害者に対して厳しいことを言う人にも見えなかったのでした。

 いくら障害者雇用枠で入職したとしても、医療介護業界はチームで仕事をしたり、患者(利用者)さんの安全管理も大きいがゆえ、連絡・相談・報告を怠ると大変なことにもなるからかもしれません。

 話は前に戻しますが、先にあげた「連絡手段を電話でなく、メールやラインでできるようにすればいいのに」と当事者や親は考えます。発達障害者が職場のルールに合わせるのではなく、職場が発達障害者の特性に合わせた対応をしろという考え方です。
 しかし、何事もメール等で連絡を取り合うデスクワーク中心の職場ならいざ知らず、大部分の職場は今もなお電話連絡が一般的です。
 「私はそういうことが、苦手なのでできません」というだけではなかなか理解を得るのは難しいような気がします。
 その点に関しても、ある障害者の就労支援事業所で働いている職員のブログにも似たような事が書いてある一文を見つけました。
 「職員としては発達障害と毎日向き合っているけど、中には自分の障害の部分にあぐらをかいているように感じることもある」「私はこういう人間なんだから配慮するのが当たり前と言わんばかりの態度を取られると違和感を感じる」と。
 
 主張だけしても、自分もある程度課題を克服していかねば、という姿勢や態度、自分の特性に向き合うなかでの気づきを持たないことには、障害者関連の施設で働く人ですらそんな感情を持っている人もいるというのに、一般的に発達障害者の特性をそんなに知らない人たちの中で働くのはもっと大変だろうと思います。
 
 自分の特性に合わないと思えば、無理してその仕事にしがみつくこともないと思いますが、私の職場のような資格がないと働けない職種だと、実習の段階からかなり苦労するようです。
 指導者の資質云々の前に、仕事というのはどうしても社会人としての常識を問われてしまうし、できなかったときには、親の育て方を問われてしまう。仮に彼らが資格を取って新入職員として勤めても、そこの職場でまた同じような問題にぶち当たるので、結果的に職場や上司とトラブルを起こして辞めていく結果になるようです。
 そうならないようにするためにも、実習の段階から、指導すべきを指導するのですが、この辺は実習生と指導者の相性や指導者にある程度発達障害を捉える視点があるか、それを踏まえた指導ができるかも必要な部分になります。
 残念ながら指導者の身近にそういう人がいなくてかかわった経験がないと、単に「変わったやつ」「常識を知らないやつ」という先入観でみられないとも限らないのです。
 私自身は発達障害の子どもを持つ親としての視点と、職業人としての視点、両面から考えてしまうので当事者も一般の社会の有り様に近づく努力は必要かなあとも感じています。



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孫の面倒をみる高齢者

 90歳の高齢者女性(Aさん)を今リハビリで担当しています。転倒し大腿骨頚部骨折で入院中です。
 手術したところはもう痛みもなく、順調ならもう杖歩行くらいはできてもいい時期ですが、もともと悪かった膝(変形性膝関節症)の痛みの方が回復を遅らせている要因にもなり、歩行器を使っての歩行も長く歩けません。

 自宅には20代(23歳と20歳の孫息子、21歳の孫娘さん)の孫たちとの4人暮らし。夫は20数年前に他界、息子夫婦と同居していましたが、息子さんも4年前にがんで他界、孫たちの母親である嫁も3年前に他界しました。
 嫁さんは家事や仕事はできず、Aさんは自分が外に出て働き、子育てを任せてきたそうです。
 嫁さんの実家にも「何もさせてこなかったのか?」と言いにいたこともあたそうですが、実家の母親も家事はしない人だったそうです。「そっち(嫁ぎ先)で教えてくれ」と逆に頼まれ、ここまできたのだと・・。
 近所の人たちは知っていたようですが、嫁は毎日パチンコ屋に入り浸り、孫さんたちが大きくなってからは一緒に連れ出していたようです。糖尿病が悪化して亡くなったようですが、亡くなるまで医者にも罹っていなくてわかったときは手遅れだったと。亡くなってから1,000万円くらいのギャンブル借金が残り、それもAさんが返したということでした。

 3人の孫のうち、真ん中の孫娘は介護の専門学校を卒業後今年ある施設の介護員として働いていますが、自分の生活で精一杯のようで病院にくる余裕がないようです。
 そのかわり二人の孫息子たちは毎日夕方になると決まった時間に面会にやってきます。面会にやってくる目的は、Aさんから日々の生活費をもらうためもあるようです。以前まとめて1~2万円くらいを渡したら、一日で全部使い切ってしまったようで、毎日一日分ずつ渡すことにしたそうです。
 幸い兄は車を運転できるので弟と二人で毎日やってきてはAさんの指示を受けていろいろ必要なものを買ってきてくれたりもしています。
 Aさんはリハビリのたびに、「私がいなくてあの子達は大丈夫か?」「自分がこれまで何でも家事一切をしてきた(90近くまで)から何にも家事を教えてこなかったのがわるかったのだ」「はやく帰ってご飯炊きくらいできないとあの子たちが困るだろう」と、たえず口に出ることと言えば孫たちのこと。
 親戚も心配して何か仕事をさせようと農作業も手伝わせても長続きしないのだとか。弟の方はいったん県外で就労したけど、交通事故が起因してあまり働けなくなったようで戻ってきたようです。
 面会に来る孫たちにも「○○しろよ」「~~しないようにしろよ」といつも過干渉に近い言動を繰り返しています。
 役所からは『おばあちゃんの年金で二人の(無職の)孫たちの面倒を見るのはたいへんだから生活保護でもうけたらどうか?」とも言われているが、そういうお世話にはなりたくない。自分が生きているうちは頑張るといって断っていると。でも、自分が死んだら居間まで自分の年金で生活していたのができなると、孫たちはどうやって生活していったらいいのだという不安。
 
