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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

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どういう人に支援されたいですか?

 最近、職場の雰囲気が悪いです。
 負の感情が蔓延しています。
 職場の人間関係の悪さが、利用者への対応の仕方へも影響してしまいます。

 いろんな相談が入ったりすると、内容をみんなで共有しようと伝達するときも、そのケースの内容を聞くと自分たちの先入観で相手を評価し見くだした発言をする人もいます。
 
 保健師や社会福祉士なんて相談のプロと豪語している人に限って、自分の方に相談が入らない事を面白くないのか「なんで、私に相談に来ないであの人に相談するのか」と、同じ同僚ですら猜疑心で見ているのです。

 日頃の会話を聞いていると、職場の個々の人たちの本音が透けて見えてくるのです。
 「私は専門職として仕事ができる」「専門性を持って仕事に当たっている」と自己評価している人に限って、いざ障害者や高齢者の支援にかかわろうとする時には、「あんな精神(障害)の人はほんとうに厄介で困るねえ」とか、どうしても障害を持つ人というのは、自分たちが「なんとかしてあげなければならない人」という認識なのですね。障害があっても認知症があっても、そこに一人の人間としても尊厳ある態度ではなく、それはそういう人たちの話題になる時は、相手を呼び捨てで話していたりすることでもわかります。専門性の前に人間性が問われる問題ですが、当の専門職の方はそういう言い方がさも当たり前のごとくしゃべっているのです。

 人を支援するような職業に就く人というのは、それぞれどういういきさつでその職業を選んだのかは、一人一人理由が違うでしょう。

 推測ですが、うちの職場には、母子関係のひずみから、自分がその母親に認めてもらいたくてももらえなかった生い立ちのなかで、母親と同じ職業に就くことで認められんとし、保健師になっている人もいます。
 でも、どうも彼女の話を聞いていると、自分の考えが一番なので、すべて自分以外の考えをする人はすべからく否定的に相手を評価します。
 そして彼女の口からは、人間というものを肯定的にとらえる発言を聞いたことがありません。普通の人(障害を持っていない人)に対しても、話のなかで決してほめたりすることはなく、いかに相手をけなして(批判して)いることで自分の考えが正しいと主張するのですから、ましてや障害を持つ人というものは、すべからく「自分より見劣りしする人」「私が支援してなんとか変えてあげたい人」という評価になります。支援者と対象者の関係が上ー下の関係でしか成立しないことになります。
 彼女に限らずそういう考えの支援者も、けっこう多くいたりします。

 自分だったら、自分の子どもだったら、どういう支援者に相談したいかというものを突き詰めて考えるときに、「専門職」などということはあまり関係がないようにも思います。職場で周りから「仕事ができる人」「業界では一目おかれている人」という外部評価をされていても、その内実を知っていると、そんな評価は関係ないとすら思えてくるからです。
 
 以前、子どもの事で自主的にワークショップや勉強会に参加しているある民間の機関で、講師に招聘された人は、当事者の母親で、不登校・ひきこもり・家庭内暴力・アルコール依存症を経験した息子さんを持つ方でした。当事者の親として「子どもの心が分かりたい」と、その(民間の)主催するカウンセリングの勉強を通して学び、現在はNPO団体でボランティアとして相談支援に当たっている70代の女性でした。

 その方は言います。
 「自分も息子のことでいろいろあったけど(今もアルコールの方は完治せず、入退院を繰り返している)、決して警察や行政に相談しようとは絶対思わなかった」と。
 「同じような立場の親や子どもたちに寄り添いたい」といって、携帯電話をいつも肌身離さず持ち歩いているのだと。息子さんの悩みは解決したわけではないけれど、「息子さんの問題」と「自分の人生の使命」を分けて考えられるようになったと言います。
 そして、わが子のことについては決して突き放すわけでもなく、ある意味では一人の人間として息子さんをも客観的に見守り自分自身の人生と息子さんの人生は別々なのだからと、いい意味でカウンセリングでいうところの自己一致もできている方でした。
 
 同じような境遇にならなければ、分からない感情的な思いも沢山あるでしょう。でも、必ずしも同じような体験をした人ばかりが支援者になることはほとんど少ないわけで、だからこそ、支援する人というのは、いかに共感的に受容できるかという理論をその専門性として叩きこまれるのでしょうが、なかなか実際は、そう簡単には支援者もそこまで人格的に寄り添える人ばかりではありません。

 今、包括センターに相談が入る似たようなケースの場合、対応するスタッフたちは一様に「そういうことは(精神科の)病院に行くべき」「警察にまずは相談しなさい」という指導的意見を言うのが自分たちの役目だと思っている人が多いし、その根底には「何か事件が起きた時」のことをいち早く考えてしまうがゆえについ「臭いものにフタ」をしたいという心理が働くからだと思います。
 そこには、一緒に悩みに寄り添い、一緒に考えていきましょうという姿勢がない支援者もいます。どうしても公の機関にいる専門職などは、組織に内向きになってしまいやすいのです。
 一人のケースに寄り添おうとすればするほど、「一人の人に肩入れして」という批判も付きまといます。
 また、その講師の母親がおっしゃっていたように、やたら民生委員や警察が介入して成功した事例はあまりありません。結果的に当事者を「悪者」にして(措置)入院や事によっては「逮捕」などという方向へ進んでしまう傾向もないわけではありません。
 だから、そういう民間の相談機関にやってきている親御さんたちは、その支援機関が信頼おける機関であればあるほど、行政などには相談しようと思わないようです。
 
 誰に相談するのか、そこには、そういう内情(悩み)にきちんと寄り添い、決して自分たち(支援者側)の価値観や先入観を捨て、相手を「こういう人は○○だから」といった決めつけをすることなく向き合ってくれる人を嗅覚を鋭くして探しているのです。
 
 そういう人や機関というのは、何も大きな組織である必要もなく、ネームバリューのある機関である必要もないのです。たいてい、行政が用意する相談機関があまり的を得ないのは、その辺の理由にも影響します。

 プライドばかり高い支援者、技術や理論ばかりに頭でっかちで肝心の「寄り添う心」のない人、「私が○○してあげたい」心ばかりで相談者を上下関係でしか見れない人、当事者の前では立派な言動や優しさを醸し出していても、いざ対象者のいないところでは、相手を呼び捨てで批評したり、建前と本音の違う人、そんな支援者とたくさん接してきて、どういう人間性を持った支援者にめぐり合うかというのは、本当に支援される人にとって大きな課題なのです。
 
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医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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