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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

「還る家」をさがす子どもたち

「還る家」をさがす子どもたち―「よくやってるよ」そのひと言がほしかった「還る家」をさがす子どもたち―「よくやってるよ」そのひと言がほしかった
(1997/05/01)
富田 富士也

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 もともと子どもは、親の負を背負っていても、そんなこと親も好きでそのように産んだわけではないことはわかっているので、言わないものです。そんなことを言ったら、親だってその親には言いたいものです。親がいかなる身になっても、子の自分を見捨てない、と信じ切っているからです。元をただせば、親の負を背負って子どもは娑婆を生きている。そのことを親は心に留めていてくれると思うからです。でも、苦しいとその親の気持ちを確認したくて言ってしまうのです。
 ところが、にもかかわらず、「お前が努力しないからできないんだ」と言われると、血が逆流するんです。みんな勉強しています。努力しています。だけど、できないものはできないということがあるのです。この子どもの心を親が受け止められないと、子どもは言いたくなるのです。
 「じゃあ、どうして強い子に産んでくれなかったのか」
 「頭のいい子に産んでほしかったよ」
 「だれが産んでくれと頼んだ」
と言いたくなるのです。元をただせば、 
 「親であるおまえのせいじゃないか。気の弱いのも、おまえの責任を俺が背負って生きていくんだよ。俺には責任がないのに、責任があるとしてそのリスクを背負っていかなければならない。それでも生きたいと思っているんだよ。」と言いたくなるんです。
 はじめから親の責任を追及する子はめったにいないものです。いまある自分の苦しみは、「親がすべての責任だ」と言い切ったアダルトチルドレンの話題も熱が冷めれば、みんなその真意に気づき、新たな親子関係をさがしはじめています。
 みんなはじめは自分で背負っていこうと思っている。その背負っていこうという気持ちを無視して、「おまえは努力が足りない」と言うから子どもは「それはないよ」と言いたくはないけど言ってしまうのです。だから子どもにこんなにまでして親を責めるような言い方をさせてはいけません。
 
 人は関係の中に身をおいているかぎり、必ず“言い訳”を持っているものです。だから事の善し悪しを安易に決めつけられたくはないのです。
 正直な思いを受け止めてもらえない経験を重ねると、報われなさが増幅し、話すこともあきらめたり、トラブルをおこすことが怖くなったり、うそをついたりしてしまうものです。話しても無駄だと思うのでしょう。それだけになかなか正直に気持ちを語れない子には、積極的に周りは話したくなるような聞き方を心がける必要があります。
 それには、親の不安(子どもの欠点や弱点)を打ち消すような尋問的な問いかけは後回しにして、まず「そうせざるを得なかった」気持ちを汲み取るような聴き方に努力してみたいものです。
 事実の前に、おこした気持ちを肯定してくれると思えば、うそをつく必要もなく、またその事実も謙虚に受け入れていけるものです。
 
 ・大切な何かを一つ捨てなければ、新たな一歩を踏み出せないときもある。
 ・正しいから何を言ってもいいというものではない。
 ・うそをつくのは自責の念と否定されずに安心して正直に話せる雰囲気がないからだ。
 ・「努力」の可能性は本人が決めること。他人が口出すことではない。
 ・症状や行動には必ず意味があると思い寄り添うとき、光がさす。
 ・人は心寄せてくれる人との出会いの中で生き直していく。
 ・時に人は寂しいとき、苛立ったり暴力的になる。
 ・「心」とは、関係の中でしか生まれない。
 
 人は成長する大事なところで否定ばかりされていると、人から認められていない、今の自分を確認するという悲しい体験の積み重ねをしていくことになる。そこで反発するエネルギーを出せる子はそれが励ましになるかもしれない。でもだれもがそうはなれない。
 その子なりの「努力」を称えるのは、「そのまんまの自分でいいんだよ」という周りの人からの肯定的な声かけである。今の自分に自信が持てない子にとっては、「励ます」言葉が傷つける言葉になることもあるのだ。

 大人は個別的な事情を持って生きている。しがらみ、思惑といったら少しあくが強すぎるだろうか。その中に無垢なまま子どもたちは放り込まれていく。だから、大人にとってその出会いは子どもの健気さ、純真さ、幼さ、かわいさの連続で、忘れていた子ども心が目を覚まし、娑婆の疲れを癒すことができる。
 そして、子どもは少しずつその境遇の中で人間関係の喜びとしんどさを学んで、その子なりの「色」を身につけていく。その「色」に対して親は自分の「色」を塗り込もうとして躍起になりがちである。それが「わが子かわいさ」といったらいいだろうか。「わが子かわいさ」があるから何としても守ろうとするし、その責任も求められる。だが、一方で、その強さが「押しの強さ」となり、子どもの人格をないがしろにする危険があるのだ。

(富田富士也 教育カウンセラー)


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