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ひとりごと ~障害・福祉・医療・子育てを考える~

発達障害の子を持つ親として、また医療・福祉・介護にかかわる仕事を 通 して感じたことをつづるブログです.

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親の会のその後

 先日地元の不登校を持つ親の会に参加した。
 3年くらい前から細々とやっていたのだったが、最近はネット(ブログやHPなど)からの情報を見つけて参加する当事者の親も増えてきた。
 人数が増えるに従って、まだ子どもの不登校に右往左往している状態の方から子どもの学校復帰はあきらめて、子どもの今を受け入れて明るくしゃべっている親もいたりでそれぞれの心境もさまざまだ。
 そうやって不登校経験者の親は「先輩」として自分の経験談を語りたがる。
 参加している親の中にもいろんな葛藤が渦巻いている。それは、子ども自身の問題だけではなく、子どもと自分(親)との関係だったり、自分と夫(妻)との関係だったり、自分と舅・姑の関係だったりする。また子ども同士(兄弟間)の関係だったりする。
 そういう一人ひとりは個別の家庭環境や個別の価値観を持つ人同士が「不登校」というカテゴリーをテーマとして何か一つの方向にまとまってくことがいい(?)みたいな雰囲気に誘導されるような感じがしてくることもある。
 
 ある母親が先日他の「親の会」に参加した感想をしゃべってくれた。
 そこでは同じ「経験者」の元中学校の先生が娘の不登校を通して学んだことや現在は同じように悩む親御さんの「伴奏者」となるべく電話相談をしているということだった。
 そこで語られた(伝達された)内容は、「仕事に忙しくて幼いころから愛情をかけてあげられなかった」「子どもは祖父母に面倒をみてもらっていた」「高校生になってリストカットをしたことも知らなかった」「育てなおしを位置からはじめた」「その後は10年以上かかったが、高校・大学・大学院そ卒業し、今は結婚して子どももいて幸せに暮らしている」「とにかく子どもを認めること、どんな小さなことでもいいから“褒めること” 」だったそうだ。
 そして今は(たぶん年齢的には60代後半)地元自治体の不登校相談サポーターとして電話相談に対応しているそうだ。
 親からの電話にいつでも出られるように、フリーダイヤルにして24時間対応できるようにしているとか。だから今悩んでいる親としてはいつでもどんなときも電話をかけることができ、アドバイスがもらえるのだとか。
 「今、子どもがこんなことをした(言った)。先生どうしたらいい?」・・・「じゃあ、○○してみては?」「今は××したらダメ。こういうことを言ってはいけない」などと適切な(?)答えをいただけるので、親御さんたちが頼りにしているのだとか。
 その話を伝達してくれた親も現役の教師だが自分の娘とはうまくいってうないらしい。彼女の個性と娘の個性がぶつかり合うのだろうと思う。
 講演を聴いてよほど共感した部分があったのだろう、まるで自分が講演者でもあるかのように、元教師の話の内容を上手に要約して参加した他の親たちに滔々と話していた。
 世話人はじめ不登校の何たるかを熟知(?)した親たちは、「わが子を褒める」などところどころ自分に共感できる内容のところでは、大きくうなずいたり「そうそう」と言葉で相槌をうったりして、その伝達話に賛同して聞いている。

 ある一人の元教師の体験談としてはエピソード的には参考になる程度のことだと思うのだが、それがそのままわが子に当てはまるかと言えばそうではないと私は思っている。
 あくまでも「参考」として聞くけど、そのあとの「じゃあ、私は今の家庭環境で、今目の前にいる子どもとどう向き合うか」ということを「考える」ことに主眼を置くべきだ。
 だってもし、その講演の内容が「子どもの不登校に対して厳しく学校復帰を求めて立ち直った人の話」で、「だから子どもはある程度社会の厳しさも教えていかなければならない」という教訓の話だったらどうだったのだろうか?
 「褒めて育てる」「叱って育てる」・・・どちらも正解でも不正解でもない。
 今回話してくれた内容は「子どもを何でも褒めること」というキーワードにほとんどが共感をしていたが、「だからわが子も褒めて育てないと」と思った親もいたかもしれない。本音の部分では「今のわが子の現実」を受け入れられなくても、親の会でそんな話を聞いたからさっそく実行しなければと思う親がいてもおかしくない。
 私がもう一つ、聞いていて腑に落ちなかったのは、タイムリーな相談を受け付け助言したいというその元教師はどういう立場でいたいのか?
 また相談をしたがる親たちも自分で「考えること」をせず、何でも安易に「答え」を求めたがる傾向に陥りはしないか?「ハウツー」を求めたい人もいるから、それで満足できるならいいのだが・・。
 
 「親の会」を毎回開催していると、次なる展望が世話人の頭にあるらしく、親の居場所と相談できる場を今のNPOの傘下から離れて(今はあるNPOの下部組織的な立場なので自分のしたいことも上に伺いをたてないとできないというしがらみもあるのだろうが)立ち上げたいとの願望があると言う。
 そこで助成金便りで民家を借り、そこに当事者の親が交代で常駐し、電話相談や対面相談に応じたり、親や子どもの居場所・学習支援の場にしていきたい。そして子ども食堂的や役割も担いたいと、自分(世話人)の夢を語り、実行委員を募集したいという。
 何となく参加している人たちもそういう考えに表だって「反対」できる立場にはない。だってやろうとしていることは、人によっては「必要」なことかもしれないから。
 でも、親の会の発展形として、そういう組織的なものを立ち上げようとする場合にそこまで賛同できない(しない)人もいる。
 親の会に参加したから、そういう組織や団体を作って親同士もつながっていたいという孤立感予防のために活動したからといって何か阿変わるわけではない。多くは自己満足の域だと思う。
 親の会に参加するのも「自分ひとりだけが悩んでいるのではない」という安心感。そういう団体を立ち上げて人の相談に乗ってあげたいという思いも「自分が必要とされる」という「自己満足」。
 私が親の会に参加する理由は何なのだろうか」といつも自分に問う。不登校や発達障がいに関することなら本を読んだり研修会に参加したり、専門家の意見を聞いたり、ネット媒体からの情報収集だったり・・・。これまで数々の媒体から情報収集はかなりしてきたつもりだ。
 しかし、人間の気持ちや心の持ち方というのは、自分の生き方につながるものだ。あくまでも子どもの問題は問題とする私の問題だ。
 親の会に参加することで、人の考えを聞き、それを自分の考えと照らし合わせながら、自分の生き方を考える・・・そんな情報源の一つとして私にとっての親の会はあるのかもしれない。
 だから、親同士が集まって何かを企画し、同じ悩める人のために助言しようなどというおこがましいことはできないと自分自身は思っている。

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医療・福祉・介護分野で仕事をしてきました。息子が発達障害をもっています。仕事や子育てを通して感じたことを個人の見解として綴っています。

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