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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

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障害を持つ人たちがなぜ、ホームレスになってしまうのか?

ホームレス障害者: 彼らを路上に追いやるものホームレス障害者: 彼らを路上に追いやるもの
(2012/09/20)
鈴木文治

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 (本文より)
 ホームレスの人たちの中に障害者が多く含まれている、というニュースが最近よく聞かれます。
 ホームレスの中に障害のある人たちが多くいるということが事実なら、どうすれば適切な支援を行うことができるか、またどのようにして彼らがホームレスになっていったのか、その過程を知り、福祉や教育、労働、保健や医療などの分野にまたがって、具体的な対策を講じることが求められています。
 私は神奈川県川崎市南部にある教会の牧師として、約20年にわたりホームレス支援活動を行ってきました。私たちの活動は、教会にやってくるホームレスを含む人々と仲間として生きることであり、食事を共にすることもその一環です。その意味では、いわゆる支援活動とは趣を異にしています。立場の高い者が低い者と触れ合うという意味での「交流」ではありませんし、「炊き出し」という言葉も使いません。神の家で弱い立場の者同士がお互いに助け合いながら、共に生きる営みなのです。
 私たちはこの「川崎の路上生活者と共に生きる取り組み」を始めたばかりの頃から、ホームレスの中に障害のある人が大勢いることに気づいていました。ただ、教会にはもともと障害のある人が多くいたため、彼らに対して特別な対応をすることもなく、自然に仲間として受け入れてきたのでした。

 私は牧師であると同時に、障害のある子どもたちを教える教師として人生の大半を生きてきました。彼等は「生きにくさ」「コミュニケーションを取ることの難しさ」を抱えており、学校生活に入る前から、重い課題をもった子どもたちでした。
 このような子どもたちとの出会いは、私の教育観、子ども観、社会観に決定的な影響を与えました。障害は子どもたち自身の問題ではなく、周囲の大人たち、さらには社会全体の問題なのだと考えるようになったのです。
 
 ホームレスは世の中から差別され、排除されやすい人々です。しかし、一人ひとりと深くかかわっていくと、彼らの心の奥底にはそれぞれ重い人生の棘のようなものがあることがわかります。それがなければ、彼らはホームレスにはなっていなかっただろうと思わせるものです。ホームレスは「怠け者」「飲んだくれ」「好きでやっている人」などといわれることがありますが、決してそうではありません。
 まして、障害者がホームレスになることはあってはならないことです。元教師の私からすれば、障害児教育のどこかに機能不全があることは明らかで、本人というより周りの支え方に問題があると言えます。
 

 厳罰化が進む社会
 「共生」や「他者への思いやり」「人権尊重」はかけ声だけで、障害者への偏見や差別はいっそう深刻になり、ホームレスや外国人に対する排除が依然として続いている。人と人との絆が断絶し、差別する側もされる側も、多くの人々があえいでいる日本社会は、貧しさの中にある。
 一般的に排他的な社会では、厳罰化政策がとられることが多い。近年、日本でも従来では考えられなかったような厳罰化の傾向が生じている。少年犯罪への対応は特に顕著だ。
 犯罪や非行に走る少年たちは、その背景にさまざまなものを背負っている。親の虐待であったり、貧困であったり、いじめであったり、発達障害であったりする。そうしたことが要因となって、周囲との関係に不適応を生じ、何かのきっかけで爆発してしまう。
 少年による犯罪が起こるたびに、マスコミは騒ぎ立つ。少年犯罪の凶悪化を伝え、教育における道徳性の重視や、厳罰化の必要性を煽り立てる。実際には少犯罪、凶悪事件の件数は大きく減少しているにもかかわらず、その事実は無視される。
 とくに問題なのは、凄惨な少年事件が起こるたび、加害者が発達障害の傾向をもっていたことがまことしやかに語られることである。他者を物のように感じていたとか、共感することができないとか、人とうまく付き合えない性格であるというように、犯罪は特別な少年によって起こされた特別な出来事であるという刷り込みが、世間に対して行われる。人々は「専門家」と称される者たちのそうした話を聞いて、「やはり普通ではない『障害者』の仕業なんだ」と考える。こうして「障害者は犯罪者予備軍」だという誤解が作り上げられてしまう。
 私は教師生活を通して、親に捨てられたこどもの苦しみに何度も直面してきた。母親が自殺をしてその第一発見者になり、父親に連絡したら、アパートに戻った父親が怒って母親の死体を蹴り続ける場面を見た子もいた。そうした子どもたちは、他人の幸せが許せないほどの苦しみを背負い、非行に走り、暴力を働いてしまうこともある。
 人はみな弱さを持って生きている。それを許さないなら、自分もまた許されないことになる。厳罰化は、みずからの弱さを知らない人たちのすることである。

発達障害の僕がホームレスになった理由(わけ)―訓練、就労、そして再出発発達障害の僕がホームレスになった理由(わけ)―訓練、就労、そして再出発
(2012/01)
荒木 龍三、豊中市社会福祉協議会 他

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