 もともとご自分も苦労して来た人のようで、特に息子夫婦がなくなってからは自分が一家の大黒柱のごとく孫たちの世話も一手に引き受けてきた人なだけに、勝気で気骨のある人です。
 孫たちを自立させたいと口ではなんやかやとはっぱをかけて孫たちの奮起を期待ているのでしょうが、Aさんの言葉にも孫たちの返事は「う~ん、う~ん」と空返事をするだけで本当に耳に入っているのかは定かではありません。
 病棟の看護師さんや同室の患者さん、それにリハビリを担当する私たちも、毎日Aさんから同じ心配を聞かされ、夕方になると判で押したようにやってくる孫息子たちを目にし、Aさんが発する会話を聞きたいと思わなくても聞いてしまうのです。
 看護師さんたちも「今こうしてAさんがいなくても何とかやれているじゃないですか?そこから少しずつ孫たちも考えていくんじゃないですか?」と前向きなアドバイスをしても「あの子たちは私がいなければ何もできないんだから、私が早く帰らないと・・・」という思いは相変わらず強いものがあります。

 これまでの家庭環境を思えば、Aさんは孫たちにとっての父親代わり、母親代わりを一手に引き受けざるをえなかったのだと思います。Aさんの性格上、嫁にもあれやこれやと自分の思いを押し付けてきたのかもしれません。勝気で言うべきことは黙っていないようなところもありますから。
 孫たちの子育てにも時々口を挟んできたのかもしれませんが、嫁がまったく家事をやらず、母親としても子育て上手ではなかったこともあり、そういう孫たちに成長したということもどこか必然の結果なのかもしれません。
 だから、Aさんが自分の老い先は長くない今になって、自分が何でも家のことをやってしまってきて、孫たちの生活能力を鍛えてこなかったことへの反省がいつも頭の中にあり、何かとこれからのことを示唆しても、孫たちの反応も危機感がなく、考えを改めて自立に向けた生活をしていこうという気配もないことはAさん自身もどこかでわかっているのでしょう。
 今の機能状況では、膝の問題も大きく、以前のように自分のことすらままならなくなりそうな予後です。当然、本来ならAさん自身に介護サービスが必要な年齢なのですが、お金の問題もあり、なるべく金をかけないでせいかつしたい。そのためには自分がご飯を作れるくらいにならないとという考えに至っています。
 退院後自宅には帰ることになりそうですが、若い孫さんたちとの生活はAさんも望んでいることではありますが、ここが一つのきっかけとしてAさんが逆に孫たちをうまく手のひらにのせてして欲しいことをうまく頼めて介護生活、生活能力を引き出せるようになってほしいなあと希望しています。

 余談ですがこういう事例(高齢者の年金をあてにして生活する無職の孫息子たち)という決め付けた見方をどうしても周囲はしてしまいがちですが、孫息子たちにも孫息子たちのライフストーリーがあり、家庭背景を無視した指導的なことは避けてほしいと思います。
 病院での様子をみていると、孫さんたちもAさんを慕って足りない買い物などをしてくれるし、何よりAさん自身も孫の存在が生きがいになっているのです。
 「自分が早く良くなって自分が生きて元気なうちは孫の面倒を見たい」という気持ちもわかるだけに、あまり孫さんたちを指導してなんとかさせなければともあまり考えてはいないのですが、Aさんがこれまでのようにはできない体であり、介護負担も生じていくことはどこかで助言・指導は必要になってくるでしょう。
 自宅に帰ったときにAさんのことだからできなくても頑張ってやってしまう危惧もあります。介護負担が増えれば当然孫たちの生活上の負担も増え、結果的にストレスや介護技術の未熟さから「虐待」めいたことをやってしまわないとも限りません。
 そんなリスクも頭の片隅におきながら、このケースを担当しています。
 
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乙武さんにみる障害者イメージ

『五体不満足』の著者である乙武さんが、以前不倫報道でマスコミをにぎわせました。
あの報道があってしばらくはメディアの露出もさけていましたが、最近ボチボチとあのころの心境や障害者としての自分のことについて本音の部分で話された内容がネットニュースにでていました。

