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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

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障害者を切り捨てる優性思想

 NHKの朝のニュースの一コーナーでの特集を視て。
戦後の日本で、知的障害者の女性たちが、結婚しても子どもを作れないように、本人たちには内緒で不妊手術を施こされたという実態があり、体験者として80代の女性が紹介されていました。その後結婚しても子供ができないので離婚されるに至った。その理由を後で知って、すごいショックをうけたこと。80代になった今でもトラウマとして心の傷として残っている、というもの。

 戦後の日本の混乱期には増える人口増加のなかで、生まれる子供を選別する必要から、「いい子を産むこと」「社会の役に立てる子供を産むこと」という優性保護法が施行され、国の施策として代々的に繰り広げられたようです。
 そういう施策のもとで、障害を持つ子の親や親族も、「子供が社会の偏見にあうのが不憫」「子供を作ってもとうてい育てられないだろう」との考えから、本人には内緒で不妊手術に同意したといいます。
 当時、その手術に携わった医師(80代)が実名・顔出しでTVに出ていました。今の時代の感覚と当時の感覚はもちろん異なるものの、あの当時は自分も医師として何の疑問も持たないで国の言うとおりに従ってきたことを、反省と懺悔の念を抱きながら話していました。

 有名な第二次世界大戦下のドイツナチスのアウシュビッツ強制収容所や精神障害者の毒ガスによる大量虐殺などもどこか共通するものがあります。
 また当時の日本においてはハンセン氏病の隔離政策もしかり。施設内での結婚に対しても、子供は作らないようにされた事実。
 
 今、障害者の人権とさかんにいわれているけれど、この優性思想に基づく大きな事件が昨年おこりました。相模原の重度障害者施設内でおきた殺傷事件です。
 犯人の男性は「障害者は生きていても幸せになれない」といって、自らの持論を振りかざし殺人を犯しました。(今回、自己愛性パーソナリティ障害だったと彼自身の障害特性も明らかになりましたが)。
 
 この男性の犯した犯罪の部分は大きな罪に問われるものですが、障害者に対する見かたが特異な人格障害ゆえの考えに基づくものとして結論づけていいものでしょうか?
 今回この事件に関して、福祉団体や同じ重度障害を持つ親御さんの心境などを間接的にある研修で聞く機会がありました。ニュースでも取り上げられているように、一部の方を除いてはいまだに被害者は氏名や顔写真を出して報道されていません。

 講演の中で講師の知的障害者団体の理事長は次のようにおっしゃいました。
 警察からは今回の報道にあたり、「氏名を出しますか?」と最初に被害者家族は聞かれたそうです。普通は被害者はその人権を本来は尊重されるべきなのに、「普通の事件」だと被害者の思いとは関係なく、「報道の自由」や「知る権利の自由」ということで勝手に氏名が出されるのに、何で障害者だとわざわざそのような質問をぶつけるのかと。「普通の人」は氏名を出されることでまた別の意味でマスコミに追われたり、被害者の人権が無視される状況になったりする。今回は重度障害者への「配慮」からそうしたのかもしれないが、その「配慮」がまさに「偏見」を生んでいるのではないかと。しかし、大部分の被害にあわれた親御さんは「世間や親せきに迷惑をかけたくない」という本音もあるということです。
 反面、わが子が産まれて生きてきた存在までもなくしてしまいたくない・・その狭間の中で大きく苦しんでいるということ、などなど・・。

 世間みんなが理解ある人たちばかりじゃないという事実。福祉団体に寄せられる心無いバッシングもないわけではないという事実をどう受け止めるべきでしょうか?この犯人のように実行には至らないとしても、本音の中では「重度の障害者なんか生きていても何の価値があるんだろうか?」と、思っている人だっている。表立って表明していないだけで・・・。
 
 今でも、障害者同士の結婚により子供を産み育てることというのは、障害の内容や家庭環境にもよりますが、ハードルは高いのも確かです。特に知的障害を持つ人の場合は、「自分の生活もままならないのに、子供を産んでどうやって育てるのだ」という声もこの時代にだってあります。実際に彼・彼女らを支援している専門職の方だって本音の部分ではそういう考えの人もないわけではありません。 
 身体障害だけの人はそれほど大きな問題になることは少ないような気がします。それは実例として立派に子育てしていたり、身体的ハンディは他の人的支援やテクノロジー・福祉用具等である程度代替できるからです。
 しかし、知的障害者の場合、そのハンディキャップや社会の偏見はまだまだ大きいものがあるのも事実です。親でさえ(わが子かわいさ、不憫さゆえに)反対するのですから・・。

 一人の女性としての人権と、社会の偏見や優性思想からの脱却。自分の身に降りかかった時にひとりひとりの価値観が問われるものなのだと思います。
 深く、きついテーマを朝から突き付けられた思いです。

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医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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