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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

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自閉症者の世界観を一緒に体験できますか

 以前、このブログでも紹介した『ひろしくんの本』より、再度一部引用して以下に紹介します。


 これまでの私のお付き合いのなかで感じることは、自閉症児の興味の世界がファンタジーな世界が多いのに、この世界にどっぷり入れない先生方やヘルパーさんがおられることです。
 先生方は付き合う中で良かれと思って、こうしてみたら、ああしたらと先急ぎをする助言が多いのです。 時には先生やヘルパーさん自身の思いこみが激しくて、博のリズムと合わないことがよくありました中には、自閉症についてわかったふりをされていますが、博にかかわる時の言動に何も理解していないちぐはぐな対応となり、博がとまどっていることが私にはよく見えるので困りました
 また研究者の方々からは、どこかで学校生活に合わせるための方策として博の興味の世界を利用して今のうちに○○に取り組んだらという助言がありました。ご助言のなかにはご自身の研究上の興味の対象として博にさせてみたいというお心が見えることも数々ありました。しかし博はそういうことに直観的に反応して家族だけには正直に拒絶の表情をしていました。

 子どもの興味の世界にとびこまない親御さんや先生方のかかわり方は、子どもにつきあってあげる、何かをやらせてみたいという姿勢です。こうした関係で自閉症児者の世界を見る方々にとっては、とても幼稚な世界に見えてしまいます
 博の興味の世界に合わない方々がおられることを知らされたのは学童期から今日まで幾度となく博と私は体験しました。先生方やヘルパーさんは、博とうまくいかなくても他の人へという流れ方ができます。そして時間がたつほどに忘れ去ることもできます。 しかし対人関係の困難さやこだわりの障害を持つ博にとっては、常にどういう出会いをするかが問われるのです。恐れを知らないというか簡単にかかわる側の方々の博にとって不本意な入力をされたことを訂正するのは簡単なことではないということを認識していただきたいのです。私の決断が遅れるとその償いやアフターフォローはすべて長い時間をかけて家族が背負うのです。  

また達成感(成果)をもちたいと先急ぎする親御さんを持った自閉症児は不運としかいいようがない現実を私はみてきています。
 乳幼児期から思春期と言われる年齢までに、自閉症児が興味の世界でたくさんの完全燃焼できる体験を持つことが思春期を乗りきるエネルギーになること、そしてそれが生き生きとした表情につながる鍵になると私はいつも考えております
 
 ある著名な自閉症研究者が博が11歳の時にお会いしたことがあります。その時博のらくがきをご覧になって親の私が説明する前に、「一人で楽しませているだけだったら発達の変容にならない」と頭ごなしにおっしゃいました。確かに放っておくことは発達の変容になりません。それほど、自閉症児の興味の世界のなかにどっぷり入ってかかわている方がおられないということをこの時、私は逆に確認させていただきました。

 自閉症児を理解するか否かは、この興味の世界にかかわる側の方々の質を問われることになるといっても過言ではないと私は思います。
 早期発見、早期療育で最初に出会うドクターや療育者が机上だけでの知識や浅い体験から出た指導でその後の成長をとめてしまっている瞳の輝きのない悲しい子どもたちに私はたくさん出会っています。何でも教え込みさえすればかなうと思っている、焦るというか走りすぎる先生方や親御さんに強く訴えたいところです。

 

 自閉症児者などをはじめとする発達障害児者を支援する立場にある人が自分達が学んだ机上の知識を実際目の前の発達障害児に応用しようとするとき、往々にして支援者側からみた障害観(発達障害児はこういう方法で障害の〝改善”をめざしたいとか、普通の子どもたちに近づけようとするための理論的知識)で関わろうとします。自閉症の世界観に興味を示して自分達も一緒にその世界観のなかに浸って同じ目線で社会をみつめるとき、本当に自閉症児の豊かな感性や心の内面が見えてくるものです。
 とかく、そういう体験を抜きにして自分たち健常者の世界観からしかものを見ず、自閉症児の世界観を「こだわり」「自己の殻にに閉じこもる」など否定的な見方(評価)をしている人たちから自閉症児の支援をしていただくということは、そういう見方で当事者を見ているわけですから、いつまでたっても彼等は療育や指導の対象であり続けなければなりません。

 ある大学のかつて自閉症研究者であった先生の本で、大学のゼミにくる一人の自閉症者(学生ではない)と学生たちの交流の場面を書いた書籍を読んだことがありました。その中には健常である学生たちの行動パターンに合わせるのではなく、自閉症の青年の行動パターンにむしろゼミの学生たちが合わせて活動しているという記述がありました。
 この青年は教師の知り合いでもあり、自閉症を研究している学生たちとも顔なじみということおもあってか、この大学の学生ではないのに毎日のようにゼミに顔を出して、学生たちと交流をしていくそうです。そんな光景にも自然体で「ありのまま」の彼を受け入れている学生たちの行動は、自閉症の青年の世界観を一緒に楽しんでいるといった感じです。
 
 「あなたはこういう方向に支援してあげたい」「こうすべき」と机上の知識をふりかざし、当事者をなんとか自分たちの支援の方向へ持っていきたがる人たちこそ、彼等はもっとも嫌う対象となるのです。
 一緒に自閉症者や発達障害者の世界観や内面に寄り添ってくれる人なら、専門家でなくても彼等はその鋭い感性で「いい人」と見抜きます。

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