『五体不満足』はベストセラーになりました。
そして乙武さんの明るく前向きな姿は『障害者の頑張る姿』として世間にイメージングされていきました。
しかし、乙武さんはしだいにそんな自分へのイメージを払拭したくて、けっこうメディアを通してあのころから何気なく下ネタ話題を振りまいたりをしていましたが、「自分がいいことを言っている所、がんばっている所、そういう所を平面的に切り取られてそこだけをマスコミは必要としてくる」として「がんばる障害者像」を求められていったと言います。
自分だって障害者という前に思春期・青年期の異性にも関心を持つ一人の男なんだと言いたかったのでしたが、障害者であることが前面に出され、乙武さんというイメージを作り上げたのでした。
24時間テレビが映し出す「愛と感動を与える存在としての障害者像」をメディアは求めてきたのでした。
「障害者は清廉たれ、障害者は潔白たれ」と聖人君子の仮面に18年間苦しめられた」と語っています。

乙武さんが『五体不満足』を出版しようとした動機の一つに、「自分は障害を持っているけど、楽しく生きているよ」という障害者へのマイナスイメージの払拭を世間に求めていきたいという思いもあったとのことです。
しかし、自分の思いとは裏腹に、障害当事者・家族からのバッシングが多かったと言います。

「あなたはたまたま家庭環境に恵まれていただけだ(親が最初から障害を肯定していた、ある程度経済的にも恵まれたなど)」
「乙武さんががんばっているから、あなたもがんばれるはず」と言われたり、そういう目で見られたりすると。
ベストセラーになったことで障害者のイメージが乙武さんになってしまったのでした。

あともう一つのバッシングは乙武さんという存在それ自体に窮屈さを感じる人々の存在でした。
障害者はもともと弱い存在。なのに障害者が著名になると弱者→強者になったと言われる。
せっかく俺は弱者としてみんなに優しくしてもらえたのによけいなことをしやがって・・。
障害があってもハッピーに生きているという風潮が、許せなかった人が多くいたのでした。

障害当事者や家族からのバッシングはあっても世間やマスコミは相変わらず彼を重宝し、業界の中でいろいろ活躍の場を作り、次第に国会議員の立候補者として名前があがるまでになっていきました。
しかし、そんなところにあの騒動がおこったのです。
今度はメディアも世間も「あいつは最低の人間だ」とこき下ろしたのです。

「メッキがはがれたと批判する前に、これがメッキですとアピールしてきたのに、その言葉は誰にも届いていなかった」と乙武さんは騒動の反応にこう感想を述べています。


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わが子自慢をしたがる人たち

 リハビリテーション専門学院時代の同期の同窓会の誘いを受けました。
 毎年有志で場所をうつして集まっていましたが、私もその中の数回は参加していました。
 私は子どもを持ったのが遅かったのですが、ほかの参加者たちは比較的結婚も早かったため、子どもさんも高校・大学・就職・結婚の年齢に達しています。

 当時は厚生省管轄の国立の学校と一部の私立の専門学校しかなかった時代ですから、理学療法士・作業療法士になりたい学生はけっこう全国の進学校からくる人が多かったのです。中には医者をめざしたけど落ちたからリハビリの世界に入ったと言う人なんかもいました。
 
  同窓会で話題になることといったら、職場の話のほかにプライベートでは決まって子どもの話になるのですが、たいていこういう場に来る同期の人たちは比較的子どもには恵まれた環境にある人たちばかり。
 子どもが県下一の進学校に入って成績も学年で1番だとか、エリートと結婚したとか、一流大学に入学して学生生活満喫しているとか、出世して管理職になったとか・・。
 情報魔の人は、参加していない人の子どものことまで把握済みで、皆に教えたがります。

 そういう場で、わが子の現状をカミングアウトすることには、ある意味勇気のいることかもしれません。
 そんなときは皆の話の聞き役に徹して、自分に質問がふりかかってきたら、さりげなく時にはにごしながら子供のことは話せる範囲で返しています。けっして発達障害や不登校が恥ずべきものではないことなのに、どうしても子供の自慢話をしたい人たちにむかって
積極的に話す気にはなれません。
 
 子どものできが親のできなのです。子どもが優秀であれば、優秀な子を産んだ私、育てた私は一目おかれるし、優秀な私のままでいられるのです。
 自分も学生時代は優秀の部類に入っていた人間ですから。
 だから医者や教員の子どもなどは特にそういうプレッシャーを受けやすいと思います。
 中には学力が足りないのに、必死で医者になれと強迫的に勉強させられている子どももいます。
 医者や教員の世界(職場)なんか、子どももエリートでなければいけないようなプレッシャーを親も感じるんじゃないでしょうか?
 
 でも正直そういう人たちのお子さんが障害を持っていたり、不登校だったり学力が低かったりで親の思い通りにはならないとわかってこそ子どもをとらえる視点も変わるし、そこではじめて患者さんや生徒たちに向ける眼差しも違ってくると思うのです。
 
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医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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